8話 本当の敵
「……なんとか、人さらいの増援は撒けたか……?」
「……みたいね、ティーレ。本当に、ありがとう……」
半壊した宿屋でパーティを組む約束をした後、俺とリーナはさっさと脱出を謀っていた。流石に、あれ以上あそこに留まっているほど俺はバカじゃない、つもりでいる。だが、相手は組織。このままただ単に逃げ続けても、ジリ貧であることは確かだった。
「……でも、逃げただけじゃ終わらないわ。どこかで、わたしを追う理由を無くさないと、安全は確保されないもの」
「その通りだ。……だから、安全を確保しに行くぞ」
「……どうやって?」
リーナの言葉に、当然のことだろうと言葉を返すと、彼女は可愛らしく首を傾げた。俺はそんな仕草に顔が赤くなりそうなのをどうにか隠しながらも、言葉をなんとかひねり出し、懐から短剣を取り出した。
「……これに見覚えがあるだろう?」
「……? もしかして、さっきの人さらいがもってた短剣?」
「ああ、その通り。正解だ」
それは、先ほどリーナが俺の『強化』で吹き飛ばした、分身する男の短剣だった。男が吹き飛ばされる時、落としていったのだろう。宿屋の廊下、俺が借りていた部屋のすぐ近くに落ちていたのを、脱出する際回収してきていたのだ。
「それで? それがどうしたの?」
「ああ、この短剣、柄に紋章が刻まれてるんだが。この紋章、見覚えがあるんだよなあ。もしかしたら、この紋章から組織が特定できるかもしれない」
「……ホントッ!? 組織が特定できれば、父に頼めば何とかなるかもしれないっ、ありがとう、本当にありがとう、ティーレっ!」
リーナのその喜びように、俺は苦笑しながら頷いた。ただ問題は、俺はこの三つの頭を持つ蛇の紋章をどこかで見ただけで、どこのものかは特定できていない。つまり、誰か詳しい奴に訊かないといけないわけだ。
「……さて。入るぞ、リーナ」
「……え?」
そして俺は、逃げながらも目的地としていた店の前に辿り着く。そこは裏通りの奥。知ってる者が見なければ、そこはただの小汚い浮浪者の家にしか見えないだろう。しかし、ここに居るのは、表に関わっている中で、最も裏とつながりの人物でもある。彼女に訊けば分からない、ということはない。……と信じたい。
「……フィル、いるか?」
そんな事を考えながら、俺はその汚い店のドアを開けたのだった。
◆ ◆
「おっ、ティーレじゃん。ウチに顔だすのはひさしぶりだね?」
中に入ると、薄紫色の髪を短くまとめ、薄蒼の瞳を持つ少女が顔をあげ、声をかけてきた。どうやら何か書き物をしている最中のようで、机の上には沢山の紙とインク壺が置いてある。
「……えっと……? この方は……?」
「こんにちは、リーナちゃん。いやー、大人気だねえ」
「どうして、わたしの名前を知っているんですかっ!?」
薄紫の少女が、初対面のはずのリーナの名前を呼んだことで、リーナが物々しい雰囲気になる。抜剣さえしそうな雰囲気を醸し出すリーナを、慌てて俺は右手で制した。
「リーナ、待ってくれ。彼女……フィルは、情報屋なんだ。だから紋章のことも知ってると思って、ここに来たんだから」
「……そうなの? ……ごめんなさい」
俺のそんな言葉をきいて、慌てて頭を下げるリーナに、フィルは楽しそうに笑いながら口を開いた。
「大丈夫大丈夫、あたしに会った人はいつもそんな感じだから。……それでティーレ、紋章って三つの頭を持つ蛇のやつかい?」
「……ああ。その通りだ。その組織の情報を教えて欲しい」
俺はフィルの言葉に、驚きを隠しながら言葉を返す。フィルに会うのはこれで数度目だが、彼女の『何でも知ってる』ような振る舞いに驚くのはもうやめた。彼女が『全てを知っている前提』で動いた方が、俺の心臓に優しい。
ついでに分身する男が持っていた短剣を出してフィルに見せると、フィルは珍しいものでも見るような表情で息を吐いていた。
「へぇー、これを持って来れたんだ。つまりティーレとリーナは逃げてる最中って訳ね。……さて、組織の情報? 『トライヘッドコブラ』について、本当に何も知らない?」
「……いや。その名前を聞けば十分だ」
そして俺はフィルの答えを聞いて、思い出す。三つの頭を持つ蛇が紋章の組織、『トライヘッドコブラ』について。
考えてみれば、忘れられるわけがなかった。ただ、紋章と名前が繋がらなかっただけだったのだ。
『トライヘッドコブラ』。それは、冒険者という、どちらかと言えば表世界と裏の世界、両方にまたがる業界で生きていれば、自然と耳に入ってくる裏組織の名前。依頼を受けて荒事を行う、かなり有名で、超巨大な組織だ。
「……リーナ、君が王女であるって知っている人間は? 『トライヘッドコブラ』は依頼を受けて動く組織だ。つまり彼らが動いているって事は、依頼主がいるって事に他ならないッ! これは、単なる人さらいなんかじゃない、リーナを消そうっていう意思に基づいた、計画的な犯罪だ!」
「……わたしの本当の姿を知っていて、かつわたしがこの街にいることを知っている人……? ううん、皆信頼できる人だけのはずよ……?」
俺の質問に対し、リーナは『本当に信頼できる人だけが知っている』と答えた。だが、そんなはずはない。だって、実際に俺とリーナは襲われている。だれかが情報を漏らし、『トライヘッドコブラ』に依頼したことは確かなのだから。
「おーい、どうやら詰まってるみたいだけど。リーナちゃんに会ったことがある、この町にいる人間が偶然気付いたって可能性はどうなのー?」
「……確かに、その可能性はあるか」
しかし、そこにフィルの間延びした声が響く。そしてフィルが示した可能性に、俺は納得の声を上げた。そうだ、確かに知っていなくても、気付く可能性がある。町中ではいつもフードを被って、目立たないようにリーナは活動していたようだが、それでも気付けるほど間近でリーナを見たことがある人間なら、王女が冒険者に扮してこの街にいるぞ、と気付けるかも知れない……ッ!
「あ……、いる、かも……?」
そして、少し考えたリーナが、気付いたように声を上げる。……そう、これからリーナの口から語られるのは、恐らくリーナを『トライヘッドコブラ』に襲わせた、依頼主の名前。こいつをどうにかしないと、これから先の安全が保障されないと、そういう明確な『敵』の名前なのだから。
「……『ジャイアントキリング』の、」
そして、リーナから告げられた言葉の断片に、俺の心臓が、ドクン、と跳ねる。それは、そのパーティの名前には、身に覚えがありすぎる。俺ではないことが分かっていても、元々所属していたパーティの名前は、思った以上に心臓へダメージが入る。
「……レングス、という人」
そして明かされた人物に、俺は息を呑むことしか出来なかった。