秘伝
妃達は妃達で、維月、瑞花、椿、杏奈、綾、恵麻、明日香、桜、楢の9人は別の部屋で朝の茶を飲んでいた。
美穂がまだ来ていないのは、婚礼の次の日なので当然として誰も何も言わない。
いつも通りに穏やかに茶を飲んでいたのだが、ふと、椿が言った。
「時に維月様。」維月は、椿を見る。椿は続けた。「お教えいただきたい事がございまして。」
維月は、頷いた。
「何でございますか?」
椿は、この上なく真剣な表情で、声を落として言った。
「…夜の事ですわ。どうしたら王を、その、あそこまでお楽しみいただけるようにできるのかと。」
ブッ、と維月は茶を吹きそうになった。
綾が、急いで言った。
「まあ椿、いや椿様、そのようなこと。不躾ですよ。」
慌てたのか、前世の記憶のまま椿を呼んでしまい、綾は混乱している。
椿は、首を振った。
「維月様であるからこんなことをお聞きするのですわ。昨夜は龍王様のお声が聴こえて参りまして。王はどうせ維月が維心を攻めておるのだろうから気にしても仕方がないとか申されるし、ご存知であられるようでした。ならば王もそうして欲しいのかとお聞きしたら、まあ、できたらのと仰るので。でも、我にはどうしたら良いのか皆目分からずで。王は苦笑なさって、無理をするでないと仰るし、己の不甲斐なさにうちひしがれてしもうて。」
聴こえたのか。
というか、箔炎の所までとなると、結構な範囲聴こえていることになる。
維心は慌てて防音結界を張っていたが、弛んだのだろう。
見ると、妃達は恥ずかしそうにモジモジしている。
みんなに聞かれたと思うと、維月は穴があったら入りたい心地だったが、ここは覚悟を決めて、頷いた。
「…仕方がありませぬ。あちこちにご迷惑をお掛けしてしまいました。あの、本来あまりしないのですが、昨夜は王に感謝の気持ちをと。我は、陰の月でありますので。いろいろな技を知っており、それを使って…その、王をお慰めしておるのです。」
昨日の声は、慰めるどころではない感じだったが。
皆は思ったが、ゴクリと唾を飲み込んだ。
妃達にとって、王の寵愛はどうあっても維持しなければならない最重要課題だ。
夜の褥のことにしても、それが繋ぎ止めるのに手っ取り早いのは確かなので、聞けるのなら聞きたい。
そんな気持ちが透けて見えた。
「…維月様には、陰の月であられるので、その、いろいろご存知であるのですわね?」
綾が、声を潜めて言う。
維月は、頷く。
「はい。この身に生まれつき備わっておる能力と申しますか。陰の月は陽の月より力が弱いので、もしも危機に瀕した時、相手の望みを体現し、篭絡して殺そうと思わぬようにするために、持っておるものでありまする。なので、その気になれば男でも女でも、その気にさせることができまする。もちろん、普段は絶対にそんな様は見せませぬけれど。」
皆、怖いほど真剣に聞いている。
椿が、言った。
「それは…その、一部だけでもお教えいただくわけには…?」
維月は、少し怯んだが、皆の無言の期待感が半端ない。
朝からする話ではないが、しかしこんな話題になったのも、昨夜他神の宮であんなことをした自分の責任だ。
維月は、更に声を落として、言った。
「では、もっとお寄りくださいませ。」と、皆を別に小さなテーブルの方へと誘導した。「こちらで。皆で肩を寄せて小声で話せば、外へは漏れませぬから。ご興味がなければそちらへ残ってくださいませ。よろしいですか?」
皆は、これに遅れてはと急いでこちらへとやって来る。
全員でテーブルを囲んで肩を寄せ合い、ぎゅっと一か所に集まった所で、維月は声を潜めた。
「…あの、我は相手の望みを気取る能力がございます。なので、的確にその時その時の対応策を肌で感じて決めて行けるのですけれど、皆様にはそんな能力はありませぬ。ですから、予測するしかありませぬの。幾つかのパターンに分けて、その代表的な技をお教えいたしましょう。全ては無理です。とても時が掛かりますし、そもそも多過ぎてご説明するのも大変ですので。皆様は、己の王がどのパターンに当てはまるのか、己で考えて対応することになりますわ。では、ええっと、もっとお寄りになって。」
妃達は、もっと寄って額を付き合わせるような形になると、ボソボソという維月の説明に、うんうんと一々頷きながら、真剣に聴き入ったのだった。
渡は、皆が何やら疲れた雰囲気でそこに集まっているので、顔をしかめた。
「…なんぞ?何やら皆、朝から疲れておるの。」
炎嘉は、言った。
「主は元気そうだの、婚姻の次の朝なのに。」
