出鼻はくじかれる
「物置って高いんだな……」
新品だと安くても5万とかするのな。
まあ、でも背に腹は代えられない……。
ホームセンターで必要なもの——シャベルとか鎌とかタネとか肥料をすべてそろえて、もちろん物置も買って、家へと向かう。
車で15分の移動も、買ったばかりの中古車のならし運転だと思えば楽しい。ちなみにならされるのは俺のほうだ。運転怖いよ。
荷台で物置の部品がゴトゴト揺れている。
全部合わせて10万円を超えた。初期投資初期投資。俺は252万を手に入れた男だぞ。もう172万になってるけど。
俺が家に帰りついたころには時刻はちょうどお昼時だった。
「……異常なし」
帰ってまず確認するのは裏庭だ。
この1週間、会社に行きながらも俺の留守中になにかあったらと思うと気が気じゃなかった。ベニヤ板とかで塞いだら逆に目立つから、踏み倒した草を立て直してカムフラージュしていたのだ。
「ここからが大変だ」
物置は部品ごとに梱包されていて、1つあたりの重量は最大で15キロとかある。店員さんもヒィヒィ言いながら俺の軽トラに運んでくれた。
次は俺がヒィヒィ言う番だ……。
コンビニで買った飯を食ってから、俺は梱包を持ち上げる。
「……お? デカくて持ちにくいけど、意外と持てるな。軽いヤツに当たったか?」
その後も順調に部材を運び、俺は物置を組み立て始めた——ダンジョン入口の上で。
そう。大穴の上に物置を設置してカムフラージュするのだ。
それじゃダンジョンに入れないだろうって?
そりゃそうだ。
向こう何ヶ月かは、俺はダンジョンに入らないことにしたのだから。
できあがった物置の中はカラッポで、床面の下にダンジョンの入口があることは誰にもわからないだろう。
俺はひとり、決意を込めてつぶやいた。
「次にダンジョンに入るのは——ラミアを倒すときだ」
そう、決めていた。
□□□
畑なんてやるものじゃない。マジで、キツイ。
これを職業としている農家の皆さんをリスペクトする。
「どうしたんですか、今日。月野さん、いつにも増して動きが硬いですよ」
「い、いやぁ、ちょっと身体を動かして、全身筋肉痛で」
俺は松本さんとの約束であるランチをおごるタイミングを逸し続けていた。
というか、俺だけじゃなくて松本さんの都合でもあるんだけど。
急ぎの仕事がどんどん差し込まれてきて、年末に向けて我が社の忙しさ度合いがヒートアップしているのだ。
お互いランチもまともに取れない日が続き、他のチームメンバーが風邪を引いたりしてそのサポートをしたりとバタバタすればランチの時間も合わず、
「——ランチじゃなくて、仕事終わりに軽く飯でも行こうか」
と、なんの気なしに言ったら、
「是非そうしましょう!」
松本さんは即答だった。
(だけどまあ……このせわしなさが終わるのはいつだ? 例年通りならクリスマス直前とかだよな……クリスマスから年末年始なんて、松本さんは予定パンパンだろうし、そしたら来年かな)
なんて考えていると、定時なんてとっくに過ぎて、
「もう9時じゃん。早く帰ったほうがいいよ、松本さん」
「あ、はい……帰りたいんですが」
「?」
彼女は仕事が早いので、彼女自身に問題があるというのではないのだろう。
「どこかトラブッてるの?」
「実はサンガノコーポの件で」
「ああ。営業部長が接待ゴルフでもぎ取って来たヤツか。確かもう、先方にキャンペーンのイメージは提出してるよね。如月ちゃんの仕事も早かったし」
松本さんはうなずく。
「私も知らなかったんですが、どうもこのイベントって続きがあるみたいなんです。来年いっぱいかけてやるサンガノコーポのブランディングというか、その最初の一手みたいな」
そこは特に驚くところではなかった。
たかだか1回のキャンペーンのために営業部長が接待ゴルフなんてしていたら、赤字確定だ。
「で、なんでも、先方の考えとこちらの提案内容が違っていたみたいで、作り直しになるかもしれないから待機しててって、7時ちょっと前に営業の木村さんからメッセージが来てて」
「…………」
あのバカ。
どうでもいいときはわざわざ顔を出すのに、こういう、ちゃんと顔を合わせて空気感を伝えなきゃいけないようなときに、不安を煽るだけの情報をテキストメッセージで連絡するとかなに考えてんだよ。
「俺もSlickは見られるし、それを待つためだけに残ってても効率悪いから松本さんは今日は帰ってていいよ。なんかあったら対応しておく」
「でも」
「俺の仕事はまだ終わってなくてさ。まだ掛かるから大丈夫だよ。なんなら木村さんとかもう帰ったかもしれないし、気になるなら松本さんが営業の席まで行って確認してみたら?」
「それはイヤです」
即答だった。
木村、嫌われてるなあ。
「……じゃあ、すみません。お先に失礼しますね」
「悪くなんて思わなくていいからね。残業続いてるんだし、しっかり休もうよ」
「はい、ありがとうございます」
にっこり笑う松本さんの顔は少し疲れていたけれど、それでも彼女らしい優しさと強さを感じさせた。
「さて……俺はもうちょっとやるか」
どうせ平日は畑ができないので、週末をフルに使ってやるべきだと思っている。
絶対に休日出勤はしないぞ。
「月野くん、ちょっと」
カタカタと寂しく仕事を続けていたら声が掛かった。
俺以外に2、3人しか残っていないフロアにやってきたのは、誰あろう営業部長の山村さんだった。
眼鏡を掛けた小柄なオジサンで、そこそこいい仕立てのスーツを着ているが顔がくたびれている。
「どうしました? ここに来るのなんて珍しいですね……」
「君のところの制作部長がおらんのだから仕方ない」
「ああ」
俺の上司の上司に当たる部長は、アーティスト気質、と言えば聞こえはいいが、気分のムラが激しい人で会社に来ないこともままある人だった。
それでも親会社広電堂の社内ベンチャーとして、アドフロストを社長と一緒に創業し、「制作部長」という肩書きに「執行役員」という肩書きまでついているので、社内のほとんどの人が文句を言えない。
それはともかく。
「なにか問題でも?」
「問題も問題。大問題だ」
山村部長は顔をしかめた。
「サンガノコーポのプロジェクト、止まりそうなんだよ。君のところの、ほら、松本くんのせいで」
猫の額の我が家の庭ですらちょっと手を入れるだけで腰が死にます。
おかげさまでローファンタジージャンルの月間ランキング6位にまで上がることができました。
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