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訓練場

それから、義心が戻って日が暮れて来ているにも関わらず、皆我も我もと義心に指南を申し出て、また大騒ぎで時が過ぎた。

嘉韻は、王自体が立ち合いの会に出ないのもあって、そこまで蒼に期待されているわけでもないので、義心の指南からあぶれた、順番待ちの軍神達に、自分が知る事を教えながら時が過ぎた。

そろそろ月も高くなって来たなと思っていると、そこにひょっこり蒼が顔を覗かせた。

「嘉韻。やっぱりまだここか。」

嘉韻は、たった一人で侍女もつれずに立っている蒼を見て、慌てて訓練場のガラス扉を開いて膝をついた。

「王!控えに戻られぬのですか?」

蒼は、言った。

「もしかしたら嘉韻がまだ鍛練してるんじゃないかと思って。朝からずっとだろう。もう部屋に帰れ。命令だぞ。」

嘉韻は、蒼が自分を気遣って言っているのを知っているので、苦笑した。

「王、我はこれぐらい何でもないのですよ。皆は必死ですが、我は王がおっしゃるようにそこまで真剣に励んでおるのではありませぬ。他の軍神達の気持ちが分かるので、付き合っておるだけなのです。」

蒼は、ため息をついた。

「ならばいいが、皆にも戻るように言ってくれ。」と、宙で立ち合う軍神達を見上げた。「…やっぱり疲れてるな。特に、鷲の甲冑の。ええっと、弦か。」

嘉韻は、ちょうど良いと頷いた。

「は。確かに弦は、積もり積もった疲れがあるようで。焔様は七日一休を勧められておりますが、あの辺りは山岳地帯で見回りに面倒が多くて、軍神の数が足りぬのだそうで。代わりの品が、山ほど宿舎に積まれてあると先ほど話しておりました。どこも確かに忙しいですが、特に鷲の宮は立地の点で難しいようですな。」

蒼は、珍しく難しい顔をしながら宙を見上げている。

そのうちに、義心がふとこちらを見て、蒼に気付いて手を止めた。

「蒼様!」

え、と皆が振り返る。

そして、義心は降りてきて頭を下げた。

「蒼様、どうなさいましたか?皆様、もう控えの方へ帰っておられる気配が致しますが。」

蒼は、頷いた。

「うん。オレも控えに帰ろうと思ったんだけど、嘉韻が気になって見に来たんだ。今、もう部屋に帰れと命じたところだ。」

義心は、頷く。

「は。では嘉韻はもう戻れ。」

嘉韻は、頷く。

他の軍神達も、他ならぬ王が来ているので、降りてきて目の前に並んで立っている。

蒼は、訓練場へとガラス扉を抜けて足を踏み入れて、皆の前に出た。

…何をなさるおつもりか。

嘉韻はハラハラしたが、蒼は言った。

「皆が焦るのは分かるが、一気にやっても伸びぬぞ。オレは立ち合いなどしないから、主らの心地はわからないが、主らの疲れは目に見える。そんな状態で励んでも、本日は何も変わらぬ。もう戻って休めと命じる。」

蒼には、本当に疲れが目に見えているのだ。

それを知っている嘉韻は、言った。

「我が王は、命の奥まで見通されるので。それが月の力なのだ。」

皆は、驚いた。

本当に目視で見えているのを知ったからだ。

義心が、言った。

「…確かに王妃維月様も、我が疲れて参るとそれを気取られて休めと命じられる。蒼様にも、見えておられるのでしょう。」

蒼は、頷いた。

「見えてるよ。」と、手を翳した。「もう、長いこと休んでないだろう。とりあえずそれを取ってオールリセットしてやるから、これからは休むようにするんだぞ。特に弦、主が一番酷い。焔の遣いでよく月の宮に来るんだから、その時十六夜に言って疲れを取ってもらうんだ。空に向かっていえば、すぐできるから。分かったか?」

