しょうのおろぬき
Webライターである私は今、取材のためにある山村に向かっている。なんでも『日本一バカな村』だそうで、村の子ども全員がバカなのだという。
正直話が通じるか心配だったが、大人達はまともなようなのでそこは安心だ。しかし、なぜ揃いも揃ってバカなのだろうか。今回の取材の中で、その理由の調査もしていこうと思う。
東京から自動車で5時間運転してようやく村の近くまで来ることが出来た。ここからは車を降りてしばらく歩かなければならないのだが、さすがに疲れたので少し仮眠を取ることにした。こういう時は目覚ましをかけて15分くらい寝た方が仕事の効率が上がるのだ。
たった15分眠っただけだったのに夢を見た。学年成績トップのやつにバカだと言われていじめられ、そいつに強い殺意を抱いた、という夢だ。確かに私は勉強が出来なかったが、いじめられたことはなかったし、頭が悪いことを苦に思ったこともない。こうして自分に合った仕事にも就けているし、今の人生に満足している。
まあ所詮はただの夢なので、私がどう思っているかは関係ないのだろう。もしかしたらこうなっていたという可能性はあったかもしれないが、それだけだ。
「もう着いたの? まだ眠いんだけど⋯⋯」
後部座席の息子が言った。そう、今日は息子を連れての取材なのだ。普通なら子どもを連れて取材とは何事だ、と言われるところだが、これはあちら側の要望なのだ。
実は以前に取材を1度断られているのだが、私がどうしてもとお願いしたところ「お子さんはいらっしゃいますか?」と聞かれたので、「小学5年生の息子が1人いますよ」と答えたら、
「じゃあ、息子さんを連れてきてください。うちの村には小学生が30人ほどしかいないものですから、同い歳くらいの子が来ると喜ぶんですよ。確か5年生は6人だったかなぁ。みんなアホですが、仲良くしていただけるとありがたいです。もし連れてきていただけるのなら、取材をお受けしますよ」
と言われたので、私はすぐに条件をのんだ。取材も出来て、息子の面倒も見てくれるというのだ。一石二鳥とはまさにこのことだ。
いや、ちょっと待てよ? 5年生で合ってたっけ? 4年生だった気もするな。私は全国を駆け回っているせいで息子と一緒にいる時間が少ないのだが、そのせいでたまにど忘れしてしまうのだ。誕生日と出生体重はちゃんと言えるのだが。
「あと5分だけ寝たいな」
息子がそういうので、私はお茶を飲んだり地図を確認したりしながら過ごした。5分経つと、息子がまた同じようなことを言った。
「あと5分だけゆっくりしようよ」
村に行くのが嫌なのだろうか。息子は私と違って頭が良いので、もしかしたらバカな子ども達と遊ばされるのが嫌なのかもしれない。行こうと声をかけた時は二つ返事でOKしてくれたのだが⋯⋯
「もしかして、村に行きたくない?」
「うん、まぁ。でもパパの仕事のためだから行くよ。ただ、なんだかなぁ⋯⋯」
なにかが引っかかっている様子の息子。知らない子、しかも全員バカな子達の中に1人で入っていくことに、思うところがあるのだろう。
「もう大丈夫、行こう」
なんとか心を決めてくれたようだ。それにしても、バカというのはどれくらいバカなのだろうか。私もどちらかといえばバカの部類に入るのだろうが、そもそも子どもなんてみんな鼻水垂らしてのほほんとしているイメージだ。
私達は車から降りて、辺りを見渡した。多少虫はいるが、なかなか綺麗な場所で空気も美味しい。私は写真が好きなので、虫や木々を撮りながら歩いた。
西の方に1kmほど歩いたところで古い看板を見つけた。所々文字がかすれているが『勤勉村 この先300m』と読めた。安直なネーミングだ。バカしかいないという現状に村の危機を感じてこの名前をつけたのだろうか。
「昔は勤勉な村だったのかな」
息子はあごに手を当て、そう呟いた。なるほど、その可能性もあるな。電話でやり取りした大人達は皆まともだったので、バカな村と呼ばれるようになったのはわりと最近のことなのかもしれない。
「あっ」
そう言って看板の裏側に回る息子。なにか見つけたのだろうか。
「なんかあった?」
「今僕と同い歳くらいの男の子がいた気がして⋯⋯いや、そんなわけないか」
私には何も見えなかった。恐らく息子の見間違いだろう。今回はホラー記事じゃなくて面白記事なんだから、お化けなんて出たら嫌だよ。まぁ山奥なので少し怖いのは否定しないが。
そこから300m歩き村の入口に到着すると、そこに立っていた村長らしき老人が私達を歓迎してくれた。
「フォッフォッフォ、よくぞ来なさった。まぁゆっくりしていってくだされウォフォフォゥ」
「取材を引き受けていただきありがとうございます。本日は、よろしくお願いいたします」
「まぁまぁそんなに畏まらずに、ワシのことは気軽にジジイとでも呼んでくだされフォッフォッフォ」
呼べるわけないだろ。
ジジイは私達を子ども達のいる所へ案内してくれた。大きめの小屋だ。大きいのか小さいのか分かんないな。ここで勉強を教えているのだという。
