7 あれからも月日が流れて
取りあえず、ここで完結します。 アンリシェル達の進展は、短編で書ければと思います。
あれからも、私とアンリシェル様の交流は続き、18才で王立学園を卒業する頃にはさらに親しく過ごし、今では愛称呼びをするまでになった。
「アンリは、今日も夜公演なの?」
私とアンリは、歌劇場近くの喫茶店で昼食を摂っている。
私はガッツリ海の幸パスタ、アンリはハムとアボガドのサンドイッチ。 飲み物は2人ともアイスコーヒーだ。 夏の暑さに氷が嬉しい。
「ええ、そうよ。 後1時間でリハよ。 今回はアナスタシアよ。 豪奢なドレスと、黒の軍服が映えるのよ。 ジュディはいつ見に来るの?」
暫く振りの会話に笑顔が浮かぶ。
「革命で生き残ったお姫様のお話ね、思い出すわ。 今のキャストの是非見たい! すぐ見たい! 黒軍服かぁ、萌える! ……でもまだ行けないのぉ~、今日もこれから商談なの。 休憩も食事時間だけで、今夜もいつ帰れるやら」
私は首を横に振り、残念と答える。
学園時代は、私とアンリとマリーさんと数えきれない程公演を見に行った。 そして歌劇繋がりで仲良くなった友人達とも見に行き、感想を語り合った。
結局アンリは歌劇場に通い詰め、見事見習いピアニストからピアニストへと昇格を果たす。
他にもパイプオルガン、バイオリンやチェロ、ヴィオラ、トランペットやコルネット、フリューゲル、大太鼓・小太鼓や木琴・鉄琴、マラカスに至るまで、様々な音響で舞台を盛り上げる。
そうアンリは、見事職業人になったのだ。
アンリの父は反対したが、兄は応援してくれていた。
これ以上反対するなら、家を出る気だとも伝えた。
さすがにこれ以上反対すれば、縁切りすると言い出しそうだったので父が折れた。
アンリシェルは、クラヴィデスとの婚約者候補が解消された後、侯爵家と言う家柄、気品ある美しさ、知性、一部の女性からの圧倒的な支持等、何処からも望まれるお嫁さん候補ナンバー1に輝いていた。
アンリシェルの父はホクホク顔で、大貴族家との縁談を目論んだがアンリシェルは全て拒否。
家を顧みなかった父に従う気もなかった。
アンリシェルは、ジュディとマリーと歌劇から、生きていく道標を得た後だったからだ。
学生時代から既に見習いピアニストで給金を得ていた。 母の翻訳等で得た給金や(母の)生家からの個人資産もアンリシェル用に残されており、父に頼ることは何もなかった。
義母義妹にしか興味を示さず、ピアニスト見習いをしていることも勿論知らない父。 求婚者が現れ始め、やっと思い出したくらいの娘に愛情等ないだろうと考える。 実際に父との思い出と呼べるのは、母の葬儀くらいだ。
母の死後に抱いていた憎しみも、歌劇の中での人々の生きざまに触れ理解し消えていった。
男女の結び付きとは、儘ならないものであると。
勿論実際の経験はないに等しいが、様々な人の話を聞くことで知識として繋がった。 人と関わるきっかけとなったジュディとマリーには、今でも頭が上がらない思いだ。
だから父の気持ちも理解出来る部分は、客観的に受け入れることができた。 つまり赦したのだ。
主観的にはまだ蟠りは残るけれども。
父と自分の道は交わらないが、アンリシェルの出した答え。
今後、結婚し子でも出来れば和解するかもしれないが、それは未知の話だ。
今日も皆に感動を届ける為に、ピアノを奏でる。
時に激しく、時に扇情的に、喜怒哀楽を盛り上げる為に。
ジュディもまた、職業人となった。
彼女は女性の地位向上の為、領地のスイーツやお菓子を歌劇場とタイアップし売り込んでいる。 幸い味が好まれて売れ行きも安定し、領地の女性達の大事な蓄えになっている。 女性達は結婚しなくとも、自力で十分生きることが可能となった。
まだジュディの領地だけだが、離婚しても、死に別れても、振られても、男を当てにせずとも生きられる基盤ができたのだ。
今後もジュディは、いろんな村や町の名物を歌劇場や百貨店等と提携し、働く女性を支援していくのだ。 本人はすき間産業と呼んでいるが、隠れた名物を探し出す手腕は美食家からすれば、掛け替えのない存在である。
年を経る毎に知名度は上昇するだろう。
ジュディとアンリシェルのクラスメイト達も、結婚だけに拘らず、また結婚してもいろんな活動に手を染めた。 入り口は歌劇だが、そこから人の生き方を学んだり、演者になったり、奏者になったり、デザイナーや舞台装置作り、建築家、作家、脚本家等々多岐にわたる職に就いた。 パトロンとして寄付をする者も内容を厳選していた。 死に金にならぬよう生かしてくれることを願い。
