6 あれからもお茶会とお喋りを続けて、今
将来を考えるアンリシェル。
あのお茶会から、数ヵ月が経った。
私とアンリシェル様は、時々マリーさんを交えてお茶会をしたり、学校で共に過ごすようになっていた。
「私ね、ジュディ。 今まで結婚をして、家の役に立つことしか考えていなかったの。 高位貴族として、恥じないように学び、社交をこなし、高位貴族に嫁ぎ血を繋ぐ。 この道しかないと思って、家同士の縁で繋がったクラヴィデス様との結婚が、何より大事だと思ってたの。 だから、将来設計を揺るがす敵と思ってしまい、彼の周りの女性を威嚇してしまってたのね。 彼の気持ちも考えず厚かましいわよね。 こんなんじゃ、絶対好かれないわ」
放課後に立ち寄った喫茶店で、アンリシェル様は恥ずかしそうに話し出した。
私は、紅茶を飲みながらそれを聞いていた。
アンリシェル様に悲壮感はなく、失敗しちゃったくらいの語りだったからだ。
この話が出来るということは、何か思うことがあったのだろう。
マリーさんとのお泊まり会で歌劇に興味を持ち始め、何度も3人で街まで劇場を観に行った。
私はお金がないので恐縮したが、普及活動だから付いて来てと言われると断れなかった。 私1人じゃ気がひけるだろうと、アンリシェル様も誘って出掛けたのだ。
勿論アンリシェル様の観料も、マリーさん持ちである。
アンリシェル様は、『支払いをさせてください』と何度も言われていたが、『支払いよりも、普及をしてくれる方が嬉しいから』と固辞された。 金額も高いせいか、若い人に歌劇が浸透しておらず、文化保存の為にも若い人に素晴らしさを伝えて欲しいんだと言う。 観客が増えれば、設定金額も下がるらしい。
アンリシェル様は特に、将来義母になるかもしれないマリーさんに遠慮がちであった。
しかし何度も一緒に観劇し、劇の話をするうちに親しくなっていったのだ。 そう私達は歌劇の友達、略して歌友になったのだ。
魅惑の歌や音楽に彩られ、華やかな舞台装置・幻想的な衣装・照明等によるドラマ。 そして限られた時間に、物語を演じる役者達。
家でマリーさんが演じる時は、ただただ面白いだけだったが、実際に観劇することでそれは変わった。
圧倒的な演技力で引き込まれ、次々と変わる展開に息をつく暇もない。 初めての舞台から心が踊った。
それは私だけでなく、アンリシェル様も同じだったみたいで、ハンカチを握りしめて泣いていた。
それを見たマリーさんは、とても嬉しそうだった。
劇が解れば、マリーさんが演じている場面を笑うことはなくなり、観劇の場面が思い出されて感動へと変わる。 笑って失礼だったなと、後から反省する日々だ。 でも笑いを取ろうとして、コミカルにしていた時は別ですが。
以前マリーさんが、歌劇に嵌まった理由を教えてくれた。
カヌレ家が治めるリスタード領の田舎に住む、のんびり屋のマリーさんは引っ込み思案で、人の前で赤面して話せない子だった。 時々お茶会に参加しても、皆は自信に溢れてお洒落に見えた。 もじもじするマリーさんは、挨拶もきちんと出来ないのかと馬鹿にされ、落ち込んで(泣いて帰って来て)いたのだ。 そんな時、王都に住んでいた今は亡くなられた(祖父と既に伯爵家に嫁いでいたマリーさんの)お姉さんに、観劇に誘われた。 最初は気晴らし程度で、特に期待はしていなかった。 でもすぐに引き込まれ、ファンになったそう。 観終えた後、ちっぽけなことに悩んでたことが、馬鹿らしくなったそうだ。 数時間の中に詰め込まれた物語。 でもその物語は、実際の出来事が脚色されたものらしい。 他国で起きた革命の物語。 普通の(高位ではある)貴族の女の子が王妃となり、様々なことを取り組んだけど最後には処刑されるのだ。 だけどその立派に成長した女性は、最後まで王と政策に取り組み奔走する。 しかし、もう末期の王政では建て直し不可能で、革命軍に倒れるのだ。 でも最期まで気高く逝った女王に、感情移入して涙が止まらない。
そして、私も気高く生きたいと思ったそうだ。
それからは周りの目は気にならず、でも物理ではなく悪意と戦えるように教養とマナーを学んだそうだ。 そして13才になり、お姉さんの家から、王都の学校に通うことになる。 女の子(子爵)に学校は不要なんじゃないかと言う親も打ち負かし、姉宅に居候して通学なんて、数年前には考えられないことだった。
そして度胸もついた。
好きになったのは、婚約者のいない隣のクラスのブルガリア伯爵子息。
顔良し、ルックス良し、金あり、文武両道の性格良し男子。
勿論、超人気物件!
