婚礼の宴
その日、神世の全ての王が招待され、その妃と共に渡の宮へと集った。
宴の席はもう準備されてあり、そこはこの宮でも一番大きな大広間だった。
ここは、まるで鳥かごのように丸く天井まで装飾され、とても美しい。
維月は、維心に手を取られてそこへと足を踏み入れたが、思わず声を小さく上げた。
「まあ!美しいこと…壁のあれは、彫り物ですわね。天井まで丸く続いておって、見事ですわ。」
維心は、歩きながらそれを眺めて頷いた。
「誠にの。」
大きな窓からは、庭が良く見える。
夕暮れの中で、あちこち灯りが灯っていて、暗くなるのが楽しみな様子だった。
一段高い場所には、最上位と二番目の上位五名がもう座って、待っていた。
「来たか、維心。」炎嘉が言った。「後は渡が出て参るのを待つばかりよ。それにしても、渡は立ち合いの指南で下位にも知り合いが多いゆえ、上位だけ呼ぶわけにも行かなかったのだの。大層な数が来ておるわ。」
確かに、多くの王達が、渡の登場を今か今かと待っている。
維心が前の王達と並ぶ席についたので、維月は後ろの妃達が並ぶ席へと落ち着いた。
横を見ると、漸の妃の瑞花、箔炎の妃の椿、翠明の妃の綾と順に並んでいる。
距離があるので今は話せなかったが、維月は綾と目配せをして、微笑み合った。
何しろ、今日の日を待ち焦がれたのは、何も美穂ばかりではないのだ。
こうなってくれるのを、心から望んでいたのは、綾も同じだった。
こうして全体を見ていると、段上にはこれまでとは違った王達が居る。
自然、妃も入れ替わり、段上に居る妃は維月、瑞花、椿、蒼の妃の杏奈、綾、塔矢の妃の恵麻、そして仁弥の妃の恐らく明日香という名だったと思う女神、桜、楢が並んで座っていた。
新しい序列のままの並びだった。
…天音様達は、もうメインテーブルではないからなのね。
維月は、寂しい気がした。
これまで仲良くやって来たのに、こうして序列が変わったり、何かあると変わってしまう。
しかし、ちらりと段の下の二番目の席を見ると、覚達は楽しげに他の王達と語らっていた。
あちらの方が、気を遣うこともないのだろう。
そこへ、滝が入ってきて頭を下げ、声を張った。
「我が王渡様と、王妃美穂様のお越しでございます!」
ざわざわとしていた、大広間がシンと静まり返る。
そこへ、目が覚めるほどに美しい、美穂の手を取った渡が入って来た。
…渡様は、雰囲気が変わられたみたい。
維月は、思ってそれを見つめた。
渡は、段上へと進み出て、言った。
「本日は我の婚礼の宴に集まってもらい、感謝しておる。我の正妃、翠明の宮緑翠の第二皇女、美穂ぞ。」
美穂は、隣で美しく頭を下げた。
あまりの美しさに、皆が口を開けずにいる中、渡は続けた。
「では、存分に宴を楽しむが良い。酒は蔵からいくらでも出す。無礼講ぞ。」
そこで、やっと皆が我に返って、頭を下げた。
渡は今や、最上位の王だからだ。
渡は、ホッと息をついて、美穂を見た。
「では、主は後ろに。」
美穂は頷いて、侍女に伴われて後ろへと下がり、綾と杏奈の間の席へと収まった。
それを見届けてから、渡は高彰の隣りにどっかりと座った。
「…疲れた。式を上げたのも初めてであるし、こんな宴を開くのも初めてぞ。朝から大騒ぎであったわ。」
炎嘉が、言った。
「それでも主は、何度も娶らぬとか言うて我らの気を揉ませたくせに、結局美穂ではないか。最初から娶っておればこんなことには。」
焔も、頷いた。
「そうだぞ、茶会が失くなったときには、何人の王が失望したと思うておるのだ。神世を騒がせるでない。それにしても、美しいのう。そういえば、緑翠はこなんだのか。」
翠明が、首を振った。
「また日を改めて参ると申しておった。白蘭が老いて来ておるから、混んでおる場は疲れるのよ。」
志心は、頷いた。
「そうだろうの。あやつは我より老いた様になっておって。普通の神であるからな。」
渡は、後ろが気になるらしく、時々ちらと見て困っていないか確認している。
