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私は今、ブルガリア伯爵邸に身を寄せている。
下位貴族の田舎者だったので、成人後は同じ位の貴族か裕福な商人・豪農に嫁げれば、家の負担にならずに暮らせると思っていた。
取り立ててすごい特技や美貌もなく、目標と呼べるものもない。
このまま何事もなく過ぎる人生と思っていたが、アンリシェル様に会えたことで、今まで見ていたものが色付いたように鮮やかに見えだした。
「ジュディ、お茶にしましょう。 今日はお茶の作法をお勉強しましょう」
ブルガリア夫人は、何もできない私に1から作法を教えてくれている。
「はい。 よろしくお願いいたします、ブルガリア夫人」
そう言って、私は礼をする。
「良いわね。 最初の頃よりだいぶん姿勢が良くなったわ。王族以外には深く頭を下げないから、背筋はピンと伸ばす。内側の方に引いている足を戻す時は、体幹がぶれないように。歩きだし気を付けて」
「はい。夫人」
パンと夫人は手を叩き「ここからはお話しながら説明するわ
ね」と言って今日の作法時間終わりを告げる。
一気に詰めても忘れるからと。
「さあ。お茶お茶」と立ち上がり、侍女が置いていったお茶ポットの中をスプーンで一回しし、濃度が均等になるようにカップを並べ注ぎ入れていく。
ティーソーサーに乗せたカップ・スプーンと、ミルク・蜂蜜を手際よく準備していく。
紅茶の芳しい香りが鼻をくすぐり、体の力が抜けていく。
緊張してたんだな、私。
普段は侍女が入れてくれるが、世間話をしたいからと下がってもらったらしい。
「秋摘みダージリンは、1年で一番甘いの。 本収穫にはまだ少し早いけど、それもまた違う味わいで美味しいのよ。 最初はそのまま飲んでみて、その後は甘味をお好みでね。 それよりも今回のメインはこれよ。」
ジャーンと中央に置かれたスイーツ。
「息子達は甘いの嫌いで、食べさせ甲斐がなくて」などと言いながら、ホールのアップルパイを切り分けてくれる。
今日の作法は終了と言うことで、素に戻りナイフで大きめに切ったパイを口いっぱいに含む。
口内に広がる爽やかなりんごの味。
「こ、これは!」
夫人を見ると、フフッと目を細くして笑いながら頷いている。
「わかったかしら、さすがジュディね。 これはカヌレ領で作られているサン・フレッシュ(品種)よ」
「ですが、この瑞々しさ。 もいでまだ1日前後と思うのですが、どのように入手したのですか?」
驚いてしまうのも無理はない。 サン・フレッシュはカヌレ家の特産りんごだ。 少なくとも王都に運ぶのは、収穫後仕分け等されれば2日はかかるだろう。 産まれた時から新鮮りんごを食べてきた私は間違えないわ。
「私もあの土地で育った女よ。 りんごは別邸に植えているのよ。 果実は新鮮さが命」
どや顔である。
「あはははっ。 なんでどや顔なんですか? 伯爵夫人がそれやったらだめでしょ、もう楽しいっ」
お腹を抱え、足をばたつかせて笑ってしまう。 目からは涙が滲んできた。
夫人も私につられて、破顔して声を出して笑っていた。
夫人は、暫くしてからコホンと咳払いし、「と言うわけでこれからはマリーと呼んでね。
あなたの口の中をみせた者に遠慮はいらないわ」と。
ここまで言っていただいたので、マリーさんと呼ばせていただくことになった。
カヌレ家おちゃめの血は濃いと納得。
土地のせいか、お祖母様もこんな感じなので。
「二人の時はこれで良いけど、一歩外に出る時は化粧と衣装で武装して、舐められないようにしないと。 貴族って攻撃するネタを狙っている方が多いから」
ほうほうと聞き入る。
「噂話も怖いわよ。 貴方くらいの年齢だと婚約する時とか、白紙撤回とかの婚姻に関することにも繋がるからね。 気を付けて」
なるほど、なるほど。
領地では周知の事実で終わることが、尾ひれ背びれがつき育つと。怖い~
マリーさんは「逆に噂をコントロールして、ここにいる様な人だから私は。 全く悪いことでもないのかな?」
と首を傾げる。
「私ね、貴方と一緒で初等教育は通学せずに、家庭教師に教育を受けていたの。 でも歌劇に嵌まって、王都に行きたくて中途入学なんだけど、13才から王立学園に通ったの。 そこで今の旦那様に出逢って猛アタックしたのよ~。 子爵の令嬢が伯爵家の嫡男によ。歌劇みたいでしょ?」
頬を手で覆い、顔を真っ赤にしている。
暫く話してないから照れるわって。
「今の旦那様の前では立派な淑女に見えるように、作法に勉強に趣味に寝る間もないほど突っ走ったわ。 貴方を見ていると、その時の私みたい。 目標の為なら何でもできそうな目をしているわ。 そこが気に入ったのよ、力になるわ」と唇を弧にしてウインクしている。
タハハッと笑うしかないな私。
恋なんてしたことないし。
でも憧れと言うことなら、アンリシェル様のあの素敵な方のお力になりたいと思う気持ちは本当だ。
あんなに可愛い性格なのに、一見すると誤解されてしまう威圧感がもったいない。
私はもう可愛いの知ってるから大丈夫だけど、凛とした気高さとちょっとつり目が誤解を呼んでいそうだ(たぶん学園で会ってたら、きっと可愛いの気付かなかったよ。)
私はあの方を幸せにしたいと誓った。
憧れでもなんでも良いのよ、初めての目標というか希望と呼べるものなので。
学園入学は、14歳からの手続きをしてもらっている。
と言うことで、14歳になるまでの3ヶ月で最低限のマナーと学習を学び、アンリシェル様に恥とならぬよう努力しよう。
14歳からは盾となるように、頑張ります。
目標の為なら何でもできるって、マリーさん何やったんだろ?
そこら辺、出来るとこ取り入れなきゃ。
心の掛け声は『アンリシェルのために!』だ。
お茶のマナーが身につくまでは、お手紙出そう。
緊張する。
今夜まず1枚書くわ。




