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龍の宮

美穂は、龍の侍女に伴われて、初めての龍の宮に心が浮き立つ想いだった。

何しろ、何もかもが美しく、そして信じられないほど広い。

こんな場所があったのかと、皆が龍の宮へ上がりたがる心地が分かった。

志心の控えである貴賓室へと案内された美穂は、ホッと一息ついた。

その貴賓室ですら、調度が美し過ぎて、汚すのではないかと気になるほどだった。

美穂は、ベールを取って椅子へと落ち着いてから、気になっていたことを口にした。

「…そういえば、真紀子。お祖父様も炎嘉様も、渡様を那佐とお呼びでしたけど、何故なのかしら。」

真紀子は長年美穂についている侍女だ。

ちなみにもう一人は、奈美といった。

真紀子は、答えた。

「はい、時に宮でも臣下が渡様のことをそのように申されるので、我らも不思議に思うて問うてみましたところ、渡様は最近に、己が前世、戦国を最上位の王達と戦い抜いた、那佐様の生まれ変わりだと思い出されたらしく。その際に、お姿もお若くなり、また王座に戻られたらしゅうございます。」

美穂は、目を丸くした。

と言うことは、渡はかなり永い年月生きた記憶があるのだ。

「まあ…ならば、渡様が我を子供と仰る心地も分かるわ。かなりの記憶をお持ちなのですから。」

奈美も、頷いた。

「はい、美穂様。とはいえ、最上位の王の方々は、皆様軒並み前世の記憶をお持ちでいらして、長い年月を生きていらっしゃるので、渡様だけが特別ではありませぬの。それなのに、皆様普通に妃を娶られておられるし、子供と思うかどうかは、やはり接していて変わって参るのではないかと我らは思うておりますの。美穂様は、渡様に孫ほどの歳と言われて、少しきつめのお言葉で返しておられましたけれど、渡様に嫁がれたいと思われてですか?」

美穂は、え、と驚いた顔をした。

「え、渡様とは、まだお会いして数日でありますし。そんな風に考えた事もありませぬ。そも、渡様がそのようなお考えをお持ちでありませんし。」

真紀子は、言った。

「ですが美穂様、もしも、少しでも渡様が良いと思われましたなら、我らに申してくださいませ。何しろ、我らの間の噂では、渡様はお若くなられてから、あちこちの宮の皇女から、垣間見られておられるようで。というのも、渡様はとても立ち合いを良くされるらしいのです。あちこちの宮のご指南に参られては、皆をご指南されるそうですが、それは凛々しい様であられるのだとか。今は妃が居られませぬし、嫁ぎ先の候補にも挙がりつつあるのだと聞いておりまして。その列に加わるのなら、いろいろ根回しが必要ですので、我らがいち早く励む必要がございます。」

奈美は、何度も頷いた。

「そうですの。渡様は、相手から嫁ぎたいと強く言われたら、案外にあっさり御承諾されるのではないかと言われておって。それと言うのも、ご自分を慕って来る神を、突き放したりなさらないご性格らしゅうて。とはいえ、女神からそんなことを言い出すのもと、皆が戦々恐々としておる状態で、未だ何とか縁談も無いような状態でして。」

美穂は、驚いた顔をした。

「え、そうなの?」

綾が、粗野とか言うので、皆はそんな風に見ていて、渡が本当は優しいのだと、誰もしらないのだと思っていたのだ。

だが、案外に知っていたのだろう。

「…知りませんでした。」美穂は、思わず口から出た言葉に驚いた。「渡様には…我などきっと眼中におありにならないと思うけれど、他を娶られると聞くと、何やら胸がつかえるような。」

恋ではないはずだ。

何しろ、まだ出会って三日なのだ。

真紀子は、心配そうに言った。

「それは…慕わしくお思いでしょうか?でも、確かに美穂様が仰るように、まだ出会って三日しか経っておりませぬし。それほどお話ししたわけでもありませんものね。」

奈美も、頷く。

「お父様のように思われるのでしょうか。誠にきめ細かにお気を配ってくださるし。」

分からない。

美穂は、何やら不思議な心地に、戸惑った。

渡は、頼りになるし、何でも相談したら聞いてくれそうな懐の深さを感じて、祖父や父に対するように、つい話してしまっている。

渡も、美穂が無理を言っても、こうやってしっかり対応して自分を連れて出てくれた。

娘ぐらいに思っているのかも知れないが、これまで散々綾や椿に外では、せめて嫁ぐまでは素を出してはならぬと口を酸っぱくして言われたのに、それを見ても咎めずにいてくれる。

気持ちが楽なので、父や祖父と同じと言われたら、確かにそうなのかも知れない。

「…確かに、お父様やお祖父様のよう。我が粗相をしても許してくださるし、娘のように案じて守ってくださるし。だから、誰かを娶られたら寂しく感じる心地なのやも知れませぬ。だって、そちらに忙しくなさって、我は構っていただけぬかもですから。」

真紀子は、頷いた。

「ならば、お気を楽になさって。嫁ぐと仰るならば大変でしたけど、指南役としてお側で気楽にしておるだけなら、誠に問題ありませぬから。」

美穂は頷いたが、どこか複雑だった。

渡のことは、まだ深くは知らない。

確かに気遣ってはくれるが、それが客だからなのかもわからない。

長く務めていたら、変わるかもしれないのだ。

なので、深く考えないようにして、ゆったりと祖父が戻るのを、庭を眺めながら待ったのだった。


一方、東の応接間では、最上位の王達が集まっていた。

漸は最後に来て眠そうにしていた。

本当に最上位だけで、覚、英、加栄は呼ばれて居ない。

とはいえ、最上位と同じ扱いを長くされていた、翠明、公明、樹伊は来ていて、そこに渡が混じった形だった。

炎嘉が、言った。

「ちょうど那佐が到着しておったから連れて来た。明日からの立ち合いのことであるよな。」

維心は、頷いた。

「会合の席で申すが、二番目三番目の宮は一緒に総当たりになったゆえ、その順をな。総当たりなのも公表したわけではないが、皆口伝で知っておるようよ。当たる相手の順が変わるだけで、気にせぬかと思うたが、どうやらそうではないようで。別に誰が先でも後でもどうせ皆と立ち合うのにの。」

