厄介
維心は、観覧を終えて戻った炎嘉と焔、そして、出て行った駿と高彰の次に観覧に行く箔炎と漸、最後に自分と観覧に行く志心と共に、居間に居た。
そこへ、千秋が入って来て頭を下げた。
「王。王妃様より御文でございます。」
維心は、眉を上げた。
「文?」と、手を差し出した。「これへ。」
千秋がそれを維心に渡すと、維心はそれをサッと見て、隣りの志心に渡した。
「…関か。全くもう、宮の一大事に何をしておるのよ。」
志心が、いきなり私的な文を押し付けられて驚いた顔をしたが、それに視線を落とした。
「…あやつ、維月と居るのにわざわざ訪ねたのか。それは維月も怒るわ。」
「どれ。」と、炎嘉が隣りからその文を受け取って、目を通した。「怒っておるなあ。文字から伝わって来るわ。何をしておるのよ、あやつは。」
文が、隣りへ隣りへと渡って行く。
維心は、言った。
「…仕方のない。那佐が悪うないのは分かって居るが、とにかく抗議の文を送る。臣下が見て慌てようし。関を宮に帰すやもしれぬしな。面倒は持って来るなと言うに。」
維心は、侍女に頷き掛けた。
侍女は、頭を下げて出て行く。
恐らく、鵬に知らせに行ったのだ。
志心は、言った。
「この際我が釘を刺すか。美穂は関には嫁がせぬと宣言しておけば、何をしても無駄であるから諦めよう。」
しかし、炎嘉は首を振った。
「那佐は、手を出したら切ると言うてあると言うておったぞ。それなのにこんなことをしでかすのだから、簡単には諦めまい。そも、美穂が同意したとか言い出したらまたややこしいことになる。面倒この上ないな。」
志心は、ため息をついた。
「美穂に絶対に嫁がぬと言わせるか。我の前で。さすれば、同意があったとは言えまい。」
維心は、言った。
「それでも女心は変わるとかなんとか言い出したらの。とりあえず、那佐に丸投げしておくしかないわ。今は維月が居るから、仮に手を出そうとしても、実力行使であっても美穂を守りきるだろう。あやつが維月に敵うはずなどないからの。そも、維月の目の前でそんなことがあれば、我が黙っておらぬのを知っておるから、今は問題ない。維月がかなり怒っておるから、関はひっくり返っても美穂に近付くことすらできまいよ。」
駿と、高彰が戻って来た。
箔炎が、立ち上がった。
「では、我は漸と見て来るわ。那佐の臣下の様子も見ておこうぞ。主からの抗議を受けて、どう対応するのか見ものよな。」
漸は、立ち上がった。
「誠に困った奴よのう。だから複数娶るのは問題なのだ。我らのように一人と決められておったら、そもそも最初からこんなことは起こるまいに。意識が違うからの。」
言われてみたらそうなのだが。
皆が返せずに居ると、漸はそのまま箔炎と共にそこを出て行った。
炎嘉は、その背が見えなくなるのを待って、言った。
「…分かっておるというに。漸には愚かに見えような。」
志心は、苦笑した。
「仕方がない。とにかく、美穂のことは那佐に頼もうぞ。我は、同意があろうと無かろうと、美穂を関に嫁がせるつもりはない。翠明もそう。緑翠とてそうだろう。それなら宮で囲い込んで外に出さぬわ。もったいない。」
皆は頷いて、困ったものだとため息をついたのだった。
渡が、もう何度目かの試合を終えて戻ると、鵬が来ていて頭を下げた。
「渡様。王よりこちらの書状をお持ち致しました。」
「書状?」渡は、こんな時に何を言ってきたのかと手を差し出した。「これへ。」
鵬は、それを渡に手渡す。
渡は、その中を確認して、みるみる顔色を変えた。
「…あやつ…!あれだけ言うたのに、龍王妃との茶会にまで押し掛けるとは何事ぞ!」
鵬は、神妙な顔をした。
「は。王妃様には殊の外御気色がお悪くなられて。王も、こんな時ではありますが抗議するよりありませなんだ。」
渡は、観覧席の方を見た。
そこには、滝を始めとした臣下が座って居るのが見える。
関は、居ないようだった。
どうせ、龍王妃が怒ったので、龍王からこうして渡に知らせが行くのを知っていて、控えにでも引っ込んでいるのだろう。
「…維心には、すまぬと申してくれ。」渡は、ズンズンと歩き出した。「臣下に申してあやつのことは、宮へ帰す。このままここに置いておけぬわ。」
鵬は、その背に頭を下げた。
「はい。ではそのように。」
…全く、こんな時に!
