騒ぎ
そんな中でも、容赦なく月末はやって来る。
29日は、月の宮での月見の宴だった。
維月が懸念していたのにも関わらず、蒼は瑞花の窮状を知ると、瑞花の事を考えてすぐに次の日に軍神達を送って、瑞花を里帰りさせた。
表向き、高瑞から出産まで案じるので瑞花を里帰りさせよという書状が来たらしいが、その実裏では、瑞花が高瑞に懇願したからだろうと思われた。
維月が蒼へと送った文も、影響があったのだろうと維月は思っていた。
何しろ、蒼は世話をした全ての神を案じるので、瑞花の事を聞いて、高瑞に話に行っただろうからだ。
維月は、言わない方が良かったのだろうかと思ったが、もうこうなってしまったからには、仕方がなかった。
ちなみに、あれから会合の宴の話を翠明から聞いた綾が、案じて文をくれていた。
維月は、瑞花が悪くはないのだと理由を書いて送り、綾も、さすがに漸には腹を立てているようだった。
普通、そんな話を誰から聞いたとか、言わないし聞かないものなのだ。
それを、無理やりに聞いておいて暴露するなんてと大層な怒りようだった。
美しい綾の文字が、相当に乱れていたのでかなり怒っているのだと思われた。
何しろ、その後で翠明から、月見に漸を来させるのかと維心に向けて問合せて来たぐらいだ。
綾が、同席するなんてとんでもないと、悪阻で吐きながら鬼気迫る勢いで言うからだそうだ。
維心は、面倒だなと思ったが、事が大きくなるのを恐れて、今回に限り妃達と王達は、一切同席しない事に取り決めた。
なので、月の宮では王達は南、妃達は北で月見をすることになったのだった。
とはいえ、月見は月の宮でするので、瑞花はそこが里で帰っていた。
漸が、同じ宮に居て、会いに行かないはずはなかった。
そこで、また大騒ぎになるのではないかと、維月はひたすらに案じていた。
もう、月見は次の日だという日の朝、漸が龍の宮へとやって来た。
いきなりに来ると連絡が来て、維心も宮の会合があったが、維明に代わりに出させて漸を待つことになってしまった。
何か込み入った事かもしれないので、維月は面倒が起こってはいけないと一緒に居ない事にして、それでも内容は気になるので、奥の間で扉の前に座り、じっと聞いておくことにした。
普通は、王が居ないのに王の部屋である奥の間に妃が居るなど無いのだが、維月の場合は維心が自由に出入りを許しているので、維月は制限を受けたことが無かった。
もちろん、維心は維月がそこに居るのは知っていたが、漸が気取ったら気を悪くするかもしれないので、一応気は隠しておくように言われていた。
維心が居間でむっつりと待っていると、漸がそこへ侍従に案内されてやって来た。
漸は、急いで入って来て、言った。
「維心。いつもの鵬は居らぬのだの。」
維心は、答えた。
「主がいきなり来るとか言うからぞ。今は宮の会合の時間なのだ。あれは、今会合の間で維明と会合に出ておる。ゆえ、侍従に案内させたのだ。」と、椅子を示した。「座れ。何ぞ、急に。」
漸は、目の前の椅子に座った。
「…その、瑞が月の宮へ帰ってしもうて。」
維心は、やっぱりそれかと頷いた。
「聞いておる。我の妃の里でもあるしな。懐妊しておるからと聞いておるが?」
漸は、首を振った。
「こちらでは出産は里でするのだと聞いておったので、里帰りは年が明けた頃かと話しておったのに。いきなりに高瑞殿から引き取ると言って来て、迎えが来てあれは帰った。どうやら、帰りたいと高瑞殿に訴えたようなのだ。」
維心は、まあそうだろうなと言った。
「主、最近緊張感が無さ過ぎたのよ。そも、妃との閨の話であろうと、約したことはしっかり守って然るべきぞ。我が怒ったのは道理であって、瑞花はそれを知っておるから何と無礼をと怒ったのだ。主だけが無礼ならいざ知らず、瑞花すら巻き込むような事態を起こしおってからに。」
漸は、困惑した顔をした。
「なぜに知っておる。」
維心は、ため息をついた。
「維月に文が来たからぞ。瑞花は、心底謝っておった。主、妃から聞いたという瑞花に、誰ぞと執拗に訊ねたのだの。そして、誰にも明かさぬという約定の下、維月の名を聞いた。なのに、それを忘れてあっさりあのような場で明かしたのだろう。瑞花が怒って当然ぞ。信頼しておった王が、己を貶めて妃達との仲まで壊すような事をしでかして、本神は己の不始末を分かってもおらぬのだからの。しっかりせよ、いくら神世を知らぬとはいえ、知っておる瑞花の言う事を聞かぬでおったら馴染めるものも馴染めぬわ。我が怒った意味が、あれが里へ帰って分かったのではないか?」