弦は、バツが悪そうに頭を下げた。

「は…。お手数をお掛け致します。」

蒼が手を翳していると、月から直接力が降りてきて、皆を包んだ。

その光は身の内まで染み込むようで温かく、まるで湯に浸かっているような錯覚を起こす。

そして、光が収まると、皆は今日一日の疲れどころか、ここ数ヶ月の疲れが跡形もなく消えているのが分かった。

「…終わり。とにかく、疲れが取れたからとまた励むのは無しだ。それは明日からにせよ。」と、踵を返した。「嘉韻、行くぞ。」

「は!」

嘉韻は、立ち去る蒼の背を追って歩いて行く。

夕凪が、慌ててその背に叫んだ。

「蒼様!ありがとうございます!」

他の軍神達も、呆然としていたのだが慌ててそれに続いて礼を言った。

蒼は、半分振り返って頷いてから、そのまま立ち去って行った。

「…オールリセットとはなんぞ?」

弦がボソリと言うのに、義心が苦笑して言った。

「全て無かったことに。つまりは元の健康な状態にしてやると仰せだったのだ。どうよ?疲れが取れただろうが。」

弦は、腕を回して頷いた。

「確かに、ずっと纏わり付いて離れなんだ疲れが全くなくなった。これならいくらでも立ち合えそうだが…」と、月を見上げた。「…蒼様のご命令。部屋へ帰るか。」

夕凪は、頷いた。

「戻ろうぞ。やはり癒しの月の王は違うの。これなら義心にでも勝てそうな。」

義心は、声を立てて笑った。

「ならば明日。我を下してみるが良い。」

そうして、すっかり心も体も軽くなった軍神達は、各々の振り分けられている部屋へと戻って行ったのだった。


奥の居間へと戻って着替えていた維心は、フッと微笑んで、言った。

「…蒼らしい。」

維月は、維心を着替えさせながら言った。

「蒼が何でございますか?」

維心は、答えた。

「あれは、嘉韻を案じて控えに帰る前に訓練場へ寄ったのだ。そして、他の軍神達にももう戻れと命じておった。あれらの疲れも取ってやっての。」

維月は、維心の着替えを終えて、自分も着替え始めながら微笑み返した。

「疲れを見て放置できなかったのでしょう。思えば立ち合いの会が決まってこのかた、あれらは休む間もなかったのでは。蒼の気性では、そのままにはできぬでしょうね。私は陰の月なので十六夜の力をかすめないと簡単には癒せませぬが、蒼は陽の月の力を使えますので。」

維心は、頷いた。

「つくづく蒼は我らとは違った考え方をする。我らは軍神が研鑽するのは当然と見るし、疲れは自己責任と考えるが、あやつは違う。皆訓練場で励んでおるのを知っておるのに、見に参ったりしておらぬだろう。蒼だけよ。」

維月は、着替えを終えて言った。

「元は人でありますから。私も同じ。なかなか価値観は変えられませぬ。あれらは、王の命に従って、疲れていようと励まねばならないし、その合間に鍛練するよりないのですから。蒼のような王も居て、良いのではないでしょうか。」

維心は、頷いた。

「別に蒼を責めておるのではない。だが、やはり我らとは違うとな。碧黎が申すのも道理なのだ。月の宮は根本的に違う。序列など、主らには無意味であろうの。」

維月は、答えた。

「ですが、その必要性ももう、私は知っておりますわ。ご案じなさいますな。神世を動かしているのは、維心様方神なのですから。」

主は神ではないものな。

維心は頷いて、維月の手を取った。

「…そう考えると、主が我に嫁いでくれたのは誠に奇跡と言えるのやもしれぬ。感謝するよりない。これからも、お互いに話し合い、分かり合えるよう努力を重ねて参ろうぞ。我らは近く、遠い…いろいろな面での。」

維月は、笑った。

「まあ、維心様ったら。その問題は、何百年も前に解決致しましたのに。命の種類が違う、だが、命は皆同じ。父が良く申すことですわ。私も理解できませぬが、最近分かって参ったかもと思い始めておりまする。」

維心は、眉を上げた。

「誠に?主はどう思う。」

維月は、維心の手を取って奥の間へと歩きながら、言った。

「私の感覚でしかありませぬ。ですが、お見せしましょう。記憶を繋げばその感覚を共有できますゆえに。」

維心は頷いて、そうして二人で奥の間へと入ったのだった。

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