「みなさん、東京から記者の方が来てくれましたよ! みんなで挨拶しましょう!」
先生らしき女性が子ども達に言っている。来てくれましたって、なんか申し訳ないな。こっちが無理やり押しかけたようなもんなのに。とりあえず挨拶をしておこう。
「みなさんはじめまして、東京から来ました応接間 ネックレスと申します! この子は息子のつまようじです」
仕事柄いろんな人と会って話をすることは多いが、大勢の前に出て話すのはあまり経験がないので緊張する。
「ほげー」
「にょえー」
「のぺー」
子ども達も挨拶(?)を返してくれた。思ってたレベルと違うかもしれないな。こりゃ面白い記事が書けそうだ。
「へぇー、お父さんがネックレスさんで息子さんがつまようじくんですか⋯⋯とんでもねぇ名前だな! 親子で差がありすぎるだろ! つまようじくんもその『つまようじですけど?』みたいな顔やめなさい!」
先生に長めのダメ出しをされた。初対面で何なんだこの人は。こいつもバカか?
「それじゃとりあえずワシの家に来てくだされフォッフォッフォ。あ、つまようじくんはここでみんなと遊んでてくれるかの?」
「⋯⋯分かりました」
つまようじは私の方を睨みながら返事をした。すまないつまようじ。まさかここまでバカだとは思わなかったんだ。比較的話の通じる子を見つけて、どうか今日1日乗り切ってくれ。
村長の家に入ると正露丸みたい臭いがした。お年寄りの家って特徴的な臭いが多いんだよなぁ。
「どうぞ、お茶です」
村長の奥さんと思われる女性がお茶とクッキーを出してくれた。お茶が異様に黒い。少し怖いが飲んでみよう。
「では、失礼して」
これ、黒ウーロン茶だ。うまい。
「どうぞお菓子も食べてくだされ、フォッフォッフォ」
「はい、いただきます」モシッ
湿気っている音だ。噛めば噛むほどモシモシいう。そして、壁みたいな味がする。あまりこういうことを言いたくはないが、本当に不味すぎる。ババアめ、裸で庭に放置していたかのようなクッキーを客に出すなんて、頭がいかれている。
「お口に合いませんかの?」
「いえ、とんでもないです。美味しいですよ!」
顔に出てしまっていたのだろうか。村長に気を遣わせてしまった。村長は気にしないでくれ、悪いのはババアだ。
「さっそく本題に入りたいのですが、ここの子達はどれくらいバカなんですか?」
そう、これが今日の私の仕事なのだ。早く情報を集めて、今日1日で取材を終わらせたい。というか終わらせないとつまようじが発狂してしまうだろう。
つまようじには悪いことをしてしまったな。ここの役所の人が平日である今日を指定したので、わざわざ学校を休ませたのだ。親の都合で休ませるなんて良くないことなんだろうけど、どうしても取材したかったんだよなぁ。
「そうですなぁ。まぁ、わざとバカになるように教育しておりますからなぁ。そりゃあ日本一でしょうなぁ。フォフォ」
そうだ、ここは『日本一バカな村』と呼ばれているんだった。でもさすがだ。その名に恥じぬバカさということだ。
「なぜそんなことをされているのか理由をお聞きしてもよろしいですか?」
深堀していく。ただバカな村です、ではなにも面白くないし、記事にならない。この理由こそが面白い記事を書くための要だろう。
「理由ねぇ。村人以外には知られたくないんじゃがのう⋯⋯ん、もう19時かぁ。そろそろご飯でも食べませんかの、フォッ」
これははぐらかされたのか? ご飯を食べながら教えてくれるのだろうか。それともご飯の後か。それにしても、もう19時か。そりゃそうだよな、家出たの昼過ぎだもんな。フォ、がだんだん減ってきてるな。何なんだろう。
「おい婆さんや、めしを出してくれ〜、ォ」
『ォ』が残ることあるか? どうやって発音してんだよ。
「はいお待たせ。海鮮丼と天ぷらとすき焼きとうな重と味噌カツとトルコアイスよ」
お待たせ、じゃないよ。めし出せって言ってノータイムでこれが出てくることあるか? いくらなんでも豪華過ぎない? 人生で1番豪華な夕飯だよ。最後の晩餐? って感じ。んでトルコアイスだけ浮いてるな。ていうかアイスなんだから後で出せよ。溶けるだろ。
「いただきます」
まずは海鮮丼からいただくとしよう。この脂の乗った分厚いブリからいこうかな。ブリの刺身を醤油に浸し、口の中に入れヂューっと吸って味わう。うまい、うますぎる⋯⋯つまようじにも食べさせたいなぁ。今頃みんなと仲良く美味しい物食べてるといいけどなぁ。どうなんだろ。
口の中からブリを取り出し、再度醤油に潜らせる。それをまた口へ運び、ヂュルルルル、ベロジュチュチュ。各種類1切れずつしかないので、こうしてちびちびと味わうのだ。大ジョッキの生ビールも用意してくれていたので、豪快にのどごしを味わう。
「キモ⋯⋯」
村長の奥さんがボソッと何か呟いた。聞き取れなかったが、恐らく独り言だろう。もしかしたら私のことをかっこいい、とか言ってくれてたのかも?
