7.パーティー
俺はリオに頭を下げた。
「すまん。俺の事情で冒険者を続けられなくなった」
リオはにっこり笑った。
「いいさ、冒険者ってそんな感じのゆるいもんだろ? それに君には冒険者として本当に世話になったし。冒険者としての生き方は、みんな君から教えられた気がする」
冒険者歴はリオの方が上だけど、確かにいろいろ教えたよな。そう言ってしまうのは口はばったいけど。
「依頼主からちゃんと依頼達成の支払いを受けたよ。君に手枷はめて転がしとくだけのことだったんで、金もらうのが申し訳ないくらいなんだけどね」
今度の笑いは、いつもの腹黒な奴じゃなかった。
「お偉方が、『この支払いは、スマイズ殿の借金として付けておく』って言ってたよ。お前を縛りあげた対価の出所がお前の金、って笑えるよね」
ジャスティナ卿のことか。財布の紐が固い彼が考えそうなことだ。だがパーティー解散の迷惑料だと思えば腹は立たなかった。
クリスは俺についてくるし、リオら残り3人では攻撃力が足りない――。
ところが、リオの方から申し出てきた。
「君、俺達冒険者パーティーと契約しないか? ご領主様だって、領地を調査するのに信用できる冒険者の一つくらいあってもいいんじゃないか?」
東の森のことか……。確かに。
10年は長い。兄上が丹精してきた領地に一度も戻らなかった俺には、何もかもが足りない。ただでさえ、政治的・経済的不安が出来ちまった領地だ。地元で誰が信頼できるかも分からない。
腕がよくて信頼できる冒険者が陰で働いてくれるなら、そんなに心強いことはない。
「詳しいことを聞いたのか?」
秘密厳守のはずだから、ジャスティナ卿が事前に漏らすはずはないんだが。
リオは首を振った。癖のある金髪が、さらりと額にかかる。
「詳しいことは何も。だけど君の領地には魔物が出る森がある、って聞いたからね。冒険者を必要とすることもあるんじゃないの? それにお前、言ってたろ? 冒険者がケガで引退するのは仕方ないが、そのあと生活に困るのは間違ってる、って」
ああ、言ったことがあるな。冒険者ってやつは身体が資本だ。ケガ、病気、武器の破損。何かあったらその時点で収入が途絶、一気に暮らしに困ることになるんだ。
あれは誰だったか。腕のいい剣士だったけど、依頼の途中で魔物に襲われて利き手を怪我したんだ。面倒見のいい男だったけど、剣が握れなくちゃあ引退するしかなかった。稼ぎは故郷に送金してたとかで、ろくに蓄えがなくて。
冒険者仲間が少しずつ募金して、それで故郷に帰ったんだったか。片手じゃあ鍬も振るえなくて、その後自分で首をくくったって風の噂で聞いた。
引退した冒険者に、鍬を使う仕事しかさせないなんて馬鹿なことを! 冒険者上がりなら、魔物除けの草も魔物に有効な罠の簡単な作り方も知ってただろう。村の者に身体の鍛え方くらいは教えられるはずだ。
「冒険者を引退したからって、それまでの知識や経験がゼロになるわけじゃない。片手を失ってマイナスから始めるんじゃなくて、知識や経験が生かせるプラスから始めなければ! そしてそのためには、いざというときの予備費がものを言うんだ……」
てなことを、こいつ相手に熱く語った気がする。
俺も引退した冒険者が自殺したって聞いて、ショックを受けてたんだ。
「もし俺が怪我して冒険者ができなくなったら、絶対君の領地へ行って第二の人生を送るんだ。きっとそこは、元・冒険者がプラスで始められるいい土地になってるはずだからね。そのために、ご領主様や土地の人にコネを付けておいた方がいいだろう? ちょっと攻撃力が足りないが、ご領主様がちょうどいい人材を紹介してくれるかもしれないしね」
それは、俺にお忍びで冒険者やってみろよ、って誘いか?
ああ、当分はダメだろうが、領地が落ち着いたらやってみたい誘惑だな。
「ありがとう。だが、俺とクリスはパーティーには戻れない。お前らもいい人材を見つけてパーティーに勧誘しろよな」
残念ながら、領主ってのは片手間でできる仕事じゃない。いざという時は、俺は冒険者の仁義を守れないかもしれないんだ。何があっても、クリスは俺を見捨てないだろうけど。
だけど、「領主が冒険者と共闘できない」ってわけじゃない。おれが冒険者たちを野党に相応しい依頼人であり続ければいいんだ。それに、元・冒険者に受けのいい領主であり続ければ、ね。
それは決して不可能じゃない……と思いたい。
ま、同じ鍋の飯を食ったパーティーとこれっきり、っていうのも寂しいし、お互いに利があることだ。
俺はニヤッと笑って、「契約成立」の証拠にリオに手を差し出したんだ!
領地へ出発する準備で忙しかったが、俺達は冒険者ギルドへ出かけてパーティー解散の手続きをしたんだ。
そして直後に、『アルティボルト領へ移動して現地の状況調査をする』って契約を結ぶことになる。