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プラスで始める第二の人生  作者: あみゅーず
8/10

8.打ち上げ/過去

第2話に続く時系列の過去話です。

「おい、リオ。お前馬鹿か?」

「え、だって俺達がスマイリー兄貴に世話になったお返しだろ? ぱ~っとやるもんじゃないか?」


 俺は閉口した。冒険者ってな、なんでみんなこんな経済観念なんだ?

「あのな、今日の依頼では、お前らの取り分より俺たちの取り分の方が多い。それなのに、ちゃんとした酒場で夕飯と酒をおごる…てな、財布的には自殺行為だぜ? そこんとこ、わかってんのか?」

 リオは後ろめたそうな顔をした。それでも顔を上げて、俺の視線をしっかり受け止めた。

「俺の(たくわ)えが心細くはある。だけどここでスマイリー兄貴に夕飯をおごることで、自分が冒険者として成長できるって知ってるんだ。冒険者として俺が成功するかしないか、ここが分かれ道だ。そういうときに、金は惜しむもんじゃないだろ!?」


 ずいぶんと青いこいつの、精一杯の覚悟と矜持(きょうじ)。そういうの、嫌いじゃないぜ?

「じゃ、まず最初の心得を教えてやる。『最小の費用で、最大の効果を』だな」

 俺は振り向いてクリスに言った。

「肉半分。いいか?」

 クリスは無言でうなずく。

「リオ。経費はお前持ちだ。安くしといてやる。まず、肉を売りに行くぞ。一緒について来い」


 俺たち一行は、馴染みの肉屋へ出かけた。

「いつものだったら大歓迎でさ。こんだけですかい?」

「ああ、自分らでも食べるもんでね。こいつらの分も買い取りできるかい?」

「新鮮なボアの肉なら売れますからね」

 クリスが出した肉もリオが出した肉も、肉屋は買ってくれる。だが――同じボアの肉なのに、重さ当たりの買取価格が違う。クリスの方が2割増しなんだ。


「えっ、何で?」

 リオの疑問は判らないでもない。元が同じボアなんだ。買い取りの紹介料が入ってるのか?……と疑えば疑える。

 俺が頷くのを見て、肉屋の親父は説明を始めた。

「あんた、お仲間なのに知らんのかい? この人の持ってくるのはさ、きちんと血抜きしてあるだけじゃなくて、特別な下ごしらえがしてあるんだ。『味がよくてやわらかい』って、どこの食堂からも引っ張りだこでな、すぐ売り切れる代物だ。もっとたくさん納品して欲しいぜ」

 リオは頷いた。クリスが肉に粉を振りかけてすり込んでたのを見てたもんな。「あれのせいか」って見当がついたんだろう。


「親父っさん。夕方、外のかまどを使わしてもらえんかね? 後片付けはしとくから」

 肉屋の親父は顔を輝かせた。

「あんた、またアレをやってくれんのかね? いいとも、いいとも。薪は用意しとくよ。鉄板もだよな? 酒屋にも声を掛けとく」

「あんまり大人数になると、肉が足りねえよ」

 俺が言い返しても、親父は上機嫌だ。

「足りなけりゃあ、俺が肉を出すさ。1串が穴銅貨1枚でいいよな? 酒もそんなもんだ。勘定はそっちの二人でやれるんだろう? なんだったら手助けを出すし、酒屋も小僧を出すだろうさ。早めに木箱を借りておくよ」


「ありがとう、親父っさん。じゃ、おれはタケ木取りに行ってくる。クリスは下ごしらえ、な。二人はついて来いよ」

 俺はクリスに手を挙げた。彼も頷いて了承する。一方、 リオたちは訳が分からず目を丸くしている。

「一番金のかからない『飯と酒をおごる方法』。実地でしっかり教えてやるよ」



 冒険者仲間ではなぜか、

「宵越しの金は持たねえ!」

「男らしく酒場で金を派手に使うぜ!」

 ってのが美徳のように思われてる。そんなの美徳でも何でもない! 第一、女や酒の飲めない奴は、冒険者の資格がないみたいじゃないか。女だって下戸だって、優秀な者はいるのにさ。


 それは『なぜか』じゃない。「流れの冒険者がその土地からもらった依頼料を持ち去っては困る、その土地に還元して欲しい」って願う依頼者側・領地側の思惑から来てるんだ。報酬の金を支払った分、それを他所へ持ち去られるより、地元で金を落としてもらった方が領地の得になって依頼主に還元させられるだろ?

