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軋轢

まずい事に、蒼は怒ったまま龍の宮を去って行った。

維心はまずい事になったと分かっていたが、今更に軍神達の立ち合いをやめるわけにはいかず、そのまま試合は嘉韻抜きで続行された。

とはいえ、義心とあれだけ僅差で立ち合って、最後は引き分けた嘉韻なのだから、他のもの達と立ち合っていても恐らくは、結果は全勝だっただろう。

だが、そこには一切言及しないまま、日が暮れた頃に筆頭軍神達の、立ち合いの会は終了した。


結局、あれから義心が7勝1引き分けでトップになり、それに夕凪が続き、嘉張、弦、岳、貫、佐紀、大伊の順で勝ち星を挙げて、順位は確定した。

嘉韻は、義心と立ち合った後に帰ったので、棄権とみなされて順位はつかなかった。

軍神達は終わったことにホッとしたようで、スッキリした顔をして控えへと引き揚げて行ったが、王達は宴の席へと向かいながら、深刻な空気だった。

何しろ、蒼があんな様子で去ったのだ。

これまで、何があっても上位の王達に強く出る様子もなかった蒼が、突然キレた。

蒼の怒りのツボは、恐らく蒼自身ではなく、臣下にあったのだとやっと皆は知った形だった。

怪我をした嘉韻を案じる蒼に、維心が言い放った言葉が、そしてそれを止める様子もなく、当然のようにしている他の王達が、蒼には我慢ならなかったのだろう。

まるで通夜のような空気の中で、炎嘉が言った。

「…仕方がない。蒼が怒ったのは維心だけのせいではないのよ。我らだって、維心が言うのを当然と見ておったであろう。蒼は、我らとは意識が違う。分かっておったが、これまで問題なく来たのに、蒼からしたら、臣下の件だけは我慢がならなかったのだ。あれは、己より臣下が大切な男なのだ。そこが蒼の逆鱗に触れたということだろう。」

箔炎が、言った。

「だが、どうするのだ。蒼に会いに行っても、今は恐らく答えまい。」

漸が言う。

「我が参るか?我なら新参者だし軋轢もないし気安いし。」

炎嘉が、顔をしかめた。

「我らが主よりどれほどに気安くないと言うのよ。今は無理ぞ。とにかく維月に話して、話し合う心地になるよう説得してもらうよりない。そういえば、維月は見ておったのだろう。ここへ呼べぬか。」

維心は、答えた。

「我がそれを考えぬと思うか。先ほど侍女を居間へやったが、今はそれどころではないと答えて参った。これから月の宮に帰って話して来るゆえ、しばし待てと言うてきた。十六夜と二人で蒼を説得しようとしておるようよ。」

ということは、維月は恐らく月から手っ取り早くあちらへ帰ったのだろう。

焔が、息をついた。

「あやつはおとなしいゆえ、こんな反応をするとは思うてもみなかった。だが、よう考えたら月であるのだし、怒ったらあやつより面倒な奴は居らぬ。怒鳴り散らしでもしてくれたら良いが、静かに怒っておっただろう。あんなもの、どうなだめたら良いのか分からぬわ。」

志心は、ため息をついた。

「蒼は維月に似て頑固なのだと聞いておる。こうなったら梃子でも動かぬ可能性がある。現に十六夜と維月が焦って二人掛かりで説得しておるのだろう?神世が嫌になってしもうたのではないのか。」

元々、人世育ちの蒼からしたら、納得のいかない事ばかりだったはずだ。

それを、ここまで何とか理解しようと努めて、合わせてやって来たものの、ここへ来て何もかも嫌になった可能性は高かった。

炎嘉が、言った。

「まあ…維月もよう神世に慣れぬで維心と衝突しておったのだ。それを、蒼がなだめて説得してくれたりと、これまでいろいろあった。それが、嘉韻の件で爆発したのだ。時を置くよりないわ。このまま進めようぞ。あれは、見ようと思えばどこでも見えるし、我らが立ち合う来月の会も、恐らく見えよう。その際に、何も軍神ばかりが戦うわけではないのを知ってくれたら、少しは変わるのではないかの。別に、我らは臣下だけを戦場に送るわけではない。此度は必要だから戦わせたし、必要だから我らも戦う。それを知れば、少しは心も溶けようぞ。とにかくは、ソッとしておこう。」

皆は頷いたが、落ち着かなかった。

蒼が戦わない王なのは知っているし、その気になれば敵など無いのも知っている。

だが、自分達にはそんな月の力などないし、何かの折にはこの身一つで、臣下と共に戦わねばならない。

甘いことは、言っていられないのだ。

それを、分かってもらうしかないのだ。


十六夜と維月は、月の宮に帰った蒼を追って、月の宮に降りていた。

嘉韻も、困ったように側に控えているが、口を出したら余計にこじれそうなので、黙っている。

十六夜が、言った。

「お前の気持ちは分かるが、神世はそんなもんなんだって。あいつらはあいつらで、この島を守るために戦力を詳しく知ろうとして、立ち合いの会も、開いたのは知ってるだろうが。確かに怪我もすらぁな。みんな本気なんだからな。義心や嘉韻だけじゃねぇ、下位の宮の軍神だって、もっと大きな怪我してたぞ。当の嘉韻がケロッとしてるのに、お前が席立って後ろ足で砂かけるようなことしてどうする。」

