4話 人さらいに追われる少女
「ふわーぁ。……もう朝か」
SSS級パーティ『ジャイアントキリング』から追放された翌日。俺は寝不足の頭を無理矢理動かしながら、目を覚ました。どれだけ遅く眠りについたとしても、起床時間はだいたい同じになる。冒険者という規則正しい生活をずっと繰り返していれば、そうなるのは当然と言えるだろう。
「……もういない、か」
ふと思い立ってそこを見てみるが、あの存在は既に居なかった。自ら天使を名乗り、いろいろな情報を渡してくれたあの事実が夢だったのかは……今の俺には判別がつかない。
「……だが。もし、あの情報が真実だとしたら……。いや、言っても仕方の無いことか」
もしも昨日の夢の様な出来事か本当だとしたら……と考えて、口から出かけた言葉を、俺は飲み込んだ。それは考えても仕方の無いことだ。何故って、『真贋を確かめるのさえ、難易度が高すぎる』ものなのだから。
「……? 騒がしいな」
そんなことを考えている内に、俺は廊下が騒がしいことに気付く。いつもの朝とは違う、どこか物々しい雰囲気。微かに聞こえる怒号と、誰かが走り回るような荒々しい物音。明らかに普段とは違うそれらに、俺の意識は速やかに非常事態用のものへと変わっていく。
そんな、時だった。
突然、宿屋の扉が開かれたと思うと、誰かが扉を閉めながらその体を滑り込ませてきたのだ。
「な……ッ!」
俺は大きな声を出し、その誰かを咎めようとしたが……出来なかった。その誰かが、俺に飛び掛かってその手で口を封じてきたからだ。
「……お願いっ、少しの時間で良いからここに匿って!? 人さらいに追われてるの……っ!」
パーティ戦闘での立ち位置では中衛から後衛の俺は、前衛の人間並みの速さで飛びかかってくるその誰かを止めることは出来なかった。しかし、地味な灰色のフードが急な動きに脱げてしまった、その誰かの素顔を見てしまう。
何故フードを被っていた程度で誤魔化せていたのか不思議なほど輝く黄金の髪。深く透き通る海のような蒼色の瞳。100人が見たら100人が美少女だと断言出来るその彼女は、真剣な声でそう懇願する。
(宿屋が騒がしいのは、その人さらいとやらが彼女を探しているからか……? ……まあ、この部屋のベッドの下に隠れるぐらいなら構わないか)
そう考えた俺は首を縦に振って、少女に了承の意を伝える。それをきちんと受け取ったのか、少女は俺の口から手を離してくれる。
「あ、ありがとうございます……」
「隠れるなら手早く。そのフードを被ってベッドの下辺りに隠れれば、ぱっと見は見つからないだろう」
俺のその言葉に小さく頷いた彼女は、脱げたフードを再び被り直してベッドの下へと隠れようと、その小柄な体を屈めた。
だが。
少女がベッドの下に隠れるよりも前に。
「おい! ここに金髪の女が来なかったかッ!?」
宿屋の扉が強引に蹴破られ、顔に大きな傷を負った人相の悪い男が部屋に強引に侵入してくる。人相の悪い男……いや、おそらく人さらいはベッドの下に隠れようとする少女を見つけ、ニヤリと、まるでレングスのような意地の悪い笑顔を浮かべる。
そんな顔に、俺は……本気で忌避感を覚えた。ゲスな思いつきで、自分だけ利益を得るために、他の人の一生を、人生を、粉微塵までに粉砕する。俺が昨日そんな行為をされたからかもしれない。人さらいという存在に、怒りが湧いてくる。
「……ふざ、けるなよ」
気付けば、声が漏れていた。
「おい、ふざけるなよ人さらいのクソ野郎ッ! テメエの一存で、人の人生は奪わせねえぞッ!」
いつの間にか、俺の武器である杖剣を抜いていた。
「彼女は、俺が逃がすっ! 元より、俺に冒険者として、この街で生きていくチャンスなんてもうねえんだッ! いいさ、ここで最期の力を振り絞ってやるさッ、かかってこい最低最悪のクズ野郎がッ!」
そして、そんな啖呵を人さらいに向かって吐き終えていた。
しかし。
「ほう、そうかよ兄ちゃん。だが、そこの女は結構価値があってなあ、あと少しで『組織』の応援が到着するんだぁ。つ、ま、り。俺は応援が到着するまで、兄ちゃんと女を引き付ければいいわけだ」
人さらいの男は、怖じ気づくどころか、その気色の悪い笑みを浮かべたまま宣言する。
「つまり? 俺の『恩恵』が足止めに長けていた場合? 兄ちゃんはどうしてくれるんだぁ?」
次の瞬間、人さらいの男の姿が4人に『増えた』。そして各々宿屋の部屋の中にある、箒や壺など武器になり得そうな調度品を手に取り、こちらを威嚇する。
物理現象に干渉している時点で、幻覚ではない。そして男の言葉を信じるならば、魔法でもない。
『恩恵』。
神が生ける者全てに与えた、『一人一つの唯一能力』。
「ほらほらぁ、4対2だぞぉ? 兄ちゃんにどうにかできんのかよぉ? そして女、お前も逃げれないよなぁ? なにせ、現王の娘が、自分を庇う王国民を見捨てられるわけがねえもんなあ?」
「な、に……? 現王の、娘……?」
「そうだろう、兄ちゃんは知らなかったよなあ? ソイツが現王の娘だ、なんてよぉ? そうだ兄ちゃん、今女を渡してくれたら、身代金を分配してやっても良いぜぇ? それとも、その女を一緒に犯す権利をやろうかぁ?」
そして。俺は、そんな人さらいの圧倒的優位に立つような物言いに。
堪忍袋の緒が切れる。
「……なあ、ローブの。名前、なんて言うんだ?」
「……リーナ」
「リーナ、協力しろッ!撃退するぞッ、このクソッたれな人さらいをな……ッ!」
俺はそう叫ぶと、体から魔力を強引に溢れさせて、クソ野郎に向かって飛びかかった。