チート勇者は現実から逃げ出したい
チート物です。
チート嫌いな人は、読まない方が良いかもしれません。
あとおまけ程度にダークです(。。
俺はいつもの癖で、首を手で擦る。ため息をつく。空は青い。心地よい風が頬を撫でる。ああ、今日もいい天気だ。
「ボル。魔物が出たぞ。狩ってこい」
「へーい」
やる気のない声を一つ出す。舌打ちの音が聞こえるが、無視する。どうせお互い、何にもできないんだし。
視線を向けた先にオークの群れが映る。数は十より多い。俺は十より多い数は数えられない。学術は一つも教わっていないから当然だ。でも問題ない。左手をオークの群れに向ける。心の中で、引き金に指をかける。
『ファイアランス × 10』
そう言葉を漏らす。けれど音として発せられたのは、鳥の鳴き声ともつかない奇妙な音。直後、俺の左手の先に10の赤い魔法陣が浮かび、炎が射出された。数秒後、オークの群れは燃え上がる死体になっていた。
「何度も言っているだろうが! あの程度の群れ相手に、10もファイアランスを放つな!」
「この前は少ない数で撃ったら、味方に被害が出たって言っただろうが」
「適切な量を撃てと言っている!」
「わからない」
「わかれ!」
いつものやり取りだ。この煩いだけのおっさんは、魔術師団の団長らしい。正確にはなんだったかな。6個ある魔術師団のどこかだった気がする。
「全く。魔導国の叡智をその身に宿しているというのに。嘆かわしい! ああ、嘆かわしい!」
少ない頭髪を搔きむしるこのおっさんは、何にもわかっていない。叡智? ああ、確かに叡智だろうなぁ。あんなのが欲しいのかな、このおっさんは。
「お前らは後処理をしろ! 俺はこいつを連れて、次の現場に向かう!」
唾を吐きながら団員に命じるおっさん。団員たちはやる気のなさそうな顔で返事をした。それがまた癪に障ったんだろう。おっさんが怒鳴る。団員たちは怒鳴り声を無視して、燃えているオークの後処理に向かった。
これが俺たちの日常だ。偉そうなだけのおっさんの言葉を聞いて仕事をする。仕事は魔物討伐。仕事が終わると馬小屋みたいな兵舎に放り込まれる。広いだけの建物を布で仕切って寝藁を敷いているだけ。俺たちは会話の出来る馬、位にしか思われていない。
俺たちは、一般には勇者と呼ばれている。俺も子供の頃は、勇者になりたいと思っていた。勇者になって魔物を討伐して、皆を守りたい、とか思っていた。今の俺は、どうでもいいからこのくだらない日常が終わればいいと思っている。魔物の討伐? 5個もある魔術師団が何とかしてくれるだろ。
俺たちの食事は兵舎の隣に建ててある倉庫の中にある。固形の保存食が数種類と、数種類の霊薬。保存食は堅くて味が無い。霊薬は苦い。それでも、この倉庫の食事を食べないといけない。なぜなら、他の物を食べようとしても、体が受け付けない。ただの水でさえ吐き出してしまう。
朝食を食べて仕事に出かける。帰ってきたら夕食を食べて寝る。それだけの生活。勇者って何だっけ。英雄の事だった気がする。英雄は苦しみに耐えて人々のために戦う、子供たちの憧れだった気がする。ははは。笑わせるなよ。こんなのは英雄じゃない。奴隷ですらない。馬でさえ、体を拭いたり声をかけたりと甲斐甲斐しく世話されているのを、以前見たことがある。馬を悪く言うわけじゃない。俺たちは、馬より下の存在なんだな、って思っただけだ。
勇者として何年働いたのか。覚えていないし思い出す気もない。転機が訪れたのは、ドラゴン討伐で山に向かった時だった。他の魔術師団では荷が重いからと、俺たちが派遣された。ドラゴンは強かった。大きな口から吐いた炎は他の団員を丸焼きにしたついでに、森の一部を灰にした。おっさんが早く倒せと言うので、なるべく時間をかけようとドラゴンの炎を躱し続けていたら、いつの間にかおっさんが居なくなっていた。
『ほう。逃げ足は速いのだな』
ドラゴンが奇妙な唸り声を発した。ついでに何故か、ドラゴンの言葉が理解できた。
『だが、もう飽いた。死ぬがよい』
ドラゴンが翼をはためかせて高く飛ぶ。木々を超える高さで、ドラゴンは大きく息を吸う。これはやばいな、と思ったので討伐することにした。
『ライトニングジャベリン × 10』
左手を伸ばし、魔術を放つ。10の魔法陣から紫の光が雷のように飛び、ドラゴンに刺さる。
『馬鹿な! 貴様、高速言語を使うのか!?』
何それ。よくわからないのでとどめを刺そう。
『フレアスピア × 10』
『ストーンバリスタ × 10』
『ストームアロー × 10』