維月は、頷いた。

「怒るのは分かるわ。維心様が、臣下が傷付いてるのにあれぐらいなんともないとか言ったからでしょう。それはおかしいと私も思う。でもね、王達だって来月同じことをするのよ。維心様から見たら、みんなおんなじって考えなの。ご自分が怪我をしても、きっと同じ反応なのよ。」

十六夜は、ウンウンと頷いた。

「そうそう。あいつらは一緒に戦うからな。臣下だけが戦うわけじゃねぇ。なんなら維心だけが戦ってる時まであるぐらいだぞ。この前の北だって、ほとんど維心がやったしな。」

蒼は、言った。

「でも、維心様には敵なんかないじゃないか。怪我なんかしてるの見たことない。強すぎて、必死に戦う臣下の気持ちがわからないんだよ。」

十六夜と維月は顔を見合わせる。

言われてみたら、そうなんだけど。

するとそこへ、別の声が割り込んだ。

「…ならば、維心も命の危機を感じるほどに、必死に戦う場があれば良いのか?」振り返ると、碧黎が立っていた。「さすれば主の気が晴れるのか。」

蒼は、もういきなり出るのには慣れているので、碧黎を睨んだ。

「そんなの、あり得ないじゃないですか。オレは弱いから、一生懸命な軍神達の気持ちが分かるんです。」

碧黎は、言った。

「主は弱くはない。月であるから、あんな戦い方をせずとも勝てるから、そんな技術は必要ないだけぞ。気を使えぬようにするなど、神にはできぬ。だが、主には出来る。そこが神と主との違いぞ。あやつらが技術にこだわるのは、それが必要だからなのだ。あちらから見たら、主は神の心地を分からぬと感じておるはずぞ。」

蒼は、むっつりと黙った。

その通りだからだ。

「でも…じゃあ、どうしたら良いんですか?臣下をあんな風に扱うのは、オレには許せないんです。嘉韻はオレの臣下なんです。序列なんか要らないし、宮の誇りなんかオレはどうでもいい。怪我をさせてまで参加させる意味が分かりません。」

碧黎は、ため息をついた。

「…それでも、神世は序列が必要。生き残るには、地位が必要だからぞ。世の安定により多く貢献できる、それがバロメーターであるからよ。月の宮がそれを必要ないと言えるのは、その存在自体に意味があるから。ここは恵まれておるのだ。そう言える、己の環境にまず、感謝せよ。」

碧黎にたしなめられて、蒼は下を向いた。

確かにその通りなのだが、感情が追い付かない。

十六夜と維月は、黙って聞いている。

碧黎は、またため息をついた。

「…しようがない。では、維心にも命の危機を経験させるか。」え、と蒼も十六夜も維月も嘉韻も顔を上げると、碧黎は続けた。「我が出る。それを上から見ておれば良い。それで溜飲が下がるのだろう?」

維月が、急いで言った。

「お待ちくださいませ、怪我をさせるのですか?維心様に?それは反対ですわ!」

蒼は、ブンブンと首を振った。

「そこまで良いんです!ただほんとにちょっと、腹が立ってしまっただけで…。オレが意地になってただけです!」

碧黎は、首を振った。

「一度心に湧いた疑念は、簡単には拭い去ることはできぬ。主はこの月の眷属が集まる宮の、王なのだぞ。神である他の宮の王達と、これからも良くやって行く必要がある。だが、こんな疑念を抱いたままでは、これまで通りとは行くまい。維心とて、ただの神。力だけではあの地位に就くことは叶わなんだ。主はそれを知らねばならぬ。維心の土壇場の底力を、その目で見届けるが良い。あやつの覚悟は、そこらの軍神のそれとは比較にならぬ。我はそれを知っておる。主も知るのだ。そして、あやつと心底和解せよ。」

蒼は、慌てて必死に言った。

「碧黎様、オレが悪かったんです!言い方に腹が立っただけで…、」

「腹を立てたのは主が分かっておらぬから。」蒼が黙ると、碧黎は続けた。「また、同じことを思う。そしてそれは積み重なる。それは避けねばならぬ。心から納得して、同じ言葉を聞いても感情が動かぬように、我はあやつと立ち合おうぞ。」

面倒なことになった。

十六夜と維月は、困った顔で視線を交わした。

だが、碧黎がこうと決めたのに覆すのは恐らく難しい。

二人は、困ったまま月へと一緒に戻って行ったのだった。

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