そう生き方が前向きなのだ。
適当では済まさない気持ちを持っていた。
共通の趣味を持ち、時に語らい、時に文に託し、心から楽しむ喜び。 歌劇から始まり、何が好きかを語れる喜びを手にしたのだ。 いろんな職種に貴賤が無くなりつつあり、大きな流れが今後来ることだろう。
今考えると、アンリシェルの両親は政略結婚ではあったが、母も父も好きに生きていた方だろう。
母は翻訳で金銭を得ていた職業夫人だった。
侯爵夫人の肩書きが大きすぎて目立たなかったが、彼女の翻訳した本は海外でも読まれ、翻訳者として一部で有名である。 貴族としていろんな知識を乗せた訳は、深みを持っていたのだろう。
外国の物語を翻訳したものが歌劇としても使われており、知らずアンリシェルに関わることになっていた。 そして何れ彼女も知るところとなり、母と気持ちを繋いだ思いに浸るのだ。
父は愛する妻子と共に暮らし幸せを得たが、娘は恋愛したり嫁にも行くだろう。 妻だとて、いつまでも父に夢中ではいられない。 平民として生きてきた為社交界にもでないので、外に趣味を見つけるだろう。 貴族の代表のように生きてきた、祖父のような生活は父にはできない。 彼の回りにいるのは、貴族ではないからだ。 籍は同じでも同じような社交はできないし、する気もない人を選んだのは父本人だ。 今更アンリシェルは手元に来ないだろうし、息子のガイヤだとて後継ぎとしての学びで忙しいので、構うことはないだろう。 元々ほとんど家に居なかった父には、特に何の感情もない。 学びも学園や家庭教師で十分なのだから。 勿論嫁だって好きな子を迎えるつもりだ。 父が政略結婚を結ぼうとするのは、ナンセンスとしか言えないから従わないし。
結局いつか、報いは受けるものなのかもしれない。
マリーさん夫妻は、今も仲良く歌劇を見に来ている。
そして時々クラヴィデスも、歌劇を共に見に来ている。
今のクラヴィデスの職場は、王族を守る近衛騎士団でジュディとアンリシェルも好きなタイプの軍服男子である。
さりとて、ジュディもアンリシェルもクラヴィデスは眼中にない。
2人とも、浮気男は嫌いだからである。
だが、学生時代にあんなに軟派だったクラヴィデスは、今は誰とも付き合っていない。 遊び本気含めて皆無である。
但し貴族・平民含めファンは多い。
金髪紺色の美青年に成長した、硬派な騎士に死角なしである。
死角なしであるが、一度嫌われた相手にはなかなか振り向いて貰えない悲しき男になっているのだ。
青髪で薄紫の瞳の、ちょっと猫目の美女アンリシェル。
彼女の美しさは、舞台袖で楽しくピアノを弾くだけで、皆を幸せにさせる女神のようだと囁かれている。 勿論本人は知らない事実。 そして結婚願望もないところが、さらにファンを増やしている。 正にアイドル、永遠の恋人である。
本人はファンのこと等知らないので、好いた相手が出来ればすぐに結婚してしまうだろう。 その気取りがないのも魅力なのだが。
クラヴィデスは焦っていた。 自分の知らない所で、彼女に好意を持つ者が急増していたからだ。 一部には、歌劇より彼女を見に来ている者もいるのだ。
歌劇が終了後、演者達に花束やプレゼントを渡す機会がある。
それは役者だけでなく楽器の演奏者にも渡せるのだが、いつもアンリシェルには多くの花束が手渡されていた。 メッセージカードも付いているが、1人1人確かめる暇などない。 流れ作業で終わっていく。 だから回数を稼ぎ、憶えて貰うために彼女と会うのだ。
そして今日も、クラヴィデスは白い軍服を着てアンリシェルの前に現れる。 花束とメッセージカードを渡す為に。
暫くは合わせなかった目も、最近はちゃんと見てくれるようになった。 進展ありか?と邪推するも、他の人とも目を合わせているから違うかもしれない。 完全に立場が逆転したアンリシェルとクラヴィデス。
アンリシェルは思う。 こんなにここに来なくても、マリーさんに会いに行った際にお茶に来れば良いのにと。
恋愛感情はないが、失礼だったことはとっくに許しているのだから。
ここからどうなるかは、クラヴィデスの頑張り次第。
ただ近衛騎士団の軍服は、アンリシェルの好みではあるのだ。
それを理解している、あざといクラヴィデスとの進展は、今のところ不明である。




