手も足も
「ぐ…!」
維心が、叩き付けられた結界の壁をズルリと滑って球体の下へと落ちた。
皆が、それを見上げて叫んだ。
「維心!」
維心は、それでも手から刀を離すことなく、すぐに浮き上がった。
すると今維心が居た場所へ、碧黎が放った気弾が着弾するのが見えた。
「…容赦ないの。」焔が、深刻な顔で言った。「あれが当たっておったらいくら維心でも一瞬で塵ぞ。」
渡は、眉を寄せて言った。
「それでも、まだ碧黎には余裕がある。」と、また他の王達には見えなくなった球体の中を凝視した。「あれでも手を抜いておるのよ。だが、維心はもう限界ぞ。気の量が激減して行っておる。恐らく結界に打ち付けられた時、どこかやられておるな。」
誠か。
何も見えない。
皆が見上げているその中で、維心がどんどんと追い詰められているのにそれが見えないのだ。
「う…」維心は、声を漏らした。《おおおおお!》
殺される。
維心は、心底そう信じていた。
碧黎は、我を消そうとしている。
皆の目の前で…!
「…あやつ!龍身になりおった!」
いくらなんでも、あの大きさなら見える。
皆が呆然と見上げている中で、結界の玉はそれに合わせて大きく変化した。
《消させはせぬ!主の思惑通りには…!》
維心は、口から気を放った。
「ならぬ…!主の体内の気はそんなにあるまいが!」
渡が叫ぶ。
しかし碧黎は、うっすら笑って言った。
「我にそんなものが利くと思うか。」と、手を上げた。「だが、ようやったわ。」
碧黎は、維心に向かって大きな気砲を放った。
維心はそれに捕らえられ、体を固くしたかと思うと、するすると人型に戻って行って、結界の球体の下へと落下した。
そして、そのままそこに倒れたまま、微動だにしなくなった。
「維心!」炎嘉が、叫んだ。「やり過ぎぞ!碧黎、維心が虫の息ではないか!いや、もしや死んでおるのか?」
碧黎は、苦笑すると飛んで維心の所へ降りて行き、その体を持ち上げた。
そして、結界を消すと観覧席の皆の所へと降りて来て、そこへ維心を寝かせた。
「あのな。殺すと思うか。こやつは我が真に殺しにかかっておると思うておったがの。全てはこやつのため。だが、思うたよりようやったわ。驚いた。」
確かに、維心の気は元に戻っていて、あちこち傷だらけだが特に命の危機を感じる状態ではなかった。
「だが…主の気にまともに捕らえられたのに。」
焔が言う。
碧黎は、首を振った。
「こやつは最後に体内の気を全て我に向かって放った。あのままでは死ぬゆえ、我は気を一気に補充して、ついでに意識を奪っただけよ。そもそも、これを育てるためにやったのに、何故に殺すのよ。あり得ぬ。」と、フッと笑って自分のこめかみの辺りに触れた。「…やりおったわ。我に少しでも傷を付けられたのだから、こやつはようやった。」
見ると、確かにその辺りの髪が少し、不自然に短くなっている。
維心はあの中で、碧黎の髪を切り落としたのだろう。
「何も見えなんだ。」炎嘉は、ため息をついた。「見えておったのは渡ぐらいのものぞ。我ら、同じことが敵相手にあったら、助けることもできぬ。」
碧黎は、浮き上がってハッハと笑った。
「そんなものは居らぬ。我はこの地であり、維心はその我が作った最高傑作ぞ。だが、それに近い者は居るやもの。ゆえにこやつは、己の力の限界を知っておく必要があったのだ。我も楽しめた。誠に良い立ち合いであったわ。」
碧黎は、空高く飛び上がり始めた。
炎嘉が、叫んだ。
「こら!終わりか?維心は?!」
碧黎は、答えた。
「問題ない。疲れて寝ておるだけよ。そのうちに目を覚ますわ。起きたら我に傷を負わせていた事実は伝えてやるが良い。ではの。」
傷ではないがの。
皆が思っている中で、碧黎はそのままスッと消えた。
残された王達は、急いで維心を奥へと運び込み、傷の手当てをさせたのだった。
維月は、運び込まれた維心の手当てを治癒の龍達に指示し、それらの治療を見守った。
