商人の視点~SIDE-B
「リーン、今日限りでお前はクビだ」
金髪碧眼の美青年であり勇者でもあるクレスさんはそう言うと、私に向かって首を斬るような仕草をしました。
私はそれを見て思考が止まってしまいました……。
勇者パーティと言われる私達がクエストを終えて酒場で祝杯を上げている最中、私はいきなりクレスさんにそう言われて動きを止めてしまったのです。
そのまま固まっていた私の箸から揚げ物がポロリと落ちましたが……私はまだ固まっていました。
う、うそ? 私クビ??
き、聞き間違えかも……
心当たりはありましたが……それでも一縷の望みを託して確認してみる事にしました。
「あ、あの……わ、わたしクビなんですか?」
「ああ、そうだ。 今言った通りだよ」
ああ……やっぱりそうでした。
聞き間違えじゃなかったようです……
再度繰り返されたクレスさんの言葉。
クレスさんの両腕にはそれぞれ僧侶のプリシラさんと魔法使いのレイさんが抱き着いていて、私には目もくれません。
日頃からほとんど無視されていましたし……恐らく二人も知っている事なのでしょう。
「おい、クレス。 どうしてリーンが首になるんだ? リーンはこのパーティにとって色々貢献してきたじゃないか?」
そんな私の事に意見してくれたのは勇者パーティに雇われている戦士のイグニスさん。
冒険者としてのランクも高く、冒険者ギルド内では最上位のランクを持つ凄い方です。
私同様冒険者ギルドから紹介を受けて、勇者パーティの一員として雇われておりますが私とは雲泥の差です。
そんなイグニスさんが私のクビ宣言に対して納得いかない様な表情で憮然としております。
でも、私にはなんとなくクビの理由が分かっていました。
イグニスさんの言葉にクレスさんは肩をすくめると、
「おいおい、イグニス。 お前それ本気で言ってるのか?」
「イ、イグニスさん……」
申し訳なくてイグニスさんに目で訴えます。
『いいんです。 心当たりはあるんです。 だからもう良いのです』
しかしイグニスさんには届かなかったようで、
「本気だ。 リーンは商人という職業ながら俺達のパーティを影から支えて来た」
と、更に私をフォローしてくれました。
しかしクレスさんは呆れたような顔でチラリと私を見ると、
「なぁ~にが『支えて来た』だ。 支えていたのは俺達じゃねーか! リーンの奴は戦えもしないし魔法も使えない。 偵察をさせれば敵に見つかり、料理や野営設営も全然ダメ。 力も体力もない……これのどこが支えて来たって言うんだ? えぇ?」
ぅぅう……心が痛いです。
やっぱりというか……そうですよね。 私全然役立ってないですから……。
しかしそれでもイグニスさんは私の為に声を上げてくれました。
「商人には商人の戦い方って言うのがあるだろう? 事実商人としてリーンのスキルには目を見張るものがある」
イグニスさんの言うスキルとはこの世界にある神から祝福された技能の事。
戦士のイグニスさんには『剣技』といった剣の使い方に秀でて色々な技を使えたりするものや、『頑丈』『頑健』といった傷や病気に強い身体になったりするものがあったりします。
そして私には『鑑定』『幸運』『交渉』といったスキルがありました。
「リーンの『鑑定』のおかげで宝箱からのアイテムが何か分かるし、呪いが掛かっているなんてのも分かる。 『幸運』のおかげでアイテムが出やすいし、『交渉』のおかげで買い物や宿泊代を安くもしてくれている」
「だから、それこそが不要だってんだよ。 俺は勇者だ、いずれは魔王を討伐する者として国からいくらでも補助金がでるんだぜ? クエスト中のアイテムなんざ大したものはないし、買い物や宿泊代を安くする必要もねぇ!」
「あぅぅ……」
私のスキルは役立たず……そう言われている様な気がして自信を無くしてしまいます。
