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10話 決別

 ……それは、悪夢のような光景だった。


 仲間達は力尽きたように地に伏し、微かな呼吸のみがその命の存続を示している。唯一まともに動ける自分でさえ、尻餅をついて只目の前の惨状をぼんやりと見ることしか出来ない。


「……何故だ……ッ! どうして……ッ!」


 そんな言葉で、この惨状を否定したくても、目の前のモンスターという脅威はそれをさせてくれない。くれるはずもない。


 ……いや、もしかすると、これは走馬灯のようなもの、なのかもしれない。既に目の前のモンスターは拳を振るい終わっていて、自分はそれをゆっくりになった時間の中で、思いだしているだけなのかもしれない。


 SS級モンスター、『ベヒーモス』。巨大な牛を思わせるそのモンスターはしかし、自分たちのパーティランクを見れば、簡単に討伐できるようなモンスターのはずだった。事実、自分たちは数日前に同じランクのドラゴンを討伐している。相性問題などで、多少時間がかかるにせよ、倒せない相手では、絶対にないはずなのに。


「あり得ない……こんな事が……SSS級パーティ『ジャイアントキリング』には、会ってはならないこと何だぁぁあ……ッ!」


 しかし、自分は……レングスは、既に心の中で分かっていた。諦めていた。人間なら誰でも持つ生への執着も、冒険者として長い経験が、どう足掻いても助からないと告げてしまうくらいの状況に追い込まれていると判断してしまい、意味を成していない。


 目の前に、あと数センチという所にベヒーモスの角が迫っている状況で、助かる手段などない。もし助かったとしたら、それは奇跡以外の何物でも無いだろう。


 奇跡。


 ……それは、『実際にはあり得ないこと』の別称だ。『起こるはずのないこと』と言い換えても良い。自分という小さい存在の視点からみて、その発生率は限りなく0に近い。そんな、幻想と同じ意味合いと言っても良い、聞き心地がよいだけの現実味のない言葉なのだから。


 そんな益体のない考えを打ち切って、レングスはその目を閉じた。その思考は、すでに止まっている。暗闇に閉ざされた世界で、意識が断絶するのを只待つだけの、この世で最も死体に近い生き物と化す。





 ……そして、爆音が鳴り響いた。





「……?」


 レングスは、その音が響いた後も、自分の意識が続いていることに困惑していた。だってそうだろう。さっきまで、直前まで、自分が考える限り、生き延びる可能性は絶無だと、そう判断していたのだから。


 しかし、現に自分の意識は存続している。ならば、この結果に原因があるのは必然だろう。


 ……そして覚悟を決めたレングスは……目を開く。その瞳で、しかと現実を見詰める。








 ◆   ◆








「『王佐の才』……!」

「『上に立つ者』っ!」


 SSS級パーティ、『ジャイアントキリング』を追いかけた俺とリーナが見たものは、今にもやられそうになっているパーティの姿だった。


 レングスは今は倒すべき対象だが、死なれては困る。死なれては、『トライヘッドコブラ』にリーナの襲撃を止めさせることが出来ない。つまり、俺たちの勝利条件は、レングスの精神を折って、言うことを聞かせる事になる。


「クソッ、あのゲス野郎を助けるとか、どうなってるんだよ……!」


 俺はそう叫びながら、俺とリーナの恩恵が発動したのを見て『ベヒーモス』に飛び蹴りを放つ。今まさにレングスへ着弾しようとしていた、体長20mクラスの巨獣ベヒーモスは、ただそれだけで弾かれたように吹き飛んでいった。


「リーナ! 前衛は任せる、俺は中衛でカバーするッ!」

「わかった!」


 SS級モンスターを、いとも簡単に吹き飛ばす。そんな『強化』倍率に俺は内心驚いていたが、しかしある意味予想通りでもあった。俺とリーナの『恩恵』は、一度発動させたら『恩恵』の効果を終わらせるまで、無条件で効果が持続する。その代わり、高倍率強化を行うためには条件がきついわけだが。そんな効果を、既にこの『クオン樹海』に辿り着くため、『ギンゼツ平原』で試していた俺は、鋭くリーナに指示を飛ばす。


 どうして『ジャイアントキリング』のメンツが壊滅しかけていたかは分からないが、レングスの心を折るにはまず安全確保が重要だ。その為には先に『ベヒーモス』を倒すしかない。なんだが『ジャイアントキリング』の面々を……特にレングスを庇う形になるのは癪だが仕方が無い。


外形変容(マギ・トランス):魔法弓」


 俺は杖剣を核に、魔力で織った弓を作り出す。魔法弓から射出された魔法は、ベヒーモスがリーナに反撃しようとしたところで頭に突き刺さり、爆発を起こしてノックバックさせる。


「ヴァヴォオオオオオオオオオッ!」


 勿論、以前俺にはここまでの威力を出すことは出来なかっただろう。着弾させるところまでは出来ただろうが、爆発させてもベヒーモスの外殻を突破してダメージを与えられたかは、正直怪しい。


