3.客人
裏切りか?
馬車の中で。
じたばたもがいてみても、両手両足の枷は外れない。大剣だけじゃなく、小刀も俺の手元にはない。いつも懐に入れてる魔法玉も、手ごたえがない。クリスが取り上げやがったのか?
馬車の中に、得物になりそうな物は――見当たらない。それでも何かないか、と体をくねらせながら積んである荷物を探ろうとした。
外に物音!?
「やあ、スマイリー。遅いお目覚めだね。体調はどうだい?」
扉を開けて、馬車に乗り込んできたのはリオだった。こんなときにも、こいつは平然と微笑んでやがる。
「てめえ、リオ! こりゃ何のつもりだ!? 俺を裏切って、何をしようってんだ!?」
くそっ! 馬車の床に転がりながらじゃあ、格好をつけることもできねえ!
「悪いな、スマイリー。これも契約なんだ。『君に会いたい』って客人がいるんだよ」
「何ぃ!?」
リオは、作り笑いをした。
「スマイリー。おまえ、商業ギルドからの出頭要請を断っただろ? 『出頭要請は出頭命令じゃないし、冒険者ギルド員であって商業ギルドに属しちゃいない』って。建前はその通りなんだけどね」
その次口を開いたとき、リオは真剣だった。
「だけど相手が悪かった。商業ギルド経由の要請が不発だったんで、あっちはやっきになったんだ。商業ギルドは冒険者ギルドに本格的に圧力をかけた。冒険者ギルドはお前をかばうような言い逃れができなくなったわけだ。おまえが本気で手配から逃れるには国外逃亡するしかないし、そうなれば払う犠牲が多すぎる」
そんな話、初めて聞いたぞ!?
「だからね、ギルドと取引をしたんだ。うちはことを荒立てたくない。あっちは道理を通した上で長いものに巻かれたい。で、間を取ってこうなったわけだよ」
はあ!? 間を取ってこれ……って、わけがわからん!
「単純なことだよ。商業ギルドはおまえを出頭させたい。冒険者ギルドは商業ギルドと対立したくない。おまえは出頭したくない。三者の意見を合わせるとこうなるんだ」
「ばっかやろうっ!! こんなの出頭以下だろうがっ!?」
リオは例の人を食った笑みを浮かべた。
「そうでもない。君の『安全』は保証してもらったし、パーティーはおまえを守る。そもそも守るつもりがなかったら、後ろ手に手枷をしてるよ。前じゃなくて、ね」
確かに……じゃなくて! こんな手枷着けるような真似、しなくても良かっただろうが!
「だっておまえ、変に頑固なんだもん。説得に時間かけるより、依頼に紛らせてちゃっちゃっと王都に連れてきた方が早いだろ? それに往生際が悪くてさ、納得したふりしてどっかで逃げるかもしれないし。そんななりしてお前、逃げ足が速いもんだから。逃げられたら手間だしね」
リオは転がってた俺を捕まえると、枷をつけたまま座らせた。さらに、向かいになる座席の荷物をどける。
「お客人だ。パーティーは君との会談をおぜん立てしただけだ。詳しいことは直接聞いてみるんだね」
リオはあっさり出て行った。
と思えば、間もなく外から声が聞こえてきた。
「このようなところまでようこそ」「お骨折りありがとうございます」「恐縮です」なんて、リオのよそ行きの言葉遣いが聞こえるところを見ると、相手は結構上な身分に違いない。
馬車の扉が開いて、壮年の男が入ってきた。うすぼんやりした光でも、立派な風采なことは判った。おまけに彼は、見覚えのある人物だったんだ。その印象的な赤毛を見逃すことはない。
彼は枷を付けられてる俺をじっくり見た後、冷たい声をかけた。
「いいざまだな、グリン・スマイズ・アルティボルト。こんな形で出会いたくはなかったものだ」
『客人』の正体は、北辺境伯の右腕・ジャスティナ卿だった。王都邸の差配でもしているのだろうか。
俺の枷についてそれ以上は語らず、狭苦しい馬車の向かいの座席に窮屈そうに腰を掛けた。
「君には苦労を掛けられたよ。時間がかかり過ぎた。単刀直入に言おう。君がアルティボルト子爵だ」
はあっ!? 苦虫を噛み潰したような表情で語られた言葉に、頭の中が真っ白になった。
「お悔やみを申し上げる。君の兄上、ハルジ・アルティボルト子爵はこの春先に亡くなられた。領内見回り中、雪崩に巻き込まれたのだ」
賢くて立派な兄上が――。辺境の大変な領地を、若いながら継いだ兄上。「領地のことは気にするな」と俺を温かく見送って下さったのに……。その兄上が!?