「冒険者ギルドから紹介されたから暫く様子を見ていたが……やはりお前はイグニスと違って俺達のパーティに不要だ。 分かったら荷物をまとめて冒険者ギルドに帰るんだな!」
シッシと手で追い払う様な仕草をされ……私は無言でその場を去ろうとしました。
が、いきなり私の手が捕まれます。
それはイグニスさんでした。
「待て、俺は納得していない。 このパーティにはリーンが必要だ」
「イグニスさん……」
イグニスさんは私の手を掴んだまま、クレスさんに再度向き直ります。
『もう良いんです! これ以上はイグニスさんにご迷惑が!』
そう言おうとしましたが、イグニスの真剣な表情に言葉を飲み込みました。
私の為に言ってくれているイグニスさんの言葉を否定したら悪い気がしたからです。
しかしそんなイグニスさんにクレスさんが酷いことを言い出しました。
「お前が必要でも俺達には必要ない。 どうしても必要ってんならお前が雇えばいいだろ? こっちはお前にしか給金を払わないがな」
それだけ言うと聞く耳を持たないと言わんばかりに両腕の二人といちゃつき始めました。
「イ、イグニスさん……いいんです。 クレスさんの言う様に私は戦闘で役に立ちませんし、旅でも足を引っ張ってばかりで……」
「いや、良くはない。 俺はリーンが頑張ってきた事を見ている。 旅の準備から武器などの手入れまでリーンは自分の時間を使ってくれてまでしていただろう? それも不平不満も言わず黙々とだ」
私の中で押さえていた感情が沸き上がり……目が潤み始めます。
そんな私にイグニスさんは腰の剣をスラリと抜いて見せ、
「俺のこの剣も……鏡のように磨き上げられいつでも最良の切れ味を出せるのはリーンのおかげだと思っている。 だからリーンにはこのパーティに残ってほしい」
「で、ですが……」
「クレスの言った様に、給金は俺が払おう……とはいっても以前ほど潤沢じゃないかもしれんが……」
「そ、そんなことは!! ……でもそれよりイグニスさんに迷惑が……」
「気にするな。 俺はリーンが必要だからそう言ったまでだ」
イグニスさんは真面目な顔でそう言ってくれます。
でも私は心苦しく感じてしました。
私を庇ったばかりにイグニスさんにご迷惑が……
でもその一方……『必要だから』といわれた事が嬉しかったのです。
だから私は……私なんかが役立つのなら!
そう思って私は了承しました。
「わ、分かりました……ええと、では宜しくお願いいたします」
「ああ、俺からも頼む……ただ、給金だが月15万でいいだろうか? 俺も金が要りようで……少なくて申し訳ないが……」
月15万も貰えるのですか!?
前の給金の二倍近く……私なんかにそんなに出してイグニスさんは大丈夫なのでしょうか!?
そうは思いつつも出た言葉はお礼でした。
私は何と浅ましいのでしょうか。
「あ、そ、そんな! 以前の二倍近くはありますので……あ、ありがとうございます!」
「は?」
その言葉を聞いて、イグニスさんの顔に怒りが見えました。
わ、私なにか言っちゃいけない事言ったのでしょうか?
でも、どうやら私ではなくクレスさんに怒りが向けられている様でした。
私なんかの為に怒ってくれるイグニスさん。
でもお金なんかよりも雇い主がクレスさんからイグニスさんに代わったことが、私の中では一番嬉しかった事でした。
「では、今日からよろしくな」
「い、いえ! こちらこそ私なんかを雇って頂いてありがとうございます!!」
「『私なんか』とか言うな。 俺はリーンの事を高く評価しているんだ」
「は、はい!」
『高く評価している』その言葉が私に存在意義を与えたように聞こえて……嬉しさのあまり感情が溢れてしまいました。
眼から涙が雫となり落ちていきます。
「え、えへへ。 う、嬉しくてな、泣いちゃいました」
「大げさだな。 まぁリーンらしくはあるか」
「へへ……えへへ」
うぅ、いい年した大人が……は、恥ずかしいです!
