正月
いろいろと騒がしいまま、神世は正月を迎えたが、正月らしい雰囲気ではなかった。
今年は、あまりにも序列再編に忙しくて、年明けにすぐに王達の立ち合いの会があり、皆が正月どころの騒ぎではなかったのだ。
とはいえ、最上位の維心、炎嘉、志心、漸、蒼、箔炎、焔、駿、高彰は落ち着いたものだった。
二番目の翠明、樹伊、公明ももう、特に気にしている様子もなく、ただ覚、英、加栄の三人は違った。
全く立ち合いの事など、皇子の頃より考えなくなっていて、今更ながらに訓練場で少しでも多くと立ち合っているらしかった。
何しろ、皇子の頃には皇子の立ち合いの会が定期的に龍の宮で開催されるので、宮の威信をかけてもおかしな順位になるわけにはいかず、せめて無様にならないようにと皆、必死に訓練場で努めるものなのだが、王となってしまうとそんな機会は滅多にない。
それこそ、上位の王達で集まって、宴の時などに戯れで訓練場へと向かうとか、そんな時ぐらいしか立ち合う事など無いのだ。
それも、断ろうと思えば断れるので、必ずしも立ち合わねばならないわけでもない。
そんなわけで、腕が鈍りまくっていたわけなのだ。
そんな事情もあり、今回は正月の集まりは、龍の宮に覚、英、加栄以外の上位の王達が集まる形で行われる事になった。
明けて朝からあちこちの宮から王達が到着するので、ここのところ正月は休みで暇にしていた龍の臣下達は、忙しくしていた。
維心と維月はというと、朝早くから起き出して臣下の年始の挨拶を受け、急いで準備をした。
もっとゆっくりしていても良かったのだが、今回は皆がやって来るので臣下も忙しい。
分かっていたので、維月も夜明けには起き出して準備を始めていたのだ。
思った通り、王達は朝からさっさと臣下の挨拶を受けて、宮を後にして来たようだ。
月の宮で言うと午前9時頃から、皆が到着し始めて、維心は一気に宮が動き始めたのを感じていた。
真っ先に来たのは、意外にも蒼だった。
蒼は、他の宮の王より下だという気持ちがあるらしく、いち早く到着しなければと急いだらしかった。
維心は、居間で蒼を迎えて、言った。
「蒼。早いの、主は日が高くなるまで寝ておるのではないのか?」
蒼は、首を振った。
「本日は誰より先に到着しておかねばと焦ってしまって。覚達が来ないとなると、オレ、多分一番下っぱなので。」
維心はクックと笑った。
「何を言うのだ。主は序列は最上位の第五位ぞ。焔や箔炎の方が焦らねばならぬところよ。とはいえ、此度は遊びだしな。そんな気遣いはいらぬのだ。」と、椅子を示した。「座るが良い。」
蒼は、頷いて維心の前に腰掛けた。
「年明けの立ち合い、節分にやるのだそうですね。オレは出なくて良いとか言われてますけど、それで最上位だなんてと少し、気詰まりで。だって、全くダメなんですから。」
維心は答えた。
「そこは、碧黎と話がついておるからの。あれから話を聞かなんだか。主の宮は、もしもの時のシェルターとなるのだ。月の眷属は戦ってはならぬと決められておるから、できてもやらぬと言う認識ぞ。」
蒼は、頷いた。
「はい。聞いておりますが、オレとしては納得できなくて。だったら十六夜に立ち合いだけでも出てもらって、一応力はあるって見せて置いた方がいいかなと。」
維心は、首を傾げた。
「そうだのう…主がそう申すなら、別にそれでも良いがの。だが、月の宮が特殊なのは皆が知るところであるし、誰も気にしておらぬぞ。そも、碧黎には恐らく我すら敵わぬだろうしな。分かっておるのだし、何もわざわざ見せぬでも良いかとは思う。」
言われて、蒼は渋い顔でまた、頷く。
維月が言った。
「…そうね。私も、何もしない方がかえって良いのではないかと思うわ。月の宮の内情は誰にも知られぬ方が良いと思うのよ。得体が知れないからこそ、力が計れなくて怖く感じるのではないかしら。隠すのもまた、戦略だとは思うわ。」
