最上位の戦い
二番目三番目の総当たりは終わった。
日は傾いて来ていたが、まだ暗くなるほどではない。
それぞれ勝ち負けはあり、後悔や反省もあったが、とにかく終わったので、軍神達はホッとした様子だった。
そこで、本来己の軍神が終わったのだから他の王達も帰りそうなものだが、やはり最上位だけは特別らしく、皆観覧席に残って、最上位はまだかと期待に満ちた様子で待ち構えていた。
そこへ、維心達最上位の王達が、貴賓席に入場したのが見えて、期待感は一気に高まったように見えた。
蒼がハラハラしながら嘉韻を探すと、当の嘉韻は特に構える様子もなく、控えの席に座っている。
その近くに月の宮の治癒の神がぴったり張り付いているのが見えて、蒼は少し、ホッとした。
何かあっても間に合わないことはないはずだ。
そんな中で、義心ですら少し、緊張した様子でフィールド上に進み出て、膝をついた。
「王。これより最上位の筆頭による立ち合いを開始致します。」
声を張っているようではなかったが、その声は高い位置の貴賓席に届いた。
維心は、頷いて答えた。
「始めるが良い。」
義心は頭を下げて、立ち上がった。
そこへ、貫が入って来て、貴賓席に頭を下げると、義心と向き合った。
…最初は、義心と貫か。
蒼が思って固唾を飲んで見ていると、義心は何か、貫に言った。
貫にだけ聴こえるだろう小さな声で、何を言ったのかは分からなかった。
審判を務める、帝羽が言った。
「始め!」
二人は、浮き上がった。
義心は、目の前の貫に言った。
「…すまぬが、一人8戦あるからの。本気で掛かるぞ?」
貫は、顔を険しくした。
「よろしくお頼み申す。」
帝羽の声が聞こえる。
「始め!」
二人は、浮き上がった。
かと思うと、目の前の義心が消えた。
貫は、慌てて気配を辿って必死に受ける形を取る。
しかし、義心はその刀を払い、すぐに次の太刀を脇から繰り出す。
貫は、余裕なく刀を振りながら、避けることしかできなかった。
…このままでは…!
貫がせめて一太刀と焦った結果、手から呆気なく刀が飛んだ。
サクと地上に刀が刺さるのを見た時に、やっと義心が自分の腕を峰打ちにしていたのだと分かった。
「やめ!」帝羽が言う。「一本!義心の勝利!」
…全く太刀打ちできなかった。
貫は、項垂れて控えに戻って行く。
義心は、それを見送りながら、その背に内心、遊ぶ余裕がないのだと謝罪していた。
このまま少しでも花を持たせる動きをしたら、王達には分かって後から貫が責められるのだ。
貫が引き揚げた後は、夕凪が出て来た。
…義心は連戦?
蒼が、上で見ながら思って、言った。
「…この感じ、もしかすると義心は連戦ですか?」
維心は、頷いた。
「あの中の誰が最上位の王と立ち合って一本取れると思う。義心はそれをやる。他が不利過ぎるので、最初に義心に全てと立ち合えと申したのだ。そうすれば、あれらは体が温まるだろうし、どうせ勝てぬ義心なのだから、次に備えて休めば良い。見よ。」と、夕凪の刀が飛ぶのが見えた。「夕凪は、あの中でもかなりやる方ぞ。それでもあの時間で下すのだ。あれに、敵などない。」
志心は、悔しげに言った。
「…あれも腕を上げたのに。本気の義心はあれか。確かにあれでは無理よ。」
焔が、手を振った。
「ああ無理無理、我でも敵わぬのに。」と、次の弦もあっさり下されているのを指した。「そら、期待しておらぬわ。義心は無理なのだ。皆が皆、あやつに指南をとか申して教えてもらっておったのに。手の内を知られておって、勝てると思うか。」
炎嘉は、ハアとため息をついた。
「ほんにもう!」と、嘉張の刀が飛ぶのを見た。「だから一瞬ではないか。少しは疲れさせぬかと言いたいわ。いっそ皆で掛かれば良いのに!」
正に千切っては投げの状況で、次々にあっさり終わるのに、観覧席の他の王達も呆然と見ている。
最後に、嘉韻が出て来た。
「…ここまで手応えもない状況よな、義心。」
嘉韻が言うのに、義心は眉を寄せた。
「…それなりに下し甲斐はある。」と、刀を構えた。「主は?」
嘉韻は、特に力が入っている風でもなく、構えた。
「別に我は、どちらでも良いのよ。ただ、蒼様の御為に、無様な負けだけはと思うだけ。我だけは主の指南も受けてこなんだし、主は我の今の腕を知るまい?」
