勇者に偽聖女と言われたので敵国で成り上がりざまぁする
聖女
それは女として生まれてきた子供の誰しもがなりたいと思う職業。
聖なる力で傷ついた人々を癒し、神の奇跡で魔物を滅ぼす。
私は血のにじむような努力の末、憧れの聖女になることが出来た。
「お前、本物の聖女だと思ったけどやっぱ偽物だわ。俺本物の聖女見つけたから」
「」
ある日私の診療所にやってきた勇者が突然そんなことを言い放った。聖女は普段は病める人や傷ついた人を癒しているが、魔物が現れた際は勇者や賢者、盗賊らと一緒に討伐に行く。何回かの冒険を経て固い信頼関係で結ばれていた存在……だと思っていたのは私だけだったようだ。
「そんな! 今まで一緒にしてきた冒険は何だったんですか!?」
私が詰め寄ると勇者は少しだけ申し訳なさそうに目を背ける。
すると診療所のドアが開いて知らない女が入って来た。危うく娼婦かと見間違うぐらいの服装のはだけ方だったが、よく見れば着崩しているだけで元の服は神官のローブであった。しかもはだけた服から露出している胸が大きい。昼間だというのに卑猥な雰囲気を漂わせている。
人格清楚、魔力随一、器量百点の私ではあったが胸だけは神から与えられなかった。
「え、誰?」
「本物の聖女ですが? あ、今日からここ私が使うんで元聖女さんはお引き取り下さい」
糞ビッチは私を見て満面の笑みで言う。私は思わず勇者を睨みつけた。が、糞女は勇者の腕に胸を押し付けるように絡みつく。糞ビッチが動くたびに丈の短いスカートがひらひらと揺れてその下が見えそうになり、勇者の視線もひらひらと揺れる。……最悪だ。そして糞ビッチはわざとらしく勇者の腕にひしと抱き着く。
「勇者様、この人こわーい」
「まあそういう訳だから諦めてくれ」
勇者はこちらを見てばつが悪そうに笑う。そしてその瞬間、糞ビッチはこちらを見て勝ち誇ったような笑みを浮かべる。当然、
「そういう訳だからで納得いくわけあるかああああああああああああああああああ!」
私の全身の血液が沸騰し、怒りが体中を駆け巡る。ここまでの屈辱を受けたのは人生で初めてだ。もしかして勇者が私を聖女にしたときも顔が目当てだったというのか。私の高潔な人格や奇跡とまで言われた癒しの力は関係なかったというのか。そう考えると余計に腹が立ってきた。
気が付くと全身から黒い炎が噴き出していた。罪を犯して地獄に落ちた者たちを焼き尽くすと言われる地獄の業火である。本来は凶悪な魔物を魂ごと消滅させるときや邪術で復活したアンデッドを葬るときにのみ使う業火で、れっきとした聖なる炎なのだがこのときはなぜか真っ黒に染まっていた。
「私昔から怒ると魔力が暴走する体質だったんだ。それが嫌で、穏やかな心を手に入れるべく努力して聖女になったっていうのに……」
が、突如噴き出した真っ黒の炎に慌てふためいた奴らはこの炎を闇の炎か何かと勘違いしたのか恐怖のどん底に突き落とされた表情をしている。
「やっぱ偽者じゃねえか」
色情魔(元勇者)が何か言っているがよく分からない。私以上に聖女っぽい女などこの国にはいないと思うけど。
「ゆ、勇者様、私頑張ります。聖なる光よ、闇の炎を浄化したまえ!」
糞ビッチはあろうことかこちらに向かって何かを唱え始める。こんなやつに負けてたまるか。そう思うと、余計に怒りが増して、私の身体から噴き出した炎は爆発し、診療所を焼き尽くした。というかこれは闇の炎ではないので聖なる光では沈静化出来ない。
これにはさしもの勇者と聖女(間違えた、色情魔と糞ビッチだった)も結界で自分の身を護るのが精いっぱいだったらしく、その隙に私は逃亡した。……何で私が逃亡してるのかは分からないけど。
さて、本物の聖女たる私が色情魔と糞ビッチに追い出された以上、国王か誰かから声がかかるのが当然だろう。勇者パーティーにふさわしくない者二人は処分したので戻って来てほしい、と。そう思って私は微妙に手がかりが残るように潜伏していたのだが、私に接触してきたのは黒フード黒ローブの見るからに怪しい男だった。
「我らは反王国組織“断罪の剣”の者です。是非我らとともに王国を転覆しましょう!」
「何でやねん!」
