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意外

美穂は、驚いていた。

祖父の翠明は、いつもおっとりと人の願いなど聞いて過ごしている王なので、戦う事などあんまりなのではと思っていたのだが、祖父はかなりの腕利きだと知ったからだ。

これまで、だからこそあまり、この立ち合いの会のことは美穂から祖父に話す事は避けていた。

祖父が嫌がるかと思っていたからだ。

それなのにここまで、祖父が負けているのを全く見ていなかった。

素人目で見ても、祖父は他と比べてかなり圧倒的だった。

渡と祖父が戦う時には、なのでどちらを応援したら良いのか悩むほどだった。

何しろ、応援するまでもなく、手練れと聞いている渡が勝つのだろうと思っていたからだった。

そんなことを考えながら、維月と共に応接間へと入った美穂だったが、維月が侍女達に手伝われて座るのを見てから、美穂もその対面の席に座り、じっと待った。

侍女達は、茶と見たこともないような茶菓子を目の前に並べてくれる。

維月は、言った。

「どうぞ、おくつろぎあそばして。」と、茶碗を手にして、それに口をつけた。「菓子は人世の物で、我が指示して作らせましたの。マカロンと申します。」

美穂は、頷いた。

「はい、ありがとうございます。」

目の前の維月は、マカロンも手にして一口齧った。

そして、それを置いたのを見ると、先に口にしないと美穂が口にできないので、気を遣ってくれているのが見て取れた。

美穂は、安心して茶碗を手にして、茶を口に含んだ。

ホッと体が楽になるのに、美穂はこれまで自分があれこれ気を張っていたのに気付いた。

維月が、ため息をついた。

「朝からかなりの王達の立ち合いを見て参りましたけれど、まあ、誠に渡様は手練れであられること。気になるのは、翠明様や塔矢様、それに仁弥様との立ち合いぐらいですわね。まだ当たられていないので、とても興味がございますわ。」

美穂は、マカロンを咀嚼して飲み込んでから、頷いた。

「はい。祖父があそこまでお強いとは思いもせず。宮では特に訓練場には通われないし、立ち合いはお好きでないようでしたので、てっきり苦手な方かと思うておりました。」

維月は、頷き返した。

「翠明様は、お若い時には血気盛んであられたこともおありですけど、今はとても落ち着いておられますわね。仁弥様は、亜寿美様の御父君であられるのはご存知でありますか?」

美穂は、え、と茶碗を置いた。

「誠でありますか。存じませんでした。父君は、三番目の宮の王なのだと聞いてはおりましたが…。」

それが、あの仁弥なのだ。

だとしたら、結構上の序列なのかもしれない。

美穂が思っていると、維月は続けた。

「仁弥様には、下位より妃を迎えられていたので、宮の礼儀は今一つと言われておって。それで、三番目の最下位であられましたが、この正月には香や楽にご堪能であられるのが知れて、かなりの腕利きであられるしで、この機会に序列を上げられるだろうと言われておりますの。覚様の宮から行儀見習いに行っておった臣下が最近に戻って、宮も落ち着いたご様子だとか。亜寿美様も、ですので励まねばと思われて、美穂殿に師事しておるのですわ。」

だから亜寿美は一生懸命なのだ。

美穂は、もっとたくさん亜寿美に教えてやらねば、と決意を新たにしていた。

姑の初からは、教えてもらっていたのに、今一真剣にできなかったのだと後悔していたのだ。

亜寿美の気持ちを早く楽にしてやりたいと、美穂は思った。

「亜寿美様は、とても一生懸命励んでおられます。我が申すことは、いちいち書にしたためて、部屋に戻ってからも見直しておるようで。一度教えたことは、きちんと次には正して来られるのです。きっとすぐに、御父君に恥ずかしくない様におなりですわ。」

…でも、関が邪魔をする。

美穂は、内心思っていた。

茶会の席に来ては、全く関係のない話をして、亜寿美の学びが進まない。

だからといって、帰れとは言えないしで、遅々として進まぬのに、面倒に思っていたのだ。

どうかすると亜寿美を宮の役目に追い出して、美穂と話したがるのも面倒だった。

渡に訴えたので、恐らく帰ってからは大丈夫だろうが、関には本当に困っていた。

そこへ、維月の侍女の千秋が入って来た。

「王妃様。関様が、こちらに美穂様はいらっしゃるかと。渡様の立ち合いを、皆で観覧しているので同席しないかとのことでございます。」

美穂は、驚いた顔をした。

こんな席にまで、割り込んで来るとは思わなかったのだ。

どうしようと思っていると、維月がにわかに眉根を寄せて、不機嫌になったかと思うと、言った。

「…美穂殿はただ今、我と茶を楽しんでおるのですとお答えを。美穂殿は我が王の友であられる志心様のお孫様であられて、我の客であるので、そのような申し出は一切なさらないようにと伝えなさい。このような席に割り込むなど、渡様には、我が王から正式に抗議を致しますのでと。」

