9話 選択
聞けば、リーナはレングスに、武術指導を受けたことがあるらしい。王城にこの国でも指折りの実力者を呼んで、指導を受けたことがある、とリーナは語る。
「……レングスが、何のためにリーナを襲うんだ……? ……いや、どうせまたロクでもない理由だろう。気に入らないから俺を追放したように、どうせ身勝手な理由でリーナを襲わせたに違いない……ッ!」
「……どうしたの、ティーレ。レングスと、知り合いなの?」
「……ああ、元パーティメンバーだ。だが安心してくれ、あのクソ野郎とはもう縁は切ってある」
リーナは俺の言葉に、一瞬体をビクリと震わせる。反射的に警戒してしまったのだろう。当然のことだ、自分の命を狙っていると思われる人物の元パーティメンバー。怪しいと思わない方がどうにかしている。
……それなのに。
「ティーレ。信じて……いいのよね?」
リーナは俺の顔をじっと見詰め、静かに俺へと問う。それは、覚悟を決めた顔だった。いや、これこそが『王たる資格』なのだろう。一度信じると決めた者が、いかに薄暗い過去を持っていたとしても。その能力と、自らの評価のみを物差しとして、判断するのは。
「……ああ。当たり前だ。同じ、パーティのメンバーなんだからな」
「……わかった。ティーレ、一緒にレングスを倒そう……!」
「ああ!」
そして、俺はリーナの前で誓う。俺はレングスとは一切関係ないと。俺は、リーナを守る側の人間だと。『トライヘッドコブラ』をどうにかして、リーナを日常に戻す、その使命を帯びているのだと……ッ!
「おーい、感動的な場面を繰り広げてるところ申し訳ないけどさ。早く出発しないと、間に合わなくなるんじゃない?」
そんな決意を固めているところで、フィルののんきな声が雰囲気をぶち壊していく。
「……何が間に合わなくなるんだ?」
「そりゃあ、『ジャイアントキリング』にさ。彼らなら、今日の朝には『ギンゼツ平原』方向に出てったよ?」
「『ギンゼツ平原』だと? ……ってことは、目的地はその先の『クオン樹海』か。この時期のターゲットは……恐らくSS級、『ベヒーモス』か……? まずいな」
フィルが出してきた情報に、俺は頭を抱えかけた。目的地の難易度が高すぎる。『ギンゼツ平原』はA級モンスターが多く出る場所、更に言えば『クオン樹海』はS級モンスターが割と出現する場所でもある。どう考えても、二人しか居ないパーティで追いかけることなど出来るわけがない。
「……帰ってくるのを待つしか無い、か?」
「……いえ、わたしの『恩恵』とティーレの『恩恵』を組み合わせれば、なんとかなるかもしれません。確かなことは言えませんが、少なくとも『ギンゼツ平原』くらいなら……」
俺とリーナでは攻略できない前提で呟いた言葉にしかし、リーナはふと思いついたように口を開く。
名前:『上に立つ者』
効果:『『王たる資格』を取得。自らの『臣下』に対して、自らの能力の一部を上乗せ。『臣下』の数と質に応じて自らの能力上昇』
「ティーレの『恩恵』で、わたしの能力が強化されれば、その一部がティーレに『上乗せ』されます。この仕組みが上手く行くなら……あの破壊力を持つのがわたしだけじゃなく、ティーレにも付与されるかも……」
「……なるほど」
俺はリーナの『恩恵』を聞いて、追いかけるリスクと待つリスクを天秤にかける。追いかけると、モンスターの猛攻にこちらの実力が追いつかないかも知れない。だがいつ帰ってくるか分からないレングスを待つと、『トライヘッドコブラ』に再捕捉される可能性もある。どちらにしても死か、死ぬほど恐ろしい目にあることには変わりが無い。
「……追いかけるか。モンスターの忌避剤とかである程度コントロール出来る相手と、完全にコントロール出来ない相手。それならモンスターの方がましだ」
「分かった、ティーレ。よろしくね?」