私は思わず叫んでしまう。私は全くこれっぽちも国を転覆する意志はないのだが。
「ええ!? でも勇者と聖女相手に互角にやり合い、診療所を壊滅させて凱旋したともっぱらの噂ですが」
誰だよそんな噂した奴。許さねえぞ。……こほん、危ない危ない煉獄の炎が噴き出すところだった。とはいえ、国を転覆する意志はこれっぽっちもないが、あの色情魔と糞ビッチだけは生かしてはおけない。
「甚だ不本意だけど、全く利害が一致しない訳でもない。仲間になってあげる」
「ありがとうございます!」
私は反体制組織の構成員とがっちり握手をかわした。こうして私はやばそうな組織の仲間になってしまったのだった。
さて、私の目的はとりあえず色情魔と糞ビッチへの復讐である。私が受けたのと同様の辱めを与えるには、やはり奴らも偽勇者と偽聖女であったと証明するのが一番だろう。それも出来るだけ大衆の前で、それも出来るだけ屈辱的な方法で。
では、それを決める権利があるのが誰なのか。“断罪の剣”が国王暗殺計画を立てるのを必死で引き留めつつ、私はそんなことを調べていると興味深い事実が分かった。勇者を任命するのは国王で、聖女・賢者・盗賊は勇者が推薦するものの任命権は国王にあると言うのである。つまり、王になれば奴らを裁くことも思いのままではないか。
そう思った私はさりげなく“断罪の剣”の者たちの方向性を「王国滅亡」から「権力奪取」へと誘導した。何とか私の息がかかった者が王位につけば。
「破壊は何も生みません」
「腐った王国を素晴らしい国に変えることこそが私たちの務めではないでしょうか」
そんな私の真摯な言葉に、過激だった“断罪の剣”のメンバーたちも次第に心を開いてくれるようになった。穏健化していったためか、組織に入る者たちも増え始めた。そんな中、懐かしい顔も現れた。
「お、こんなところにいたのか」
彼は賢者。私たちのパーティーの常識人枠であった。そんな彼がこんな組織のところに来るとは。
「あら、久しぶり。賢者やめたの?」
「ああ、そうだ。あの自称聖女といちゃいちゃするだけでは飽き足らず最近じゃ……」
そう言って賢者は彼が体験した恐るべき事件について語り出した。
(賢者回想)
「おい盗賊、そう言えばお前いつも露出度高い服着てるけど何で?」
「えー、そりゃ魔物に襲われたとき身軽に動けるように決まってるよ」
ちなみにグラマラスな糞ビッチとは対照的に盗賊は貧乳ロリッ娘である。ただ、露出が多い服装という点では共通していた。勇者も最初は子供扱いしてきたのだが、最近何気ない仕草の一つ一つが女っぽくなってきたような気がする。
「どれどれ」
そう言って勇者は素早く手を盗賊の尻に伸ばす。
「きゃっ」
ここで盗賊がわざと避けなかったのではないかという疑惑が賢者にはあった。俊敏さでは盗賊は勇者をも上回る。
「そんなんじゃ強い魔物と戦うのは危険だな。もっともっと布の少ない身軽な服の方がいいんじゃないか?」
「もう、勇者様ったら///」
「何てことがあったんだ!」
普段温厚な賢者ですら怒っている。私も静かに地獄の業火を燃やした。
「いや、炎出すのやめろよ。その炎のせいでみんな『やっぱあいつ偽者だった。普通聖女は黒い炎は出さない』って納得してるぞ」
「そんな」
なぜ人は物事を上辺だけで判断してしまうのか(哲学)。
「という訳でもう我慢出来ない! 俺もこの国を変えるぞ!」
「よし、一緒に頑張ろう!」
こうして私には新しい仲間が増えた。いや、元の仲間が戻って来たと言うべきか。
そんなとき、“断罪の剣”の元に隣国である帝国からの密使がやってきた。なんとこの反体制組織は隣国と繋がっていたのだ!(ありがちですね)
「お前たち、国の乗っ取りを企んでいるそうだな。もし我らに手を貸すというのならば手伝ってやらない訳でもない」
何でも、帝国領では最近狂暴な魔物が跳梁跋扈しているという。帝国は国力でこそ王国を上回るが、勇者のような圧倒的な魔力を持つ個人はいなかった。兵士を投入すれば討伐出来ても被害は甚大だろう。そこで私や賢者に目をつけたということらしい。
「魔物に困っている人がいるなら王国も帝国も一緒じゃないか?」