千秋は、頭を下げた。

「はい。」

美穂は、渡に抗議と聞いて、慌てた。

渡に迷惑だけは掛けたくない。

「龍王妃様、申し訳ありませぬ。どうか渡様には、ご迷惑をお掛けしないようにお願い申し上げます。」

維月は、千秋が出て行くのを見送ってから、言った。

「渡様がお悪くないのは、我も我が王も分かっておりますわ。これは、関様に対する牽制でありまする。こうしておけば、臣下も龍王に睨まれてはと、関様を厳しく見張ってこれより美穂殿に簡単には近寄れなくなりまする。美穂殿、未婚の皇女にその父、祖父の許しなく軽々しく近寄るなど、あってはならぬ無礼です。あなたが望んでおるのならこの限りではありませぬが、そうではないのでしょう?」

美穂は、ブンブンと首を振った。

「あり得ませぬ!」と、強く言ってしまってから、慌てて声を落とした。「あの…亜寿美様の夫君であられるので。我にはそのような気持ちはありませぬ。」

維月は、頷いた。

「ならばこれで良いのです。ご案じなさいますな。」と、脇に控える阿木を見た。「阿木、紙と筆を。」

阿木は、頭を下げて出て行く。

恐らく、龍王に知らせを送るのだろうと思われた。

美穂はそれを見ながら、本当に困ったかただこと、と、関には頭が痛かった。


一方、関は維月の侍女から手酷く言われて呆然としていた。

維月の言葉を伝えているので、侍女が悪いわけではないが、思わずその侍女を睨んで言った。

「…今、お預かりしておる皇女であるので、こちらとしては気を遣った心地であるのに。龍王妃様は誤解なさっておるのではないか。」

しかし、侍女は首を振った。

「王妃様からのお言葉でありますので。お話は我が王から渡様に参りますので、そちらとお話しくださいませ。」

とりつく島もない。

とはいえ、龍王妃とはそこらの王では太刀打ちできない地位の女で、今や皇子でしかない関には、何の権限もなかった。

なので、歯噛みしながらも、関はその場を去るしかなかった。

関は、渡に釘を刺されていたので、接してあちらがこちらを受け入れてもらえるように持って行こうとしていたのだ。

だが、こちらが何度二人で話して距離を縮めようとしても、美穂は父が咎めますのでと時を与えてくれない。

ならばと亜寿美との茶会に行くが、亜寿美はひたすら美穂からの教えを書にしたためていて、もっぱら礼儀作法の話ばかりで、こちらが別の話を振ってもすぐに元に戻してしまう。

亜寿美が居るからかと、宮の務めを優先するように言って、亜寿美を席から外させても、同時に美穂も席を立って、我も臣下に指南をせねばと出て行ってしまう。

渡が不在になれば、夕刻にでも手が空く時に、庭にでも誘おうと思っていたのに、美穂は祖父が呼んでいると渡について行くと言い出し、渡もあっさり連れて行くと決めた。

なので、このままでは埒があかないので、渡が立ち合いのゴタゴタで忙しくしている中で、控えの間を訪ねようと思ったのだが、美穂は翠明の控えの間には居なかった。

侍女が言うには、龍王妃と共に貴賓席で立ち合いの観覧をしているとか言う。

そうなると、貴賓席まで押し掛けることもできなくて、悶々としていたところに、席を立ったので、これ幸いとここまでわざわざやって来た。

そこまでしても、美穂の顔を見る事もできないなど、どこまで馬鹿にすれば気が済むのだろう。

関は、早まった、と思っていた。

王座を渡に渡すのは、美穂を娶ってからでも良かったのだ。

皇子であるからこそ、いろいろな事で柵があって、美穂と満足に話す事も制限される。

だが、今日の王の立ち合いを見ても、自分が渡ほどにできなかっただろうことは確かで、今王座に居たら、臣下も、それに美穂もどれだけ関に失望したかと考えると、それもまた悪手のような気がした。

関は、また不機嫌に足を踏み鳴らしながら、手も足も出ないのに歯軋りしていたのだった。

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