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その記憶

克哉は、頭の中の漸の記憶が自分を勝手に動かすのを感じた。

どうあっても負けるわけにはいかない。

これに負けたら、八津と影木が助長して、千早に何をするかわからないからだ。

だが、頭の中の漸はイライラしていた。

そう、この体は思うようには動かない。

気は小さいし、木刀で相手の刀を受けるには、相当的を絞って気の膜を張る必要があった。

おまけに筋力がないので、いくら叩き付けても骨を折るぐらいにしかならない。

相手を倒すには、筋力も必要なのだ。

しかも、面倒なことにこの軍神はそこそこできる奴だった。

それでも、手筋はハッキリ見えるし、怪我を負う心配は全くなかった。

ただ、相手を戦闘不能にできるかどうかが問題だった。

何しろ、木刀なのだ。

…身体中の骨を折るしかないか。

克哉は、思った。

漸の記憶は何故にこんなことぐらいできぬと己に憤っている。

それはそうだろう、最上位の王なのだから、技術も気の力も優れている。

だが、克哉はただの侍従でしかないのだ。

軍神は、焦る気持ちが顔に出ていたのだが、段々に恐怖の表情へと変化しつつあった。

…右腕を折るか。

克哉の中の漸が、不甲斐ない自分に、半ばあきらめたようにそう思ったのが分かる。

克哉は、機を図って簡単にその、右腕の上に木刀を振り下ろした。

鈍い音がして、刀が飛んだ。

「うあ…!!」

目の前の軍神は、呻き声を上げて倒れた。

「ひい!」

それを同時に、脇の控えの扉の方から、声が聴こえた。

チラと克哉がそこを見ると、八津と影木が腰を抜かしてそこに転がり、克哉を化け物でも見るような目で見ていた。

「…我と千早に手を出せば、主らもこうなるぞ?王に決闘をお許しいただこう。その時は真剣で、ひと突きにしてやるゆえ安心するが良い。」

二人は、もう声もない。

そこへ、後ろから声がした。

「克哉!」

克哉は、振り返った。そこには、王の旗清と、渡、そして、戸佐、辰馬が立っていた。

克哉は、慌てて膝をついた。

「王!」

どう言い訳しよう。

克哉は、内心眉を寄せた。

王の持ち物である、軍神をこてんぱんに傷付けてしまったのだ。

理由は、辰馬が言ってくれただろうが…。

戸佐が、言った。

「…わけは辰馬に聞いた。」と、まだ呻いている、軍神を見た。「八葉。恥を知れ。木刀の侍従相手に何をしておる。しかも、主は師のはずだろうが。まあ、木刀の侍従にこてんぱんにやられたと、われが吹聴しておいてやるわ。沙汰は王から。」

八葉というのか。

克哉は、そこで初めてその軍神の名を聞いた。

八葉は、そう言われても声を返す事もできない。

何しろ、足も腕もあちこち折れているのだ。

旗清が、言った。

「…八葉。主は軍務につく事を今後許さぬ。守るべき侍従達であるのに、それをいたぶろうとは何としたことぞ。我が宮の恥ぞ!主はもう軍神ではない、刀を置いて宮から出よ!」

さすがにそれには、八葉は涙を浮かべた。

克哉は、確かに腹立たしいが、言った。

「王。」皆が克哉を見る。克哉は続けた。「確かにこやつはやってはならぬ事をしました。ですが、それは唆されたからであって、こやつ一人の事ではありませぬ。元凶は、あちらで腰を抜かしておる八津と影木でありまする。」

言われて、皆がそちらへ目をやった。

そこには、二人が腰を抜かしたまま、動けずにいた。

「…ならば、主はこれをどうしたい?」渡が、脇から言った。「主はこれに殺されておったやもしれぬのだぞ?」

克哉は、八葉を見た。

克哉は、その目を見ながら、言った。

「…許せる事ではありませぬが、追放処分になるのは…そも、これは何位の軍神なのですか?」

戸佐が苦々しい口調で答えた。

「15位。」と、八葉を睨み付けた。「こんな奴でもの。」

15位か…。

そこそこ努力しないと、来れない地位だった。

克哉は、言った。

「ならば、努力はできる神なのです。宮には戦力は必要です。これは残して、更正するために何年か見張りを付けて見守るのではどうでしょうか。その間に、また何かしでかしてからでも、追放処分は遅くはありませぬ。この宮を守る力は、多いほど良いのですから。」

八葉は、思ってもいなかった言葉なのか、涙を流した。

どういう意味の涙かは分からなかったが、さっきの追放の時の涙とは、また違った種類のものだった。

旗清が、顔をしかめた。

「だが…こんな心根の者を置くというのものう。」

戸佐が、渋い顔をしながらだが、言った。

「…とはいえ、確かにこやつは真面目に働き、休みの日も訓練場で鍛錬する男でありました。だからこそ、15位などという地位を王から賜っておるのですし。確かに、克哉が言うように、一度様子を見ても良いのかもしれませぬ。」

渡も、頷く。

「今、神世は強さに重き置いた序列に再編されておる。我が最上位になったのもそれゆえぞ。手練れの軍神は、一人でも多い方が良いのは確か。克哉がこう申すのなら、残しても良いのではないか?主の宮は、ギリギリ二番目に縋りついておる状況であるしな。」

