勇者の名前とかを適当に「ああああ」とかにするタイプ
あれから道ゆく教師らしき男にどこ行けばいい? と尋ねると戸惑いながらも案内してくれた。
そして、俺は今学園の教室とやらにやってきている。
学園というくらいだから、制服という存在は考えられる。そして、この学園も当然のごとく生徒は制服を着用しているようだ。制服は紺色のブレザーに赤いネクタイ。仕立ては良さそうだ。
ところで俺はびしょ濡れのワンピースのまま。つまり、教室内でとっても浮いている。教室内にも制服を改造して、明らかにテクスチャーが違う奴も何人かいるが、それでも俺がぶっちぎりで浮いている。
ちょっと誰か着替えくらい気を利かせて持ってきてくんねーかなー。今の気温は温暖で別に寒くはないけどさ。
「……え、えーっと次はあなた自己紹介をお願いします」
教壇の脇にたつ金髪をお団子頭に緑フレームの眼鏡をかけた女教師が気弱げにそんなことを言ってくる。なんというかもっとこう柔軟性に富んだ対応をお願いしたいね。何もかもがお役所仕事もびっくりなゴリ押し進行じゃねえか。
とりあえず進めればいいんだろ。進めれば。
「えーっと、俺の名前は……」
……俺の名前ってなんだ。流石に日本にいた時の名前を使う気にはならない。
「すみません。俺の名前ってその名簿にあります?」
わからないものはわからない。素直に教師に聞く。
「え!? えーっと」
教師は名簿をパラパラめくる。少しの間パラパラしたあと、教室内の生徒の数を数えだす。俺は大人しくしている。
「……あの、ありません」
教師は戸惑ったように伝えてきた。その言葉で教室内の生徒はざわざわしだす。
うん。なんかそんな可能性も普通にあるだろうと思っていたさ。思っていたけどさあ……ひでえ。
「じゃあ、俺はどうすればいいんでしょうか?」
「どうすればって……えっとお帰りいただくしか……」
「え。あ、はい。わかりました」
すごすご退場する俺。なあ、泣いていい?
そして戻ってきた学園正門前。何もかもが意味不明すぎる。手探りってレベルじゃねえぞ! 日本に帰りたくなってきた……。
とりあえず街を歩き回るか。
二時間後。とりあえず、この都市がめちゃ広いようだということはわかった。そして、二時間も放っておけば水浸しのワンピースも乾くことがわかった。
あてもなく歩き続ければ迷子になって元の場所に帰ってこれなくなりそうだ。
だから、先ほど見た剣盾杖の紋章旗を掲げた大きな建物が面している大通りを重点的に散策した。多少土地勘らしきものも身についたはずだ。
さて、今俺が最も考えなければならないことはなんだ? 俺はあの間抜けな事件で死んだのかということ? 転生のようなものをしてしまった現状? そもそもこの世界は俺がプレイするはずだったあのガチャゲーの世界なのかということ?
ノーノーノー!! なっちゃあいないぜ。俺が今一番考えなければならないこと。
それは生活のことだよ!!
ぶっちゃけ明日の生活を考えること以上に重要なことってある? 前世での死? 転生先のシステム? ステータス? スキル? んなもんどうでもいいんだよ!
今日のご飯! 寝床! 衣食住! これが一番大事! 当たり前だろおお!! どう見てもゲームな世界でもその中にリアルにいるんだから生活大事!
そしてそれらを得るために何をするべきか!? ニートだってわかるだろ!? 仕事だ! 仕事!
おおっとちょうどいいとこに仕事を斡旋してくれそうな施設があるではないか! ここだ! 行くぞ!
「頼もおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
勢いよく扉を開けた! 俺は仕事得るために! そして俺は。
「な”ん”でえ”え”え”え”え”!? どう”ぢでばだら”げな”い”の”お”お”お”お”!?」
受付のお姉さんの前で慟哭していた。
「いえ、あの迷宮士は学園を卒業または他の星持ち迷宮士の紹介でしか登録できない決まりでして……」
受付のお姉さんは俺の様子にちょっとドン引きしながら答える。
俺はぐるりと辺りを見渡す。なんだなんだと今まで俺のことを見てきた戦士や魔法使い、いや迷宮士どもが慌てて目をそらす。
どなたかこの俺を推薦してくださる方はいらっしゃいませんかあああああ!!
「……推薦する側もそれ相応の責任が伴いますから」
と受付のお姉さんは宥めてくる。なんだいこの俺の実力に関して誰も責任が持てないってのかい!? 奇遇だなあ!? 俺も責任持てねえよ!!
「さっきから騒がしいねぇ。って、この子供はどうしたんだい?」
恰幅の良いおばちゃんが横からやってきて受付のお姉さんに話しかける。
子供? 子供って俺のことか? 確かに手先は小さいが、精神的には子供じゃない!
「俺は子供じゃない!」
「ふん! 自分で「子供じゃない!」なんて言うやつは間違いなく子供だよ!」
一笑に付された。なんだこのおばさん。
「マーサさん、この子は迷宮士になりたいそうで」
「はん! ろくでなしどもの仲間入りをしたいたあ子供のくせに随分人生早まったものだね!」
「あの、一応ここはそのろくでなしどものギルドなのですが……」
「ろくでなしだろ? 好き勝手生きて勝手に死ぬ! 少しはまともに生きようとは思わないのかね!?」
周りに聞こえる声で言う。よくもまあ屈強な男女が集まる中心で喧嘩売れるなあと思って見渡すと、周りの奴ら全員気まずげに目を逸らしていた。
迷宮士ってやつは図体に見合わず存外大人しいなあ。
「おい! あんた自分の名前はここに書けるかい?」
おばさんが紙とペンを差し出して俺に渡してきた。
名前かー。プレイヤーネームの入力イベントみたいなものか?
もう一度言うが日本で使っていた名前を使う気には慣れない。あれは男の名前だけど今の俺は女の体だ。美少女に男前な名前つけても仕方ないだろ?(主観)
それにどうも、文字が違う。会話は日本語を使ってる感じでそのまま伝わっているようなのだが、学園や街並み、このギルドの内部を見る限り、日本語は使われていない。読めない。つまり、俺は文字が書けない。
素直に文字が書けないと伝えても良いが、このおばさん相手にそんなこと言うとますます子供扱いがひどくなりそうだ。
この世界の文字は意外と複雑のようだ。アルファベットのような単純な構造ではない。だが、俺は全く文字に検討がつかない訳ではない。
学園で教師は黒板に自分の名前を書いていた。確か名前は「リリアナ」。正直どこまでが一文字の区分か俺にはわからなかったが、比較的構図が簡潔なまとまりは覚えている。おそらく「り」。それが俺の書ける唯一の文字。
それを名前らしくすると「リリ」だ。俺の名前はリリだ!
紙を受け取るとぎこちない感じでだが堂々と「リリ」と書いてやる。そしてそれをおばさんに渡す。
「ん? リリリリ? ケッタイな名前だねえ」
やっべ。ミスった。