急いで袖でゴシゴシ涙を拭うと、私は恥ずかしくて照れ隠しで笑みを浮かべてしまいました。
イグニスさんは誠実で真面目な戦士さん。
髪は黒く短髪で、鍛え上げられた筋肉が盛り上がって凄いです。
そして私なんかが近くにいるのもおこがましい程かっこいいと思えます。
戦いではいつでもみんなを守り、日頃からも気が利いて凄いやさしい方なのです。
祝賀会という名の私のクビ宣言会が終わり、クレスさん達は三人で宿に引き上げて行きました。
酔いが回ってきて寝るのかもしれません。
私達が雇われた時にはあの三人は常に一緒だった気がします。
「さて、じゃあ先に今月分の給金を渡しておく」
「え、い、いきなりですか?」
「色々入用になるだろう? 宿も個人で借りることになるし……」
「あ、そ、そうですよね」
そ、そうでした。
今日から宿も個人で借りなくては……いけないのですよね。
うっかりしてました。
そんなことを考えていると、
「それじゃ、俺は街の外に行ってくるから」
「えぇ!? こんな時間からですか? どこに??」
夜ですし宿に戻ると思っていた私は驚きの声を口にしてしまいました。
「食い物を探してくる」
その一言で察してしまいました。
『私の所為だ』
今までイグニスさんも宿で食事をとっていました。
それが急に変わったとなると私の事しか思い浮かびません
イグニスさんにだけそんなご迷惑はお掛けできません!
私も何かお手伝いしないと!
「あ、あたしも行きます!」
「ん? なぜだ? 危ないかもしれないぞ?」
「だ、大丈夫です! きっと! ……多分……だったらいいな……とか」
言われてみると確かに危険かもしれません……でもお手伝いもしたいです……困りました。
そんな私を見てかイグニスさんがいきなり吹き出しました。
も、もう! いきなり笑うなんて!
「も~どうして笑うんですか!!」
「いや、すまん。 どんどん小声に変わっていくから面白くてな」
むぅ~~恥ずかしいし……ついつい拗ねてしまいます。
「良いです良いです! どうせ私はドジで戦闘では役立ちませんし!」
「ああ、悪かった。 それじゃ一緒に行くか? 何かあれば俺が守ってやるから」
「ふぇぇ!」
『俺が守ってやる』
その言葉で……あうあう……な、なんかドキドキします!
頬が赤く火照るのを感じました。
でもなぜかイグニスさんは首を傾げております。
……朴念仁さんです。
街外れの森
夜ともなると薄暗く不気味さを増してきます。
フクロウでしょうか? 遠くて鳴き声が聞こえ羽ばたきの音が聞こえて来ます。
「お、これは良さそうだな」
イグニスさんが松明に照らされたキノコに手を伸ばそうとして、
私は瞬時に『鑑定』スキルを使います。
■ウソツキダケ
毒性:食べると手足の痺れ
買値:なし
売値:5
どうやら毒キノコの様です。
「駄目ですよ! それ毒キノコです」
「え、これ食べられるウメエヨダケじゃないのか?」
「そっくりですけど、ウソツキダケって毒キノコです」
「そうなのか? でも……」
「『鑑定』したので間違いないです」
私の言葉にイグニスさんが手を引っ込めました。
私の『鑑定』スキルがお役に立てて良かったです。
えへへ……スキルを使ったおかげで籠の中も一杯になりましたし、イグニスさんも籠の中を見て目を丸くしています。
「『鑑定』があれば何でも分かっちゃいますから! 食べられる野草から薬草まで何でもござれですよ!」
「やっぱりリーンはすごいな。 俺だけだと毒キノコ食べていたかもしれん」
「あ、で、でもそれは私の所為でイグニスさんが食費を節約したからで……」
「……気付いていたのか」
「まぁ、今まで普通に宿で食べていたのが急にこれですから……さすがの私もわかります」
きっと、気を遣わせたくなくて黙っていたのですね。 イグニスさんはお優しいです。
それにどちらかと言うとこれは私の所為です。
「……ごめんなさい。 私の所為で」
「リーンはほんとにそればかりだな。 謝ることはない、それにこれだけ食材があればたらふく食えそうだしな」
イグニスさんは私の手から籠を受け取ると、笑顔を見せてくれます。
「じゃあ、戻って食事をしようか。 作るのは俺に任せてくれ」
「す、すみませんがお願いします」
「いや、採るのはほとんどリーンに頼りきりだったからな。 料理ぐらい出来ないと申し訳ない」
「そんなことはないですよ!」
イグニスさんが謙遜する事なんてないですよ!