私がつぶ貝を浸し始めた頃、村長が無言で立ち上がり、部屋から出ていった。もしかして、私のベロジュチュチュ、が気持ち悪くて機嫌を損ねてしまったのだろうか。
15分くらいして、一升瓶を持った村長が部屋に入ってきた。
「日本料理には日本酒じゃ! フォッフォッフォオ! フォオ! 日本酒日本酒フォーーーーーーッ!」
なんでもう酔っ払ってるんだよ。でも、機嫌を損ねたんじゃなくてよかった。
「まあまあまあまあ」トクトクトクトク
ビールがまだ残っている大ジョッキに日本酒を注ぎ始める村長。最終的になみなみに注がれてしまった。殺すぞ。
どうしよう。500mlくらい入れられたんだけど。こんな量の日本酒飲めないよ。しかもビールと混ざってるし。酔っ払いはなんでもするから嫌いだ。
「どうした? 箸が進んどらんようじゃが。フォ⋯⋯」
「あ、どれ食べようか迷ってただけなので、大丈夫ですよ!」
機嫌を損ねると記事が書けなくなるかもしれないので、私は我慢して飲むことにした。つまみになるものがたくさんあるので、どんどん酒が進んでいく。無駄な心配だったようだ。
うなぎなんて何ヶ月ぶりだろうか。こんな晩酌が出来るなんて、来てよかったなぁ。すき焼きも日本酒がめちゃくちゃ合う! うまい! 天ぷらもサクサクでうまい! んで、思ったより酔わない! 普段あまり飲まないから知らなかったけど、私って酒強いんだな!
「応接間さん、さっきの話の続きじゃがのう」
お、ついに話してくれるのか! 待ってました!
「実はこの村は昔は勤勉村と呼ばれておったんじゃ⋯⋯ヒック、フォッフォ」
あの看板は昔のものだったのか。村長、酔っ払ってるなぁ。
「まぁ昔といってもそんなに昔じゃないんじゃがのう。あの頃の子はみんな頭が良かったんじゃ⋯⋯それはもう、日本最高峰の教育と言われておった」
昔じゃないのかよ。やっぱり酔っ払ってるんだな。そうか、その頃はそんなに頭が良かったのか。でも今は見ての通りバカばかり⋯⋯
「じゃが、あの日すべてが変わった。ちょうど10年前の今日のことじゃ」
わりと最近じゃねぇか。10年前は昔とは言わない。フォッフォって言わなくなったけど、何か意味があるのかな。
「当時小学生5年生だった場語野 玄が秀才から受けたいじめを苦に自殺したんじゃ」
私は、ごくりと息を飲んだ。ばかたれのげん、すごい名前だな。
「あの子は村で唯一のバカじゃった。小さい頃はとても明るくて、いつも皆の中心でのぅ、可愛い子じゃったわい。じゃが、小学校高学年にもなると、そうは行かんかったようでの⋯⋯5年生に上がってすぐにいじめの対象になってしまったんじゃ」
頭が良くても、やって良い事と悪い事の区別がつかない人間はいるのだな、とこの話を聞いてしみじみ思った。村長やその子の家族は辛かったことだろう。
「とても悲しい事件じゃった。じゃが、本当の悲劇はそれからじゃった。次の年の同じ日に、彼をいじめていた子全員と、5年生で1番成績の良かった子が死んでしまったんじゃ」
これはさすがに偶然では片付けられない話だな。つまり⋯⋯
「それから毎年5年生で1番頭の良い子が謎の病で死ぬようになってしまったんじゃ。彼らは死ぬ当日に、共通して『あるもの』を見たと証言しておる。村を歩き回る玄の姿じゃ」
毎年その日に死者が出るのは玄の呪いなのだろう。村を歩き回って1番頭が良い子を探しているのだろうか。
「村の者は玄の祟りを恐れ、全員が我が子をバカにするために全力を尽くした。その結果がこの『日本一バカな村』じゃ。それでも未だに祟りは続いておる⋯⋯こんな悲しい話を記事に出来るかの、お前さん」
外から見ればただのバカの集まりでも、内情を知ると馬鹿に出来なくなってしまう。それどころか、事情を知らず馬鹿にしている世の人々に怒りさえ湧いてくる。
「記事にはしますよ、私はライターですから」
悲しい話だが、むしろこの事実を世に広め、この村を馬鹿にする人を1人でも減らしたいと思ったのだ。それに、こんな良いネタを逃すライターがどこの世界にいるというのだ。
「フォッフォ、そう言うと思っとったわい。自分の息子が死んでも同じことが言えるかの?」
「どういうことですか!」
と私が声を荒らげて村長に言ったその時、
ゴーン ゴーン ゴーン
と、どこかで鐘の音が鳴った。
「20時になった。玄はこの時間に死んだのじゃ。そして毎年、この時間にこの村1番の秀才を殺す⋯⋯5年生のな」
この村で1番⋯⋯もしや!