 おまけに「ギルドがあるその土地に、稼ぎを落としていってもらいたい」のはどこの冒険者ギルドでも同じ。だからギルドは、立派だけど金のかかる宿を紹介し、「依頼達成の祝いだ」と酒場に繰り出させ、隙あらば冒険者の懐から金を吐き出させようと考えてるんだ。うまくいけば紹介料がギルドに還元されるしな。


 俺は、冒険者の稼ぎから必ず、いざというときの予備費を貯めていた。ギルドが誘う祝勝会からは全力で逃げたし、必要ならば宿に泊まらず野宿したこともある。「付き合いが悪い、冒険者らしくない」ってあざ笑われたことは数知れず。だけど「自分が間違ってる」と思ったことはないし、そんな奴らと絶対にパーティーは組まなかった。

「酒を飲めば飲むほど冒険者として強くなっていく」って、そんな法則ありえないだろ?



 おれは居留地に近いタケ木の林へやって来た。タケ木はすごい勢いで成長するんで、地元民じゃない冒険者でも数本()る分には伐採許可なんて必要ないんだ。

「リオ。これくらいの太さのタケ、剣で斬れるか?」

 両手の親指と人差し指で囲めるくらいの太さのタケを俺が示すと、リオは首を傾げた。

「……わからん」

 それでも剣を抜くと、周りをよく確めて剣を振り切――れなかった。剣はタケに食い込んだまま止まったんだ。

 リオは握りから手を放すと、慎重にタケから剣を外した。そしてタケの切り口をよく確認するともう一度剣を構え――今度はしっかり斬り倒した。


「上手いじゃないか。最初の切り口に合わせてしっかり剣を振り抜く、ってなかなかできないんだぜ」

 と、リオの腕を褒める。この年齢でそこまでの判断力があり、なおかつ腕が伴ってるやつはそんなにいないだろう。

「だけどな、こいつを斬るのにも、ちょっとした裏技があるんだ」

 俺は似たような太さのタケの前に立った。剣を振り抜いても、邪魔になる物はない。

 すらりと剣を抜くと、俺はその刃に魔力をまとわせた。クリスに教わったこの技は、目には見えないけど切れ味も振り抜く力も高めてくれるんだ。

 ザシュッ! タケはほとんど音を立てなかった。それからザザッと音を立ててゆっくり倒れていく。

 振り向くと、リオは真剣な顔をしてその様子を見ていた。

「な、簡単そうだろ?」


 持参したバトルアックスでタケの上の方を切断すると、枝葉の部分をアキに持たせ、俺とリオで長いタケを一本ずつ引きずって肉屋の前に戻った。

 今度はクリスとアキで買い出しだ。俺は荷物を持って奥の薪割り場に向かった。

 枝葉の部分は、長さを揃えてまとめれば片付けの時に便利な箒が作れる。それは後でやるとして、俺たちはタケを切り株の上に置いてさらに短く斬っていく。

 リオは俺の見本を見てたから多少のコツはつかんだようだが、まだまだだな。


 コップ用の分を別にして、バトルアックスを短く持ってタケを細かく割っていく。

 バトルアックスは重すぎて、本当はやりにくいんだが。それでもよく()いであるし斧の重みがあるから、小刀を使うよりは割りやすいんだ。

「リオ、あんたは細く割ったタケの先をナイフで尖らせてくれ。肉の串にするんだが、先が太いままじゃ刺さらないんだ。タケの端は鋭いから、手を切らないように気をつけろよ。心配なら、ささくれは()いでもいいぞ」

「たくさん作ってくれよ! 余ったらウチが買い取るからな」

 様子を見に来た肉屋の親父が茶々を入れた。


 串にするタケを割りつつ、もうちょっと長いヘラなんかも作っておく。余分に6本くらい作っときゃいいか? その傍らで、リオと買い物から戻ってきたアキはせっせと串を尖らせている。

 クリスは鍋でタレの調合を済ませると、出来上がった串に切り分けた肉を次々と刺してゆく。腰掛けるのによさそうな木箱を確保してちゃっかり座ってるのは、肉を焼くときにも使えるからだろう。

 俺はある程度でタケを割るのを止めた。残しておいた一番太いタケ2本は、一番下の節以外を抜いておく。それから小刀を取り出して、俺はさっき作っといた長いヘラの面取りを始める。端っこはざらざらのままでいい。真ん中あたりは薄く削いで、刻み目を入れておく。端っこも刻み目を入れとくかな?