私は慌てて手を横に振ります。
それに何故か私が料理をすると8割の確率で爆発するのですよね。
文字通り爆発するんです。
う~ん、アレンジ入れるのが失敗なのでしょうか?
美味しくなると思うんですけどね。
私達は街の近くまで戻り、開けた場所で早速料理を始めました。
街の中では火事の恐れがあって出来ませんし、宿の厨房も他の客の事があり借りることは出来ません。
焚き火を使っての自炊は街の外で作るしかないようです。
火を焚いて水の入れた鍋を掛けます。
それからはイグニスさんの料理を眺めていました。
手際よく材料を切り、料理を進めて行きます。
茸や野草を手ごろに切って一度湯に通し灰汁を抜きます。
再度新しいお湯で煮立て、そこに味噌と糒を入れてしばらくしたら火を止めました。
うーん、あそこにアレやコレ入れたらもっとおいしくなりそうですけど……
「まぁ、こんなものかな?」
味付けはお味噌だけのシンプルな雑炊が出来上がりました。
お味噌のいい匂いが辺りに立ち込めます。
「さて、食べようか……」
そうしてイグニスさんが椀を取り出した時、狼の遠吠えの様な物が聞こえて来ました!
「リーン! 早く街へ……いや、俺の側を離れるな!」
そう叫んだイグニスさんが剣を抜くと同時に森の中から黒い何かがいくつも飛び出して来ました!
咄嗟に『鑑定』をした私の眼に情報が飛び込んできます。
■スカーレットウルフ
魔獣:肉食
性格:残忍
弱点:火
黒い毛並みの狼で赤く燃える様な瞳をこちらに向けてきます。
性格は残忍……怖いです。
「ちっ! 街に戻る間もないか……」
イグニスさんが呟いた時には一瞬で周りを取り囲まれておりました……数としては十匹程度でしょうか?
背後にしている焚き火に照らされ黒い獣が爛々と赤い目を光らせます。
「あわわ……イ、イグニスさん」
私は震える声でイグニスさんの名を呼びます。
「リーン、焚き火を背後にして俺の後ろにいろ」
イグニスさんの言葉に従って焚き火を背後に位置どると、私を庇う様にイグニスさんが前に出てくれます。
いつも見ている背中がますます大きくたくましく見えます。
それにスカーレットウルフは火が苦手の様ですし、確かに良い判断かもしれません。
さすがイグニスさんです。
ガァウ!!
いきなりイグニスさん目掛けて三方から狼が飛び掛かって来ました!
三匹同時なんて!
そう思った私でしたが、一瞬で勝負がつきました。
『クイックブレード』
私の眼には追えない速度で剣が振るわれ……気付くと三匹の狼は地面に倒れていました!
「す、すごい……」
その凄さに思わず声が漏れます。
こんな至近距離でイグニスさんの剣技を見たことはありませんでした。
一瞬怯んだスカーレットウルフですが、一際大きいリーダー格が吠えるとまたもや三匹で取り囲んできました。
でもやはり火が苦手な様で焚き火の方には寄ってきません。
そして再び三匹が……今度は緩急で時間差をつけて飛び掛かってきました!!
しかしまたもやイグニスさんの剣が素早く踊ります!