玉砕覚悟だ!
ふられたって、死なない。
後悔しないように、やるだけ遣る。
気高いかは置いといて、女だからと受け身になる生き方はしないと。
男前の考え方だが、勢いのまま告白し、今の結婚に繋がっている。
婚約者のいなかった(結婚に興味がなく婚約者がいなかった)伯爵家嫡男に、付き合ってもらえたのはたまたまだ。 もしふられても悔いはなかったけど、やっぱり嬉しい。
おしとやかにしようと思ったけど、やっぱり本音で付き合うことにした。
その時歌劇好きなことを伝えて、子息様も偶然好きで意気投合し、専ら観劇に行ったそう。
観劇で見た世界に憧れ、ステージに立つ役者になりたいと思ったり、衣装を作製し脚本を作って友人と学校で発表したりと、世界も広がった。 結局結婚をして伯爵家夫人となったけれど、結婚しなければその道に進みたかったそう。
そんな話をした私達の結束は固い。
私とアンリシェル様は、2人で歌劇のことを普及する為、父が取り扱う書籍部で簡易パンフレットを作製してもらい配布した。 入場料が高くなかなか行けない人にも解りやすいように、歌劇の上映場所・あらすじ・役者の似顔絵を印刷してもらい、私とアンリシェル様でホチキス留めして、興味のある人に渡したのだ。 その時にマリーさん仕込みの演技も、アンリシェル様と二人でしてみた。 最初はただで見た対価は払うという義務感だったので、目茶苦茶恥ずかしかったけど、そのうち楽しくなって恥ずかしさが消えた。 その代わり、もっと上手く演じたいと思うようになって、クオリティが上がったと誉められるようになった。 クラヴィデス様のことや顔の印象で怖そうと思われていたアンリシェル様も、私(もともとお調子者)と演じていることで、友人も増えていった。 笑顔が増え、もともと美しいアンリシェル様の信者は、男女共にうなぎ登りだった。←本人は無自覚 因みに私達のパンフレットでヒントを得た父は、役者の似顔絵入りサイン付きパンフレットを売りさばき、定期購入顧客がついてウホウホなのだとか。←求むお小遣いUP!