漸は、言われて項垂れた。
「…分かった。大した事ではないと思うておった。主らは少々の事では文句も言わぬし、その場で違うと正すだけであるしの。それで何とかなるのだと高をくくっておったのだ。主はやたらと厳しいヤツであるから、他とは違ってあれこれ細かい事を言うから、面倒と思うておったが…瑞花が怒った事で、もしかしたらまずい事をしてしもうたのかと思うて。」
維心は、容赦なく頷いた。
「その通りよ。とはいえ、維月はもう、怒っておらぬ。他の王に知られてしもうたから、顔を合わせづらいと最初は困っておったが今は開き直っておる。そういう性格であるから、そこに感謝するが良いわ。だが、瑞花と主の事は、我らにはどうにもできぬぞ。主は、瑞花が信頼して主に明かした事を、あっさり反故にして皆の前で話した。それで、瑞花の信頼が崩れて、宮へと帰ることになった。他の妃とのことは、維月が取り成しておるゆえ問題はない。だが、主と瑞花の間の事は知らぬ。どうにでも謝って、己で何とかするが良いわ。ま、まだ表向き出産のための里帰りであるのだから、ここで何とかすれば問題なかろう。」
それが難しいのよ。
維月は、それを扉の前で聞きながら思っていた。
恐らくあまり、自分が悪いと思ってもいない漸が、瑞花の心をほぐすのは、並大抵の事ではないだろう。
だが、自分は瑞花の気持ちが分かるだけに、取り成す気持ちにもなれなかった。
もし自分なら、許せないだろうからだ。
これは、王との信頼関係の問題なのだ。
だが、漸は言った。
「何が悪かったのかは分かった。だが、里へ帰るほどの事であったのか?そもそもその時は頭に血が昇っておって、約した事すら覚えておらなんだのだ。覚えておったら言わなんだ。そう申したのに…あれは、泣きながら出て行って、そのまま口も利かぬようになって。次の日に月の宮に帰ったのだ。」
維心は、呆れたように言った。
「覚えておらぬと?主な、そこからもう、間違っておるのよ。子供ではないのだぞ。回りを巻き込んでおいて、覚えておらなんだゆえ責はないと言うのか。いくらなんでも、無責任過ぎるぞ。よう考えてみよ、もしそれが我との約定であったなら?あの時は慌てておって、何を約したか覚えておらぬとか言うて、それが通ると思うか。我は、有無を言わさず主の宮を攻めたぞ。」
言われて、漸は顔をしかめた。
「そんな大層なことか?」
維心は、頷いた。
「我から見たらそんな大層なことではない。だが、事、主と瑞花の間だけでいえば、そんな大層なことぞ。それだけのことをやったのだと弁えよ。それだから瑞花は帰ったのだ。」
漸は、呆然とした。
やっとかなり大きな事になりそうだと分かったらしい。
「…そこまでとは思わずで。維月は?維月が瑞花に言うてくれたら、あれは機嫌を直すのではないのか。もう怒っておらぬなら、維月に頼もう。」
維心は、首を振った。
「あのな、我の正妃をなんだと思うておる。維月は迷惑を掛けられた当事者ぞ。何故に主のためにそんなことをさせねばならぬ。そも、主は本日来てから、維月への謝罪の言葉もないではないか。それなのに、あれに頼むと?いいかげんにせよ。己でなんとかせよ。これ以上巻き込むでないわ。」
漸は、それでも言った。
「謝れと申すなら謝る。あの折炎嘉も主に怒るなと言うておったではないか。ゆえ、維月に取り成してもらえるように言うてくれぬか。」
維心は、頑固に首を振った。
「ならぬ。炎嘉は当事者ではないからぞ。あれは維月のことを知っておるし、今さらであったからそう大した事のように思うておらなんだが、我には違う。我の正妃なのだぞ。我にはあれを守る義務がある。下位の王であったらあの場で首が飛んだと考えよ。主であるから、後に奥に面倒を抱えるだろうなと知っておったしあの程度にした。後は己でやれ。我は知らぬ。維月にそんなことは命じぬ。」
漸は、絶望的な顔をしたが、維心がこう言うならもう、どうしようもない。
仕方なく、黙って立ち上がって、項垂れながらそこを出て行ったのだった。