渡は、烈火の如く怒って、何も知らずに観覧席でこちらを見ている臣下へと歩み寄ったのだった。
滝は、ズンズンとこちらへやって来る渡に、首を傾げた。
「はて?王は何故にこちらへ来られるのかの。まだ試合は残っておられるのに。」
隣りの芳が、言った。
「なんであろうな。かなり険しいお顔であるが。」
臣下達が戸惑う中、渡は目の前までやって来て、手にした書状を滝に投げつけた。
「関ぞ!あやつ、困った事をしでかしおって!こんな場にまで維心が抗議して参ったのだぞ?!宮へ帰れと申して来い!残っておったら龍王へのメンツがあるゆえ切り捨てると我が申したと申せ!」
滝は、書状の中身を見て、仰天した。
龍王妃の茶会に割り込んだのだと言うのだ。
「申し訳ありませぬ!我ら、立ち合いの観覧に必死で関様のことまで見ておりませなんだ!まさか、そんなことがあったなど!」
渡は、ウーと唸った。
「我は忙しいのだ!とにかくあやつを宮に帰せ!切ると言うても駄々をこねたら、義心にでも言うて追い出させよ!あやつなら…」と、フィールド上で立ち合いを監視している義心を振り返った。「…そうよ、あやつに追い出させるわ。維心からこんな書状が来たゆえ、追い出せと。」
滝は、え、と驚いた顔をした。
「お待ちを。龍の筆頭に追い出させたら、関様はここに龍王のお許しがないと入れなくなりまする。」
渡は、書状を滝から引ったくって足をそちらへ向けながら、言った。
「それで良いのよ。あやつには困っておるのだ。美穂に宮を立て直してもらわねばならぬのに、このままでは我が立ち合いで励んでも序列は陥落するやも知れぬのだぞ。とにかく、関は帰す!」
渡は、そちらへ走って行った。
滝達臣下は、本当に面倒な時に面倒なことをと、嘆いたのだった。
関が、ほとぼり冷めるまでと控えの間で寛いで居ると、そこへズカズカと数人の龍の軍神が入って来た。
何事かと立ち上がると、後ろから義心が入って来て、有無を言わさぬ様子で、言った。
「…我が王妃維月様への無礼により、関様には今すぐ宮を立ち去って頂きまする。」
関は、仰天した顔をした。
「立ち去れと?!我は、ただ預かりものの皇女を観覧に誘いに参っただけで…」
「さあ!」義心は、関を追い立てた。「渡様には許可をいただいておりまする。即刻、立ち去るように!」
義心の気は、王族の関でも恐怖を感じる代物だ。
関は、何を持つ余裕もなく、まるで罪人のように宮の中を追い立てられて行く。
「待て!誤解があるのだ、まずは父上にお話を…!」
だが、義心は聞かなかった。
「今は宮の序列の決まる非常の時。こんな時に騒ぎを起こす者は王族であろうとも容赦はしないと我が王のお言葉であります。早う!」
関は、家畜のように小突かれながら、出発口へと出され、そこからは龍の軍神達に左右を捕まれて無理やり宙へと連れ去られた。
「待て!何故にこんな無礼な!」
関は叫んだが、軍神達はびくともしない。
そのまま、気が付けば結界へと到達し、外へと投げるように放り出された。
「待てと言うに!」
と、関は結界内へ戻ろうとしたが、結界が押し返して来て中へ入ることはできない。
ということは、維心が弾いているということだ。
関を放り出した義心と軍神達は、もうこちらを振り返ることはなく、そのまま宮の方へと降りて行くのが見えた。
関は、身一つで外へと出されて、呆然とそれを見送るしかなかったのだった。




