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最終局面

翠明は、渡の立ち合いを見ていた。

それは、本日の立ち合いではない。

本日は、本気で掛かるので皆、一瞬で討ち取られてしまい、渡の手筋を学ぶことができなかったのだ。

だが、前日の庭での他の王達への指南で、いろいろ見ることは出来ていた。

美穂が見たいと言うのを良い事に、翠明は長い間あの場に居て、渡の動きを見て、当日どう対峙しようかと悩んでいたのだ。

公明と樹伊は、下した。

塔矢も、先ほどの一戦で何とか討ち取った。

皆が面倒だと言う仁弥も早々に下して、覚や英、加栄に至っては最初の方でサッサと下してしまった。

翠明にとっての敵は、今や渡ぐらいしか居なかったのだ。

本気の渡を見たことが無い翠明は、目を細めてじっと渡を見た。

渡は、全く疲れていないようで、むしろ元気にこちらを興味深く見て浮いている。

下から、審判の明蓮が叫んだ。

「では、翠明様と渡様の立ち合いを、始めます。」と、手を上げた。「始め!」

二人は、宙でぶつかり合った。


…やはり手強いか…!

翠明は、思った。

渡の動きは、間違いなく実戦を知っている動きで、こちらが少し違う動きをしても、あっさり見ていて対応してくる。

とはいえ、あちらも攻めあぐねているのは、見ていて分かった。

簡単には討ち取らせてくれないのは、分かっていた。

だが、渡は立ち合いが進むにつれて、うっすらと笑みを浮かべて翠明を見ている。

…こちらは必死なのに、何を笑うのよ。

翠明は、イライラした。

後は渡さえ下せば、自分は全勝で勝ち抜けるのだ。

だが、渡はこれまでの相手とは、場数が違った。

「…面白い!」渡は、遂に笑い出しながら言った。「主はようやりおるわ!久方ぶりに楽しめる!」

口を開く余裕もあるのか。

翠明は、憤ってその時に出た隙をついて、刀を突き入れた。

だが、近付いた翠明に、渡は言った。

「…ならぬな。そこが主の弱い所ぞ。」

ハッとした瞬間、刀が手を離れて地上へと落下した。

「一本!」明蓮の声が言った。「渡様の勝利です!」

…しくじった、罠だったか。

翠明は思ったが、恐らくこのまま続けても渡に勝てたとは思えなかった。

何しろ、渡は楽しんでいて、立ち合いの最中も余裕があったのだ。

戦いを終えて降りて行く、翠明に渡は言った。

「主は実戦を経験しておるな。他とは違って我の動きに的確に対応して来たゆえわかる。良い手筋よ。読みづらい。」

翠明は、ため息をついた。

「それでも主にはあっさり下されたわ。もっと早ように取れたのではないのか?」

渡は、地上に降りたって、首を振った。

「いいや。最初は攻めあぐねたものよ。直に動きは読み切ったがの。手筋が読みづらいので、時を取った。これまでの試合で、読むのに時を取ったのは主が初めてよ。」

他は指南しておった相手だしの。

翠明は思ったが、とにかくこれで自分は試合が全て終わった。

なので、ホッと息をついた。

「…我は終わった。主は、塔矢と仁弥に気を付けよ。あの二人は、面倒だぞ。」

渡は、笑って答えた。

「知っておる。朝から主とそれらを楽しみに待っておったから。ついぞここまで胸が沸くこともなかったゆえ、誠に楽しみぞ。」

誠に戦うことが好きなのだの。

翠明は思いながら、もう控えに引き揚げようかと思っていたのだが、渡の立ち合いに興味を覚えて、そこに残ることにしたのだった。


「…翠明は上達したの。」維心が、それを見て言った。「あの様子では那佐には敵わぬのは分かっておったが、あれも始めは攻めあぐねておった。難しい位置から攻める事ができておったわ。」

炎嘉も、頷く。

「昔見た時とは雲泥の差だの。あまり立ち合いはせぬ奴なのに、あやつの能力はやはり、侮れぬか。」と、手元の紙を見た。「…仁弥も塔矢も今の時点ではかなりできる。塔矢と仁弥では、塔矢が勝ったが塔矢は翠明に負けておって、一敗。仁弥は翠明と塔矢に負けて二敗。渡との立ち合い次第だの。他は勝ち星は似たり寄ったりぞ。那佐がどこまでやるかで決まる。」

