第三話 赤いドラゴン
(もう、嫌だ)
ハルキがそう思ってしまったのは、異世界に召喚されて八日目の事。
何故そんな事を思ってしまったのかと言うと、一週間の鍛錬が終わり、一組四もしくは五人のチームを九組作り、遠征をする事になってしまったからだ。
しかし、普通の人ならばそこまで嫌だとは思わないだろう。
だけどハルキは、その普通の人では無いのだ。だってハルキは、デブでオタクなのだから。
その普通の人でないせいで、クラスメイトにハルキのステータスを知られた時にはバカにされ、いじめられた。
それだけでは無い。ハルキはどれだけ鍛錬を積んでも一向に強くならなかったのだ。
クラスメイト達は皆順調に育ち、レベルは6〜12くらいにはなっているのに、ハルキのレベルは未だ2。
取り敢えず、現在のハルキと勇気のステータスを比べてみよう。
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横山 ハルキ 15歳 Lv 2
《種族》 人間族
《天職》 採掘師
《ステータス》
【HP 12/12】 【MP 12/12】
【筋力】 14 【耐性】 12 【敏捷】 10
【魔力】 12 【魔耐】 12
《スキル》 【言語理解:Lv-】 【採掘:Lv1】
【アイテムBOX:Lv1】
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神城 勇気 16歳 Lv 12
《種族》 人間族
《天職》 勇者
《ステータス》
【HP 220/220】 【MP 240/240】
【筋力】 240【耐性】 230【敏捷】 220
【魔力】 240【魔耐】 240
《スキル》 【言語理解:Lv-】 【全属性適性:Lv1】 【全属性耐性:Lv1】 【物理耐性:Lv1】
【身体強化:Lv1】 【剣術:Lv1】 【複合魔法:Lv1】 【MP回復:Lv1】 【自動回復:Lv1】
【気配感知:Lv1】 【魔力感知:Lv1】
【限界突破:Lv-】
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可笑しいとは思いませんか? 同じ量の鍛錬を積んできたというのに、ここまで差が出てきているんだよ?
天職だって、勇気は戦闘職である勇者なのに、ハルキは非戦闘職で鉱石を採掘するだけにしか能が無い採掘師。
それに、幼馴染達を除くクラスメイトからは、スキル【アイテムBOX】のせいで、荷物持ちに使ってやると言われた。
【アイテムBOX】は、名前の如くアイテムを入れる事が出来る箱の事だ。だが、唯の箱では無い。
その箱には無限に物が入るし、何より発動者以外には見えない。
例え【アイテムBOX】が優れていたとしても戦闘には全く使えないから、ハルキはあまり嬉しく思わなかった。
それで、一番最初に話していた話に戻るが、このクラスは全員で三七人。つまり九組は作れるという事になる。だけどそれでは一人余ってしまう。
その一人とは、言わなくても分かるだろうがハルキが当たり前のように余ってしまった。
そんなハルキを幼馴染達は同じチームになろうって誘ってくれたが、この世界の人は全員ハルキの事が嫌いなのか知らないが、ロウガ団長に幼馴染達のチームに入るというのは許可されなかった。
ならハルキはどこのチームに入れられたのかと言うと、最も彼を嫌い、最も彼をいじめていた人達で構成されているチームだ。
だけどハルキはそのチームの人達の名前を一切知らないし、顔も知らない。いや、もしかしたら名前も顔も知っているのかもしれないけど、ハルキが思い出そうとしないだけなのかもしれない。
だが今は、知ってるとか知らないとかどうでもいい。現在ハルキは赤いドラゴンの囮として、足と手首を縛られ、置き去りにされている。この状況をなんとかして欲しい。
何故こんな事になってしまったのかと言うと、ハルキ達のチームはロウガ団長や幼馴染達を含むクラスメイト達とはぐれてしまった事が原因だ。
はぐれてしまったのは、全てハルキのチームの人達のせいだと思う。
「なあなあ。俺、河上さんに告白しようと思うんだけど。お前らはどう思う?」
「お前が河上さんに告白ぅ? そんなの受けてもらえるわけないだろ? お前と河上さんはどうやっても釣り合うわけないし、河上さんはいつも勇気と一緒にいるんだぞ? 絶対にあいつら付き合ってるからやめとけ」
「やっぱりそう思うか? でもこの遠征でいいところ見せれば、可能性はあると思うんだよ」
「いやいや、達也もさっき言ってたけど、河上さんとお前は釣り合ってないからやめとけって。もし告白して、振られてみろ。これから気まずくなるのは目に見えてるだろ」
などの話をハルキを除く男四人で仲良く話していて、ハルキが何度も何度もロウガ団長達と距離が空いていると言っているのにも関わらず、それを無視し、その話をやめなかったからだ。
それから赤いドラゴンが現れたことにより、チームの人達は我が身可愛さで、ハルキを囮にして逃げた。それで今の状況になってしまったというわけだ。
(ここで、終わりなのかな)
そう思った時には、ハルキと赤いドラゴンとの距離はたったの数十メートルとなっていた。
今も赤いドラゴンは前進を続けている。明らかにハルキのほうへ向かって。
そして、僅か数秒後にハルキは、赤いドラゴンの後ろ足に捕まり、宙へ浮いた。
多分ハルキは、赤いドラゴンの巣にお持ち帰りされて、喰われてしまうのだ。
そう思った瞬間、ハルキの思考は停止し、只々死にたくないと願った。そう願う事しか出来なかったのだ。
それほどまでに、現在のハルキは絶望と死への恐怖に怯えていた。
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どれ程ハルキは死にたくないと願っただろうか。現在のハルキは生きる希望を失い、只々もがいているだけだ。しかし、もがいても足首と手首を縛られてるから、殆ど意味をなさない。
そんなハルキを待っているのは、今ここで赤いドラゴンの後ろ足から抜け落ち、重力に任せて落下し、地面に衝突して死亡。か、赤いドラゴンの巣に持ち帰られて、喰われるかの二つだけだ。
異世界に召喚されてまで、こんな思いになるのなら、異世界に召喚なんてされたくなかった。何もいい事が起きなかった人生なのに、不幸な事だけは一丁前に起こる。ハルキに何か恨みでもあるのだろうか。
……あったところで、もうすぐ死ぬハルキには関係のない事だな。
だって現在のハルキは、重力に抗えずに落下しているのだから。
ついさっきまでは、赤いドラゴンの後ろ足に掴まれ宙を浮いていた。
が、ハルキを掴んでいた後ろ足の力を緩められて、後ろ足からスルリと抜け落ちてしまい、下にある山へと落下しているのだ。
ハルキは、赤いドラゴンの餌にも認められなかったのだ。
そして重力に逆らう事も出来ずに、只々命を散らす最終地点に向かっていく。
ハルキはその時思った。自分は何の為に生まれて、何を成す為に育ったのかと。只々そう思った。死ぬしか残されていない今だからこそ言おう。
もし、来世という物があるのなら、強くてカッコよくてモテている、そんな人間に生まれさせてくださいと。
そう思いながら、徐々に迫って来ている命の最終地点を前にハルキは目を閉じた。