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王達が微妙な空気になっていたところへ、侍女が入って来て妃達の来訪を告げた。

どうやら、気を遣ってあちらから出て、南の桟敷へとやって来たらしかった。

皆が頭を下げるのを見ていると、確かにほぼ全員から月の気がする。

それも、維月の方ではなく、陽の月の方の気だ。

維心は、言った。

「維月。」維月が、顔を上げる。維心は手を差し出した。「こちらへ。」

維月は頷いて、そちらへと歩いた。

他の王達も軒並みそうして妃を傍へと呼ぶ中で、十六夜はまだ女の格好だったが、スッと男の型へと戻った。

そして、言った。

「とりあえず面倒は一息ついたようだし、オレは戻るかな。」

維月は、振り返った。

「十六夜、こちらでは遊んで行かないの?」

十六夜は、苦笑して首を振った。

「もう十分に遊んださ。また里帰りして来いよ、維月。その時また弾こう。」

維月は頷いたが、塔矢が急いで言った。

「十六夜。」十六夜が、光に戻ろうとしていたのを、振り返った。「恵麻から主の気がするように思うのだが、これは?」

十六夜は、ああ、と頷いた。

「そうだろうな。恵麻だけじゃねぇ、美穂も楢も桜も綾も椿もだ。悪阻で吐きまくってたから、維月がオレの力の玉をくれって。それを飲んだんで、みんな今は元気だろ?とはいえ、こっから帰ったら持つのはひと月だ。それまでに治まってたらいいが、治まってなかったらまた吐きまくるだろうからその時はまた言ってくれ。ちなみに、特別だぞ?だが礼はいいさ。」

力の玉と。

ああ、と維心が言った。

「そうか、悪阻であるから。十六夜の玉を飲めば、それが腹の中で浄化して癒すゆえ、悪阻が治まるのか。」

維月は、微笑んで頷いた。

「はい。我は十六夜の力を打ち消してしまうので、この方法を使うことができないのですが皆様は。なので、十六夜に頼みましたの。すぐに良くなって、お蔭で楽しめましたわ。」

それを聞いて、翠明が微笑んで言った。

「そうか、すまぬの、十六夜。綾は吐きながらも来ると聞かぬで、不憫であったのだ。このように顔色が良いなど、しばらくぶりに見る。安堵したわ。礼を申す。」

綾が、翠明の手を取って微笑み掛けた。

「はい。誠にすっきりしておりまして。久方ぶりに清々しい心地でございます。」

翠明は、本当に嬉しそうだった。

「良かった事よ。無理に連れて参って誠に良かった。」

渡は、美穂を見た。

「主もか。」

美穂は、頷いた。

「はい、王よ。我は、王をお恨みしたいほどに苦しかったのですが、楽になりましたの。いつも機嫌を悪くしておって申し訳ありませんでした。」

渡は、驚いた顔をした。

「機嫌が悪かったのは、我のせいだと思うておったからか。ま、そう言われたらそうだが。」と、十六夜を見た。「誠に世話になったの、十六夜よ。知らぬですまぬ。また礼を贈るわ。」

十六夜は、手を振った。

「だから礼はいいって。」と、光に戻った。《じゃあな。オレはちょっと親父と話してくるわ。》

十六夜は、機嫌良く月へと戻って行った。

それを見送りながら、炎嘉が言った。

「…主ら。十六夜があんな性質だと、理解したか?」

塔矢は、神妙な顔をした。

「は…。誠に、その、確かにあれは全く悪気も何もない命で。」

何しろ、こちらが十六夜を疑っているなど、思いもしない様子だったのだ。

恵麻が、それには驚いた顔をした。

「え?王は何を懸念しておられましたの?」

塔矢は、慌てて首を振った。

「いや、十六夜が主ら女の中にただ一人混じっておったから。やはり気にはなっておったのよ。」

恵麻は、怪訝な顔をしたが、慎重に頷いた。

「はい…確かに、男性であられたら我らも少し、抵抗がございましたが、維月様のご兄弟でありますし。何より、一瞬で型を女に変えてくださって、全く抵抗はございませんでしたわ。とてもおもしろい演奏をなさいますの。」

