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一度限りの

碧黎は、言った。

「此度は、主が本気になるまで我が立ち合ってやろうぞ。だが、我は本来誰かと戦うなどない。そういう命ではないからぞ。ゆえ、これが一度限りの事と心得よ。この先、主が同じように今一度戦いたいと申しても、我は相手をせぬ。なので、気を使っても良いぞ。」

維心は、さすがに驚いた顔をした。

「我が気をいっぱいいっぱい使ったら、宮が吹き飛ぶぞ。」

碧黎は、苦笑した。

「主は余裕がなくなった時、気を使わぬと言い切れるのか。無理ぞ。我相手に、そんな気を回す余裕などできぬ。どうせ気を発してしまうのだから、最初から使用可能とした方が良いのよ。」と手を上げた。「ここを広く我の結界で包む。全てはその中で済むゆえ、外へは波及せぬ。ちなみに硬度のあるヤツであるので、体を打ち付けたら地にぶつかったぐらいの衝撃が来るぞ。当たらぬように飛べ。」

言うが早いか、訓練場と同じぐらいの大きさの、大きな透明の、光沢のある球体がフィールドの前上に出現した。

それは、碧黎と維心を中心に広がっており、中は見えるが少し霞んでいた。

炎嘉が、それを見上げて言った。

「碧黎の言うことは分かるが、これでは我らにはハッキリ見えぬではないか。それでなくとも、あの二人がどこまで速いか分からぬのにの。」

焔が、むっつりと言った。

「つまらぬの。まあ、どうせ見えぬわ。仕方がない。」

箔炎が、咎めるように言った。

「こら、諦めるでないわ。見ようと努力をせぬか。維心と同じ速度の敵が居ったらどうするのよ。目を慣らすためにも、よく見るのだ。」

箔炎が言う通り、未知の神が来たら何があるか分からない。

やたらと速度ばかりが速い者も、居るかもしれないのだ。

志心が、言った。

「とにかく集中せよ。始まるぞ。」

維心が、目を真っ青に光らせて、構える。

碧黎も、腰の刀を抜いた。

そして、大きな球体の中で、二人の姿がフッと消えたように見えた。


《お。始まったぞ維月。》

十六夜が、王の居間で月を見上げる維月に話しかけた。

維月は、月からその様子を見ながら、深刻な顔で頷いた。

「ええ。見てるわ。維心様のスピードが、常より遥かに速い。私でも目で追うのがやっとよ。」

十六夜も、頷いたようだった。

《オレもだ。多分、観覧席の王達はもっと見えてないぞ。見ろ、呆けて見上げてる奴やら、志心なんか怖いほど睨んでるぞ?》

維月は、苦笑した。

「そうね。みんな見ようと必死よね。でも、維心様とお父様は、お互いを見逃したりしていなくて、最初から激しく刀を打ち合ってるけどね。」

王達は、見えていないのでその刀が当たる音を追って視線を動かしているが、音を追って視線を動かした時にはもう、そこには二人は居ないので、それは無駄だった。

そんな中で、渡だけは、じっとその中を凝視して、的確に二人の動きを追っている視線の動きをしていた。

十六夜が、それに気付いた。

《…なんか渡が見えてる気がする。》

維月も、言われて視線の動きを見たが、確かに渡だけは、じっと維心と碧黎を見ているようだった。

「…動体視力が他の王達より良いのね。驚いたわ、渡様はとても目がよろしいみたい。」

同じ闘神でも、やはり得意な分野というのがある。

渡は、どうやら相手の動きを見る能力が、とても優れているようだった。

そんな皆の前で、維心は、他の王達と立ち合った時よりも、真剣な目で碧黎を追い、驚く素早さで碧黎の刀を受けている。

それでも、まだ余裕がありそうだったが、碧黎はフッと笑ったかと思うと、言った。

「…少し慣れて参ったか?」と、ブワッと気を放った。「では、本気で参れ!」

維心は、咄嗟に気で防御したが、碧黎の気はあっさりとそれを破って来る。

急いで下へと逃れた維心だったが、すぐに碧黎からの突きが入って来て移動を余儀なくされた。

碧黎の行動があまりにも突発的で、しかも見た事がないほど速い上に見た事もない型で攻めて来るので、維心の余裕はどんどんと無くなって来ていた。

…このままでは、殺される。

