2話 追放されたその日
ドラゴン討伐から、数日が経った頃。いつもの様に俺が『ジャイアントキリング』の拠点に向かっていると、突然後ろから肩を叩かれる。一瞬体を震わせた俺だったが、その声が聞き覚えのあるものだという事に気付き、ゆっくりと後ろを振り返りながら声の主に口を開いた。
「ティーレくん。おはよう~」
「……シル。ああ、おはよう。珍しいな、シルが俺と朝に出会うなんて」
そんな俺の返事に、しかしシルは応えようとはしなかった。それどころか、よく分からないことを俺に告げる。
「ティーレくんには、良くない風が吹いてるわよぉ? ごめんねえ、こればっかりは私も何もできないわぁ」
「……どういうことだよ、シル」
シルは少し……いや、かなりマイペースな性格だが、これまでここまで意味の分からない会話を仕掛けてきたことはなかった。どことなく申し訳なさそうな表情を浮かべたまま今度は口をつぐんでしまったシルに、少し不安を抱えながら並んで歩く。
「……ほら、拠点に着いたぞ。大丈夫だ、シル。俺は何とかなるさ」
結局何事もなく拠点に着いた俺は、ドアを開けようとしながらシルにそう告げる。その時だった。俺の背中に冷たい悪寒が走ったのは。
(な、んだ……? この先に、この拠点の中に、何かあるって言うのか……!?)
そして。開かれたドアの先にあったのは、満面の笑みを……しかもそれは楽しさからではなく、心から意地悪そうな笑みを浮かべたレングスの姿だった。
「来たな、ティーレ。早速だがお前はクビだ、無能」
◆ ◆
「……レングス。何を言ってるんだ?」
俺は最初、その言葉を理解できなかった。しかし、だんだんとその言葉の意味が体に染み込んでくる。そして、理解すればするほど分かるのだ。コイツは、レングスは、冗談でそんな言葉を口走っているわけではない、と。
「あのなあ、ティーレよぉ? もしかしてお前、気付いてなかったのかぁ? ただ『強化』が強いだけじゃ、冒険者としてやっていける訳ねぇだろぉ? 冒険者ってのはなあ、モンスターを『攻撃』して、『回避』して、味方を『強化』して、戦うんだぞぉ? お前みたいな『強化』しか出来ない奴は、そもそも冒険者ですらないんだよッ! いい加減理解しろよ、冒険者ですらないお前は何だ? タダの無職のクズじゃねえか、その辺の酔っ払ったジジイ以下だぜ?」
「……じゃあレングス、今お前にかけてる俺の『強化』はどうするんだよ」
レングスの汚い言葉に、やっと反論をひねり出した俺だったが、しかしレングスの顔が更に愉悦に歪んでいくのを見て後悔する。何かある、ということに気付いてしまった。俺を完膚なきまでに叩きのめす、『何か』が。
「おい、入ってこいフィリオ! コイツの無能にお前の能力を紹介してやれ!」
レングスのその言葉に、隣の部屋から重装鎧を着た水色の長い髪の毛にオレンジ色の瞳を持つ青年が出て来る。左手に着けた巨楯を軽々と持ち上げ、背中には片手で扱うとは信じられない大剣を担ぐ彼は、俺の存在意義を明確に否定した。
「フィリオだ。得意な役職は近距離重装。能力は『強化』。倍率は世界最高レベルだと、冒険者ギルドで鑑定して貰っている」
「……ッ!」
フィリオと呼ばれた男の自己紹介聞いて打ち負かされた俺に、レングスは楽しそうに、そして意地の悪さをその端々に含ませて俺へ宣言する。
「ティーレ、てめえは追放だぁッ! 二度と『ジャイアントキリング』の敷地に足を踏み入れんなよッ! 田舎に帰って実家の農業でも継いでやがれ、クソ無能がよぉ!」
「……ああ」
その言葉に、俺は反論できずに『ジャイアントキリング』の拠点から立ち去ることしか出来なかった。
◆ ◆
「……さて。じゃあ次のパーティを探すか」
とは言ったものの、俺はどちらかと言えば前向きな方だ。SSS級パーティ『ジャイアントキリング』から追放されたとしても、俺はそこまで悲観視はしていなかった。
なにせ、追い払われたとはいえ、『SSS級パーティに過去所属していた』という事実までは揺らがない。元々レングスの事は気に入らないと思っていたし、ここで関係を整理できるというならいっそせいせいする、とまで言えるだろう。
『ジャイアントキリング』の拠点を追放されたその足で、冒険者ギルドのパーティ募集板を訪れた俺は、そこに貼られた募集の多さに安心のため息を吐く。そこには、俺の身長以上はある板の茶色が見えないほどに募集の紙が貼られていた。
「……これだけあれば、どこかは俺の事を受け入れてくれるだろうよ」
……そんな予想はしかし、すぐに打ち砕かれる。どうしてか。それは、俺が訪れたパーティで……俺に対しての悪い評価が帰ってきたからだ。
「ティーレ? ああ、あの『ジャイアントキリング』のか。あのなあ、パーティの金をちょろまかすような奴が受け入れられると思ってんのか?」
「すまんが、どんな事情があれSSS級パーティを全滅一歩手前に追い込んだ奴を、パーティに入れるわけに行かん」
「ダメダメ、うちのパーティは女の子も多いんだ、5又して雰囲気を最悪にするような奴を加入させるわけないだろ」
どれもこれもが、俺には身に覚えの無いものばかり。そもそも俺がパーティの財布を握ったことはないし、『ジャイアントキリング』が全滅寸前になったことはこれまで一度も無いし、そもそも俺は彼女がいたことすらない。
だが、実際にそんな噂が流れてしまっている。
「……レングス。お前、そこまでして俺の邪魔をしたいのか……ッ!!!!!!!」
日の暮れた街の帰り道。俺の叫びは、住人に変な目で見られながらオレンジ色の空に吸われて消えていった。