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立場

駿は、引き受けたからには何とかせねばと覚悟を決めて、獅子の宮へと戻った。

ついて来ていたのは岳一人で、他は宮に置いて来ていた。

というのも、やはり宮の中はマシになったとはいえ、気を抜くと乱れて来るので、必要がない時にはあまり軍神達を宮から出さない。

今は気軽に外へ出ることができるようになった駿だったが、父の観の時代は王は宮を離れる事ができなかった。

王の居ぬ間にと、好き勝手する輩が出るからだ。

王妃ですら立ち合える者でなければならなかった時代に比べたら、今は格段に良い。

皇子の騮も騅もしっかり成人していて、何の問題もなかった。

なので、簡単に宮から出ている駿だったが、それでも騮に任せている間に何かあった時、軍神が少ないのは気が揉める。

なので、他の宮の臣下が大挙して来ていた王の立ち合いにも、ここからは岳しか来ていなかったのだ。

駿が宮へ降り立つと、騮が言った。

「父上。行き来しておった頼樹に聞きました。志心殿と箔炎殿を下したと?」

駿は、頷く。

「漸もな。あれは運が良かった。こちらが気になって早う帰りたいのもあって、必死になったからの。とりあえずメンツは保ったわ。ところで、関は?」

騮は、顔をしかめた。

「はい。仰る通り皇子であることは洩らさず籠めておりまする。父上が帰られるまでは誰にも対面ならぬと申し渡してあるので、一応見張りは立てておりますが部屋に近付く者は居りませぬ。」

駿は、頷いた。

「ならば、居間へ連れてこい。」と、胸から折り畳まれた書を出した。「あれの父から絶縁状を預かって参った。」

騮は、目を丸くした。

「え、絶縁?まさかあれは、ここに居座るのですか。」

本当に嫌そうな言い方だ。

駿は、歩き出しながら言った。

「さての。とりあえずあやつに覚悟をさせるのが目的ぞ。帰るまで凌げば良いという考えを捨てさせるのだ。とにかく連れて参れ。」

騮は、渋々頭を下げた。

「は。ではそのように。」

…あやつが嫌いなのだの。

駿はそんな騮の様子にそう思いながら、王の居間へと戻って行ったのだった。


しばらく待つと、むっつりと不機嫌な騮と、黙り込んだ関が居間へとやって来た。

駿は、言った。

「来たか。座れ。」と、前の椅子を示した。そして、書状を差し出した。「主の父からぞ。」

関は、挨拶もなくそれを受け取ると、開いて中を見た。

そして、みるみる顔を青ざめさせた。

「…絶縁…?!帰って来るなと?」

駿は、頷いた。

「そう。宮の心象が殊の外悪くなったのは主のせいだと大層怒っておってな。他の王の勧めもあって、主は渡と絶縁されることになった。主はもう、皇子ではない。ただの神ぞ。」

関は、ふるふると書状を持つ手を震わせた。

つまり、もう自分は所属する宮がない。

ここを追い出されたら、はぐれの神になるしかないのだ。

「そんな…父上に文を!我を切り捨てるなど、するはずは…!」

騮が、言った。

「その父からの絶縁状であろうが。主はその辺のただの神と変わらぬ。言葉に気を付けよ。」

関は、呆然と書状に視線を落としている。

駿は、言った。

「…とはいえ、一時は王座にまで居た神ぞ。本来もう放り出すところだが、我もそこまで非情ではない。元々ここは、はぐれの神を拾っておる宮。主が軍神として我に仕えると申すなら、ここに置いてやっても良い。ただ、甘くはないぞ。回りは同じようにはぐれの神も居れば、その子も居る。厳しい環境で育っておるゆえ、甘えた奴には殊の外きつく当たる。懸命に励んでおれば、手を貸す神も居る。どうする?主次第ぞ。」

関は、書状を握りしめたまま震えていたが、駿を見上げた。

軍神として、駿に仕える…だが、それしか自分にはできないだろう。

それでも、自分が役に立てるとは思えない。

王の目で自分という神を外から見ると、本当に役に立たないのだと思い知らされる。

自分は、いったい何に長けていたのだろうか。

皇子であるから気を継いでいて、渡が王座を降りたので自動的に王座に居た。

だだ、それだけだったのだ。

「…我は、軍神としては駿殿…いや、駿様の役には立ちませぬ。王の目から見て、我を軍神としてここへ入れるのは苦渋の決断であるはず。」

騮が、驚いたように眉を上げた。

また喚き出すかと思ったが、案外に関はすぐに現状を理解して考えようとしている。

駿は、片方の眉を上げた。

「ほう?ではなんとする。」

関は、駿の前に椅子から降りて両膝をついた。

「臣下に。文官としてならお役に立ちまする。昔から、勉学だけは他の者より励んでおりました。王達の中でも博識な方だと言われておりました。」

騮が、言った。

「だが、獅子の宮の内情はしらなんだよの。」

関は、頷いた。

「それは、誠に。こちらの歴史は知っておりましたが、駿様が気軽に外へ出ておられるので、未だに内情がこんな風だとは思っておりませず。それはこれから学びまする。恐らく、お役に立てまする。宮を回す事も我には雑作ありませぬ。ここには王妃も皇子の妃も居らぬはず。我はそれができまする。」

何しろ亜寿美があんまりだったので、母の初を手伝って奥の管理もやっていた。

宮の中の事なら、恐らくこの宮の役に立つ。

駿は、案外に頭の回る関に、感心して言った。

「…それは助かるわ。ここは、文官でも己の身ぐらいは守れぬと務まらぬのだが、主は全くできないのではないしの。そうか、文官か。」と、騮を見た。「どう思う?」

騮は、渋々ながら頷いた。

「は。確かに内に手は必要でありますな。母上が居らぬようになってから、我も軍務に集中できぬでイライラすることも多かったので。関がそれで良いなら、文官として取り立てましょう。」

