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厳しい宮に

関は、皆が思った通り何も知らずに獅子の宮へと到着していた。

そこで出迎えたのは、すらりと高い背にガッツリと筋肉のついた、駿によく似た黒髪の男だった。

これは恐らく皇子だなと関が思っていると、相手はにこりともせずに、言った。

「関であるな。我はこの宮の第一皇子、騮ぞ。主のことは、これは龍の宮からの沙汰と聞いておるので、客とは扱わぬ。これから新参者の軍神として扱うゆえ、左様心得よ。部屋は、軍宿舎に一つ準備しておる。」と、持って来た多くの厨子を顎で示した。「なので、こんな荷物は入らぬ。いくらか持ち帰らせよ。」

この荷物が入らぬ狭さだと?

関は、顔を険しくした。

「…どういうことか。我は曲がりなりにも主と同じ皇子ぞ。そんな扱い、飲めるはずはあるまい。」

騮は、フンと鼻で笑った。

「そんなことを言うておられるのも今のうちぞ。主はここへ到着した時の安穏とした様子から知らぬようだが、ここは古くからはぐれの神を拾って軍神として使って参った宮。力でそれを押さえ付け、王に従うように鍛練して今がある。弱い者は淘汰される。主はこれから、その元はぐれの神と同じように扱われるのだ。遊びに来たならいざ知らず、沙汰なのだろう?ただでこちらで面倒を見てもらえると思うでないわ。」と、側に膝をつく軍神に言った。「頼樹。父上が戻るまで、宿舎の部屋に監禁せよ。」

頼樹は、頭を下げた。

「は!」

関は、何故に監禁されねばならぬと抗議した。

「騮、我を監禁とは?そんな指示を駿殿が出したと?」

騮は、面倒そうに答えた。

「あのな、今も言うたように弱い者は淘汰されるのよ。主などここでは三日も持たぬわ。ゆえ、父上が戻られるまで、とりあえず死んではならぬからそこで守ってやると言うのだ。感謝すれば良いわ。本来新参者の軍神に、そこまでやらぬのだからの。」

そんなにか。

関は、思ってもいなかったことに愕然とした。

沙汰とは、そういうことだったのだ。

獅子の宮は、普通の宮とは違うのだ。

騮は、そんな関にフンと踵を返した。

「…精々励むが良い。これでもマシになった方ぞ。獅子の王族には従うし、規律は良い。ただ、軍神達の中では厳しいだけぞ。昔は王ですら気を抜いたら毎日命を狙われたからの。強ければ問題はない。」

そんな所に来てしまったのか。

関は、これが沙汰なのだということに、今さらながらに気付いていたのだった。


龍の宮では、碧黎は呼んだらすぐに来るので、維心が準備をとまだ呼んではいなかった。

そんな中で立ち合いを終えた最上位の王達と渡は、観覧席で居残って、始まるのを待っていた。

炎嘉が、言った。

「のう、那佐よ。もし宮の中が良うなったら、この際最上位に来てはどうか?最上位の末席にはなろうが、今より地位は格段に上がる。神世でやりやすうなるぞ。」

那佐は、苦笑した。

「それは主らに任せるわ。我はどっちでも良い。渡としての記憶では、確かに地位があった方がこの世ではやりやすいのは理解しておるしな。そうなったら…関がどこまでやるかだがの。あれが、獅子の宮で少しでも改心して励めそうなら、あれを跡目のままで最上位になるのも良いかもしれぬが、継ぐのがあれでは…先は見えておる。恐らく陥落する。」

渡の言う通りだ。

序列は、次の王すら見て決めるものなのだ。

「ならば、やはり他にも子を持った方が良いのではないか?」志心が言う。「関は、あれで勉学はできたのだろう。美穂に懸想したのはいただけぬが…しかし他は励めば何とかなるのだが、後は心根ぞ。今の世に則した王になれるかどうかで。あれではなあ…他に皇子が居れば、そちらを見て決めることもできるゆえ。」

渡は、ハアと息をついた。

「分かっておる。関はもう三百を超えておるし、今さら変えるのは難しい。とはいえ、我も今さら妃などなあ。さっきも言うたように、面倒なのだ。独り身になって、それは気楽でな。こちらもあちらも良い縁など、探すのは難しい。」