箔炎が、からかうように言った。
「なんぞ、気になるか。まだ我慢せよ、宵の口だぞ?」
渡は、箔炎を睨んだ。
「違う。知らぬ妃達に囲まれて困っておらぬかと思うたからぞ。」
維心が、言った。
「問題ない。気立ての悪い者は居らぬし、何より維月が居るからの。隣りは綾だし。」
渡は、維心を見た。
「主は己の妃ばかりだの。」と、ため息をついた。「だが、その心地は分かるような気がする。」
駿が、驚いたように言った。
「え、主も美穂を溺愛しておるのか?維心のように?」
だとしたらかなりの執心だ。
渡は、駿を軽く睨んだ。
「うるさいわ。だが、維心が維月維月言う心地が、なんとのう最近分かった気がするだけ。美穂が我に纏わり付くゆえ、気が付いたらなにやら幸福なような。」
志心が、ハハア、と分かったように言った。
「あやつはこうと決めたらそれだからのう。何故に急にこうなったと、あやつの侍女の真紀子に聞いたら、あれが嫁ぎたいと主を押し倒して訴えたらしいの。だから折れたのだと聞いておる。」
渡は、聴こえていないか後ろを気にしていたが、向こうは向こうで何やら妃達が寄り集まって、話に夢中になっている。
渡は、ため息をついた。
「…その通りよ。あやつが我を想うておると聞いただけでも大概驚いたのに、迫って参るゆえ戸惑ったわ。とはいえ、我とてあれだけ美しくて気立ての良い、しかもよう躾られた皇女なら願ってもないからの。娶る事にしたのだが…」と、また後ろを見た。「…あれが気になって仕方がなくての。初とはまた違う感情ぞ。あれとは宮を守る同志のような心地であったのに、美穂はただ愛らしいだけでも充分で。なのにあれだけできる女神だし、我を追いかけてどこにでも来るしで、ここまで娶らず来るのは至難の業であったわ。」
つまりは、美穂を愛しているのだろう。
だから維心の気持ちが分かると言ったのだ。
維心は、言った。
「あー主は我慢強いのう。別に式は後でも良いのに。我なら無理ぞ。」
志心は、笑った。
「良いことよ。美穂もこれで幸福になる。我は安堵した。那佐に娶られて、誠に良かった。」
皆が、同じ心地だった。
炎嘉が、先ほどから後ろを気にしている、仁弥に気付いて言った。
「仁弥?どうした、なにか気になるか。」
焔が言った。
「まあ、美しい女が多いからのう。だが、皆王妃であるから眺めるだけにしておけよ。」
仁弥は首を振った。
「違いまする!その…我の妃の明日香は、何しろ我が三番目最下位であったのもあって、下位から来ておるのですよ。それがいきなり二番目三位などと言う地位についたので、案じられてならぬで。」
炎嘉が、案じるように言った。
「下位からか。ならばあれらの中で難しいかもしれぬな。主から見てどんな感じぞ?」
仁弥は、答えた。
「は。最近は、ひたすらに亜美加や亜寿美と学んで、桂に教わりそれなりに見られるようにはなりましたが、何しろ最上位の王妃達と同席するのは初めてで。失礼があってはと、先ほどから気が気でなくて。」
それは気になるな。
王達は、集まってヒソヒソと何やら話している、妃達の方を窺った。
明日香は、あちら側で皆の影になっていて見えないが、今のところ大層なことにはなっていないようには見える。
「…ここで何かしたら、目立って庇う事もできぬな。」維心は、言った。「維月。」
維月が、びくと肩を震わせて、振り返った。
「はい。何かございましたか、王よ。」
何を話しておったのよ。
維心は気になったが、言った。
「主らも久方ぶりであろう?場を変えて、妃だけで話して来ても良いぞ。新しい者も居るし、主らも気兼ねなく話したかろう。」
維月は、目に見えてホッとした顔をしたかと思うと、頭を下げた。
「はい、王よ。お気遣い、感謝致しまする。」
本当に感謝している気が伝わって来る。
渡は、急いで滝に他の部屋を準備させ、妃達はぞろぞろとそちらへ移って行ったのだった。