マリーさんと私と3人のお茶会では、アンリシェル様から近況を話されることもあった。
(語り部分はアンリシェル視点)
フリュイ侯爵家の長女となる私は、父オーガスト、長男で次期侯爵のガイヤ、義母アフラーニカ、義妹ミメイの5人暮らし。 実母は2年前に病気で他界し、市政で暮らしていた愛人のアフラーニカと再婚していた。 ミメイは父の実子で、血の繋がりのある同じ年の義妹だった。
元々実母と父は政略結婚。 夫婦仲もそこそこで、結婚後すぐに百貨店で働く義母と付き合いが始まった。 再婚するまで働いていたそうだ。 母も子供達の教育に熱心で、愛人に口出しすることはなく、特に父とも争うことはなかった。 母は語学が堪能で、時々友人に翻訳を頼まれて金銭を稼いでいた。 そのお金でアクセサリー等をプレゼントしてくれ、兄には本をプレゼントしていた。
状況が変化したのは、母がある日倒れてからだ。
医師に診察を受け、数年の命となる病を診断された。
子供達は母に付き添い、治療法を探したり、共に過ごす時間を持った。 しかし父は、変わらず同じ生活を続けていた。
母が亡くなった際は悲しんだが、半年後に再婚。 義母と義妹が邸に移り住んだ。
僅か半年で再婚することも腹立たしかった。 でももっと怒りが沸いたのは、父が邸にいる時間が増えたことだ。
母が病の時すら殆ど見なかった父が、仕事を終えると家にいる。 そして家族と食事をし、休日は家にいるか義母義妹と出掛けるのだ。
今まで父は、居ないものと思って過ごしていたが、これだけ顔を合わせると腹立たしく思った。 しかし母の教育で、淑女は他人に感情を悟らせないことを学んでいたので、他人である義母義妹には穏やかな仮面を被り接した。 いつも義母義妹といる父にも、感情を見せなくなった。
そんな時に兄から薦められたのが、ブルガリア伯爵家嫡男のクラヴィデス様だった。 共に文官として働くブルガリア伯爵とその奥方は気持ちの良い方なので、そこに嫁ぐなら幸せになれるだろうと言って。 その後、兄と伯爵夫妻に挨拶を交わし、もし相性が良さそうなら婚約に進めようということで、婚約者候補になったのだ。 まだ候補なので、父には伝えていない。 居場所のない侯爵家から、出来るだけ早く出ていきたいと焦っての(クラヴィデス様の女友達を牽制する)黒歴史誕生だった。 しかしクラヴィデス様のことを好きかと言うと、疑問符が付くのだ。
「お察しの通り、私は殿方とお付き合いしたことがなく、交流を増やせば何とかなると思ったんです。 御両親と上手に付き合えれば受け入れられると。 はっきり言って、クラヴィデス様のことをそれほど見ていませんでした。 すみませんマリーさん、失礼な態度でした」
ぺこりと頭を下げるアンリシェル様。
「普通の政略結婚なんてそんなものよ。 真面目ねえ、アンリちゃんは。 あの馬鹿息子に貴女は勿体ないわ。 良い人いたら行って良いのよ。 ただ私とは、ずっとお友だちでいてね」と、全然気にしていないマリーさん。
『まだまだ若いんだから。
結婚が嫌なら、独身だって大丈夫な時代よ。
これからは、女性の社会進出だって多くなる世の中だもの』と。
「ありがとうございます。 やっぱりマリーさんに会えて良かったです」
嬉しそうに微笑むアンリシェル様。
負けじと私も言う。
「マリーさんだけですか?」
目を見開いて、ちょっといじけて言うと、
「勿論ジュディもよ」と、声をあげて笑うアンリシェル様。
結局皆で笑って、お菓子もお茶も進んだのでした。
そんなことを話していた数日後の、今日の喫茶店でのこと。
「私ね、クラヴィデス様の婚約者候補辞退しようと思って。 まあ、候補なのでたいしたことないのかもですが。 兄にはもう伝えましたの」
そう言うアンリシェルは、スッキリされたお顔をされていました。
「アンリシェル様が決めたなら、応援します。 私はいつも貴女の味方ですから」
そう言うと、アンリシェル様は、泣きそうになりながら笑っていました。
「私ね、歌劇のピアノ伴奏をしてみたいの。 いろいろ調べたんだけど、定員割れすると不定期で人員応募があるみたいなの。 練習の見学の出来るみたいだから、行ってみようと思って。 兄には好きに遣ってみろって言われたのよ。 私は嫁に行かなくても、侯爵家は大丈夫だからって。 いざとなったらお母様が残してくれたお金もあるしね」
貴族の娘がと、口さがない者はいるだろう。 でも今の歌劇には元貴族も平民もいるし、実力主義なので面白さもある。 なかなか伴奏出来ず悔しいこともきっとある。 でも遣らないより遣ってみたいのと話すアンリシェル様は、とても生き々々していて美しかった。
『クラヴィデス様は、大物を逃がしたわね』と、私は心の中で呟いた。




