口伝
維月、瑞花、椿、杏奈、綾、恵麻、明日香、桜、楢の9人は、ひたすらボソボソと目の前の小さなテーブルに乗り上げる形で、額を付き合わせて話していた。
そこへ、侍女が入って来た。
皆が、ビクッと振り返ると、その異様な光景に侍女も固まってこちらを見ている。
その侍女が、月の宮の侍女だったので、杏奈が急いでテーブルから身を起こして、言った。
「何か用ですか。」
侍女は、ハッと我に返って頷いた。
「は、はい王妃様。あの、王が月に戻られたので、お帰りは龍の義心殿が警護について送って行かれるとのことでございます。」
…また蒼はびっくりしたか何かなのね。
維月は思ったが、黙っていた。
杏奈は、ため息をついた。
「分かりました。下がってよろしいわ。」
侍女は、頭を下げて脱兎の如く出て行った。
何かの邪魔をしたのだと分かったようだった。
維月は、言った。
「…でも…お話は終わりに近付いておりましたし。蒼が帰ったのなら、我らも帰る仕度をせねばなりませぬ。」
綾は、頷いて言った。
「誠に学びになりました。とても考えも及ばぬことでありますし、帰ったら早速今夜、試してみなければ。」
それは翠明様が大変ね。
維月は思った。
明日香が、ため息をついた。
「我は長く生きておりますが、そんなことは思いもよらず。王にお任せするばかりでありましたので。目が開かれる心地ですわ。しかも、これも維月様が知る一部であるなんて。」
大真面目にそんなことを言う明日香に驚いたが、皆真面目な顔で頷いた。
「何事も、我らの地位を固めるためのことでありますから。龍王様にただ一人と愛される維月様のお話なのですから、我らもご信頼できるというものです。」
そんなに大層なこと?
維月は思ったが、真面目そうな桜も真剣な顔をしているところを見ると、やはり妃の地位は努力で守るという風潮は健在なのだ。
瑞花も、言った。
「最初は何と恥ずかしいと思いましたけれど、王なら珍しがってくださりそうなので。ここは励まねばと思います。」
だからそんなに頑張らなくても大丈夫だってば。
維月は思って、急いで言った。
「皆様、これはあくまでも、毎日の事に飽きて来られたなと思われたら少しずつ使うと良いのですわ。お教えしたのは、初歩の初歩でありますから。我が王は我が、陰の月であるのを理解しておりますから、特に驚きもなかったようですが、皆様のように淑やかな方々が、いきなりに始めると驚かれて拒否されることも考えられまする。あくまでも、様子を見て。お分かりでしょうか?」
全員が、頷く。
「はい、分かっておりますわ。」
本当に分かっているんだろうか。
維月は気になったが、これで皆の気が済んだのなら良かった、と思い、それぞれの控えの間へと、帰り支度のために向かったのだった。
そうやって、渡と美穂の婚姻が終わり、渡の宮は正式に美穂が王妃として奥を回すようになって、落ち着いた。
関も、獅子の宮の駿の下でそれなりに楽しく第二の神生を生きているらしい。
亜寿美も、あれだけ落ち込んでいたのだが、いきなりに実家である仁弥の宮が二番目三位という地位について、王妃の明日香が忙しくなったので、それを手伝って亜美加と共にてんやわんやしているうちに、すっかり気持ちを取り戻しているようだった。
最近では、軍神の一人とよく話しているのを見掛けるということなので、もしかしたら関のことは、もう完全に吹っ切れてしまったのかもしれない。
そんなこんなで、水無月の婚姻の式から七夕を過ぎ、今は長月になっていた。
いい感じに満月になるのは、長月の29日だと分かっていたので、前日から今回は、上位の王達だけで月の宮へと集まることになった。
蒼が、月の宮だと安定していられると言うので、いきなりに月へと打ち上がってしまわないように、そうなったのだ。
蒼は相変わらず不安定で、月の宮に居たら落ち着いているものの、外では緊張しなければならない。
なので、元々宮を閉じているのもあって、七夕にも来なくなり、宮に籠りがちになっていた。
そうは言っても、そもそもがそういう催し以外は出て来ることのない蒼なので、本人はそこまで気にしていないようだった。
十六夜も、いきなり帰って来る事がなくなったから落ち着いたと言っていたが、早く慣れないと何かあった時に困るので、やはり蒼には外に修業に出て欲しいなと維月は思っていた。
