5話 人さらい、撃退
「リーナ、前衛は任せたぞッ!?」
俺はそう叫ぶと、まずは牽制に人さらいの分身4人に向かって魔力弾を放つ。俺の魔力の蒼色に輝くそれは、しかし人さらいの男が腰から抜いた短剣を一閃すると切り払われてしまう。
それと入れ替わるように、フードを深く被り直したリーナが抜剣して突撃する。彼女の持つ剣は細剣。突き攻撃を主な攻撃手段とした、貫通主体の武器である。
……恐らくだが、彼女は俺より戦闘に対する経験値が少ない。役割的には中衛後衛寄りの俺が、ある程度カバーしないといけないだろう。
「今だろっ、『バインド』だ、喰らえクソ野郎ッ!」
人さらいの男の意識がリーナに向いた瞬間、俺は拘束魔法を放ちながら今度こそ人さらいに肉薄する。杖剣。杖の側面に刃を着けた珍しい武器は、魔法を扱う触媒としても、そして近距離攻撃手段としても扱える。
人さらい四人全員を対象として放った拘束魔法『バインド』だったが、効果があったのは半分、二人だけだった。戦闘に慣れた者ならそもそも掛からないこの魔法を、戦闘になれてない人さらいが解呪するのに少なくとも五秒はかかるだろう。
その間に人さらいの分身を倒して、同数の戦いに持ち込む。少なくともそれが出来れば、人さらいの応援とやらが到着する前に、なんとかリーナを逃がせるかもしれない。
「ハッ!」
そんな思惑を。
人さらいの男の汚い笑いが、無に帰す。
次の瞬間、拘束魔法で拘束されていた二人が黄緑色の光を伴って消滅する。それと同時に、残り二人の人さらいが黄緑色の光に包まれた。
「……な、ッ!?」
そしてリーナに振り下ろされる箒、俺に短剣。咄嗟に杖剣を掲げて受け止めたが、その攻撃は途轍もなく重く、強い。男の見た目から予想される筋肉量からでは、信じられないほどのパワーでこちらを押し返してくる。
横をチラリと見ると、リーナも同じようだった。状況としてはリーナの方がややマズい。細剣は貫通に特化した、どちらかと言えば刀身の脆い剣だ。そのまま押し込まれ続ければ、武器破壊の危険性さえある。
「なあ、お前らバカだろう? 俺がいつ応援に連絡してるところを見た? そこに居るのは全員が分身。そして俺の『恩恵』は、分身一人一人の強さを変えられるんだぜぇ?」
「……なッ!?」
これはマズいと判断し、無理矢理相手の短剣を流して、リーナに力をかける人さらいに蹴りを入れた俺とリーナへ、男の勝ち誇った様な声が突き刺さる。
(マズい、こいつの本体はここにまだ居ないのか……!? このままだと、この分身を倒しても更に分身を出されて足止めされる可能性が高い……ッ! いや、この分身を倒すことさえ、今の俺じゃあ厳しいのか……ッ!?)
自分の『恩恵』を自分でバラしている時点で、人さらいの男も大概バカだが、そんなバカに対して勝ち目が薄く感じてしまう自分に、俺は自分で嫌悪感を抱いてしまう。認めたくないが、やはりレングスに言われた事は正しかったのか。強力な能力は『強化』しか所持せず、近接戦闘能力も魔法戦闘能力も冒険者平均より少し高いぐらいしか持たない自分は、戦いのプロたる『冒険者』にはなれないのか。
戦闘中に浮かんでしまった嫌な考えを振り払おうと、俺は大声を張り上げて宣言する。
「リーナッ! 俺の『恩恵』を付与する、これでなんとか持ちこたえてくれッ!」
一時はSSS級パーティに採用されたこともあるほどの倍率の『強化』。しかし、リーナとは恐らく能力値が文字通り桁違いの、レングスにかけた時と比べるのは酷というものだ。せいぜい、分身に蹂躙されかけているこの状態を、強化された分身と、なんとか対等に戦える程度になる程度だろう。
「『王佐の才』……ッ!」
直後、俺から蒼い光がオーラのように吹きだした。それは少しの間空中を揺らいでいたが、やがて指向性を持ってリーナの周囲に漂い、そして彼女の体を犯していく。
「……わかった!」
蒼い光が完全にリーナの体に吸い込まれ、俺の『強化』能力がリーナに宿ってから……リーナは鋭くそんな返事を返す。そして、その『強化』がどんなものか試そうとしたのだろう。通常では人さらいに届かない位置から、その細剣を突き出そうとする。
その瞬間。俺は次の光景を幻視した。背筋を貫くのは冷たい感覚。今やっと理解した。この冷たい感覚は悪寒ではなく、俺の能力が扱われる前徴なのだと。
リーナが突くために踏み込むだけで、宿屋の床が抜けそうなほど大振動が起きた。そのままリーナが細剣を突き出すだけで、宿屋のベッドやタンスが少し浮き上がるほどに空気が胎動した。そしてリーナが攻撃を空振りするだけで、人さらい二人の分身が消し飛び、大音響と共に宿屋の壁に穴が開き、そして人さらいの本体と思われる人影が道の反対側の建物の、更に向こうに吹き飛ばされていった。
「……え? どうなっているの……?」
一気に風通しがよくなり、宿屋が面していた正面の道から沢山の人がこちらを見上げている中で、リーナが不思議そうな声で俺に尋ねてきていた。
「……マジかよ」
それに対して、俺もこう言葉を返すことしか出来ないのだった。