外形変容(マギ・トランス):投槍。更に、『トラップ:パラライズ』」


 俺が作った隙にリーナが剣を振るっているのを確認して、俺は更に杖剣を変容させる。弓から槍へ。それも、投擲されることに特化した(ジャベリン)へ、だ。ベヒーモスへ近づくのも兼ねて助走を付けて振るったそれは、蒼色の槍型魔力だけが飛翔し、ベヒーモスの足を貫通し地に縫い付ける。さらに一拍後れて麻痺属性を帯びた設置罠がベヒーモスに襲いかかり、さらにその動きを阻害する。


「いきます……っ!」


 そしてベヒーモスが動きを止めた瞬間、リーナの気合いが迸る。次の瞬間、ザン、という音とともにベヒーモスが両断され、胴と永遠にお別れを告げさせられる。


 そう、これが本来俺が得意とする動きである。中距離から敵の動きを牽制し、縛って、味方前衛の動きをカバーする。そしてその前衛は俺の『恩恵』によって強化されている。俺が妨害をしている間に、強烈な一撃を入れてくれるはずなのだ。


「さて……」


 ベヒーモスを片付けて、話をする準備ができたと武器を下ろし、振り返ろうとしたところで……急に後ろから声をかけられる。


「……お前、強いなッ!? どうだい、うちのパーティ『ジャイアントキリング』に来ないか? お前が来てくれるなら大歓迎だ……!」


 それは、聞き覚えがありすぎる声だった。しかし、違うところもある。俺を罵倒し続けたその声が、どこか猫なで声で、俺をパーティに誘っているのだ。


 きっと、レングスはまだ俺だと気付いていないのだろう。ただ、助かったという興奮で声をかけているだけに違いない。


 それでも。


 俺の肌には、鳥肌がだった。


「……か」

「何だって? もしかして、『ジャイアントキリング』に入って……」

「誰が入るかこのクソ野郎ッ! お前みたいなクソ野郎がのいるパーティに入ったって、俺には一切得がなかったんだよッ! 味方を考えないッ! 独断で動くッ! 気に入らないと思った奴は、即座に追放ッ! そんな奴の下で、俺は働きたくないッ!」

「お前……、ティーレか……!?」

「今頃気付いたのか、レングスッ! いくらパーティのランクが高いからって言っても、『ジャイアントキリング』はこっちから願い下げだ、お前のパーティなんか入らねえッ! それより、きちんと俺を評価してくれるリーダーを選ぶさ……!」


 俺がレングスに向かってそう叫んでいると、ベヒーモスを片付けたリーナがこちらに歩み寄ってきた。しかしその雰囲気はやや普通のものではない。どこか怒ったような、物々しい雰囲気を醸し出していた。


 何故か、とは問うまでもないだろう。自分の命を狙ってきた存在が目の前に居るのだ。殺意が漏れ出てきたとしても、不自然だとはとても言えない。


「……レングス。わたしが誰かは分かっているでしょう? 今すぐ『トライヘッドコブラ』への依頼を取り下げなさい。バレたのがわたしで良かったわね、父にバレていたら即刻首を切られていた所よ」

「ああ? 何の話だよ。お前なんか知らねえよ、女」


 レングスはリーナの並々ならぬ雰囲気に気圧されながらも、ふてぶてしくそう答える。俺たちの推理が間違っていて、本当にレングスは知らないのか。それともとぼけているだけなのか。


「……本当に知らないのかしら……?」


 リーナはそう言うと、倒れている他の『ジャイアントキリング』メンバーの一度理を確認し、レングスだけに見えるようにそのフードを脱ぐ。露わになるのは美しく輝く金髪と蒼い瞳という整った美貌。一度見たら当分忘れることなど出来ようもないその姿を見て、レングスの表情が一変する。