いや、側にあるゆえ探さずで良い。

そう言いたかったが、志心は言葉を飲み込んだ。

皆もここで変なことを言って渡が意地にでもなったらいけないので、何も言わない。

駿が、言った。

「…やっと騮と落ち着いて連絡できて、関は無事に宮へ入ったようぞ。軍宿舎の一室に、今は籠めて軍神に扉の前を守らせているらしい。新参者が居たら、まず見に参るのが常な場所であるし、それがはぐれの神ならどうと言うことはないが、皇子であるとなるとの。沙汰で来ておると知ったら、遠慮もないしどうなるか分からぬ。ゆえ、我が帰るまではそれで対応させておるよ。ちなみに、騮が申すに関は獅子の宮の事を何も知らぬで来たようだとのことだ。」

やっぱり。

皆は、顔を見合わせた。

ということは、かなりつらいことになるだろう。

覚悟もなくいきなり、あんなところに放り込まれたのだ。

腕に覚えがあるならまだしも、できないからこそ王座を降りた。

渡は、またため息をついた。

「そうか。あれも少し揉まれて良くなるようならのう。こんな心配をせずで良いのに。とにかく、あまりに手間が掛かるようなら無理は言わぬ。宮へ帰してくれて良い。美穂はその折返すわ。」

炎嘉が、それでは困ると駿を見た。

「駿、主にかかっておるぞ。いけるだろう、未だに時々はぐれの神を拾っておると聞いておるし。そうよ、いっそ皇子ということは伏せて、どこぞの臣下だということにしたら。騮と筆頭ぐらいしか知らぬのだろう?」

駿は、顔をしかめた。

「まあ、それでも良いが…確かにその方が、あれも問題なかろう。皇子であったら地位があるゆえ面倒が多い。うちは地位のあるものに殊の外厳しいからの。ではそれで。」

駿は、早速宮に文を書く。

隠すなら、早い方が良いからだ。

今知っているのは、騮、騅、筆頭岳、次席頼樹ぐらいのものだ。

駿が戻るまでは、詳しいことは話さぬようになっているはずだからだ。

皆が駿が文を軍神に託すのを見守っていると、そこへ、甲冑姿の碧黎が現れた。

「終わったようだの。」

皆が、仰天した。

「碧黎!」と、炎嘉は言った。「まだ維心は呼んでおらぬのではないのか?」

碧黎は、頷いた。

「未だ。だが、我には見えておるしのう。先に来て待っていようと思うたのだ。」と、駿を見た。「駿。関は主の宮では恐らく生き残るのは難しい。覚悟が足りぬからぞ。あれに覚悟をさせるには、皇子であるのを隠すのではなく、皇子ではなくならねばならぬな。」

え、と駿は言った。

「あれを、ではどうしろと?」

渡が、言った。

「…では、誠に我があれを切り捨てて、戻る宮などないと突き放す必要があるのだの。」

碧黎は、渡を見て頷いた。

「その通りよ。退路を絶たねば、あやつは本気にならぬ。とにかく生き残って宮に帰ることばかり考えよう。ここは心を鬼にして、獅子の宮へ送ったならば、それぐらい申し渡した方が良い。あやつのためにもな。」

志心が、言った。

「では…あれを誠に獅子の宮に残すと?」

駿の臣下にするのか。

だが、碧黎は首を振った。

「そこは主ら次第ぞ。あくまでも本神がもう戻る場所などないと思うことが重要なのだ。皇子としての誇りも捨て、一からやるのだと奮起させねばならぬから。」

焔が、言った。

「つまり、あくまでも表面上だけ縁切りということに?」

碧黎は、頷いた。

「それでも良い。とにかく、関には覚悟が必要。成長させたいのならな。獅子の宮で地位もなくなれば、女のことなど考えている余裕もなくなろう。自然、落ち着いて何が大切なのか、考えるようになる。今は、渡という大きな父王に守られて、あやつは楽になっておるのだ。ま、跡目とかそんなことは考えずで良い。渡はまだまだ死なぬ。死ねぬのよ、そう己で決めて降りて来たのだからな。」

覚えていない。

渡は、眉を寄せた。

何を決めて降りたのか、そこのところを詳しく思い出せないのだ。

「…我は、記憶が曖昧なところがあって。そこのところをよく覚えておらぬのよ。我はいったい、何を思うて転生したのだ?腑抜けた一族を何とかせねばと、思うたことは覚えておるのだが…。」

碧黎は、フッと笑った。

「そのうち思い出すだろうて。主は黄泉で我と話した。だから我は知っておる。それだけぞ。」

そこへ、維心が飛んで来たのが見えた。

碧黎は、まだ何か聞こうとする渡から目を反らして、維心を見上げた。

「…来たか。」と、浮き上がった。「では、始めるか。」

訓練場には、ポツン、ポツンと維心と碧黎だけが、暮れて来る空に離れて浮いて向き合っている。

…始まる…!

皆が、滅多に見られない立ち合いに、じっと目を凝らして黙った。

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