 それから出来上がってる串を100本数えて、容れ物のまま肉屋へもって行く。肉屋は喜んで穴銅貨2枚と引き換えてくれた。店の奥で、これから肉串を作るつもりなんだろう。

 俺はその金を、リオとアキにそのまま渡した。

「さっき売れた串の分だ。あと残った分はそこまで高く売れんかもしれんが、全部仕上げておけ」

 二人は目を丸くしてたが、猛然と串を作り始めた。作った物がすぐに換金できるとなると、やる気が違うもんだな。

 特にアキの目の色が変わった気がする。パーティーの分け前のことなんかで苦労してきたんだろう。二人とも頑張って尖らせちゃいるが、どうもナイフの切れ味がよくないようだ。武器の手入れ方法も教えてやれたらな。

 タケを斬りに行ったのは俺もだし、串サイズに割ったのも俺だが、肉串が売れればそれとは比べ物にならない利益が出るんだ。串の代金を二人だけに渡していい気にさせとけば、売り上げを俺たちが独占しても文句は付けられんからな。


 俺は肉の串刺しをやってるクリスの様子を確かめて、節を抜いたタケをその傍に置いた。それから箒を一つ作ってごみを片寄せとく。借りた樽には、後でリオたちに水を汲んどいてもらおう。

 かまどに薪を組んで、小枝と火口代わりのごみを載せて火をつける。俺の背中が邪魔で、指で火花を作ったのは見えなかっただろう。ポケットに手を入れて、火打石をしまうふりをする。

 ゴミがいい感じに燃えていき、小枝に火が付いた。薪に燃え移るのもすぐだろう。


 火が大きくなってきたんで、さっき加工したヘラを火で炙って曲げていく。いっぺんに力を入れすぎると折れちまうから、ちょっとずつだ、ちょっとずつ。

 タケが生だから、ぷくぷくと中から水が噴き出てくる。

「それは何ですか?」

 リオが尋ねてきた。

「トングだよ。見たことないか? 肉を焼くときに便利なんだ」

 タケのトングは出来上がった。リオが首をひねってるところを見ると、見たことも使ったこともないんだろう。

 ちょっとしなりすぎるけど、肉を(つか)みやすくできたんじゃないかな?



「肉は一串、穴銅貨1枚。酒はひしゃく一杯、穴銅貨1枚だよっ!」

 威勢がいい呼び込みは、肉屋の看板娘だ。そんなのがなくても、肉の焼ける良い匂いであちこちから人が寄ってきて大賑わいだ。

「あんちゃん、この焼肉は旨いね」

 そうだろう、クリスの腕は別格なんだ。

「毎日やってくれりゃいいのに」

 そんな気はない。そんなつもりなら、とうに冒険者なんて辞めてる。

 クリスと俺、アキは交代で肉を焼いてるほか、リオが肉串の売り子をやってる。大忙しだ。


「スマイリー。うちの分の肉はもう終わる」

「わかった。親父に言ってくる」

 肉屋の親父は、串に刺した在庫を出してきた。

「続けて焼いててくんねえか? つまみ食いしてていいからよ」

 一度に4に人抜けられるより、色を付けて肉焼き係に使いたい、っていう親父の計算だろう。呼び込みや場所代のことを考えれば、言うこと聞いといた方がいいだろうな。


 それでも時間的に女子供が家に帰り、早くから飲んでたのが酒場へ流れていく頃なせいか、忙しさも盛りを過ぎてきた感じだ。俺たちはようやく酒屋のおごりの酒を片手に、肉屋の肉にかぶりつくことができた。

「あ~、染みる! 匂いだけでずっと食べたいのを我慢してたんだ!」

 リオの弁。そりゃ、接客係が串食べながら売ってるのはイマイチだろう? それに様子のいいおまえだから、それ目当てに目を輝かせて肉串買ってる女の子もいたぞ?

