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プラスで始める第二の人生  作者: あみゅーず
5/10

5.身づくろい

「クリス、そこにいるんだろ? 枷を解いてくれよ」

 ジャスティナ卿が馬車を出て行ってから、俺は声をかけた。結局会談中、枷は付けたままだったんだ。 

 枷に絡んでいた魔力がシュンと消えて、あっけなく枷が外れて落ちる。

 同時にごそごそと荷物の山が動き出し、その隙間から細っこい身体が姿を現した。


「まさかこんな近くに隠れてるとは思わなかったよ」

 枷で拘束してたのはクリスだが、身動きが取れない俺が万一にも害されないよう、隠れて見張ってたんだろう。まったく判りにくい奴だ。

「東の森のこと、知ってたのか?」

 リオの企みに乗った以上、その理由について聞いてたはずだ。こいつがそっちに縁があるなら尚更……。


「良くない(しるし)があるのは判ってた。あっちへ戻った方がいいとは思った。だが、兄上殿のことは知らなかった」

 兄上が亡くなったことを知ってたなら、それを告げれば済んだことだ。俺はすぐにアルティボルトへ帰る決断をした筈だ。クリスにも具体的な報せは届いてなかったってことか。

「クリス、一緒に戻ってくれるか?」

「もちろん」

 逡巡のかけらもない返事。昔からこいつはこの通りだよな。長年の相棒だけどさ。

 故郷を出る相談をしたときだって、この通りだった……。

「じゃ、帰る支度をしないとな」



 馬車が停まっていたのは、驚いたことに辺境伯王都邸の前庭だった。

 俺はこの後申請書類にサイン。そして伸び過ぎてた髪の毛をちょん切られ、風呂にぶち込まれた。まあそれは仕方ない。ただ、髪を短くさせられるのは断固として拒否した。


 問題は着るものだった。

「ハルジ殿が礼服を準備しておられましたが、まったく大きさが合いませんなあ……」

 呆れたようなジャスティナ卿の声。

 背の高さはぴったりだったが、上腕と腿の部分がきつくてどうにも入らないのだ。


 兄上とはこの10年間で3回顔を合わせただけだった。王都にいらしたときに、こちらから会いに行ったんだ。

 そして約束通り手紙を送ってはいたけれど、俺が手紙を兄上から受け取れる機会は少なかった。冒険者生活であちこち移動していたから、受け取りにくかったんだ。

 それなのに、兄上は王宮伺候用の俺の服を用意して下さっていたのか。もっとお会いしたかった――。


「グリン殿は着やせする性質なのですな。残念ですが、着られぬものは仕方がない。おい、先先代辺境伯の衣装はどうだ? 引退されてから作った物は、肥えられたので大きめに作ってあったはずだ。あの方は大柄だったしな」

 は、と下がっていった担当者は、大分経ってから衣装箱を手に申し訳なさそうに戻ってきた。その間に、俺は王宮での礼儀について叩きこまれていたんだが。


「申し訳ございません。ちゃんと保管してあったのですが、何分古いもので虫食い穴があるのです」

 広げられた古めかしい服は、上質な物ではあるが胸の辺りに目立つ虫食い穴があった。

「よりによって胸か……。隠すことができんな」

 顔をしかめるジャスティナ卿。


 同席していたクリスが、口を挟んだ。

「着てごらんよ。これぐらいの虫食い穴なら、私がなんとかできる」

 クリスがそう言うならできるんだろう。俺はとりあえずその服を着てみた。

 生地が重くて古めかしくはあるが、何とか着られる。ズボンの裾が短い上、ウエストがぶかぶかでずり落ちそうだが、ベルトを絞めれば何とかなる。

「身体に合ってはおらぬが、格式には合っている。穴さえ何とかできれば、これでいこう。しかしグリン殿。早急に礼装をあつらえた方がよろしい。遅くとも一年後には」

 この服が俺に似合ってないのはわかる。だからそれはもっともなんだが、領地にそれができる金があるかどうかは不明だ。


「ここのポケットって必要? ここの生地を使って穴をふさぐ。細い針を貸してほしい」

 ポケットは飾りで物を入れないから切っていい、と許可を得て、クリスはポケットの裏の布を切り取った。それを裏から穴の部分に当てて何やら向きを合わせ、重ねて布を小刀で虫食いよりも大きくなるように切っていく。

 穴の部分の生地に、何かの薬を水で溶いたものを手際よく塗り、それを乾燥させている。

 その間にサスペンダーが取り寄せられ、裾が見苦しくないように調節するため、俺は立ったままいじくりまわされていた。もうこれだけでうんざりするんだが……。


 クリスは届いた針を使って、穴の部分に何やら細工をしていた。

「できたよ」

 ぱっと見には、そこに穴があったようには全く見えなかった。近くでよくよく見れば、そこだけ毛羽だって艶がないので、ちょっと変かな、と思うくらい。

 ジャスティナ卿はもう、しかめ面をしていなかった。

「クリス殿はこのような手仕事にも堪能だったか。実に幸いであった!」



 すぐさま連れて行かれた王宮では、簡易に俺の襲爵が承認された。俺の付け焼刃の礼儀作法では公式の謁見が難しいのと、何より今後のため時間短縮が必要だからだ。辺境伯から話が通っていて幸いだった。


 王宮はキラキラしくて居心地が悪かった。一度だけ顔を上げるよう言われただけで、ずっと頭の下げっぱなしだったから特別感慨はない。あえて言うなら「面倒な場所」って認識くらいか。

 ハア。今後はこんな面倒がしょっちゅうあるんだな……。


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