凶報に打ちのめされた俺をよそに、ジャスティナ卿はどんどんと話を進めていく。
「突然領主を失ったアルティボルト領は大混乱。ハルジ殿は婚礼前で、お世継ぎはいなかったのだから。そんなわけで、男性最近親者の君が子爵だ。お披露目は後で何とでもなるから、襲爵の手続きだけ済ませて至急アルティボルト領を治めるように。このことは辺境伯のご内意でもある」
「ちょっと待ってくれよ! 領地を10年も留守にしてた俺じゃなくて、もっといい人材がいるだろう!? 姉貴の子とか?」
ジャスティナ卿は俺の砕けた物言いを聞くと、渋い顔をした。ほら、そんなところは子爵らしくないだろ!? 別のもっといい人材を引っ張って来てくれよ!
「キヨラ様のことは姉上と呼ぶように。甥御は一番上でも9歳。領地を経営するには無理がある。それに現在のアルティボルト領は不良債権だ。甥御に爵位を譲りたければ、君が早急に領地を建て直せばよい」
不良債権!? なんで!? 兄上なら領地を酷い有様にしておくわけないのに!
ジャスティナ卿は大きく息を吐いた。
「我々にも油断があったということだ。まさか1カ月ばかりのうちに領地をぼろぼろにするとは思わなかったのだ」
えっ!?
「ハルジ殿が急死されたので、当初は父君のマグノルト殿が領地を看ていたのだ。亡くなった子爵の父親で先代女子爵の夫、それに館の離れに住んでいて便利なのだから、順当というものだろう? 相続権は実弟である君にあったのだが、何せ領地を離れている上に居所を掴むのに時間がかかったのでね」
まあ、そうかもしれない。俺にしてみれば、冒険者になったことでアルティボルト領の相続権が剥奪されてなかったことが驚きなんだが。
「キヨラ殿は『マグノルト殿に領政を任せておくのは良くない、早急に辺境伯の手の者を監督官として派遣すべきだ』と主張されていたのだがね。マグノルト殿が自信満々であったし、こっちも君の呼び出しやなんやで後手に回ったのだ」
兄上が亡くなったのが3月初めで、3月末に葬儀が。しかし4月にはもう、辺境伯の方に様々な苦情や訴えが寄せられたという。
まず、「資金がなくて、予定されていた水路の整備に取り掛かれない」という地元からの訴え。それからアルティボルト領の役人や館の使用人が次々に首にされているという情報。
さすがに異常と感じて、辺境伯はアルティボルト領に調査の手を入れた。マグノルトは何のかんのと口実を付けて調査に入られるのを先延ばしにしていたが、辺境伯は強権を発動。マグノルトを拘束して調べたところ、多額の資金流用と使い込みが発覚した――。
「何やってんだ、あの人は!」
血の繋がった父ながら、俺はあの人が大っ嫌いだった。女子爵だった母に婿入りしたことで、引け目を感じてばかりだったのかもしれないが、することなすこと的外れ。騎士としては真面目かもしれないが、配下の教育や物資確保・事前準備なんかがまるでできなくて。
それでいて自分に都合が悪くなると怒鳴りつけ暴力を振るって誤魔化すばかり。「騎士の魂を叩き込んでやる!」とのお題目の元に、俺はどれだけ殴られ、蹴られたことか!
有能な者を副官として付けることで何とかできてたんだが。そいつは何やってた?
「残念ながら騎士団長は、ハルジ殿を守って雪崩で殉職した。ハルジ殿には副官も家宰も領政担当者もいたが、『領主代理』のマグノルトに逆らえるほどの権力はないのだ。せいぜいが辺境伯に救いを求める程度、だな」
う~!! 俺の疑問に対する答えを聞いて、絶句するしかなかった。
「マグノルトがまずやったのは、ハルジ殿の婚約者への弁済だ。婚礼直前だったのだからお相手の無念は理解できるし、父親のローグ男爵が慰謝料を求めたくなる気持ちは判らんでもない。だが最大の被害者はアルティボルトなのだから、金銭的な補償を求める権利はないのだ」
だが、ローグ卿に愚痴をこぼされたマグノルトは多額の慰謝料を払ってしまったのだ、とジャスティナ卿はこぼす。
あの人は自分の評判が良くなるよう、外面には特に金を掛けたがるからな……。
「さらに何か気に入らぬことがあったのか、領主夫妻の部屋と兵舎を叩き壊したそうだ。それを誤魔化そうとしてか、少なからぬ改修費用を掛けている。派手だった葬儀費用のこともあって、水路建設の資金が枯渇したわけだ」
あまりのくだらなさに、返す言葉もなかった――。
「調査の手が入ると聞いて、資金流用がばれると思ったのだろう。減った分を掻き集めるために、最悪の手段に出た。東の森への入場権を売ったのだ」
なんだとっ!! あの馬鹿~!!