『トリプルスラッシュ』
飛び掛かる狼たちを次々切り伏せて行きました。
周りをウロウロしていたスカーレットウルフ達は、それを見ると敵わないと思ったのか逃げ出していきます。
最後にリーダー格の狼が唸り声を上げるもそのまま森の中へ走り去って行ってしまいました。
「はぁぁぁぁぁぁぁ~~。 た、助かりました!」
「大丈夫か?」
力が抜けてヘナヘナと座り込んでしまいます。
そんな私に優しい言葉を掛けて立たせるように手を差し出してきました。
「す、すみません。 助かったと思ったら力が抜けちゃって」
「無理もない。 リーンは戦闘時はいつも後方に下がっているからな。 こんな敵に接近することはなかっただろう?」
「は、はい。 でも、これからは私も少しは慣れるようにがんばります。 イグニスさんに雇われた身ですから!」
そうです! 今後もこう言った事もあるでしょうししっかりしないと。
助かった事もですがイグニスさんのカッコいい姿を見れてついつい口が緩んでしまいます。
クビにされたけど……なんか前より幸せに感じちゃいます。
それからしばらくは今まで通り勇者パーティとしてクエストをこなして旅をしていた私達でしたが、ある時を境に勇者パーティから離脱することになりました。
原因はクレスさんがイグニスさんにお給金を払えなくなったからです。
国から補助を受けていましたが、プリシラさんやレイさんに臨むものを買い与えて贅沢な暮らしを送り、遂にはクエストさえ行かなくなったそうです。
そしてそれが国王の耳に入り、国からの補助金が打ち切られたと聞きました。
国王曰く『勇者に贅沢をさせるためのお金ではない』だそうです。
えと、本人には悪いですけど、当たり前かもしれませんね。
イグニスさんが勇者パーティを抜ける時、
「イグニス行かないでくれ! 世界でも有数な戦士のお前がいないとクエストが大変なんだ!」
とクレスさんが泣きついて来ました。
私の時と全然違います。
ですがイグニスさんが給金の事を言うと、
「金? 金は……そ、そうだ! クエストを終わらせたらその金で何とかするから……頼む!」
……それなら自分でクエストを受けて達成した方が得ではないでしょうか?
実際お三方はほとんど戦っておりませんでしたし。
そう思った私の考え通り……『それなら自分でクエストを受けて達成した方が良い』そう言ってイグニスさんは勇者パーティを抜けました。
私はイグニスさんに雇われているのですから勿論イグニスさんと一緒です。
それにしてもクレスさん達には呆れます。 だから私がいつも安く買ったり節約していたんですが……まぁ仕方ないかもしれません。
今は私が言える立場でもないですし。
ちなみにクレスさん達とはそれっきりですが、風の噂で借金して行方を眩ませたと聞きました。
三人の手配書まで出回って……どうやら詐欺や盗みを働いたみたいです。
いくらお金に困ったからって悪い事はいけませんよね。
ちゃんと働いたら良かったのでしょうが……贅沢が身に付いたクレスさん達には難しかったのかもしれません。
その後も私とイグニスさんは冒険者としていくつものクエストをこなしていきました。
イグニスさんのスキルはもの凄くて、私の『鑑定』で敵の弱点を見抜いた瞬間、それを的確について行きました。
おかげで向かうところ敵なしです!
『幸運』も相まって敵への遭遇率も低く、強敵を倒し貴重なアイテムをいくつも手に入れました。
そして売却をしたお金をちゃんと私に半分くれました。
私はもう沢山の物を頂いているのに……それに私はお金なんかより貴方が……。
そうして私達はお互いに協力し合っていくつもの冒険を進めて行きました。
イグニスさんはいつもお金を貯めております。
ですが贅沢はしておりませんし、貯金もそんなにないようです。
以前から聞きたかった事でしたが……ある日私は勇気をもって尋ねました。
「どうしてイグニスさんはお金を貯めているんですか?」
「そうだな……リーンなら話しても良いかもな」
イグニスさんは少し照れながら話してくれました。
「……俺は孤児でな。 ミルシュトラという街の孤児院で育ったんだ」
「えぇ!? じゃあ、ご両親は……」
「俺は両親の顔も名前も知らない。 孤児院のシスターが言うには朝、孤児院の前に捨てられていたそうだ」
「そんな……」
そんな過去があったなんて……私は普通に両親もいましたし生活苦でもなかったので衝撃的でした。
そしてそれを思うとつい涙が出てきてしまいます。
そんな私の頭に大きくて暖かい……そして優しい手が乗せられ撫でてくれました。
嬉しい反面……子供っぽく見られているようで複雑です。
「シスターは捨てられた俺を本当の親の様に育ててくれた。 ……でも孤児院は寄付で成り立つ。 だからいつも貧しく……でもシスターは自分の食事すら俺達に与えてくれてな」
「なんて素晴らしいシスター!」
そのシスターのおかげでイグニスさんはこんなにも素晴らしい人になったのですから!