「……王女サマッ!? なんでこんな所に……ッ!?」

「言ったでしょ? さっさと『トライヘッドコブラ』に出した依頼を取り下げなさい。さもないと……」

「ちょっと待った、王女サマッ! 俺は『トライヘッドコブラ』に依頼なんか出してねえッ! 何かの間違いだ、俺は何もしてねえッ!」


 その言葉に、リーナの動きが止まった。吹きだしていた雰恐ろしい囲気が収束し、困ったような顔で俺の方を見てくる。


「……レングスが犯人じゃないのなら……誰が……?」

「……分からない。だが、レングスが嘘をついている可能性はまだ残っている。……楔は残した方が良いか」


 俺はリーナの不安そうな顔を見ながら、レングスに向かってもし嘘をついていたときの保険をかける。


「……なあ、もし後から分かった場合は……。問答無用で王に密告するぞ。自供したいときは、早めにな」

「……お、俺は知らねえからな……!」


 そんな言葉を吐き捨てるレングスを置いて、俺とリーナは、本当の敵を探すべく街へと急いで戻っていくのだった。







 ◆  ◆







「クッソ……! どうなってるんだよ……!」


 ティーレとリーナが立ち去ってから、数刻立って。レングスが王女殺害の冤罪をかけられた衝撃から抜け出して、苛立ったように呟いた。


 呟いただけなら良かったのだろう。しかしレングスは倒れている自分のパーティメンバー一人一人を、起きるまで足で小突き始めたのだ。


「おい、起きろよ無能……ッ! ティーレみたいに追放してやっても良いんだぞ……ッ!」

「レングス、流石にそれは酷いんじゃなぁい?」

「黙れよ、シル。お前だって無能の一員なんだぞ……ッ!?」


 レングスのその言葉に、シルはビクリ、と体を震わせた。出発前に、自分でさえ追放すると言われたのが残っているのだろう。それ以上口出しできなくなったシルを見て、レングスはふん、と鼻を鳴らす。


「全員起きたな、無能共。今回依頼に失敗したのは、お前らのせいだからな? 分かってるよなぁ? 前は失敗してなかったのに、失敗するようになった。その理由が、お前らがきちんと働かなかったから、というのは明確だよな?」


 レングスは、今回の依頼失敗は、自分に責任がないと、あるはずがないと思っていた。自分は考えてパーティを組んでいるのだ。無能……、もしくは力を隠してきちんと働いていなかったティーレを追放して、新しいメンバーを加えた。つまり、パーティ自体は強化されているのに、依頼に失敗している。これはどう考えても、パーティメンバーの怠慢に違いない。レングスはそんな考えの元、シル達パーティメンバーに厳しい言葉をかけ続けていく。


「次回の依頼も失敗するようじゃ、ティーレに続いて他の奴らも追放しなきゃ生けない羽目になる。お前ら、覚悟しておけよ?」


 そんな時。今まで黙っていたシルがゆっくりと口を開き、レングスに向かって語りかける。


「……ねえ、レングス」

「なんだよ」

「……私、このパーティ抜けるわぁ。これ以上続けても、良い風吹かなそうだしぃ」

「……なっ!」


 シルのその言葉が、とても衝撃だったのだろう。レングスが驚きで声を上げる中で、更に追い打ちが掛かっていく。


「俺もその話、乗った。とてもじゃねえけどよ、レングス。お前にはついていけない」

「……わたしも、ぬけさせてもらいたい、です……」

「……僕も」


 フィリオ、メリカ、ポルト。レングスのパーティメンバーが全員、そう告げたのだから。


「おい無能共、逃げる気か? お前ら『ジャイアントキリング』から逃げて、まともに次のパーティに入れると思ってるのかよ?」

「……ティーレの時みたいに、私たちについて悪い噂を流すつもりぃ?」


 シルのその言葉に、そんな事をやっていることを知らなかったのか、フィリオや他のメンバーが驚いた様にシルの顔を見る。


「……レングス、考えてもみなさいよぉ? ティーレの時は、反論するのはティーレ一人だっわぁ。でも今回は、貴方一人が流す噂を、この四人で否定するのよぉ? しかも、その4人は追放されたんじゃなくてぇ、自らパーティを辞めてきたのよぉ? 世間様は、どちらが正しいと思うかしらぁ? 貴方の流す噂は、負け惜しみとしか思われないんじゃないかしらぁ? そうでもなくても、良い風は吹かないと思うわよぉ?」

「……ッ!」


 そんな中淡々と告げられるシルの言葉に、レングスは反論することが出来なかった。シルの言葉の方が正しいと、分かってしまったからだ。そして更に理解する。今の自分に、このメンバーを引き留めるだけの手札がないことも。


「ってなわけだ、たった一回のパーティだったが、世話になったぜレングス」

「……お疲れ様、でした……」

「今までありがとうございました」


 一人項垂れるレングスを置いて、他のメンバーはレングスに挨拶だけ残して、先に帰路へとついてしまう。いまこの瞬間、無関係な人間となったレングスを置いて。


「……いや、まだだ」


 だが、レングスはまだ諦めていなかった。今のパーティメンバーを繋ぎ止めるのは不可能だが、まだ『ジャイアントキリング』というパーティを存続させるのは可能だと、そう判断してしまった。


「ティーレぇ……。あいつを追放してから、全ての歯車が狂ったんだ……ッ! あのクソ雑魚が、ベヒーモスを倒せるわけがねえ、なにかズルをして一時的にドーピングしてるだけに違いねえッ! クソ野郎をぶっ潰して、俺の言うことをきかせる。それだ、そうすれば、俺の栄光はまだ取り戻せる……ッ!」


 そう叫ぶレングスの瞳には……異様な光が灯っている、ようにも見える。しかし、その光も夕暮れの陽射しの中に溶け、数秒後には判別不能になってしまっていた


 


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