義心は、ハッとした。
思えば、嘉韻だけは義心の指南には来ず、あぶれた他の神の指南などして時を過ごしていた。
思えば嘉韻とは、かなり前に月の宮で立ち合ったことがある程度で、今の手の内は、よく考えたら知らなかった。
「…だからか。」義心は、険しい顔をした。「わざと我に手の内を見せなんだのだの。」
嘉韻は、ニッと笑った。
「主の対応力を見てみようぞ。おもしろくなりそうよ。」
「始め!」
帝羽の声がする。
二人は、浮き上がった。
蒼は、ハラハラしながらそれを見ていた。
同じく治癒の神も、王の御為と嘉韻が怪我をしてはと必死に見つめていた。
義心は、他の時とは違い、警戒しながら嘉韻の動きを見ている。
嘉韻は、お構い無しに義心に突きを入れていた。
「…どういうことよ。」焔が、言った。「嘉韻相手に何を警戒しておる?」
維心は、それを凝視しながら、ハッとした顔をした。
「…そうか、もしや嘉韻は義心と立ち合っておらぬのでは。」え、と皆が維心を見る。維心は続けた。「蒼が勝ちにこだわらぬから、他の指南をしておったとか聞いておる。義心の指南からあぶれた奴らの世話に終始して、己は何も。つまりは、義心は嘉韻の手の内を知らぬのだ。」
嘉韻が手練れなのは皆が知っている。
油断すれば、義心ですら一本取られる可能性があるのだ。
「…そうか、あやつはわざと己の手の内をさらさなかったのだ。月の宮で立ち合いなどなかなかせぬ。義心も、最近の嘉韻を知らぬのだ。」
フィールド上では、かなりの速さで二人が打ち合っているのが見える。
控えの軍神達も、それを食い入るように見上げていた。
義心の動きが、明らかにこれまでの試合とは違った。
嘉韻がここまで腕を上げているとは、誰も、最上位の王達ですら知らなかった。
そもそも、蒼が知らないのだからそんな情報が漏れる事もなかったのだ。
王達が、一気に緊張して見つめる中で、蒼だけは無理はするなと嘉韻の心配をしていたのだった。
一方その時、妃は誰も来ていないので、維月も行くことはできなくて、王の居間で月の力を使って、その様子を見ていた。
十六夜が、空から一緒に見ていて、維月に話しかけて来る。
《凄いぞ!あいつ、そこそこやるなとは思ってたが、義心と立ち合ったらめちゃハッキリわかる。めっちゃ腕上げてるじゃねぇか!》
十六夜が歓声を上げるのに、維月は同じ光景を見ながら言った。
「もう、ちょっと黙っててよ。集中して見られないじゃないの。」
十六夜は、拗ねたように言った。
《なんだよ、良いじゃねぇかよ。うちの軍神なんだし、ちょっとぐらいはしゃいでも。》
確かにそうだが、維月から見たら里の軍神と、嫁ぎ先の軍神なのだ。
しかも、これまで余裕だった義心が、かなりの勢いで斬り込んでいて、怪我をしてもおかしくない。
嘉韻は、他の軍神達が、全く敵わなかった義心相手にかなりの手数を稼いでいて、それどころか、義心の手の内を読んで押してまでいるように見える。
思えば、嘉韻からすると義心が他の軍神達と立ち合う様をずっと見ている事ができたのだから、情報量は圧倒的に多いはずだった。
「…義心が、負けるかもしれないわ。」
維月は、呟くように言った。
十六夜は、言った。
《かもな。何しろ嘉韻はいつも、何かあったら蒼を必ず守るのだとか言って、うちは暇だし訓練場で他の軍神達と鍛練ばっかしてるから。蒼はなんでもかんでも嘉韻嘉韻だし、あいつも蒼ができないことは自分ができたら良いのだとか言って、必死だからよお。気合いが違うわ。》
蒼を守るためか。
維月は、月の宮の意識は全部がそれに向かっているのは知っていた。
蒼は、しかしその実そんなに弱くはない。
立ち合うことはできなくても、月の力があるので、相手の気を奪ってしまうことまで出来るので、何かあってもそこまで軍神達が頑張らなくても大丈夫だ。
それでも、守らなければと思わせる、何かが蒼にあるのだろう。
当の蒼は、もう終わって欲しそうにハラハラしながら見ているのが見えた。
蒼自身、本当に勝ち負けよりは、嘉韻の無傷が一番なのだろう。
維月は、完全に対等な立ち合いを、じっと目を凝らして見つめ続けていた。