渡が言った。

「主らにはそうでも、下位など死活問題ぞ。なぜならやはり、当たる相手によっては長引いて疲れるゆえ、次の相手に負けるやも知れぬと考える。あの辺りは力が拮抗しておるから、皆必死なのだ。手強い相手とは、最初に当たりたいと思うものなのよ。」

炎嘉は、渡を見た。

「主は、正月からこっちも他の宮に指南に出掛けておったよな。どんな感じよ?」

渡は、顔をしかめた。

「あちこちうるそう申すから、最近まで出ずっぱりであった。皆、特に代わり映えもなく。急いで鍛練したからと、強くなるわけでもあるまい?主らは知っておろう。」

志心が言う。

「ということは、やはり塔矢と仁弥か?二番目はどんな様子よ。」

渡は答えた。

「三番目は前にも言うた通り塔矢と仁弥がかなりできる。二番目は、我が行った所しか分からぬが、覚も英も加栄も苦労しておったとだけ申しておこう。今の序列のままとは行くまいな。」と、翠明を見た。「主達の腕が我には見えぬ。どうせ立ち合うゆえ楽しみにしておるのだがの。」

翠明は、嫌そうに言った。

「それは、昔は戦もしておったしそれなりに戦えるが、我は闘神ではないからの。若い頃ほど血気盛んでもない。主と歳が近いのだぞ、我は。」

公明も、顔をしかめる。

「とにかくやっておるが、我は戦の経験もないしの。北の戦の時も、こちらの守りに駆り出されていたので実戦経験がない。主を相手にすると思うと気が重いばかりよ。のう、樹伊。」

樹伊は、頷いた。

「我は公明にも勝てぬしな。昔最上位だったのにと父が嘆くが、どうしようもないわ。己が獅子の方についておったからこの序列なのにな。」

志心が、笑った。

「まあまあ、今最上位であったら、主は困っておったやも知れぬぞ。この間の維心との死闘は、誠に目が覚める心地であった。主には無理だったわ。」

それには、駿が頷く。

「誠にそう。そういえば、高彰は落ちた腕の調子はどうよ?」

落ちた腕、と聞いて公明達は目を丸くする。

高彰は答えた。

「もう何ともないわ。戦いながら繋いだゆえ、変になっておったがあれから龍が繋ぎ直してくれたからの。問題ない。」

戦いながら繋いだのか。

翠明が、それを聞いてため息をついた。

「そんな立ち合いは真っ平ぞ。もう、誠にゆっくり過ごしたいのだ。本当なら本日だって、来たくなかった。」

渡が、むっつりと拗ねたように言った。

「…己らだけ楽しみおってからに。後から炎嘉に聞いて地団駄踏んだわ。我だってやりたかった。」

志心は、苦笑して渡をなだめた。

「あれは突然だったからの。それより此度は最後まで残れよ。碧黎が維心と立ち合う様が見られるぞ。」

渡は、え、と身を乗り出した。

「え、あの地の化身か?誠か、それは面白そうだの!」

翠明が、笑った。

「主は誠に戦いが好きよのう。」と、ふと言った。「…そういえば、炎嘉から聞いたが関が美穂に懸想しておるとな?あやつに美穂はならぬぞ。志心と我の孫なのだ。主ならと嫁ぐ話も出したが、関はならぬ。あやつは何を考えておるのよ。」

渡は、ため息をついた。

「着いた日に、美穂が輿から降りて来たのを見てな。一瞬で懸想したようぞ。あれだけ美しいのだから分かるが、亜寿美も居るのに。亜寿美は、最上位の王妃達と過ごしてから、宮でもそれは励んでおる。それを、美しい若い女が来たらそちらとは、我も勝手な事をしたら切るぞと脅したのだがの。亜寿美との茶会の席にも、度々押し掛けるようで。まだ三日であるのに、これではまずいと連れて参ったのだ。」と、翠明を見た。「どうする?引き取るか。このままそちらへ連れ帰っても良いぞ。我が居る時なら問題ないのは我には分かるが、主からしたら気が気でなかろう。今、志心の控えに預かってもらっておるのだが。」

翠明は、顔をしかめた。

「どうするかの。綾を連れて来ておらぬから、あれの意向を聞きたいがそれができぬ。」

焔が言った。

「だから那佐が娶れば良いではないか。最初から言うておるのに。関の手がついたら、それでもこちらは許せぬゆえ、主はあれを切らねばなるまい?寝覚めが悪かろうが。」

渡は、顔をしかめた。

「だからそれはできぬ。美穂が嫁ぎたいなら良いが、まだほとんど初対面なのだぞ?」

志心が、ため息をついた。

「まあ、主を信じて引き続き預けるかどうかは、美穂に聞くわ。あれは残りたいようであった。臣下もようしてくれると言うておったし。」と、翠明を見た。「那佐が会合に来る時とか、宮を離れる時には必ず連れて来させたら良いのだ。我らがそう申し入れたことにすれば、関も文句は言えまいが。」

翠明は、渋々頷いた。

「ならばそれで。とはいえ気が揉めるの。あれに何かあったら綾がうるさいのよ。」

結局、翠明は綾の顔色が心配なのだ。

皆はため息をついて、そこからは立ち合いの順について話したのだった。


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