足音が聞こえる(破滅の)
そんなタイトルのWootube画面があったら、そりゃそういう結論になるよな。
「い、いや、これはtwutterでシェアされていたのを間違えてクリックしただけで、やらないやらない。やる気なんて全然ない」
「そりゃそーっすよね。月野さん、運動神経悪そうだし」
は?
これでも昔陸上部だったんだが?
昨日もラミアから逃げきったんだが?
……転んだけど。
木村が自分の鼻を指差しながら言っているのは、俺の鼻の絆創膏について言いたいのだろう。
いいか、これはな。
お前が思ってるようなどんくさいことではない。
命を賭けた結果のことなんだよ。
「そんなことはいいから営業部に戻れよ。忙しいんだろ、営業は」
自分でも驚くくらい、トゲのある声が出てしまった。
すると木村は驚いたようだったけど、そのあとムッとしたような顔で、
「ま、ずっと席に座ってSlickとExcalいじるよりははるかに忙しいっすけどね。ていうか月野さんもだいぶ老けましたねー。白髪、目立ってますよ」
そう言って、去って行った。
「…………」
ムカつく〜〜〜〜。
白髪のこと言うなよ! 俺がいちばん気にしてるんだよ!
30を過ぎてからぽつりぽつりと生え始めて、都度都度抜いていたんだけど、今ではそれが追いつかなくなってきた。
それでも目立つところは抜いてるのだが、こめかみから後頭部にかけてははっきりわかるくらい白髪が増えている。
つら。
マジつら。
木村のせいでまた白髪増えそう。
「——あの人、ほんっとなんなんですかね!」
松本さんも声を荒げている。
「私たちの仕事、SlickとExcalいじってるだけの仕事だと勘違いしてるんですかね!」
木村もバカだよな。
俺の仕事にケチをつけたら、同じ仕事をしている松本さんだって敵に回すことになるのに。
「すっごく大変なのに。誰もやりたがらない面倒な仕事を私たちが引き受けてるのに」
「…………」
なんか松本さんがプンプンしてるのを見たら俺のイライラがどっかに行ったわ。
「松本さん」
「あ……す、すみません、なんか感情的になっちゃって」
「今度ランチでもおごるよ」
「え?」
「なにか食べたいものでも考えておいて」
「え、いいんですか!?」
そんなにうれしいのかな、っていうくらい声が弾んだぞ。
いやまさか、彼女はランチで3千円とか行く高級焼肉店を希望しているとか?
俺の年収、実は松本さんとそんなに変わらないんだぞ……!?
……いや、まあ、高級焼肉でもいいか。
いろいろ鬱憤溜めてそうだしな。
部下の憂さを晴らしてやるのも上司の務めだ。
魔結晶の252万円があるからこその余裕とも言えるが。
「やった。月野さんが誘ってくれるなんて……」
その後、ウキウキしながら松本さんは仕事を進めていった。
木村のおかげで松本さんにも不満があることがわかったのは収穫だったな。
結局のところ、魔結晶は換金先を思いつかずに家に置いておくことにした。
相模大野ダンジョンに行ってみてもいいんだけど、行ってうろうろしても目立つ。大体ひとりで潜るほどの度胸もない——とか言いながら手に入れた252万円でいろいろと装備品は買ってしまったんだけど。
土曜日。
俺は家で、ネットで買った戦利品を前にご満悦だった。
「まずはこれ! じゃーん。あの土木建築業界から絶大な信頼があるワ●クマンのオリジナルブランド『イ●ジス』による『イ●ジス・フォー・マイナー』!」
紫をベースに、なんかよくわからないマーブル模様で彩られたジャンパーと、パンツ。もともと「イ●ジス」は真冬の屋外作業でも寒くなく、雨に降られても大丈夫、みたいなのが売りだったけど、ダンジョン内の温度は一定なのでこれは「頑丈さ」に特化している。
防刃機能はもちろん、耐衝撃性能も高いらしく、多くのマイナーが愛用する。
ポケットが多いのもうれしい。わかってるなあ、ワ●クマン!
いや……まあ、俺はまともにマイニングしたことなんてないけど。
むしろ俺が「わかってない」側なんだけど。
「……次、次! 狩猟業界でもハンティングナイフとして人気のブロ●ニング社が出しているタクティカルブレード!」
右手にすっぽり収まり、フィット感はすばらしく、切れ味抜群の刃はどこか禍々しいまでのギザギザがついている。
全体的にマットな色合いになっているのは、マジもんの戦闘用だからか。
「これが日本でふつうに入手できるんだから怖いよな……」
一応銃刀法では問題ない刃渡りらしいのだけど。
ただネットでの購入時には「ダンジョン用途ですか? ダンジョン以外には絶対に使わないでね? これアメリカから輸入するからもうキャンセルできないよ? 外に持ち歩いたりするのはできる限りしないでね?」と念押しの警告がいっぱい出た。
怖い。
持ってると挙動不審になりそうだ。そのせいで逆に警察に職務質問されそう。
「お次はこれ——」
と、次の購入品であるコンバットブーツを出そうとしたところで、ピンポンと家のチャイムが鳴った。
「あれ、宅配か? まだなんか買ったヤツあったっけ……」
こういうときインターフォンがないのは不便だよな。カメラもない、ドアスコープもないので出てみないと誰が来たのかがわからない。
N●Kならお断りだぞ。ウチにテレビはないのだ。
「はーい……」
磨りガラスの引き戸をよく見ずに開けた俺は、
「月野さんですか? 伊勢原警察署から来た近藤です」
スーツを着た男と、胸ポケットから出された警察手帳を前に凍りついた。
狩猟に行くときにいつも伊勢原署の前を車で通ったよなぁとか思い出しながら書いています。
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