長月の月見は下旬なので、上旬の会合には皆、普通に出席した。
今回の会合場所は鳥の宮で、維心も維月を置いて、明日の朝には帰ると言って、飛び立って行った。
あれから、文月、葉月と会合をこなしての長月だったので、新しくメインテーブルについた王達も、かなり慣れて来ていた。
出て来た困り事の案件なども、サクサク塔矢や仁弥にも振り分けられて、きちんと処理しているので助かっていた。
今回もいろいろな提出された案件を上位の宮に振り分け、そうして会合は終わった。
宴の席では、鳥の楽士が良い感じに演奏する中で、炎嘉が言った。
「誠に落ち着いたのう。」と、杯を口にしてから、続けた。「渡も美穂が無事に懐妊したし、これよりの事はないわ。ところでどこも、懐妊ラッシュであるが、瑞花も桜も椿も綾も恵麻も楢も杏奈もであろう?皆同時にとはすごいの。懐妊しておらぬのは維月ぐらいではないか。」
維心が、言った。
「だからといって、うちが仲が悪いということではないぞ。毎日やることはやっておる。だが、うちの場合はあれが作ろうと思わねばできぬのよ。己で調整しよるから。」
志心は、頷いた。
「だろうな。前世数珠繋ぎに子を成しておったのだから分かるわ。維月がその技を習得せねば、まだできておったろうな。何しろ、娶った当初維月の腹が空いた時はなかったからの。」
炎嘉は、頷いた。
「それにしても、そうなると正月は大変よな。皆大きな腹を抱えて来るわけであるし、宮において来る方が良いのではないか?」
翠明が、それには答えた。
「それはできぬ。綾が今から正月はなんとしても行くと聞かぬし。月見とて、悪阻で苦しんで吐きながらも行くと言うぐらいぞ。反対でもしようものなら、一生恨まれる。」
妃からしたら、唯一の楽しみを奪うなということだろう。
漸が、言った。
「まあなあ。それというのも瑞花が、何やら維月に無理を申して皆で教わったとかいう技を駆使するゆえ、つい毎日励んでしもうたからなのだ。珍しいので面白そうだなと最初は思うたぐらいだったが、一方的に楽しんでおったのが嘘のように思えての。つい。」
え、と皆が驚いた顔をする。
焔が、言った。
「…ということは、主も叫び声を上げておるのか?」
漸は、顔をしかめた。
「いや、そんなことではない。なすがままであった頃とは違い、お互いに積極的にする感じ。なので楽しゅうてな。」
それには、妃を持つ王達が顔を見合わせる。
炎嘉が、おかしな雰囲気なのにむっつりと言った。
「…なんぞ?もしや皆?」
仁弥は、頷いた。
「うちは歳が歳であるから、懐妊こそしておらぬが今漸殿が言うたような様で。まさかあれも、維月殿に教わって来たからか?あれは何もいわなんだが。」
漸は、答えた。
「瑞花も最初は何も。だが、急にどうした、他に男でもと問い詰めたら、茶会の席で椿が、夜聴こえた維心の声の事で話を振っての。教えて欲しいと言ったのだとか。維月は渋々初歩の初歩という技を教えてくれたのだそうだ。」
初歩の初歩。
翠明は、言った。
「…そうかだからか。綾は、侍女の噂話から学んだので試したいとか言うて。あれは維月の名誉を守ろうとしてそう言うたのだの。」
箔炎も、頷いた。
「突然に椿が積極的になったのでどういう事かと思うたが、そういうことか。あれは、維心の声が聴こえた時に、己もやると聞かぬで。だが、実際どうやれば良いのか分からずで困っておったのだ。ゆえ、思いきって聞いたのだろうの。そうか、そういうことか。」
つまりは、皆そうだということだ。
漸は、維心を見た。
「それにしても、あれが初歩なら主はどんな良い思いをしておるのか気になるわ。誠に陰の月とは便利なものよな。溺愛する心地も分かる。」
維心は、ブンブンと首を振った。
「違う!我は別にだからあれを愛しておるのではないわ。全ては後からついて参ったのだ。それに、維月はしょっちゅうああなのではないからの!」
それにしても、そんなことを朝の茶会で話していたとは。
皆は思ったが、妃の立場からしたら維月という真実愛される妃は理想で、それが知る事なら何でも知りたいと思うのは道理だろう。
だが、そのお蔭で王達は、まんまと皆それにハマっているのだ。
つくづく、陰の月とは大したものだと皆、ため息をついたのだった。