「一番最初に味見させてやっただろ?」

「あんなの、よけいに食欲が刺激されただけだよ。あ~美味しい!」


 アキも口を出す。

「美味しいです! だけど気のせいか、味見のときの方が美味しく感じました。初めてこの味付けで食べたからでしょうか」

 クリスの口元が緩む、ほんのちょっとだけ。そして残してあった二本の太いタケを、火に突っ込んだ。

「初めの味見の肉は、クリスが準備した味のいいヤツだろ? 今焼いてるのは肉屋の串で、味がちょっとだけ落ちるんだ。アキ、いい舌してるな」

 アキは褒められて得意そうな顔をした。

 あ~、仕事の後はエールが旨い! 酒で口に残る脂が洗い流されて、さっぱりするな。



「リオ。お前は『俺たちに酒と夕飯をおごる』って言ったが、こんな感じの酒盛りじゃダメなのか?」

 俺の言葉に、リオは虚を突かれた顔をした。こりゃ、元々の話を忘れてたな。

「お前のことは知らないが、俺はパーティー費を大事にしてる。武具のための積み立てや、いざという時の予備費、冒険者の命綱にもなる金だからな」

 下っ端冒険者のささやかな稼ぎから、予備費と新しい武具のための積立費を確保し、ポーション用の素材や薬なんか次回の依頼のための経費を取り分ければ、生活費程度しか残らないもんだ。打ち上げなんかしようものなら、推して知るべし。


「おまえが『俺たちにおごりたい』と思った気持ちは判らないでもない。だけど、打ち上げに金を使っちまうのは間違っちゃいないか? たとえそれがちゃんとした理由だったとしても」

 騒ぎたいときには、狩ってきた魔物を自分たちでさばいて料理、こうやって広場で飲み食いすればいい。ちょっと手間がかかりはするが、今回元手はほとんどいらず、却って肉串の売り上げで金が入って来るだろ? 酒だって今日は、酒屋がメンバー分はおごってくれてる。

「『おごりたい』ってお前の気持ちは、酒場で金を使って見せなきゃ伝わらないものなのか? お前の真心を行動で示すだけじゃ足りないのか?」

 リオはうつむいた。俺の言いたいことが伝わったんならいいが。


「何かいい匂いがする……」

 アキがそう漏らしたのは、沈んだ雰囲気を変えようとしてのことだったのかもしれない。

「さすが薬師だな。もう匂いが分かるか」

 苦笑した俺がそう口にすると、アキは驚いたようにこっちを見た。酒と焼き肉の匂いが立ち込めてるのに、別な匂いが分かるのはすごいだろ?

 アキはきょろきょろと辺りを見回して、匂いの元を探す。

「このタケ!?」

 埋火(うずみび)に突っ込んどいたタケは外側が真っ黒になってるが、中まで焦げてはいない。そして煙突のように、開いた方から湯気といい匂いが立ち上っているんだ。


 頃合いを見て割ったタケの中には、野菜でくるんだ肉が。スパイスの利いた蒸し焼き肉は、タケの風味が付いて爽やかだし、肉の味の染みた野菜は旨い! タレのとは違って上品だけど、肉本来の旨味が濃厚だ。

「すごく美味しい! 幸せだ~」

「お、そんなにうまい肉、俺も喰いてえ!」

「いいよ。一切れ、穴銅貨1枚ね!」

「え、高え! しょうがねえなあ……」

 リオの反応を見て欲しがる客も値段を聞いて一歩引くが、肉の量がちょっとしかないんだから仕方ない。

「うまっ、何この肉!? 蒸し焼き肉ってこんなに美味かったっけ!?」

 何のかんの言っても、蒸し焼き肉が売り切れるのはすぐだった。



 結局今回の出店?で、俺の手許には串焼き肉&蒸し焼き肉の売り上げがまるっと入った。もちろん薪の費用は払ったし、呼び込みのお礼はしてる。

 肉屋と酒屋は1杯単位で売る割高料金で商品が売れたことで、人件費を別にしても儲かったはずだ。肉屋には場所代がわりに残ったタレを寄付したし、酒屋にはタダ酒をもらった分、別にいい酒を買っといた。

 あのあと気が大きくなって呑み直した奴は多かったらしく、食堂の方もまるっきり損じゃなかったようだ。

 リオとアキは働いた分夕食代と酒代が浮き、串代を肉屋からもらってる。俺たちと酒を飲みながら、念願だった交流もできてる。

 どこからも恨みを買わず、あまり元手をかけずに皆が幸せになったわけだね!



 その後も何やかやと俺にまとわりついて、俺たちが音を上げてパーティーを組むまで諦めなかったリオ。

 リオは打ち上げが好きですぐ散財しようと企んだものだが、俺は自分の信念に従って飲み会を制限させた。ま、こいつは俺とは比べ物にならないくらい誘いが多かったから、断るのが大変だったようだがな。

 材料持ち寄りの戸外飲み会であれば、経費は抑えられる。「自分で飲む酒は自分持ち」って言っとけば仲間で騒いでも費用は知れてるし、持ち寄りってことで酒を差し入れてくれるやつもいた。


 そんなわけで、クリスが味付け監修の飲み会はとても多かったよな!


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