志心が、言った。

「それでも、那佐は翠明にも余裕であったし、予想は那佐が二人共に下しそうだがの。立ち合いは、その時の動き次第で分からぬし。楽しみだの。」

フィールド上では、他の残りの王達が立ち合っているが、皆は渡の話ばかりだ。

維月は、隣りの美穂を見た。

「美穂様、渡様はとても手練れでありますわね。お祖父様の翠明様もかなりお出来になりますが、渡様には余裕がおありでした。頼りになる殿方ですこと。」

美穂は、夫でもないのにそれは嬉しげに頷いた。

「はい。あの方は頼りになるかたなのです。我が困っておったら、常助けてくださいます。」

何やら得意げなのに、維月は微笑んだ。

「まあ、まるで夫君のように。ですが、あの方は人気がおありのようですし…そのお気持ちも分かりますわ。」

美穂は、え、と顔を赤くした。

「まあ…我は、そのようなつもりでは…。」

真っ赤になった美穂に、維月はいい感じ、と思っていた。

関を宮から出して、美穂が渡の宮で行儀指南をしていれば、自然距離は近付いて、良い感じになりそうな気がする。

何しろ、まだ出会って三日しかあの宮に滞在していないのに、美穂は何やら渡に親近感を持っているようだからだ。

他の王達は、それが聴こえていたのだが、敢えて口出ししなかった。

とにかく、渡が美穂を娶れば何もかも面倒がなくなるのだし、ここで水を差してはと思ったからだ。

周囲の思惑は知らずに、美穂はひたすらにベールの中で扇を上げて、恥ずかしげにしていたのだった。


それから、渡は塔矢にも仁弥にも圧勝し、結局二番目三番目の試合を、全勝で終えた。

次は一敗の翠明、次は二敗の塔矢、そして三敗の仁弥と続き、五位は銀令であったが、七敗しておりその差は大きかった。

特に疲れてもいない渡は、臣下の様子を見なければと観覧席の方へと向かった。

滝が、涙を流して言った。

「王、誠に、誠にお疲れ様でございました。これで宮の序列は下がることなく、もしかしたら上がるやも知れぬと希望を持つことまででき申しました。臣下一同を代表しまして、王には御礼申し上げまする。」

渡は、鬱陶しそうに手を振った。

「別に主らのためにやったのではない。それより、関ぞ。あやつは誠に面倒なことをしでかしおって。義心が放り出したと報告しておったが、龍王妃に無礼となると本来宮の存続にも関わる事態ぞ。何か沙汰があるやも知れぬ。それは覚悟しておけよ。」

滝は、それを聞いて顔を暗くした。

「は…。誠に、関様には困ったことを。どう致しましょう…龍王様はそこまでお怒りになっておられるご様子ではありませなんだが、龍王妃様の御気色は殊の外お悪くなられたようで。我も気になって鵬殿に聞いて参りましたが、滅多にご機嫌をお悪くなさらぬ龍王妃様が、それはご不快なお顔をなさっておったようで。それが、影響せねばよろしいのですが…。」

龍王妃が怒っているのか。

渡は、内心舌打ちをした。

維心は、あの王妃を下にも置かぬほど大切にしていて、あれほど財力も権力もある立場であるのに、ただ一人を貫いているほど溺愛している。

その龍王妃が訴えたら、関の命など簡単に失くなる。

維心が、何としても許せぬと渡に責任を取れと言って来たら、切るしかなくなるのだ。

「…困ったことを。」渡は、ため息をついた。「本日は宴もあるのだという。我は帰るつもりだったが、出てあやつらに直接話して参るわ。維心は妃の言うがままであるからの。妃が怒っておるのなら、あやつもそれをなだめるために厳しい沙汰を下すやも知れぬ。面倒だがなんとかして参る。」

滝は、頭を下げた。

「は。誠に関様には、頭の痛いことであります。」

誠にそうよ。

渡はプンプン怒って、宴に出る準備をするために、控えに向かったのだった。

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