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礼儀

維月は、妃達と畳の上で寄り集まって座り、維心に聞かれたら面倒だからと小さな声で話していた。

「…まずは、会話ですわね。臣下達との茶会ならば問題ありませぬが、同じ格や格上の方々と同席する時には、注意が必要です。」

綾も、頷く。

「はい。茶や菓子を食すのは、きちんと皆が始めるのを、お待ちになっておったのですから問題ありませぬわ。問題は、話し掛けられた時。必ず手を止めて、お相手の目を見てお話を聞き、そしてお答えになるのです。面倒ですが、それが礼儀でありまして。内容も、初めは定型文でよろしいかと。礼を失するよりはマシなので。」

椿も、ウンウンと頷いた。

「その通りですわ。最初は堅苦しいぐらいがちょうど良いのです。定型文は、ご存知ですか?」

知っているのは、さっき謝罪の言葉を口にした時も、指南を頼んだ時も定型文だったので、分かっていた。

亜寿美は、頷いた。

「はい。義母の初様が、何度も繰り返し言うようにと、文言の表を作ってくださって、それを全て毎日自然に口に出るまで繰り返させられました。何しろ、実家ではそのようなこともお教え頂いておらず…恥ずかしい限りで。」

三番目でも、下位に近いとそうなるかもしれない。

綾は、何度も頷いた。

「それはよろしかったですわ。確かに先程も、自然にお口にされていましたものね。」

そこへ、千秋がおずおずと寄って来た。

「あの、王妃様…。立ち去るように申したのですが、王からの命でどうしても謝罪をと、鵬様が。」

維月は、ため息をついた。

確かに、鵬には罪はないのだ。

一度は帰れと突っぱねたものの、維心の命に従っただけの鵬に、八当たってはかわいそうだった。

「…仕方のないこと。」維月は、ため息をついた。「入るように申して。」

維月は、立ち上がって皆から離れて歩く。

妃達は、維月が立ち上がったので一斉に頭を下げ、亜寿美も急いで頭を下げた。

周囲の真似をするのが一番だと思ったようだった。

すると、鵬が転がるように入って来て、額を畳につけて言った。

「王妃様におかれましては、我のご無礼で大変にご気分をお悪くなさり、申し訳なさに顔も上げられぬ心地でございます。」

まるで、怒った維心に対するような様に、維月はため息をついた。

これでは維心とやっていることは同じだと気付いたのだ。

「良い。顔を上げなさい。」鵬は、恐る恐る顔を上げた。維月は続けた。「あなたに怒っておるのではないの。王があまりに理不尽な事をなさるので、憤っただけなのです。何しろ、王の結界の中、見ようと思われたら見えるのにも関わらず、あなたを監視に寄越されるなど、お客様に対してどれ程に失礼な事か。王の方々が我が王のお客様ならば、妃の方々は我のお客様です。その扱いには、我は許せぬ心地であるのですよ。あなたが悪いとは思うておりませぬ。侍女達が揃っておらぬでも、我は一言王に申し上げようと思うておりました。ただいまは、亜寿美様に皆でご教示しようとしておりましたところ。王には、お邪魔をなさらぬようにお伝えして。」

鵬は、維月は自分に怒ったのではないのだとは分かった。

何しろ、維月ほど臣下を大切にしてくれる王妃は居ないのだから、思えばこちらの立場を理解して、命じる誰かがいなければ、そんなことはしなかったことを分かってくれているのだ。

だが、維心からは怒りを解いて来いと言われている。

鵬は、言った。

「畏れ多くも王妃様に申し上げまする。あちらでは、関様もご自分の限界をお知りになり、渡様に王座を明け渡して皇子に戻られるご選択をなさいました。その上で、渡様のもとで亜寿美様と共に学び直し、ゆっくりと王座のことはお考えになると。」

維月は、目を見開いた。

「え…それは、此度のことで?」

後ろで、亜寿美が事の大きさを認識したのか、フラとよろけるのを、他の妃達が慌てて支えている。

鵬は、答えた。

「いえ、違うのです。此度のことは、きっかけに過ぎませぬ。元より、王の立ち合いの件でありましたり、様々荷が重いと思われていたようで。一度落ち着いて、立場を変えて学びたいとのこと。他の王達も、関様のことも亜寿美様のことも、ご理解されていて、このままでも三番目の宮なら十分にやっていける宮なのだと申されたのですが、やはり序列が陥落致しますと…臣下の心象は殊の外悪くなりましょうし、何より三番目である塔矢様や銀令様の優秀さに、今の関様では序列は維持できぬだろうと思われたようで。」

確かに、塔矢は恵麻を娶っているし、何より遠く炎嘉の血筋でかなり優秀だ。

銀令は、旭の皇女を娶った上に、旭に忠実でその言葉通りに何事も一生懸命励んで、今では相当優秀になっているらしい。

このままでは、蹴落とされてしまうのは、目に見えていた。

「…分かりました。」維月は、言った。「あなたは戻りなさい。王には、我は王御自らお話くださらねば臣下の言葉では納得致しませぬとお伝えを。何度も申しますが、鵬が悪いのではないのです。命じた維心様のお話を聞かねば、我には此度の事は理解できませぬから。」