そのシスターは素晴らしい人です!
「だから、恩返しがしたくて……冒険者になって毎月仕送りをしているんだ」
「それでお金が……」
だから貯金などもあまりなかったのですね。
イグニスさん……貴方はどこまで優しい人なのでしょう。
そして貴方のその優しさは私をも救ってくれました。
遠い目をして語るイグニスさんを、私は想いを込めて見守るのでした。
その話を聞いた五年後。
イグニスさんは冒険者を辞めました。
年齢的なものもあったのでしょうが……何かを決心しての事のように見えました。
そして私はそれが何か薄々勘づいておりました。
だから打ち明けた時も『その時が来たのですね』と思ったのです。
「リーン、今までありがとうな」
「そんな! お礼を言うのは私の方です! イグニスさんが私を雇ってくれなければ、私はどうなっていたか……それにイグニスさんと一緒で、私とっても幸せでした!!」
本心からそう思ってました。
イグニスさんと一緒に居られて……私は幸せで……だからこそ私も決心しておりました。
「イグニスさんはこれからどうするんですか?」
「俺は……シスターの後を継いで孤児院を支えようと思う」
やはりそうでした。
私が思っていた通り……イグニスさんはその道を選びました。
さぁ、後は私が言うべきことを言うだけ!
空を見上げると透き通るような青空。
私の決心も貴方に届くといいのですけど。
で、でもいざ言うとなると緊張いたしますね。
ゆ、勇気を出すのです!
「じ、実は……」
「あの!」
あう、かぶってしまいました!
二人同時に声を発して……お互いに「あっ」という表情になります。
「あ、い、イグニスさんからで……」
「いや、リーンからでいい」
そんなやり取りが繰り返され……私はおかしくなってつい笑ってしまいました。
気が付くと……緊張は和らいでいて……これなら言えそうです!
私はイグニスさんを真っ直ぐに見ると、コホンと咳ばらいを一つします。
そして、
「孤児院をなさるんですよね?」
「ああ」
「孤児院経営にはお金が必要じゃないですか? こ、ここに……有能な商人がい、居ますけどどうでしょうか?」
言った! 言いました!!!
伝わるかしら? 伝わりますよね? だ、大丈夫かしら??
言ってから恥ずかしさがこみ上げてきます。
顔がポッポして熱くなるのを感じました。
ど、どうなのでしょうか? へ、返事は?
緊張する私の前でイグニスさんが跪きました!
「え、ちょ、ちょっとイグニスさん!」
え? ええ? ど、どういうことなの!?
訳が分からず混乱する私に……イグニスさんが小さな小箱を差し出して来ました。
そして……忘れられない言葉を言ってくれたんです。
「俺は経営はさっぱりだからな。 それに孤児院にも人生にも君に側にいて欲しい」
「!?」
「も、もちろん君が良ければだが……」
私が思い描いた通りのストーリー。
それでも不安がないと言えば嘘になります。
でもそんな不安以上に……私はイグニスさんを愛していました。
だからこそ勇気をもって打ち明けたのです……それが届いた瞬間でした。
イグニスさんの……いつもは真面目で実直なその顔が……真っ赤です。
でもきっと私の方が赤いはずです、だって私も貴方に負けないぐらい好きですから。
私の目から大量の涙が溢れ出しました。
感情的になるとすぐに出ちゃうけど……今はどれだけ出てもいい……幸せ過ぎて胸がいっぱいだから!
泣いた私に困ったような……でも恥ずかしそうなそのお顔。
きっと私を大事にしてくれる……心からそう思いました。
そして私は震える手で箱を受け取ると貴方に伝えます!!
「……喜んで!!!」
冒険者としての私達の冒険は終わったかもしれません。
でも、私達の旅はまだまだ続きます。
でも私達なら問題ありません。
お互いにこれ以上ないパートナーなんですから。
お読み下さりありがとうございました。
楽しんで頂けたら幸いです。