左手から三度、合計3種類の魔法陣が生み出され、それぞれが魔術を放つ。刺さると爆発する炎の槍。堅く尖った石の巨大矢。微かに緑光を放つ矢の雨。慌てて回避するドラゴンだが、大半がドラゴンの翼や体に刺さった。飛行状態が解けて落ちていくので、追撃。ライトジャベリンを含めた4種の魔術を、再度放つ。今度は全部命中した。ドラゴンは地面に墜落した。
落ちた衝撃と数多くの魔術で土煙が上がり、ドラゴンの姿を見失う。
『ウォーターボール × 10』
巨大な水球をドラゴンが居たあたりに叩きつける。大量の水が土煙を飲み込み、視界が晴れる。ドラゴンは倒れていた。気絶しているのか、身動き一つしていない。
いつもなら他の団員が後始末をするので、この後何をするのかよくわかっていない。要はとどめを刺すのだけど。近距離魔法で首を断ち切ったほうが早いかな。俺はドラゴンが動いていないのを確認すると、ドラゴンに近づいていく。
『まさか、この私が敗れるとは』
あと数歩の距離まで近づいた時、ドラゴンが喋った。慌てて左手を向けるが、ドラゴンは目を開いただけで、ピクリとも動いていない。念のためにフレアスピアを顔面に叩きこもうかな。そう思っていたが、先にドラゴンが喋りだした。
『人間には持ちえない容量のマナプール。同じく人間には発音できない高速言語。貴様、何者だ。いや、どうやってその体を手に入れた』
そうは言われてもよく分からない。というか、俺の言葉は通じるのか? こうそくげんご、とやら以外で。
「わからないな。というか、こうぞくげんご、ってなんだ?」
『高速言語とは、魔術を込めた特殊な言語だ。この世界は主神の恩恵により、言語が統一された。唯一、魔術専用の言語である高速言語を除いて』
「うん、わけがわからない。しゅしん、ってなんだ? 聖王国の教えじゃ、神様は創造神と魔神と聖神しかいないって言ってたぞ」
『主神とはこの世界の法則を作り、管理する存在だ。他に神など、私は知らぬ。人間は、この世界には様々な神がいる、と昔から騒いでいるのは知っているがな』
「よくわからないな」
『改めて問う。貴様の体は、何なのだ?』
「魔導国の叡智」
俺が知っているのはそれくらいだ。ああ、強いて言うなら。
「色んな魔物の肉や骨を埋め込んだり、体の中に魔術式を埋め込んだり、色んな霊薬や呪物を埋め込んだりしているぐらいだ。こうそくげんごがドラゴン専用だっていうのなら、ドラゴンの骨でもどっかに埋まっているんじゃないかな」
ドラゴンは、少しの間沈黙した。
『馬鹿な。いや、人間は昔から愚かだったな。ははは、だが、本当に、愚かだ。人間は、同族でさえ道具にするというのか!』
「良く知らないけど、昔からじゃないのか? 人間の、こういうところって」
ため息一つついて、首を擦る。
『逃げる気はないのか。いや』
「逃亡防止の仕組みなら、とりあえず首にならある。他にもあるだろうけど、俺は知らない」
ああ、それと。俺は団員たちが丸焼けになったほうを指さす。
「そろそろ復活するぞ、あいつら。なんせ、勇者だし」
『ありえないぞ。私の炎を受けたはず。い、いや、いまなんといった?』
「勇者だよ、俺たち。まぁ、勇者でもあるってことかもしれないけど」
俺は他の団員よりもたくさん弄られたから、死ににくさも上がっているんだけど。このドラゴン相手じゃ一回も死ぬことはないなぁ。
『もはや人間には、禁忌は消え失せたか』
禁忌って、なに? 研究者たちの新しいおもちゃかな。
『最期に。貴様の名前を聞こう』
「……ははははは」
ここ最近で一番面白い冗談が聞けた。だから、思わず笑った。
「名前なんて、ないよ。過去の記憶さえ、ほとんどおぼろげだ。空を飛んだ記憶もあるし、人間を食った記憶もある。何なら、ドラゴンの群れと生活した記憶だってあるぞ」
『そう、か』
それきり、ドラゴンは目を閉じて喋らなくなった。ドラゴンの傍で座っていると、いつの間にか復活した団員が近付いてきた。そして後処理を開始した。そう言えば、こいつらって一度もしゃべっているところを見たことが無いなぁ。高速言語も使っていないし。あ、こうそくげんごって、高速言語なんだな。
「はー。早い所、魔族でも襲撃してくれないかなぁ。今のまんまじゃ、死ぬことも出来ないなぁ」
俺たちは改造勇者。勇者の特性である復活と、その他諸々の特性を詰め込まれた人造勇者。
今日も明日も、きっと明後日も。俺たちの日常は続く。
「そろそろ死ぬ方法も万策尽きたし。脱走する方法でも考えるかなぁ」
出来もしないことを妄想しながら、俺は帰り始めた団員たちに後についていった。
チートの看板に偽りなし(_’