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それぞれの優れたところ

亜寿美の独奏は、それは素晴らしいものだった。

恐らくこの中で、和琴をここまで完璧に弾ける女神は居ないだろう。

もちろんのこと、トチることもなく、皆が黙って最後まで鑑賞して、感心していた。

亜寿美も、こうして見ると優れた女神なのだ。

演奏が終わり、炎嘉が言った。

「素晴らしい!仁弥の琴が聴きたくなったわ。あれによう似ておるのに、また違った音で楽しめた。思わず黙って聞き入ってしもうたほどよ。」

皆が、ウンウンと頷く。

亜寿美は、几帳の中で顔を赤くしていた。

「全く惜しいの。これほどの腕を知らずにいたとは。礼儀のことは置いておいて、優れた女神であるのは間違いない。」

箔炎が言う。

関は、己がやらぬからと、亜寿美が誘うのに全く相手にしてこなかった己を恥じていた。

亜寿美は、自分のために己がやらねばと、こんな気の張る場で一人、琴を弾いたのだ。

長年、触れてもいなかったのにも関わらず。

「…誇らしい心地でありまする。我も、励まねばと思わせられました。」

そう、亜寿美のためにも。

また臣下に王として認められる、能力を身に付けねばならない。

関は、思いを新たにしながら、几帳の中の亜寿美を心底誇らしく思った。

そこへ、祥加がやって来て、膝をついた。

「王。志心様に急ぎお届け物でございます。」

維心は、振り返った。

「志心に?」

志心は、祥加を見た。

「どこからぞ。」

祥加は、後ろの侍女を見た。

「はい。仁弥様より、こちらの厨子を志心様にと。お手紙もございます。」

「仁弥?」志心は、首を傾げた。「はて。なんであろうの。」

それを聞いていた几帳の中では、皆が顔を見合わせた。

さっき文を送ったばかりなのに、もう来たのだ。

亜寿美が、恥ずかしそうに言った。

「…父は常、誰か正当に評価できる方に利いて欲しいと申しておったので。我からの文で、これ幸いと送ったのでは。」

妃達は、頷く。

仁弥から志心に送ろうにも、こうして娘が同席している席なら送れるが、いきなり送りつけるのは失礼なのでできないのだ。

亜寿美からの文に、取るものとりあえず急いで送って来たのだろう。

そんなこととは知らない志心は、厨子を受け取り文を開いた。

そして、言った。

「ほう。」と、文を放り出す勢いで炎嘉に押し付けて、厨子を開いた。「香とな。」

中には、美しい香壺が行儀良く幾つも並んでいた。

炎嘉は、顔をしかめて文をチラと見た。

「…娘から、志心殿が香に明るいと噂を聞いて、我が宮の物も一度試してもらいたいと書いてある。」

維月が、几帳の中から言った。

「茶会の席で亜寿美様から、仁弥様が殊の外、香に力を入れていらっしゃると聞いて。ならば志心様はとても造詣が深いとお話したので、我らがお勧めして御文をお送りしたのですわ。」

志心は、頷いた。

「ちょっと見ても良い感じよ。」と、侍女に頷き掛けた。「火を。」

侍女は頭を下げて、一つ一つ厨子から取り出して着火していった。

渡が、言った。

「そういえばそうなのだ。亜寿美が香合わせを良くするので、思えばあれが嫁いで参ってから宮の香は皆、あれが合わせておる。我もだが、関も着物にそれを焚き染めておるのだ。」

炎嘉は、頷いた。

「やはり仁弥は雅事が好きであるからのう。」と、側の香壺を引き寄せた。「どれ、ならば我はこれを。」

志心は、もう端から順番に袖で覆って香りを確かめている。

維心も興味を持ったようで、志心が置いた香壺を手にした。

「ては我も。」と、驚いた顔をした。「…お。なんと珍しい。これは何の香りか?梅香でもない、草のような…いや、そこまで生々しいものでもない。」

焔も、箔炎も樹伊も公明も翠明も駿も高彰も、漸までもが香壺に手を伸ばす。

志心は、その中心で恍惚とした顔をした。

「…全て珍しい限り。思うてもない配合であるのか。材料かの。これは仁弥め、宮に何か隠しておるな。これだけの物を隠しおって。」

炎嘉が笑った。

「隠しておったのではないであろうぞ。主にいきなり送り付けられると思うてか。此度は亜寿美が居るゆえ、これ幸いと送って参ったのだろうぞ。それにしても素晴らしい。これは話を聞きたいもの。仁弥を呼ぶか。」