維心も、それに頷いた。
「その通りよ。そも、月と地が住む場所であるだけでも特別なのだし、隠しておるのもまた、戦略ぞ。主は気にするでない。わざわざ十六夜に立ち合わせる必要はない。」
蒼は、そんなものかなと今度は納得したように頷いた。
「はい、維心様。」
すると、そこへ鵬の声がした。
「王。炎嘉様、志心様お着きです。」
維心は、扉を見た。
「入るが良い。」
すると、開いた扉の向こうには、頭を下げた鵬の前に、炎嘉と志心が並んで立っていた。
炎嘉は、言った。
「年が明けたな維心よ。今年もまた面倒を共に何とかして参ろうぞ。」と、歩いて入って来ながら続けた。「蒼。主、早いな。」
蒼は、立ち上がって頭を下げた。
「明けましておめでとうございます、炎嘉様、志心様。はい、オレは下っぱだから。」
それには、志心が笑った。
「主はいつまで下っぱのつもりよ。五位であるのに、卑屈になるでない。まだ翠明も樹伊も来ておらぬのに、こんな正月の遊びに。」
維心が、言った。
「己が立ち合えぬゆえに気になるらしい。序列が高いのが気詰まりなのだそうだ。今その話をしておって、宮全体の戦力としてはどこより高いし隠すのもまた、戦略だと教えておったところ。」
炎嘉は、言われないのにさっさと蒼の隣りに座ると言った。
「そうだぞ、蒼よ。碧黎一人でもう、主の宮は最強。とはいえ、あやつは戦わぬのだから戦力と言うて良いのかは分からぬが、絶対に陥落しない土地があるのは我らにも心強いのよ。何かあればそこへ逃げれば良いわけであるからな。気にするでない。」
蒼は、頷いた。
志心が言った。
「…とはいえ、覚もよう渡の所へ指南してもらいに通っておるそうな。渡は己の息子も育てねばならぬし、大忙しだそうだ。今回の事があって、関の王位が殊の外危ういのだとか。それでなくとも渡を王座にと言うておった輩が、更に発言力を増しておって宮は割れるどころか一つになろうとしておるらしい。関を庇っていた臣下も、序列が極端に落ちるのを恐れて渡派になりつつあるようだしな。庇っておるのは渡だけ。どうしたものかと外から見て思うておる。一度、渡と話して来なければならぬ。」
炎嘉が、ため息をついた。
「主にまでそんなことが漏れておるか。我はとっくに知っておったが、渡の意思だからと尊重して来たのだが、このままでは確かにまずい。周辺の宮にも、渡が若返った事は知れ渡っておって、だったら何故に王座に返り咲かぬと怪訝に思うておるようよ。何しろ、渡の腕は若い頃から皆、知っておるからな。もちろん、関がそうでもないのも知っておる。」
維心は、眉を寄せた。
「ここへ呼ぶか?正月の遊びに誘う体で。なに、関は加栄の次の序列であるし、三人が来ておらぬのだから席が空いたと呼んでも不自然ではない。渡にも来いと書き足しておけば、渡を伴って来るだろうて。妃がどんな様なのかも見て知る事ができる。それで宮の様子も透けて見えよう。初が亡くなってから、あの宮の中は見ておらぬからな。ま、それどころではないと断って参るやもだがな。」
炎嘉は、頷いた。
「主の誘いを断るなどできるものか。宮の雰囲気がアレなのだから、関とて離れられるものなら離れたいだろうし、体の良い言い訳になる。来るだろうぞ。そうしよう。」
維心は頷いて、まだ下がれと言われておらず、じっと膝をついたまま待っていた鵬を見た。
「鵬、関の宮に書状を送れ。臣下も序列再編の時にこの宮との付き合いを断ることなどさせぬだろうて。」
鵬は、頭を下げた。
「は!ではそのように。」
そうして、鵬は出て行った。
蒼は、結局遊びと言っても仕事するんだなと、そんな王達を見ながら内心苦笑していたのだった。