11話 レングスの逆襲
「……なんだって?」
「……だから、『トライヘッドコブラ』が動きを止めたんだよ、ここ2日も前にね」
『クオン樹海』に言って帰ってくるのに、4日。街に帰ってきた俺たちを待ち受けていたのは、フィルのそんな言葉だった。
「ティーレがリーナちゃんとこの街を出てから、二日はね。『トライヘッドコブラ』の動きも活発だったんだけどねー。でも、二日前には、その動きはピタリと止まっちゃったの。何でかは知らないわよ? そこまで調べてあげる義理は、フィルにはないしー。街の外を探してるのかなーと思ったけど、そうでもないみたいで。うーん、これは依頼失敗と判断したのか、依頼主の方が中断したのか知らないけれど、『トライヘッドコブラ』はもうリーナちゃんを狙ってないって事なのかなー?」
「……不可解すぎるぞ。もしレングスが犯人だとしたら、SS級依頼に行くのに、『トライヘッドコブラ』通信用の魔道具か何かを持っていったことになる」
「……数日かかる遠征、かつ、魔力消費する戦闘に、いらない魔道具を持っていくとは思えないしね、ティーレ?」
俺もリーナも首を捻ったが、これが答えだと確信できるような回答を考えつくことは出来なかった。フィルに『トライヘッドコブラ』へ探りを入れて貰うのも、恐らく難しいだろう。『トライヘッドコブラ』は裏組織なのだ。あまり深入りしすぎると、今度はフィルの方が粛正対象になりかねない。
「だから、疑問もそこまでにしておいた方が良いと思うよー。ともかく、『トライヘッドコブラ』に狙われなくなったっていう事実だけ噛みしめておけば、ねー」
そんなフィルの言葉に、俺とリーナはどこか落ち着かないものを感じながらも、頷くしかなかったのだった。
◆ ◆
「と、言うわけで。通常の冒険者の仕事に戻れたわけだが」
「……そういえば、冒険者としての話はしてなかった、よね? 一応私はB級冒険者……って事になってる。ティーレは?」
「俺の単体でのランクは、一応A級だ。まあ役職は『強化術師』だから、殆ど今まで所属していたパーティに引っ張って貰ったようなもんだが」
その言葉を聞いて、リーナは胸をなで下ろしているようだった。一応、冒険者ギルドの規定でパーティを組める冒険者のランクが決まっている、はずだ。ただ、1ランク差程度ならパーティを組めないと言うことは無いだろう。俺とリーナがパーティを組むことは決めていたが、それが冒険者ギルド的にも問題ないとなれば、本格的にパーティ構成について考えなければならい。
「わたしたちのパーティでは、細剣使いのわたしが前衛、魔法と『恩恵』で立ち回るティーレが中衛、よね?」
「ああ。そうすると、後衛……得に、術師と回復役を兼ねられる人材がバランス的には欲しいな」
「そうね。しばらくはいまのままで良いかもしれないけど、本格的に長期の依頼を受けるようになったら、必ず……」
そんな話をしながら、冒険者ギルドに向かっている、時だった。
「あらぁ。わたしのことを呼んだぁ?」
シルが俺に話しかけてきたのは。
「……ああ、シルか。どうした? 冒険者ギルドじゃなくて『ジャイアントキリング』の拠点に行かなくて良いのか?」
「……いいのよぉ。『ジャイアントキリング』は抜けてきたんだからぁ」
「……は?」
シルが何でも無いことのように放った爆弾発言に、俺は間抜けに声を漏らすことが出来なかった。その意識の隙間に滑り込んでくるように、どこか不満げなリーナの声が飛び込んでくる。
「……ティーレ。その人……どなた?」
「私はシルっていうのよぉ? 今はフリーの後衛術師兼回復役よぉ。わたしにぴったりな求人が聞こえた気がしたから、声をかけさせて貰っただけよぉ? 良い風吹いてるわねぇ」
「……良い風吹いてる?」
リーナがシル特有に言い回しに戸惑っている中、爆弾発言の衝撃から抜け出した俺は、シルへ矢継ぎ早に質問を飛ばす。
「おい、じゃあ今『ジャイアントキリング』はどうなってるんだよ? シル以外の残り3人で残してるのか? またレングスの野郎はどっかからメンバー補充する気で居るのかよ?」
