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醒めない悪夢はなく  作者: 印俺
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暗転、遭遇

ほほにザラザラとした冷たいものが押し当てられている。


それがコンクリの床で、自分がうつ伏せに倒れていることに気づくまでしばらくの時間を要した。状況が掴めず呆然としている。当然といえば当然の話だ。自分が目覚めた場所はひっくり返った電車の中や投げ出された外でもなく、もっと言うと人の気配がほとんどない廃墟だったのだから。


俺の名前は藤原歩、特に何かあるわけでもない大学生である。特段変わった予定もなく、いつものように大学へ電車で通っていた。残念なことにその日は何事もなく、という風にはいかなかったが。


まず、ふらと眠気が襲ってきた。夜更かしはしていないはずだったが、ストンと意識を失った。次に襲ってきたのは激しい衝撃だった。激しく振動しながら車内が横倒しになっていく。それが他の乗客だろうか、あるいはポールか何かか、何か堅いものが頭に当たって意識を失う前に見た最後の光景だった。


2、3分ぐらい横たわったまま思考停止していた。この異常事態に対して鈍いといわれても仕方がない。がついさっきまで鉄の箱の中でシェイクされていたのだから大目に見て欲しい。ようやく起き上がるとおずおずと辺りを見渡してみた。


...不気味なほど静かだ。見た感じ廃ビルのようである。ひどく損傷しており、所々崩れていたり穴が空いている。先ほどと同じく人の気配はおろか物音ひとつしない。


まさか誘拐されたのだろうか、しかしあの状況でそんなことはありえないだろう。ではこの状況は何なのか。堂々巡りの思考を奥へ押しやり、俺は周囲に空いた穴に注意しながら廃ビルの窓辺へと近づいた。


...今は夜なのだろうか、とても暗くほとんど回りが見えない。文明の光はおろか、微かな月光の他に光源というものが一切見つけられなかった。


辛うじて見えたのは同じような荒れ果てた廃ビルや廃マンションだけだった。それらが乱立しておりたとえ明るくても周囲の地形は把握できそうもない。


ここはどこだろうか。廃村や廃町などといったものではないだろう。民家や店といった生活感を漂わせるような建物が全くない。ただ乱雑にボロボロの同じような建築物が視認できる限り建ち続いている。


...こんな地形は日本でも見たことがない。まるで異世界にでも迷い込んだようだ。よくあるネット小説ではなく、怪奇小説の方だが。


視界の効かない周囲を見渡していると漠然とした不安と焦燥感に駆られる。何か取り返しなつかないことになってしまった。何故かそんな予感がした。まだ何もしていないというのに。


周囲の暗さで思い出したが今は何時だろうか、というかスマホはあるのだろうか。俺は現実逃避するように自分の持ち物を探り始めた。連絡手段があれば心強い。だが拉致誘拐の類ならそういった持ち物は無くなっていそうなものだ。


結論から言えば俺は事故にあった時から持っていた荷物をすべて持っていた。そしてスマホは圏外、更に時刻は事故から大して進んでいなかった。こうなるともう訳が分からない。いよいよホラー映画じみてきた。


軽くパニックになりかけながら、とりあえず崩壊しかかったビルに留まるのは危険だと判断して慎重に降りることにした。幸いにも怪談は概ね無事だった。


降りる途中で大声を出して他の人を探す子とも考えたが、この得体のしれない状況で大声を出して自分の位置を知らせることに強い忌避感を抱いた。


もう限りなく薄い可能性だとは言え俺を拉致したかもしれない人と鉢合わせてしまうかもしれない。人はいなくても害獣の類はいるかもしれないし、どちらにせよ注意をひいて襲われたくはなかった。


...そう、注意を引くべきではないと思った。一度何かに見つかれば命を落とす。そんなバカげた、しかし無視できない直感を俺は感じていた。


ソロソロと階段を降り一階に降り立った。これからどうしようか、ひとまずこのゴーストタウンを抜けてみよう。


そんな考えはビルの陰から除く黒い影と目が合った瞬間に吹き飛んだ。


「ひっぇ!」


「うおわぁ!!びっくした!!」


俺は咄嗟に階段の踊り場に隠れた。心臓が破裂しそうなほど脈打つ。まるで処刑される間際の囚人のような恐怖と緊張を味わい続けている。


必死に声を出さないように口を押えた。本当は耳を抑え目を閉じていたかったが、本能が視覚と聴覚を封じることを拒否していた。


「お、おう。俺は怪しいものじゃねえよ。あー、説明が難しいんだが気が付いたらここに」


...違う、確かに黒いパーカーを着た男を見た時には心臓が止まるかと思うほど驚いた。今は違う。そんなことで死ぬほど怯え続けられはしない。


音を立てた。見つかった。


確証はない。客観的に見ても頭がおかしいのは俺の方だ。その通り、そうだとわかっていても。


今そこの黒パーカーと自分との行動の差が命を分けるだろうと俺は確証していた。


「...おい、怪しいもんじゃねえっつってんだろ。信じられねえかもしれねえが電車の事故に巻きこまれて気が付いたらここに...ん?」


...物音が聞こえる。何か、堅い物を引きずるような音だ。まっすぐこちらに向かってくる。


どこかに行ってくれ、こっちに来ないでくれ。心の底から願いながらしかし、アレは間違いなくこちらに来るだろうという確証があった。


「っち、もういい。一生そこで隠れてろ腰抜け。おーいアンタ、ちょっと聞きたいことが...」


「な、なんだよそれ。コスプレ?こんな場所で趣味悪いぜおっさん。まあいい、ここから一番近い町の...」


耳を塞ぎたい。これから起こることは間違いなく俺のトラウマとなるだろうから。そう思っても俺の手は縫い付けられたように口から離れなかった。


「...あ、ああ...ぇひっ、特撮?...ドッキリ?」


ようやく己の過ちに気づいた黒パーカーの、縋るような現実逃避の言葉の羅列は、聞いたことのない鈍い湿った音と、吐き気を催すような鉄の錆びた匂いと共に断ち切られた。

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