渡は、頷いた。
「初夜から無理はさせぬわ。美穂は、それでも疲れてまだ寝ておるのに。して?維心は心ここに在らずな様子であるが、昨夜何かあったのか。」
維心は、顔をしかめる。
焔が、言った。
「こやつはこやつで妃が特殊であるから、昨夜大変だったのよ。陰の月のことは知っておるか?」
渡は、頷く。
「まあ、聞いておるが。かなり奔放で、抗うのは難しいほど夜のアレに長けておるのだろう?」と、え、と維心を見た。「もしかして誠にそうなのか?女から攻めて来るのか。」
維心は、頷いた。
「その通りよ。我慢しても声が漏れるゆえ皆に知られての。とはいえ、滅多にそんなことはない。昨夜はあれの気が向いたゆえ、こうなった。」
渡は、ハハア、と呆れた顔をした。
「大変だの、余所の宮で。とはいえ、珍しいのう。婚姻前なら試させて欲しかったやもしれぬわ。」
維心は、スッとハッキリした顔になると、首を振った。
「それはあり得ぬ!いくら陰の月が誰でもこだわりがないとはいえ、維月はそうではない。一緒にするな。」
渡は、顔をしかめた。
「ややこしいな。その陰の月が維月なのだろうが。」
そこは炎嘉が説明した。
「維月には維月の良識があるのよ。だが、本来の陰の月の性質はそうではないゆえ、普段は抑えて生きておる。月は複雑なのだ。主も共に居れば分かって来るわ。」
志心は、言った。
「とにかく、主は美穂を無事に娶った。これで我らも安心して毎日の責務に集中できるというものぞ。」
翠明も、頷く。
「その通りよ。綾も大層安堵しておった。あれは最初から美穂を那佐にと願っておったし、喜んでおったからな。」と、仁弥を見た。「そういえば、明日香はどうよ?何か言うておったか。」
仁弥は、頷いた。
「は。明日香は、皆大変に親切で思ってもいないほど楽しく話せたと。誠に他の妃達には、感謝しかない。」
維心が、言った。
「維月も明日香には悪い所など見当たらなかったと申しておった。むしろ、楽などに堪能で、綾と話が弾んでいたのだとか。落ち着けば博識で楽しめたのだと。」
それには、翠明も頷いた。
「綾もそのように。不安要素は欠片もなかったようよ。考え過ぎであるようぞ、仁弥。」
仁弥は、ホッとした顔をした。
「それは良かったことよ。安堵し申した。」
宮でそれなりにかなり励んだのだろう。
下位からそこまでになるには、並大抵ではなかったはずなので、明日香は努力家なのだ。
「…思えば、楽も香合わせも、嫁いで来てから我が厳しく教えたので。それを、今では共に楽しめておるのを思うと、あれは励んでおる方なのかも知れませぬ。」
仁弥が続けると、炎嘉は言った。
「誠か。それは大変だったの。ならば、明日香は優秀な女神よ。今、皆と話が合うのもそれゆえだろうしの。良かったではないか。」
仁弥は、頷く。
何とかこの中でもやって行けそうだと自信も出て来たのかもしれない。
箔炎が言った。
「塔矢はどうよ?恵麻は何か言うておったか?」
塔矢は、答えた。
「は。あれは元より鳥の宮から来ておるので、特に構えることもなく。維月殿とも面識があるし、元々文をやり取りしたりと仲が良いようなので、此度も楽しんだと申しておりました。これからがとても楽しみなのだと。」
炎嘉は、頷いた。
「さもあろう。ならば良かった。正月も皆で集まるしな。」と、蒼を見た。「ところで蒼、主、昨日から寡黙だの。どうよ、月に昇って落ち着いたか。」
蒼は、顔をしかめた。
「それが、宮では安定しておるのですが、外に出たり、酒を飲んだりしたら、気を抜いたら月へ帰りそうで。なので黙っております。今、必死で。」
つまりは今も、昇ってしまいそうなのだ。
焔が、慌てたように言った。
「誠か。ならぬぞ、妃が共なのに。置いて行くわけには行くまいが。帰った方が良い、誰かが杏奈を送り届けることになる。」
蒼は、頷いた。
「分かった。昨日酒なんか飲むんじゃなかった。」
酒が残っておるのか。
皆が落ち着かない気持ちになったところに、十六夜の声がした。
《だから!本来オレ達は酒の影響なんかねぇの!》
いきなり声がしたので、皆ビクッと体を固くした。
と思ったら、蒼がみるみる銀髪になって、光に戻った。
《だから驚かせるなって言ってるのにーーーー!》
蒼の声が遠くなって行く。
皆は、呆然とそれを見送った。
維心が、ポツリと言った。
「…しようがない。我が義心に月の宮にあやつの妃を送るように言うわ。」
皆は、ただ空を見上げて頷いていたのだった。




