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渡は、結局庭の滝の近くから、一日中帰って来られなかった。

峡や覚が疲れて来て帰ると言っても、快都や他の王達が次から次へとやって来て、結局いろいろ相手をしていたら、日が暮れて来て、そうしてお開きとなったのだ。

渡が疲れ知らずだからと、皆は遠慮しなかったのだが、いくら何でも一日中あちこち教えて立ち合っていたら、疲れて来る。

明日は自分も多くの神と立ち合わねばならないし、渡はトボトボと自分の控えの間へと歩いて戻った。

飛んでも良かったが、飛ぶ気を消費するのも面倒なほど、疲れ切っていたのだ。

だが、若い頃は一晩寝たら、こんな疲れなど吹き飛んでいたものなので、恐らくこの体に戻ったことだし老いた体の時のように、なかなか疲れが取れないなどないだろう。

そも、老人の時でも、三日も休んだらもうケロッとしていたので、特に心配はしていなかった。

それでも、今の時点では疲れている。

渡は、ため息をつきながら無駄に広いと思っている、龍の宮の庭を宮へと歩いた。

「渡様!」

いきなり、脇から声がして驚いた渡が振り返ると、翠明に手を取られた美穂が後ろに立っていた。

渡は、疲れていて口を開きたくないなとむっつりと言った。

「…美穂。翠明か。」

翠明が、苦笑した。

「主、奥の滝で皆に指南しておったよな。なぜに断らぬのよ、次から次へとやって来て、己らは疲れたらさっさと引き揚げて参るのに、主は休む間も無かったではないか。」

見ておったのか。

渡は思って、言った。

「我が疲れ知らずであるとあれらは思うておるからの。とはいえ、さすがに疲れた。飛んで戻る心地にもならぬで、あれらには先に戻れと申したわ。」

翠明は、苦笑して言った。

「明日は主とて立ち合うのにの。皆己のことばかり。ようキレぬなと感心して美穂と眺めておったのだ。」と、美穂を見た。「これが、主が立ち合うのを初めて見たと申すから。つい時を過ごしてしもうた。明日は、我も危ういのう。主はやはりかなりの手練れのようぞ。」

渡は、ハアとため息をついた。

「明日までに疲れが取れなんだら、主に簡単に一本取られて炎嘉や維心に何を言われるか分からぬわな。ここには露天風呂があるとか維心が言うておったし、浸かって参るわ。主は美穂を確かに控えに連れて参れよ。あちこち面倒な王達がうろうろしておるし、あまり外に出さぬ方が良いのではないのか。」

翠明は、答えた。

「それはそうだが、こやつが出たいと申すから。これを部屋に置いておる時は、しっかり我の結界も張っておくゆえ、問題ない。何なら維心が、我らが見ておられぬ時には、維月と共にどこぞの部屋で居れば良いと申しておったから。」

渡は、頷いた。

「そうか。世に龍王妃ほど安全な場所に居る女は居らぬしな。」と、踵を返した。「ではの。」

疲れているので、更にぶっきらぼうな様で、渡は背を向けて去って行った。

翠明は、それを見送って、美穂を伴って己の控えへと向かったのだった。


美穂はといえば、戦う渡が更に凛々しく見えて、驚いていた。

他の王達が必死に向かって行くのに、渡はあっさりとそれを受け流して、それでは駄目だとか、こうしろとか指導して、あれだけの王達がとっかえひっかえ来るというのに、丁寧に教えてやっていた。