聞いておった。

塔矢は思ったが、頷いた。

「そうか、良かったの。では、我も宮へ帰ったら礼の品を贈ろう。」

疑って悪かったし。

恵麻は、まだ怪訝な顔をしていたが、頷いた。

「はい、もちろんそのように。」

翠明以外は何やらバツが悪そうだ。

翠明は付き合いが長いので、月の眷属のことは分かっていて考えもしていないのだろう。

それより綾の気分が良くなったのが嬉しいようで、機嫌良く綾と微笑み合っていた。

…何となく、何を懸念していたのか分かるなあ。

維月は、思って見ていた。

新しく加わった王達が、自分の妃に十六夜の気を感じて何かを疑ったのは無理もないことだ。

だが、あるはずがないのは、付き合いの長い王達の間では、とっくに知っていたのだ。

炎嘉が、空気を変えようと言った。

「…では、妃も合流したしここらで楽でもやるか。楽器を持って参れ。」

桟敷の脇に準備されていた、楽器の数々が運び込まれ始める。

維月は、月を見上げて十六夜が碧黎と、何を話しているのかと思いを馳せていた。


十六夜は、月に戻ってすぐに碧黎に話し掛けた。

《親父。どこでぇ?》

碧黎の声が答えた。

《別にどこに居ても聞いておる。なんぞ?》

十六夜は、言った。

《珍しいな、本体に居るのか?漸のことだけどよ、ほんとに侍女にしたのか?なんか力の波動が違った気がするんだけど。》

碧黎は、苦笑したようだった。

《そうか、最近主は著しく能力が上がっておるな。気取ったか。そうよ、いきなり女は無理があるゆえ、侍従に変えた。旗清の宮ぞ。そこに居た克哉という侍従の中に意識を飛ばしておる。漸の本体は別の場所で保管中よ。克哉自身の記憶と、漸の記憶が混じった状況だが、克哉の意識は今、眠っておる。》

十六夜は、怪訝な声を出した。

《えー?侍従になって女の気持ちが分かるのかよ。ま、臣下の気持ちも神世の理も分かるとは思うが。》

碧黎は、答えた。

《克哉にはの、まだ百にもならぬ妹が居るのよ。名を千早。克哉は、それを養うために宮に上がり、妹が自立できるように侍女見習いをさせることを許してもらっておる。克哉は妹を大層大切にしておってな。何しろ、まだ幼い頃に両親を亡くして、たった二人でやって来たわけであるから。本来、宮に上がれる身分でもなかったのだが、旗清は克哉を不憫に想うて取り立ててやったのよ。克哉は、それに応えてそれは勤勉な奴なのだ。利口で、宮に上がってからそれは多くの知識を蓄えておる。だが、控えめでな。回りの侍従達には、その性質ゆえ、良いように利用されておるのよ。なので、良い機会だと思うた。眠っておるとはいえ、克哉の意識は漸の動きを己のものとして夢に見ておるから。少しは考え方に影響を与えて、現状を打開できるのではと期待しておる。》

十六夜は、感心した声で言った。

《まじか。さすがだな親父。体を乗っ取られてる克哉にとっても良いように考えたんだな。》

あの時の一瞬で。

十六夜がそれに思い当たってますます感心していると、碧黎は呆れたように言った。

《あのな。これぐらい当然ぞ。我は言わぬだけで地上の全てを見ておるからの。普通はどこにも干渉せぬ。此度は、やるなら克哉を何とかしてやるかと思うたまで。あれは小さいが良い命であるからの。》

全部見てて頭にあるのが凄いっての。

十六夜は思ったが、何も言わなかった。

結局碧黎は、漸を侍女にしたのではなかった。

侍女見習いの妹を通して、見せようとしたのだ。

そして、ついでに克哉の控えめ過ぎて利用される現状を、何とかしてやろうと思ったのだろう。

十六夜は、何も知らずに演奏を楽しみ始めた、地上の王達を見つめた。

そしてこれは、誰にも言わずにおこうと心に決めていた。

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