駿は、頷いた。

「決まったの。では関よ、主は文官の末席から始めるがよい。己の力でその中で地位を上げるのだ。とはいえ、うちの文官は訓練場にも行くぞ。何しろ己の命は己で守るのが鉄則でな。また回りから追い追い学んで参るが良い。」

関は、頭を下げた。

「は。我をお引き受けくださり、ありがとうございます。」

関は、分かっているのだ。

もう、己でなんとかするしかないことを。

憤って暴れても、己の身を滅ぼすだけだということも。

頭が良いのは、本当かもしれない。

駿は思いながら、軍宿舎から文官宿舎に移るようにと手配をし、関を見送ったのだった。


次の日の朝、維心は維月の隣りで目を覚ました。

ガバッと起き上がり、ハアハアと息を上げる。

維月はびっくりして隣りで飛び起きた。

「維心様?!もう、終わりましたわ、落ち着いてくださいませ。」

維心は、まだ息を上げながら維月を見た。

そして、維月を抱き締めた。

「…皆の前で嬲り殺しにされるかと。」維心は、息を整えながら絞り出すように言った。「全く手も足も出なかった。あそこまでどうにもならずに追い詰められるのは初めてぞ。」

維月は、維心の背を撫でながら頷いた。

「はい、誠に激しい立ち合いでした。速すぎて、渡様以外の王達には全く見えなかったらしくて。お話を聞きたいと申しておりましたわ。」

維心は、維月から身を離して言った。

「…碧黎は?」

維月は、答えた。

「はい、お父様は最後、維心様が体の気を全て放って来られたので、気の補充をして意識を奪ったのだと仰っておりましたわ。それから、お父様の髪を切り落としていたようで…ようやったわと。」

髪に当たっておったか。

維心は、全く手応えがなく刀すら当てる事ができないと思っていたが、たった一太刀でも、掠めていたのだ。

「…そうか。」維心は、落ち着いて来たのかため息をついた。「本気で殺されると思うた。だが、今にして思えば、碧黎なら殺す気なら一瞬ぞ。我は遊ばれておったのだ。」

維月は、苦笑して維心を見上げた。

「それでも、一太刀でも浴びせたということが、維心様がどれほどに手練れであるのか分かりましたわ。お父様も、ようやったと何度も仰っておりましたし、維心様のご成長をお喜びであったようです。私は、あの立ち合いの最中、父が楽しんでおるように思いました。立ち合い自体をかと思うておりましたが、十六夜が言うには維心様のご成長が嬉しいのではないかと。」

維心は、困ったように笑って維月を見た。

「あれは、我の父でもあると思うておるのかの。だが、最中は誠に必死だった。生まれてこのかた、あれほどに追い詰められたのは初めてで、今思うと確かに楽しんだのやもしれぬ。碧黎は、わざとあのように我をいたぶったのだろう。誠に嬲り殺そうとしておるのだと思わせるために、やっておったのだ。余裕なくそんな事にも思い当たることもなかったことよ。」

維心は、思い出しているのか、遠い目をした。

だが、その目には悲壮な感じは欠片も見当たらず、楽しんだというのは嘘ではないようだ。

侍女の声が、外からした。

「…王、王妃様。お目覚めでしょうか。」

維月は、答えた。

「ええ。どうしたの?」

侍女の声は答えた。

「はい。炎嘉様を始め、最上位の王の方々が、訪ねても良いかとお尋ねでありまする。」

維月は、維心を見た。

維心は、息をついた。

「…来いと申せ。」と、寝台から足を下ろした。「維月、着替えようぞ。あやつらは、我に話を聞きたいのだろうの。あの速度では、見えておった者も居るまい。」

維月は頷いて、維心と共に床へと降りながら、わらわらと着物を持って入って来る侍女達から着物を受け取りながら、言った。

「それが、先ほども言いましたように渡様には見えておったようですわ。他の方々は、全く見えずで一々渡様が様子を話しておりました。月から見ておって、とても目がよろしいのだなと思うた次第です。」

維心は、驚いた顔をした。

「那佐が?」と、着物に腕を通しながら、考え込んだ。「…そういえば、昔からあやつは目が良かったような覚えがある。我の動きを完璧に目で捉えて来るのは、あやつだけだったわ。ただ、動きが追い付かぬのでイライラしておった。確かそうよ。」

維月は、頷いた。

「はい。ご本神もそのように。動きの事は聞いておりませんでしたが、以前から目が良かったと申されておりましたわね。」

維心は、頷いた。

「那佐とも話したい。関には困ったものだが、あやつがおれば別に最上位に来て良いのにの。」

維月は、維心の着付けを続けながら、言った。

「それは、焔様も仰っておりました。そう言えば、維心様をお待ちする間に王達が話しておりまして。お父様がそこへ現れて、関様に覚悟が足りぬと仰って。渡様は、一時的に関様を絶縁なさることになりました。駿様はもう、昨夜宮に渡様からの書状を手にお戻りになられましたので、恐らく関様は、帰る場がないことをお知りになられたのではないでしょうか。」

維心の、着付けが終わった。

維月が着替え始めると、維心はそれを眺めながら言った。

「確かに碧黎が申す通り、あやつは覚悟が足りぬ。ゆえ、あっさり王座を退くとか言えたのだ。那佐が何とか関を王座に残そうとしておったのにの。励む気がないのよ。良い事だと思う。」

維月は、頷いた。

「はい。どうなるのか、これからですわね。」

そうして、二人共に着替えを終えて、奥を出て王達が待つ居間へと出て行ったのだった。

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