「いいえぇ? レングス以外の全員が、『ジャイアントキリング』を辞めたわぁ。流石にあの横暴を、SS級のモンスターさえ倒せないリーダーの元で我慢するのは出来ないものぉ」
つまりは、実質『ジャイアントキリング』解散。その事実を知って、俺の心にわき上がってきた感情は……ざまあみろ、だった。あのパーティメンバーの事を何も考えていない、何も見ていない、あんなクソ野郎が、愛想を尽かされた。この『王国』内5本の指に入るという強さを担保に従っていたパーティメンバーが、その『強さ』に見切りを付けた。
それが示すのは、レングスの零落の始まりだ。
これから先、レングスは『実力は評価できるが、人格的に難がある人物』として扱われることになる。パーティメンバー全員が愛想を尽かすなどと言う異常事態を一回発生させてしまったレングスが、これからパーティ募集をしても、まともな人間が集まらないことはは火を見るより明らかだろう。そして、あの自尊心の塊であるレングスが、誰かの下につくことなどしないだろう。いや、出来ない。
人の下で動くときのやり方を知らず、そして助言を素直に聞くことも出来ないレングスは、冒険者として生きていくのは絶望的になっているのだ。
「……ははっ」
「……ティーレ?」
笑いがすこし、漏れてしまう。リーナが不思議そうにこちらを見るが、気にして止めることは出来なかった。だって、心の底から気持ち良いのだ。レングスが惨めな境遇にいるのを想像すると。
「ほら、出てけッ!」
「クソッ! クソッ! なんで、どうしてオレがこんな目に……ッ!」
そんな時だった。
もう間近に迫っていた冒険者ギルドの扉が突然開き、爪剣を装備した青年が、つまみ出されるように放り投げられていたのは。
「あのなあ、そんな闇討ちみたいなこと、まともな冒険者がするわけないだろ。それにお前、パーティメンバーに逃げられたんだって? どんな事やってたか知らねえけどよ、そんな奴の下に着く気は無いね」
「クソッ! どうして誰もオレの言うことを聞かないんだ……ッ!」
それは、今丁度惨めな目に遭っていると考えていた、レングスだった。レングスはまるで駄々っ子の様に唾を飛ばして騒ぎ立てると、子供の用に地団駄を踏む。
そんな様子を『何やってるんだコイツ』という目で見ていた、レングスをつまみ出した男が、ふとこちらに目をやった。そして、俺の存在に気付いたのだろう。片手を上げて、軽く挨拶をしてくる。
よく見れば、その男はこの前、俺のパーティ加入を断った男だった。たしかAランクパーティ『スカイフレア』のリーダーだったか。彼はどこかすまなさそうな声色で口を開く。
「よう、ティーレ。この前はすまんな、俺の聞いた噂、レングスから聞いたんだが、当の本人がこんな有様じゃ信憑性もあったもんじゃねえ。まだパーティ探してるか? 今のところ、ウチは問題ないと思ってるぜ?」
「ああ、ありがとさん。ただ、なんとかこっちもパーティを組む方向で話が決まったところだ、すまんな」
「いいや、いいってことよ。ついでに一つ。コイツ、なんかお前を襲うメンツを集めるみたいな頭おかしいこと言ってたぞ、なんか恨まれることしたのか知らんが、気をつけろ」
男がくれた情報は、信憑性にかける噂で俺を振ってしまった罪滅ぼしのつもりなのか。それとも、急にヘンなことを言い出したレングスを友達関係から『切って』、親切心で言ってくれたものなのか。
どちらにせよ、本人の前でバラされたレングスにとってはたまったものではないだろう。
更に、『自分がパーティに誘って入ってくれなかった奴が、ティーレを誘う』という、レングスから見れば自尊心丸つぶれの状況に。
「ティーレぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええッ!」
レングスは、血走った目で俺の名を叫ぶ。
「全部、お前のせい、だ……ッ! お前さえいなければ、オレは……ッ!」
「……惨めだな、レングス。だけど同情なんてしないぞ、するわけがない。お前が俺に与えようとした屈辱が、それなんだからなぁッ!」
直後レングスが爪剣を抜刀し、俺に向かって距離を詰め始めていた。