東の森、別名『魔の森』。アルティボルト領の管理下にあるその森はその名の通り魔獣や魔樹・魔草が多く、魔力を含んだ希少な素材が採集できるので、中に入れば一攫千金も夢ではない。しかし下手に入場されると、その道を辿って魔獣が逆に人里に出て来てしまうので注意が必要なのだ。基本的に領内の騎士団が哨戒して魔獣を減らし、得られた素材を高額で売って領地の収益にしていたのだが。
「証拠を掴まれるのを恐れてか、捜査したときには入場契約書の控えのほとんどが焼却済みで、誰にどれほどの条件で売却したのか不明なのだ。合わない金額からして、相当数なのは間違いないが。おまけに、マグノルトは権利のない領主印を持ち出してサインしておるのだ。まったく付ける薬のない――」
ごもっとも。俺も全く同感だ。あの人のサインだけでも問題なんだが、領主印が使われたとなると領地の公文書同然で、むやみに反故にするわけにはいかないのだ。
「知っているように、東の森はエルフ領域との境界でもある。不特定多数が森に侵入することを、エルフは非常に警戒している。今回のことでエルフが一人でも害されようものなら、エルフ・人間抗争が勃発する危険があるのだ。この事態をさばける『正当な子爵』の一刻も早い必要性が理解できただろう?」
聞けば聞くほど緊急事態に大問題だ。頭痛が痛い――。
「それなのに君が出頭を無視したりするから、無駄な時間を食ってしまった……」
ハイハイ、悪かったですね。冒険者に堕ちるような俺なんぞから相続権を外しとけば、もっと早く問題を解決できただろうに。そもそも、母上の婿にあんな無能を宛がった、先代辺境伯連中の見る目がなかったのが最大の過ちですがね!
「『東の森の入場権が高額で売れる』なんてことを、あの人が短期間で考え付いて相手を探し売りさばけるわけがない。アレに知恵を付けてあおり、余得を得た奴がいるはずだ。そっちの調べは?」
「うむ。マグノルトの実家に『ハルジ殿が婚礼直前に雪崩で亡くなったのはいかにも不自然。東の森の連中が糸を引いていたのでは?』と口に出した奴がいる。それと合わせて背後関係を捜査中だ。アルティボルト家中については、新子爵の方が調べやすかろう?」
事態収拾に加えて、問題調査まで俺に丸投げってことかよ! くっそ~!! 戦争に発展しかねないこんな大問題、放り出せるものなら放り出したいよ!
俺の恨みがましいまなざしを見て取ったのだろう。ジャスティナ卿はリオが浮かべるのに似た暗い笑みを浮かべた。
「まあ、悪い話ばかりではない。ローグ卿の娘御にはよい縁談を世話しておいた。仲人料としてそれなりの金額を受け取ったから、その分は領の資産に戻してある。マグノルトは辺境伯領で拘束中だ。余罪が出尽くしてから処罰するので、拘禁費用や処罰方法について君が頭を悩ます必要はない。ま、決して減刑や恩赦を求めようとは思うな」
そんなつもりはさらさらないとも! あの人も、いいかげん自分の愚かさの報いを受けるべきだ。もっとも自分の手で処刑したいとは思わないし、実行すれば皆から「冷血」と悪く評されるものだ。距離を置いていられるのを喜ぶべきか。
「最初の細君を亡くしていたハルジ殿は、『後継ぎが必要だ』と妻帯を勧められても長いこと独身を貫かれた。そして後継には密かに君、グリン殿を指名していたのだ。『生まれてもおらぬ我が子の才覚は知らぬが、我が弟の才覚は良く知っている。いざというとき、我がアルティボルト領を任せられる者は弟・グリンしかおらぬ』と主張なさってな」
父親はおろか、辺境伯のところの甥や、妹・カレン殿の夫の、誰も頼みにはされなかったのだ。冒険者で家を持たぬグリン殿の居所を、折に触れチェックしていた。グリン殿が怪我等で冒険者を辞めるような場合には、代官として領地に迎える手筈まで整えていらした、と。
思わず目頭が熱くなった。兄上――。
「亡き兄君からそれほど頼みにされたグリン殿だ。我々はその才覚を嘉し、必ずやこの難局を切り抜けてくれると信じている。ではこの後の流れだが――」
悲しみに浸らせてもくれないのかよっ!? 血も涙もない!
主人公の自業自得っていうことですね。