え、と几帳の中で亜寿美が身を固くする。

綾が、それに気付いて小声で言った。

「…亜寿美様?大丈夫ですか。」

亜寿美は、頷いた。

「はい。あの…我がこのようですし。このご立派な王の皆様の中に、父が混ざることを思うと、案じられて。」

そういえばそうだ。

三番目の最下位の王が、最上位の王達に囲まれたことがあるとは思えなかった。

皇女に礼儀を教えてやれていないのだから、父王の様も何となく想像はついた。

まさかいきなり呼ぶ話になるとは思わなかった。

維月がそこまで考えなかった事に後悔している後ろで、王達は盛り上がっていた。

「仁弥に香の話だけでも聞かせてくれと返事を送れ。」志心が、命じている。「これは思ってもない物ぞ。とにかくすぐに参れと伝えよ。琴も聴かせてもらえるやも知れぬしな。」

祥加が、下がって行く。

維月は、青くなる亜寿美の顔色を見ながら、どうなるのだろうと気が気でなかった。


一方、仁弥の宮では正月のまったりとした雰囲気の中で、臣下達と宴を開いて、琴に興じていた。

亜寿美から、龍の宮に招かれていると聞いた時には、臣下もあの宮に招かれるほどの地位におなりかと涙を流して喜んでいたものだが、その娘が香をと言うので、これは亜寿美のためにも秘伝の香を一刻も早くと急いで多く送り出した。

もともと香にはかなりの自信があったし、一度最上位の王にも利いてもらいたい夢があったのだ。

なんと幸運なのだと機嫌良くしていたところに、遣いにやった筆頭軍神が、慌てふためいた様で飛び込んで来た。

「王!大変でございます!志心様よりお返事で…香が殊の外良いので、話を聞かせよと。龍の宮に参れとのことでございます!」

「ええ?!」

臣下達も、杯を放り出して叫んだ。

龍の宮に、今から?!

「い、今からか?!」

筆頭軍神は、頷いて文を差し出した。

「は…。」

仁弥がそれを開いて見ると、確かにすぐに来いと書いてある。

ついでに琴も聴かせよと。

王妃の明日香が言った。

「王。」仁弥は、明日香を見る。明日香は続けた。「行って来られねば。序列再編の折、お断りする事はできませぬ。ここは宮の御為に、お気張り頂きまして。」

確かにそうだ。

仁弥は、思いきって頷いた。

「いろいろ不安だが、とにかく(かつら)、主、ついて来い。主は礼儀に明るいし、我にぴったりついておれ。」

筆頭重臣は、頭を下げた。

「は!王、励みましょう。ご準備を。」

そうして、仁弥は並々ならぬ決意と共に、王妃に手伝われて精一杯に装って、龍の宮へと向かうことにしたのだった。


明日香は、連れて行かない。

明日香のことは何も書いていなかったし、それでも良いだろうと思った。

もともとあまり礼儀には明るくない、下位から娶った女神だったし、宮の中の礼儀に関わっていたのは、筆頭重臣の桂なのだ。

若い頃に二番目の宮へと修行に出して、礼儀を学ばせて来て最近にやっと宮へと帰って来た桂は、そこから怒涛の勢いで宮の中を改変し、何とか対面を保てる様に持って来た功労者で、なので筆頭重臣の座についた、頼りになる神だった。

これが戻ってからは、明日香も段々良くなって来たし、第二皇女の亜美加(あみか)も格段に品良くなって来て、嫁ぎ先も探せそうだ。

そんなわけで、桂一人と筆頭軍神だけを連れて、仁弥は緊張しながら輿で龍の宮へと飛び立ったのだった。

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