どうせ隣りで聞いているのだろう。

維月は言って、鵬を下がらせた。


扉が閉じると、綾は言った。

「…維月様でも、王にそのように強く出られる事があるのですね。初めて知りましたわ。我はしょっちゅうですけれど。」

椿も、頷く。

「我も。何しろ言わねばわかっていただけぬので。」

維月は、ため息をついた。

「王におかれましては、ここ龍の宮で見えておらぬ場はありませぬのに。我としましては、王のお考えをしかと聞かぬと納得できませぬ。これで、鵬に八当たるようでは、いよいよあちらには戻る事はできませぬわ。」

維月が、怒っている。

亜寿美が、ふるふる震えながら言った。

「…我のせいで。維月様、そのようにおっしゃらないでくださいませ。龍王様がご案じになるのも道理なのですわ。我はこんな風で…守ろうとなさったのです。現に、綾様には大変なご無礼を。己の無知が、どれ程に罪なのかと思い知った次第です。この上、我の罪を重ねされぬでくださいませ。」

維月は、顔をしかめた。

確かに、亜寿美がそう思っても仕方がない。

亜寿美が完璧な様なら、維心もこんなことはしなかっただろうからだ。

「そのように。分かりましたわ、涙を拭いて。」維月は、胸から懐紙を出して亜寿美に渡した。「亜寿美様が嘆かれるのなら、我はこれ以上申しませぬ。とはいえ、関様は王座を降りるとお決めになられたご様子。これよりは、また一からゆっくり学んで参れます。いつか再び王妃になられる時のために、励みましょう。今の亜寿美様なら、きっとすぐに学ばれますわ。」

綾も、亜寿美を気遣いながら、頷いた。

「そうですわ。時ができたのですから。皇子に戻られるだけなのです。あなた様も、ゆっくり学んで参れますわ。」

亜寿美は頷いて、維月の懐紙で涙を拭いた。

「…まあ、とても良い香りが。」

それどころではないのではないのか。

維月は思ったが、苦笑して答えた。

「王がお合わせになった梅香でありますわね。着物に焚き染められておるので、恐らく移ったのでしょう。」

椿が、言った。

「香がお好きなのですね。では、もう礼儀はゆっくり学んだら良いのですから、ここからは香のお話など。亜寿美様は、どんな香をお合わせになるのですか?」

亜寿美は、目を輝かせて頷いた。

「はい!あの、香は得意ですの。父の仁弥の宮には実は、とても多くの材料がありまして。あの…実は秘密なのですけれど。宮の奥の小さな中庭には、枯れた香木がございまして。それがそれはそれは、良い材料になるのですわ。でも、内緒ですわ。」

そんな宮の大事をここで言ってもいいの?

皆が思わず口を押えたが、綾が苦笑した。

「まあ。では、聞かなかったことに致します。でも、では仁弥様の宮には、たくさん良い香を作る材料が眠っておるのですわね?」

亜寿美は、今更遅いのだが、声を落として頷いた。

「はい。他にも、香に良い樹液を出す木でありますとか、意外であられるかもですが、赤い砂とか、燃やせば良い灰になる葉とか…。」

ということは、仁弥の宮では結構香に明るいのだろう。

というか、香だけに特化しているかもしれない。

だからこそ、良い香が生み出されている可能性があった。

「知らぬところでしたわ。」維月が言った。「ならば、大変に此度の序列の件にしても、序列維持に良い話題ではないかと。そこまで多くの良い材料を生み出す宮であるし、何より香に明るくていらっしゃるのですから、御父王もきっと良い香を合わせられるのではありませぬか。それは、宮の誉れでありますから。白虎の志心様は、それは香を好まれるし、序列を決める際にも、きっと良い影響を与える事になるのでは。」

亜寿美は、驚いた顔をした。

「え、香ですのに?確かに父はとても良い香りの香を幾つも合わせていらして、宮の奥に保管しておられますけれど、我ら生まれた時から香に囲まれて育ちましたので。特別だとは思うておりませんでした。」

綾は、首を振った。

「良い事でありますわ。父王に、そのうちの一つでも志心様にお贈りになってはと御文を送られては?もちろん、序列がどうのとは、絶対に申してはなりませぬ。ただ、志心様が香に明るいのだと知ったから、きっとお喜びになるだろうと書き添えて、お勧めになっては。悪いことにはなりませぬ。」

亜寿美は、真剣な顔で頷いた。

「分かりました。父は神世でも評価される腕前であられるかもしれぬのですね。では、後で控えに戻りましたら、すぐに。」

いや、もうここで書いた方がいい。

おかしな内容になったらまずいし、できたら内容を確認してから送らせたかった。

「…こちらで書いて送られた方がよろしいわ。」維月は言って、阿木を振り返った。「阿木、紙と硯を。」

阿木が、下がって行く。

維月の意図を察したのか、皆はそれを黙って見ていた。

何しろ亜寿美は悪気のない素直な女神で、また悪気なくおかしなことになってしまわないように、みんなで守ろうと思ったのだ。

礼儀にはあんまりでも、こうして良い所も見えていない事もあるもの。

維月は、維心に腹も立つし、しかし亜寿美も何とかしてやりたいしで、何と言おうかと内心悩んでいた。

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