維心の心の中に、そんな想いがチラチラと見え隠れした。

これまで、どんなに多くの敵に囲まれようとも、死ぬとは思ったことは一度もなかった。

それが、碧黎相手だと、これほどに手も足も出ないとは。

何しろ、先ほどから何度も本気で斬り込んでいるが、事も無げにいなされて、全く手応えがないのだ。

もちろん、碧黎が自分を殺すはずなどないのは分かっている。

だが、気を抜くと簡単に持って行かれそうな命の軽さはどういうことだ。

本当は、碧黎は自分を殺そうとしているのか。

いや、だが自分を殺して何の益があるのだ。

むしろ自分は碧黎の手駒のはずで、失いたくないはずなのに…。

フッと、維心の脳裏に維月の顔が過ぎった。

そうだ、維月。

我がここに存在すれば、碧黎は我を一番に愛している維月の、永遠に二番でしかないのではないのか…?

ゆえに、我の戦いたいという欲求を利用して、さっさと始末してしまおうと考えておるのでは…?

維月が、自分の髪一本ですら失いたくないと案じていた事を思い出す。

維月はもしかして、それを懸念していたのだろうか。

そう思った時、維心の体から大きな闘気が湧き上がった。

そして、それは球体の中で大きく開き、碧黎が張った結界の球体は、激しく光輝いた。


下で見ていた王達は、二人の動きが全く見えない中で、いきなりに閃光が走ったかと思うと、球体の中が真っ白になって、更に何も見えなくなった。

「うわ…!これは維心ぞ!」

炎嘉が叫ぶ。

渡が、眩し気にしながらも球体の中を凝視した。

「…維心が、碧黎に向かって闘気を放っておるのだ。」皆が渡を見るのに、渡はまだ見つめながら続けた。「維心は全く碧黎に打ち込ませてもらえぬのよ。だが、相手からの突きは徐々に入り始めておる。防御一方では結局勝てぬゆえ、維心は碧黎の攻撃の手を緩ませるために、気を放って隙を作ろうとしておる。だが、まだ碧黎には余裕があるようなのに、維心は必死の形相になっておる。」

焔が、驚いたように渡を見た。

「主、見えるのか?見えておったのか?」

渡は、まだ上を見上げて球体の中を見つめながら、頷く。

「見える。ずっと見ておった。我は昔から他より目が良いのよ。」

目が良いというレベルではないがの。

皆は、感心して渡を見た。

何しろ、ここに居る誰一人として二人の立ち合いが見えていなかったのだ。

炎嘉が、言った。

「ならば、主我らに実況せよ!我らは音を頼りにしておるから、全く見えぬのだ!」

渡は、顔をしかめて炎嘉を見た。

「音?そんなもの、あれらの速度では見た時にはもうそこには居らぬわ。不便であるな、主らは。」

炎嘉は、唸った。

「うるさいわ。それしか頼りにならぬのだから仕方があるまい!早う申せ。」

渡は、顔をしかめながらも空を見上げた。

「…維心は、あちこち斬り込まれて傷を負っておるが、動きはむしろ良くなっておる。碧黎の方は全く怪我をしておらぬ。維心を見ながら、こちらは余裕を感じる。見た事もないような動きをするゆえ、勉強になるが真似はできぬな。速過ぎる。」

焔が、言った。

「して?維心はどうなっておるのよ。疲れは?」

渡は答えた。

「さすがに疲れて来ておるな。あの速度でこの時間動き回りながら、視線を碧黎から外せぬのだ。集中力がよう続くなと感心するが、段々に息切れして参っておるゆえ…どこまで持つかの。お、気弾を放ちおった。」

チカッチカッと球体の中が光っているのが見える。

恐らく結界が無ければ、外に飛んで来てこの辺りは大破していただろう。

「うわ、碧黎という奴はえげつないの。維心の気弾を手で軽く払っておるぞ。何ぞあれは。反則ではないのか。」

渡は、自分だけ見えているので、一人球体を見つめて驚愕の顔をしていた。

「だからあやつは地だと申すに!それで?!維心は?!」

渡は、あ、と口を開いた。

「…ならぬ!避けねば…!」

もはや皆が、球体よりも渡の顔を見ている。

そっちの方が、状況が分かるのだ。

球体の中の光が一瞬弱まり、維心が硬い透明の結界に、背中から叩きつけられるのが見えた。

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