第四話 それぞれの道
ザァーという水が流れる音がする。冷たい微風が頬を撫で、冷え切っている体がブルッと身震いした。顔以外を水が包み、溺れそうな感覚がハルキを支配する。
その支配から逃れる為、ハルキは縛られている手首を何とか動かして、レッグホルスターに入っているナイフを取り出し手首を縛っている縄を切り、腕の力だけで岸の方まで泳ぐ。
岸まで辿り着いたハルキは陸に上がり、足首を縛っていた縄もナイフで切り、辺りを見回した。
辺りを見回したが、先程まで泳いでいた大きな湖に、木と小さな横穴ぐらいしか見当たらず、ハルキはどうすればいいのか分からなかったが、取り敢えずそこに偶然あった小さな横穴へと目指す事に。
「……僕、死ななかったんだな」
小さな穴横へと入り、壁に凭れかかっているハルキは言った。地面から数百メートルから落下したのだから、今のハルキには生きている実感がない。
「これから、どうしたらいいんだろう。取り敢えず、この山がどこにあって、どうすればリンデル王国に帰れるのか考えなきゃ。
……帰ってどうするんだ? また、いじめられに帰るのか? ……そんなの、嫌だ。もう、いじめられたくなんかない。……強くならなきゃいじめられる。強くならなきゃ。誰よりも、強く、強く」
この時、ハルキはやっと自分を変えようと思ったのだ。
いじめられているのは、環境のせいだけじゃない。自分が変わろうとしなかったから、いじめられるんだ。その事にやっと気づく事が出来た。
強くなる。強くなって、今まで出来なかった事をしよう。本当の友達を作って、本当に心の底から笑って、女子と喋りたい。誰かを好きになりたい。誰かに好きになってもらいたい。……そして、誰かに認められたい。
そう心の底から思った時、ハルキの今すべき事が次々と頭の中を過ぎった。まずこの山で痩せる。そう決めた瞬間、ハルキの体は無意識に動き始めた。
今まで自分の道すら、誰かに決めてもらっていたハルキがようやく、自分の意志で動き始めたのだ。
それがどれだけの進歩なのか、その進歩がハルキにとってどれだけ重要なのかなんて誰にも分からないだろう。
でも、一つだけ分かる事はある。それは、この進歩こそが、ハルキに訪れた最初で最期の運命の分かれ道だという事だ。
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「おい、達也、俊平、亮太、京介! ハルはどうした!」
そう勇気に言われたのは、ハルキと同じチームになっていた、大西 達也、島川 俊平、佐藤 亮太、富士 京介の四名だ。
彼らには特徴は無く、もしRPGに登場するならば、村人Aとか市民Aとかになっている事だろう。
「……し、知らねぇよ。どこかにいるんじゃないか?」
「本気で言ってんのか、達也! いい加減にしろよ! 今まではハルに止められてたから何も言わなかったが、これは見逃す事が出来ない!」
「島川君。横山君がどこにいるか知らないかな?」
「……ぐっ。し、知らない。どこにいるのかは知らない。だ、だけど、横山は俺たちのせいで連れて行かれたんだ」
沙織の事が好きな俊平は、沙織の寂しげな表情を見て、黙り通す事が出来るはずがなかった。
「ハルは、誰に連れて行かれたんだ?」
「赤いドラゴンに、連れて行かれたんだ」
「……何でお前らは赤いドラゴンに遭遇したのに、ここまで来れた。それなのに何故ハルは来ない? ……俊平、さっき言ってたよな。俺たちのせいで連れて行かれたって。お前ら、ハルに何をした?」
「囮に、した。横山の手首と足首を縛って、囮にしたんだ」
その言葉を聞いた勇気は殴りかかりそうになるが、何とか耐え、「もしハルが戻って来なければ、どうなるか覚えてろよ」、そう言って、勇気は用意していたテントへと入って行く。
その場に立ち尽くしている達也は、「横山は戻って来ねぇーよ。あんなデカイドラゴンに連れて行かれたんだから」
そう誰にも聞こえない小さな声で呟いた。
「神代君、ちょっと言い過ぎじゃないかな? あれじゃあ、可哀想だよ」
「じゃあ沙織は、ハルを囮にして、自分達だけ逃げて来たあいつらを許せるのか?」
「それは、……許せないけど。で、でも! あの人達だって、私たちのクラスメイトだから……」
「……沙織は優しいな。……確かにあいつらはクラスメイトだ。でも、ハルは幼馴染なんだ。小さい時から、ずっと一緒に居たんだ。ハルが俺の事どう思っているのかは知らないけど、俺はハルを親友だと思っているんだ」
「横山なら大丈夫。横山は、いつもいつも心配ばかりさせて、知らない内に帰って来てるんだから」
「雫……。そ、そうだよ、な。ハルは、いつもそうだったよな。今回も、何もなかったように帰ってくるよな」
「そうだよ勇気。ハルキは絶対に帰ってくる。そう、信じていよう」
「あぁ、そうだな。ハルが無事に戻って来る時までに今より強くなって、驚かしてやろう」
勇気が、沙織が、雫が、龍馬が、ハルキの帰りを待っている。何もなかったかのように必ず帰って来るって。
でも、その願いはハルキには届かない。届くはずもない。だって、今のハルキは山を駆け回り、食糧を確保するだけでいっぱいいっぱいなのだから。