賢者が真っ当なことを言うので高潔な人格者である私は賛成するしかない流れになった。
「もちろんです! 帝国の魔物に苦しめられている人々を救いましょう!」
こうして私と賢者は適当な戦士と盗賊を“断罪の剣”から見繕い、帝国に旅立つのであった。
帝国にいった私たちは思いのほか歓待された。
「聖女様、賢者様、わざわざ異国からありがとうございます」
「こんな辺鄙な村を救ってくださるとは! 盛大に祝宴を催そうぞ!」
なんと、帝国民は王国民と違ってちゃんと私を聖女として崇めてくれる。なんと民度の高い国なのだろうか。
「ありがとうみんな! 皆さんのためなら私頑張る!」
そんな私をなぜか賢者が遠い目で見つめていた。
ちなみに種明かしをすると、基本的に魔物が出没するのが辺境だから辺鄙な村ばかりに行くことになるのだが、帝国軍は重要都市の守りばかりでなかなか辺境まで来てくれないため盛大に感謝してくれているらしかった。
連れてきた戦士と盗賊は正直そんなに強くなかったが、私の回復力と賢者の攻撃力でそこは何とか補うことが出来た。
それでも、一度だけ大きな危機を迎えたことがある。突如現れたアークドラゴンを迎え撃ったときだ。アークドラゴンは通常の龍よりも大きな体躯をしており、体中は固い鱗と対魔の被膜で覆われている。おまけに吐く息は常に賢者の必殺魔法級の威力だった。まず戦士と盗賊が死にそうだったので逃がし、私が聖なる結界でブレスを防ぎつつ賢者が攻撃魔法を使うも、なかなか効果がない。
「まずい、このままじゃジリ貧だ」
ドラゴンはただ息を吐いているのに対し、私は魔力を消費して結界を張っている、今は耐えられてもこのままではいつかは魔力が枯渇してしまう。
「仕方ない、必殺の呪文を使うか」
賢者はかなり渋りながらそんなことを言う。
「え、そんなのあったっけ」
「出来れば使いたくはない奥の手だったが……」
そう言って賢者は詠唱を始める。
「聖女『勇者様、賢者もいなくなってしまったけどどうします?』
勇者『問題ない。実は凄腕の魔法使いを一人見つけたんだ』
盗賊『きゃあ、さすが勇者様! でもどうせそいつも可愛い女なんでしょ?』
聖女『もう、私というものがありながら』
聖女は少しほおを膨らませて勇者の腕に……」
「死にさらせ!」
突然私の体中から地獄の業火が噴き出す。さすが賢者、即席で私の怒りをここまで沸騰させるとは(あくまで即席の作り話であり、実話ではないと信じたい)。あの色情魔を八つ裂きにしなくては。そのためにはこんなところでどうでもいい奴に負けてはいられない。
「うおおおおおおおおおおおおお!」
私は雄たけびを上げてドラゴンに突撃する。
「ぐあああああああああああ!」
ドラゴンは私の体から噴き出す地獄の業火にあてられて苦悶の叫びをあげる。しかし相手はドラゴン。今度はただの吐息ではなく本気のブレスを吐いて私に対抗してくる。ブレスと炎が拮抗する。そんなときだった、賢者がとどめをさしたのは。
「あ、勇者がつれてきたのサキュバスだから」
「魔法使えてエロければ誰でもいいのかよおおおおおおおおお! そいつ敵じゃねえかああああああああ! ていうか実話だったのかああああああ!」
気が付くと、目の前には黒焦げになったアークドラゴンが横たわっていた。私はそれを見てようやく正気に戻る。
「負のエネルギーってすごいんだね」
「やっぱ君聖女じゃないよ。狂戦士とかじゃない?」
「……」
私はこの惨状を前に有効な反論を思いつかなかった。
何はともあれ、私たちはアークドラゴン討伐という偉業を成し遂げた。私たちは帝国皇帝に呼び出されて表彰された。宴の席で皇帝は私に尋ねた。
「褒美は何が欲しいか? 地位でも財宝でも好きなものを言うが良い」
私は待ってましたとばかりに即答する。
「王位……隣国の」
「ほお」
皇帝は驚いた顔をする。が、すぐにニヤリと笑った。
「それなら我が国の懐は何も痛まぬし、好きにするが良い」
翌朝、私が目を覚ますと私は国王の御落胤ということになっていた。母は国王が城下町を視察中に見初めた町娘ということになっていた。ドラゴン討伐の効果は大きく、その噂はすぐに広まった。まあ、庶民の生まれよりは国王の御落胤がドラゴンを倒したという方が話としては広まりそうだよね。ちなみに賢者は帝国大臣になっていた。権力欲強かったんだ、知らなかった。
