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あきのたの

「どう? 何首まで覚えた?」

 朝ご飯のときの、おばあちゃんの何気ない一言にドキッとした。

「ええっと、いま何首だっけ。結構進んだけど」

 嘘ついちゃった。実は、まだ全然。

「あきのたの かりほのいおの とまをあらみ」

 おばあちゃんは、そう言って「はい、下の句は?」と微笑んだ。

 えっ、あったっけ。そんな句。

「え、えっと。まだその句まではたどり着いてなくって」

 と、ごまかしてみた。

「へえ、見開きの小倉百人一首第一番の句にたどり着いてないってわけね。逆から覚えてるの?」

 クスッとおばあちゃんが笑った。だめだ。完璧に見透かされていました。

「ごめんなさい。実はまだ全然で」

 ぺこりと頭を下げた。

「おおかたそんなことだと思ったわ。でも、競技かるたをやるなら、ちゃんと和歌を覚えないとね。がんばって」

 おばあちゃんは、いつも風花には優しい。

「うん、そう……なんだけど」

「何かあったの?」

 しかたなく、風花は6月の試合に出ること、だから全部の句を覚えてる時間がなく、決まり字だけを暗記するように先輩たちから言われたことを話した。

「6月の試合って、高校選手権予選でしょ? 出るのは先輩たちじゃないの?」

「それがね、うちのかるた部は私を入れて、いま4人だから」

 おばあちゃんがポカンと口を開けて、風花を見ていた。


「なるほどねえ。そういうことか。確かに風花に百首なんて覚えてる時間はないねえ」ふーん、という顔でおばあちゃんはひとりでうなずいている。「でも、せっかく百人一首をするなら、和歌を愛してほしいなあ」

「大会が終わったら、がんばる……つもり」

「まあ、しかたないか。6月まで保留ね」

「ところで、おばあちゃん。さっきさあ、見開きの第一番って言ったのは、なんで?」

 ちょっと気になっていた。

「ああ、小倉百人一首に選ばれた句は、読まれた年代順に1番から番号を割り振られてるのよ。さっき読んだ『あきのたの』は、その1番の句なんだよ」

「へえ、全然知らなかった」

天智てんじ天皇ってわかるる?」

「うーん、わかんない」

「じゃあ、大化の改新は?」

「それは歴史で習った。中大兄皇子なかのおおえのおおじだったっけ。藤原のなんとかさんと一緒に蘇我氏を滅ぼして……なんだっけ」

「そう、その中大兄皇子が天智天皇になるわけ。で、1番の句はその天智天皇が稲刈りの時期の農民の苦労を労って読んだ句でね。まあ、本当は万葉集にもある読み人知らずの句じゃないかって言われてるけどね」

 風花は側に置いてあるリュックから、おばあちゃんから貰った本を取り出した。確かに最初にその句はあった。

「小倉百人一首は、その句から鎌倉時代までの優れた百首を藤原定家ふじわらのていかが選んだものでね。千年以上も前の和歌が受け継がれてるんだよ」

 千年——

 その時間の感覚が想像もできない。風花はもう一度本に視線を落とす。

 

 秋の田の かりほの庵の 苫をあらみ

  わが衣手は 露にぬれつつ


 今は読んでも、漠然としか意味がわからない。でも、おばあちゃんは和歌を愛してほしいという。私にもいつかわかるようになるんだろうか。

「ほら、バスに遅れるよ」

とおばあちゃんに声を掛けられる。風花はハッと気が付き、柱の時計を見て慌てて本を閉じて家を飛び出した。


 いつもの時間にバス停で美織と落ち合う。そのふたりの乗ったバスに追いつこうと走る孝太。

「孝太、がんばれー!」

 ミオと声を合わせて車窓から叫ぶと、孝太から「おー」っと返事が返ってくる。

 3人にとって、だんだんとそれが高校生活の当たり前の朝になりつつあった。


 ⌘


「なんだって?」

 ミオがジロっと孝太をにらんだ。

「いや、だからよ。俺がかるた部に入ったんだから、ミオも水泳部な」

「だから、なんでよ」

「そこは持ちつ持たれつ。な、名前だけでええから。人数がそろわんと、校長先生がうんと言ってくれんらしいから」

「うちが入ったって2人じゃろ? 無理じゃね?」

 風花がパッと教科書で顔を隠したが、遅かった。

「風花ちゃんが入ってくれれば、3人は確保できるし。なあ、幽霊部員でええから、登録だけ。頼むよ、人数合わせのボランティアじゃあ思うて」

 孝太が手を合わせて拝み込んだ。

「いや、でも私はこれっぽっちも泳げないし」

 中指で親指を弾いた。

「本当に泳げなんて言わんし。頭数がいるんよ。なあ、頼む!」

 土下座する勢いで孝太に頼まれて、渋々とミオとふたり入部届けにサインをさせられたのだが、

「まあ、泳がんでも水着を着てプールサイドにおるぐらいのサービスはあってもええんじゃね?」

と孝太が軽口を叩いた瞬間、ミオがいま書いたばかりの入部届を引き裂いた。

 今度は本気で孝太が土下座をしたのは言うまでもあるまい。

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