「つまようじを生贄にするつもりか!」
「お前さんもじゃ。フォッフォッフォ」
「クソ⋯⋯! つまようじ!」
私は村長の家を飛び出し、つまようじがいるはずのほげ太くんの家に向かった。
「つまようじ!」
勢いよく玄関を開け、土足のまま家に上がった私は、息子の名前を呼びながら走った。
息子は居間にいた。
「お父さん、うるさいよ。しかも土足だし、なんなのさ」
つまようじはケロッとしていた。何もなかったのか? 大丈夫なのか? 20時過ぎたらもう安心して大丈夫なのか?
ほげ太くんの両親が驚いたような顔でつまようじを見ている。こいつら、村長の目論見を知っててつまようじを呼んだのか?
「ほげぇぇえ⋯⋯ほげぇええ! ほげええっっっっっ!」
この騒ぎに目もくれずほうれん草を素手で貪り食っていたほげ太くんが突然苦しみだした。猫がゲボとか毛玉吐く時みたいな声だな。
「ほげ太!」
「ほげ太ぁ!」
ほげ太くんの両親が彼に駆け寄る。
「ほげぇ! ほげぇ! ほげぇぇぇぇぇぇええええ!!!!!!!!! ⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
ひとしきり苦しんだほげ太くんは、目を開けたままその場に倒れた。
「いやぁあああああ!」
「なんでほげ太が! この子を連れてきたのになんでほげ太がぁ!」
「ほげ太くん! ほげ太くん!」
ほげ太くんは玄の呪いで死んでしまった。人が死ぬところを初めて見た私は、この場にいるのが耐えられなくなってしまったので、つまようじを抱き抱えて家の外に出た。
つまようじは泣きじゃくっている。ほげ太くんは残念だが、つまようじが助かって良かった。不謹慎だが、それが親というものなのだ。腕の中の我が子を見たら、私まで涙が出てきしまった。
いやちょっと待てよ? つまようじが生きてるのは嬉しいけど、ほげ太くんがつまようじより頭が良いってことになるよね? なわけなくない?
「フォッフォッフォ、息子の亡骸を抱えておるわ。袋叩きというのも可哀想じゃからワシが1人でお前さんを殺しに来たが、抵抗する気力ももうなかろう」
のそのそと歩きながら向こうの方で何か言っているけどほとんど聞こえない。なんで声が小さい人ってどこで喋っても聞こえてると思うんだろうか。
何度も聞き返す方の身にもなってくれよ。3回聞き直して分からなかったらとりあえず笑ってごまかすという行為をさせられるんだぞ。
近くまで来た村長は、ジーパンのポケットからキラリと光るものを取り出した。なんだろう、小さめの鯖かな? 目が悪いからあんまり見えない⋯⋯
「さぁ、死ねぇ!」
そう言って村長はナイフを向けてきた。そうだった、こいつは私も死なせると言っていたんだった。
特に酔っ払ってもいなかった私は村長をボコボコにした後、つまようじを連れて車で東京に帰った。さすがに本人には聞けないので、つまようじのランドセルの中身を確認したところ、4年生だということが分かった。なんだ、4年生だったのか。
その2週間後、私が体験したことや、この村の内情をすべてまとめて作成した記事を公開した。
私の予想通り、書き上げた記事は大反響を呼んだ。そのおかげで私は1億万円を手に入れ、大きなお家を買って、エッチな水着美女の家政ふさんをやとって、おいしいおうどんをたべて、おしりがばくはつしました。
ぼくは、おおがねもちになって、ほんとうに、しあわせだなあ、と、おもいました
さいきんは、あまり、おしごとが、できないけど、いいです
ほげー
ほげ太くんは、祟りが発覚する前に生まれた子です。このお話は変な名前の登場人物が多いですね。
感想欲しいです!