ついで、隣国の国王が心労で倒れ王子たちが次々と継承権を放棄するという騒ぎが起こった。後で聞いた話によると、帝国が裏で圧力をかけてくれたらしい。元々帝国は圧倒的な国力を持っていたが、領内で魔物が跳梁跋扈していたために軍勢をそちらに差し向けざるをえなくなっていたらしい。
が、私たちの活躍でそれがなくなったため思う存分王国との国境に兵を配置出来るようになったらしい。まあ、あんなやつを勇者にするような国王はずっと倒れていてくれていい。
さて、そんなこんながあって一か月。ついに病の国王から私に国王を継ぐよう打診が来た。私は内心小躍りしたものの、ご丁寧にも一度辞退してから王位を受ける。即位式も無事終わり、側近も“断罪の剣”のメンバーで固める。
準備万端、ようやくこの時が来た。私は早速大臣を呼びつける。こいつも“断罪の剣”のメンバーだったが法律やしきたりに詳しいので大臣にしてみた。おそらく私には逆らわないだろう。
「今の聖女を解任して私を聖女にしたいんだけど」
が、大臣は衝撃的な一言を放った。
「すみませんが国王は他の役職を兼任出来ない決まりになっておりまして」
「」
それでも私はめげなかった。
「じゃあ私、国王やめる」
「いえ……国王をやめるには継承権を持つ者に譲位するしかないのですが、帝国の圧力に屈して継承権保有者は皆放棄しておりまして」
「」
仕方がないので私は国王として善政を敷くことにした。そして帝国と同盟を結び王国は繁栄しましたとさ、めでたしめでたし。
番外編
「もう、勇者様ったらまた飲み屋の女に色目使って」
帰り道、ぷんすかしながら聖女が俺に詰め寄ってくる。こいつはやきもちを焼くと詰め寄ってきて胸を押し当てて来るからつい怒らせたくなってしまう。それに怒り顔も可愛い。
「気のせいだって。俺の一番はいつもお前だよ」
「またそんなこと……」
口調とは裏腹に聖女の表情は緩んでいく。やっぱ表情の変化が豊かな女は可愛いな。俺ほどになれば女はよりどりみどりだが、やはり最終的には聖女が一番だ。
「でも良かったですね。あの女が国王になったときはどうなるかと思いましたが」
「当然だろ? 俺以外に勇者として魔物から国を護れる力を持つ者なんていないからな」
「さすが勇者様///」
俺たちの間にいい雰囲気が流れる。この分なら今夜もいけるか? そんなときだった。突然、目の前に覆面をつけた黒ローブの男が現れる。
「誰だ」
俺は気が付くと剣に手をかけている。この俺が思わず真剣になってしまうほどの手練れだということだ。ついでに聖女を後ろにかばう。黒ローブの男は静かに宣告する。
「正義を執行する」
ん、どっかで聞いたことのある声だが……と俺が思ったときだった。黒ローブの男は杖を抜いた。
「トランスセクシュアル!」
「ぐあっ」
杖から出てきた光線が俺に命中する。思わず悲鳴を上げたしまったものの、ダメージはない。ただ、何か大事な、本当に大事なものを失ったような……
「大丈夫ですか?」
聖女が俺に駆け寄ってくる。
「ばかやめろ」
「トランスセクシュアル!」
俺は聖女をかばおうとするが間一髪遅れてしまう。俺を心配して前に出た聖女にも続けて放たれた謎の光線が命中する。
「きゃあっ」
聖女が可愛らしい悲鳴を上げる。怪我はなさそうだが、俺の予想が正しければこの魔法は。
「てめえこの野郎」
俺は剣を抜いて謎の男に斬りかかる。俺はともかく聖女に手を出すとは許さねえ。すると黒ローブの男はフードをとった。その顔は……
「お前、賢者……」
「違うな。今の俺は帝国大臣だ。さしもの勇者と言えど、俺を斬ることは出来まい」
「くそおおおおおおおおおおお」
俺は諦めてその場に膝をついた。
こうして勇者は女勇者に、聖女は神官にジョブチェンジしたのであった。賢者(勇者が連れてきたサキュバス)は勇者が男じゃなくなったため、神官から精を吸うことにしたという。
おもしろいと思ってくださった方は↓の作者のページから他作品もご覧ください!
(評価もいただけると嬉しいです)