それを言われたらきつい。

旗清は、渋々頷いた。

「そうだの。確かに15位の軍神を失うのは痛いやもしれぬ。だが」と、八葉を睨みつけた。「もし、またこんなことがあったら即、処刑ぞ。追放などという生ぬるい事はせぬ。二度目は処刑。分かったか。」

八葉は、必死に起き上がろうとしながら、涙を流して言った。

「は、王よ。温情に感謝致しまする。」

やっと、絞り出した声はしわがれていた。

戸佐は、今度は腰を抜かしている八津と影木の方を見た。

「あれらはどう致しましょうか。」

旗清は、面倒だなという顔をしながら、言った。

「地下牢へ死ぬまで籠めよ。おかしなことを画策するような輩は要らぬ。」

戸佐は、頭を下げた。

「は!」

そして、いつの間にか寄って来ていた軍神達に合図して、二人は地下牢へと引っ立てられて行った。

倒れている八葉は、板に乗せられて移動させられて行く。

どうやら、治癒の棟へと送られるようだった。

渡は、まだ膝をついている克哉を見て、感心したように言った。

「主は誠に頭の回るヤツよ。己の感情だけでなく、皆の流れを考えて決めることができるのだな。侍従にしておくのはもったいないのではないのか。あれだけ立ち合えるなど…そも、主、これが初めてではあるまい?」

克哉は、困った顔をした。

何しろ、克哉としての記憶では、全く初めてのはずだったからだ。

克哉は、答えた。

「は…その、立ち合い自体は初めてで。生まれが良い場所ではなく、我が両親も早うに回りとの諍いで亡くなったりしましたので、妹と二人残されて、生き残るためにいろいろ必死でありました。王が宮へと拾ってくださったので、こうして生活できておりますが…。」

旗清は、言った。

「結界境の辺りの、外で生活しておったのだ。というのも、我が結界内の者達でも、あまり良い心根の者ばかりでもなかったゆえ。生きづらいと、外へ出る者も居る。その中の一人ぞ。あまりに哀れであるから、宮へ引き取ったのだ。真面目で頭の良い奴であるからの。」

渡は、フーンと顎を触った。

「…その環境のせいか…?だが、型がしっかりしておったような気もするがの。」と、パッと表情を明るくした。「ま、良いわ。それより、指南ぞ。皇子の光旗はどうした。最近立ち合いを覚えてとか何とか言うておらなんだか。」

旗清は、首を振った。

「あれはまだ百過ぎたばかりぞ。主に指南はまだ早い。」と、戸佐を見た。「戸佐が、この前の筆頭の立ち合いで不甲斐なかったとずっと案じて精進しておって。だが、なかなか伸びぬでなあ。見てやって欲しいのよ。」

戸佐は、頭を下げて膝をついた。

「よろしくお願い致します。」

だが、克哉が気になるようだ。

戸佐は、強い軍神を育てるのも任務なので、克哉が真実どこまでできるのか、もしかしたら軍神として使えるのではないかと気になるのだ。

渡は、苦笑した。

「そうか、克哉が気になるか。」と、克哉を見た。「克哉、主は軍神にはなろうとは思わぬのか?」

克哉は、え、と目を丸くした。

そんな事は、考えた事もなかったのだ。

「我は…そこまで気も大きくなりませぬし、妹さえ守れたらと、常そのように。それ以上の事は。」

旗清が、言った。

「だが、主は相当できるぞ。15位の八葉を惜しんでおったが、主はそれを倒したのだ。木刀でな。かなりできるのは間違いないぞ。我のためを思うなら、軍神になって助けてくれても良いかと思うがの。」

克哉は、どうしよう、と黙って戸惑いがちに見ている、辰馬を見た。

辰馬は、その視線を受けて、言った。

「…主が決めたら良いではないか。ただ、主はかなり事務作業が優秀であったし、康久様が困ろうがの。」

それには、旗清がフンと吐き捨てるように言った。

「康久?あれの事など放って置け。全く…最近は、宮の評判がどうのとうるそうなってしもうて。二番目最下位だと、それはやかましいのよ。確かに二番目に割り込んで来たゆえ、下へ下がったやもしれぬが、前だって最下位には変わりなかったのに。」

渡は、言った。

「…そういえば、峡の所で侍女に手を付けたとか言うておったな。連れて帰っておらぬのだろう?康久が反対したのか。」

旗清は、頷いた。

「その通りよ。我は今でも諦めてはおらぬ。哀れではないか、侍女であるからと…峡の宮の侍女は、皆品が良くてうちの(うた)よりよう出来ておる。身分が何ぞ。」

詩とは、旗清の妃だ。

たった一人なのだが、正妃にはしていない。

つまり、何かあるのだろう。

渡は、そこには言及せずに、頷いた。

「そうだの。だが、臣下の反対を押し切るのも難しいわな。そうだの…その女、我の養子にするか?」

え、と旗清は顔を上げる。

皆が驚いた顔で渡を見上げるが、渡は特に構えることもなく、旗清を見返していた。

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