見ていると、他の王の遠慮のない様に、何やら腹が立ってしまったぐらいだ。

渡は、頼まれたら否と言わずにせっせと世話をするので、あんな感じでぶっきらぼうなのだが、とても気の良い神なのだと思った。

だが、祖父の翠明も見ながら言っていたが、明日は渡も戦うことになる。

宮の将来が掛かっているのに、あんなに疲れていて大丈夫なのかと、案じたので様子を見たいと、祖父に無理を言って話し掛けたのだ。

渡は、やはり疲れ切っていたが、話しはしてくれた。

美穂には全くだったが、翠明に話す様を見ていると、明日の立ち合いが心配になって来た。

美穂は、翠明に連れられて控えの間へと戻ると、言った。

「お祖父様、明日は我は観覧はできぬのですか?渡様のあのご様子では案じられますわ。他の敵になる王達の指南であんなに疲れていらして、不利になられたのでは。」

翠明は、困った顔をした。

「なに?観覧?…他の神も多く来るゆえなあ。維月が出てくるなら、その隣りにでも置いてもらえるのだが…何しろ、主は目立つからの。」

美穂は、言った。

「龍王妃様は出て来られぬのでしょうか。お祖父様、お問い合わせ頂けませぬか?その時だけでも良いのです。渡様は我の事を良く気遣ってくださるし、案じられるのですわ。」

翠明は、渋い顔をした。

「我もその渡と戦うのに。主は渡ばかりだの。いっそ嫁ぐか。そうしたら面倒もないぞ?」

美穂は、え、と驚いた顔をした。

「え、我が渡様と?でも…あの方は我の事など子供扱いなさるから…恐らく、お断りになられますわ。」

翠明は、ん?と眉を上げた。

「渡が断る?ということは、主は関は否だが渡は良いか?渡が良いと言えば良いのだろう?」

美穂は、そういえば、とんでもない、とは思わなかったと首を傾げた。

「…はい。どうしても否とか、思いませなんだ。でも、渡様は全く妃を娶ろうとか考えておられぬようですし…無理に嫁ぐとか、我には無理でありまする。嫌われたら、指南役もやりづらくなりますし、どうかそんなことは渡様に仰らないでくださいませ。」

確かに渡は、そんな感じだが。

翠明は、無理に言っても仕方がないと思い、とりあえず維月が、明日の立ち合いの観覧の予定はあるのかと、問い合わせることにしたのだった。


王の居間では、翠明からの問い合わせの文に、維心が維月を見た。

「…主、明日の二番目三番目の立ち合いの、観覧には行かぬよな?」

維月は、頷いた。

「はい。維心様が女が行くとややこしいと仰ったのではありせぬか?」

維心は、ため息をついて頷いた。

「その通りよ。だが、翠明が言うには美穂がの。那佐を案じて、立ち合いを見守りたいと申しておるらしい。」

維月は、驚いた。

「え、美穂殿は渡様を想うておるのですか?!」

維心は、顔をしかめた。

「いや、嫌ってはないようだが、そこまでではない。那佐が一日中皆の指南をしておって、疲れ切っておったから気にしておるらしい。主が居ったら近付いて来る根性のある輩は居らぬし、もし行くならば同席させて欲しいと。」

維月は、綾の願いも聞いていたし、何より美穂が渡を想ってくれたらこれよりはないと思い、前のめりに言った。

「行きます!行くとお返事を。美穂殿は、私がお守りしますわ。」

維心は、苦笑した。

「言うと思うたわ。ならばそのように。とはいえベールを被ってくれぐれも他の男に姿を晒さぬようにな。あちこちの臣下達も来るはずであるから。主は美しいのだから、懸想する奴が居ったら…まあ、我が切って捨てるがの。」

維月は、とんでもないが維心ならやると、慌てて首を振った。

「はい。大丈夫ですわ、姿は見せませぬから。」

そもそも、維心はこう言うが、維月はそこまで美しいわけではないのだ。

結局は月の気が問題なのであるが、今は地だし、誘うような気も出ないだろう。

それより、美穂の方が美しいのだから問題だ。

志心があれだけ美しく、それに似ているのだからかなりの美女だろう。

その上、綾に似ただろう紫色の瞳なのだと聞いているのだ。

目立たないわけがなかった。

「ならば、翠明に返事を書こう。後は、主が出て参る時間を美穂に知らせよ。」

維月は、頷いた。

「はい。私より美穂殿には、くれぐれも中が透けぬベールをと言っておいてくださいませ。」

維心は、もう紙に返事を書き付けながら答えた。

「分かった分かった。主も同じ事を申すぞ。中の透けぬベールでな。」

維月は頷いたが、自分のことはあまり心配していなかった。

とにかく、明日は美穂の様子をしっかりと見て、渡に対しての心象が良くなるように頑張ってみようと、心の中で綾に誓っていた。

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