王達も、奥へと運ばれた維心を待って、居間で全員待っている。
治癒の龍は、総出で手を翳していたが、ホッと息をついた。
「…終わり申した。王妃様、王はもう、大丈夫でございます。」
維月は、頷いた。
維心は、体のあちこちに切り傷を負っていたが、それよりも結界に打ち付けられた時の、背骨の傷がかなり大きかったのだ。
だが、気で浮き上がって激痛に耐えて龍身を取り、自分の気がなくなる前にと碧黎に向かって気を放った。
それで、本当に死ぬところだったのだ。
碧黎がすぐに気を補充したので事なきを得たが、普通ならかなりヤバかった。
維月は、あちこち切れた髪を整えてやって、スヤスヤと静かに寝息を立てる維心を後に、治癒の龍達と共に居間へと出て行った。
居間では、王達が待ち構えていて、維月に言った。
「どうであった?維心は大丈夫か。」
治癒の龍達が、頭を下げて去って行く。
維月は、問う炎嘉に答えた。
「はい。もう大丈夫ですわ。元々お命には問題なかったのですが、結界に打ち付けられた時の傷が…背骨を骨折しておりましたので。あのままでは、立てぬ状態でした。」
気で浮き上がったから気付かなかったが、あの時深傷を負ったのか。
炎嘉は、顔をしかめた。
「それはかなりの痛みであったろうに。それでもまだ戦っておったのか。よう起き上がったの。」
焔も、身震いした。
「考えただけでも痛むわ。維心の話を聞きたいが…あやつは寝ておるのだろう?」
維月は、頷く。
「はい。今はお休みさせておきたい心地でありますので。明日の朝ならお話できますかと。」
志心が、頷いた。
「もっともな事ぞ。」と、立ち上がった。「治ったなら良い。どうなるかと案じたゆえ。また、明日の朝こちらで話してから帰ろうぞ。」
しかし、駿は立ち上がりながら言った。
「我も話は聞きたいところだが、宮が気になるゆえ。我は戻る。那佐よ、主は関に書状を書かねばならぬぞ。絶縁するのだろう?」
渡は、ハッと立ち上がった。
「そうであった。ならば急いで書くゆえ、持ち帰ってくれぬか。すまぬがしばらく、あやつを頼む。」
駿は、頷いた。
「任せておくが良い。死ぬほどつらいだろうが、死なせぬように見ておくゆえ。」
そうして、王達はそれぞれの方向へと居間を出て歩いて行った。
維月は、一人残されて窓から空を見上げた。
十六夜が、話し掛けて来た。
《…帰ったか。それにしても凄まじかったな。見ていて疲れた。》
維月は、答えた。
「私達は見ていただけだったじゃないの。でも…確かにそう。維心様が傷を負う度に、肩に力が入って私も立ち合ってる気持ちだったわ。お父様は、あんな風に立ち合われるのね。知らなかった。」
十六夜も、頷いたようだった。
《訓練場で適当に遊んでやる時はあっても、維心みたいな手練れ相手に徹底的に叩きのめしてるのは初めて見たからな。親父は余裕だった。多分、一瞬で維心だって討ち取れるんだろうよ。》
維月は、ため息をついた。
「そうね。だからこそ地で、神世のことに手を出さないのだものね。でも…お父様も楽しんでいらした気がするんだけど、どう思う?」
十六夜は、呆れた声で答えた。
《ええ?親父がか?楽しいならもっとしょっちゅう皆と遊んでやるんじゃねぇの?滅多に訓練場なんか来ねぇのに、楽しんでたって言うのか?》
維月は、首を傾げた。
「わからないわ。ただ、そう感じただけ。維心様の成長を見るのが、楽しかったのかも?わからないわ。」
十六夜は、ハハハと笑った。
「いい加減だなあ。親父のことは、オレらにも完全には理解できねぇよ。でも、嫌々やってたんじゃねぇなら、良かったんじゃねぇか?」
確かにそうだ。
維心は、あんな目にあったがそれはこの立ち合いを楽しみにしていた。
だが、最後は悲壮な気が伝わって来ていたし、目が覚めたら、維心が何と言うのか維月は気になって仕方がなかったのだった。




