第1話『マスク』
朝、私は目覚めてから顔を洗いに行った。
今日も憂鬱な気分だ。
鏡で自分をみる事も無く、顔を洗い終わると部屋に戻り制服に着替えた。
朝食を取る為に下の階に降りると母にいつも通りわざと明るく挨拶をした。
「おはよう、お母さん」
「あら、今日も元気ね。おはよう琴音」
母を心配させたく無いのだ。あの頃の様に…
「行って来ます。お母さん」
朝食を食べた私は、いつもの様にマスクを付けて外出した。
もう、ずっと続けている事だった。
「翔太、そろそろ急ぎなさい。転校初日で遅刻なんて笑われるわよ。」
「わかってるよ。俺の足の速さを知らないのかい」
「その割には、リレーの選手になった事はないわよね」
母は、たまにキレのいいツッコミを返すのだ。
今日は、転校初日で新しい高校に通うことになっている。確かに遅れたらカッコ悪いよな謎の転校生を目指す俺としては。
「行って来ます!」
俺は、家を駆け出した。
学校への道は、覚えている。だってここは俺が小さい頃いた街なのだから…
朝のホームルームが始まり俺は、担任の先生に紹介された。
「今日からこの学校に転校して来た楠木翔太君だ。みんな仲良くしてやってくれよ」
「楠木翔太です。どうかあたたかい目で見てやって下さい。」
パラパラと拍手が起こった。
やっぱりね。いまいちの反応だ!
特に女子!
「え〜っと、楠木の席は藤川の隣だな」
俺は、先生の指差した席に座った。
「藤川、楠木に学校の事教えてやってくれよな」担任が言った。
「えっ、私が!」
藤川は、驚いたような顔をした。
「よろしく、琴音っ」
何だ、こいつ人の名前を気安く!
ん、何で私の名前を?さっき先生が、言ったのかな。
2年前の事故から私はひとりでいる事が多くなった。口元に大きな傷跡が残ったのだ。マスクをするのもそのせいだ
私がいると何だか迷惑なんじゃ無いかと思ってしまう。
被害妄想かも知れないが私も傷付きたく無いから自然とそうなってしまった。
だから昼は、いつも、ひとりでお弁当を食べていた。校舎の屋上は、金網で囲まれていたので比較的出入りが自由だ。
ここで空を眺めながらお昼を食べるのが私のお気に入りだった。
この時だけが私が学校でマスクを外せる唯一の時間だった。
「おいっ」
突然声を掛けられた私は驚いて振り返ってしまった。
"そこには、楠木翔太がいた"
しまった!顔を見られた!
私は、油断していた事を後悔した。そしてすぐにマスクを付け直した、手遅れだと思うけど…
楠木は、驚いた顔をしているのだろう。他のみんながそうだった様に…
私は、もう一度チラリと楠木を見た。
驚いた事に楠木翔太は、笑って立っていた。
「一緒に昼食べようぜ、俺、他に友達いないからさ」
どうして楠木は、こんなに普通にしているのだろう、わからない。
私は、黙っていた。
どうせ事情を聞いたボランティア野郎だと思ったからだ。
「琴音、お前こんなに恥ずかしがり屋だったか、らしくないな」
「……⁉︎」
えっ、今なんて…
こいつは、私のことを知っている。
「俺の昔の名前は、藤川、藤川翔太だ、お前と同じだろ」
どこかで聞いた様なセリフだ…
「ふじかわ…しょ…うた…」
私の目から涙が溢れてくるのがわかった。
思い出したのだ、それがどんなに大事な名前かを…
「翔太っ!翔太!しょう…た」
気付くと私は、翔太に抱きつき泣き叫んでいた。
「ただいま、琴音」
「おかえり、翔太っ」
私たちは、5年振りの再会を果たしたのだった。
次の日の朝、私はマスクをしなかった。心配そうな母に対して私は言った。
「私には、もう必要ないんだよ、お母さん」
心に掛けたマスクは、昨日無くしたのだから…
琴音の気持ちをあらわすかのように空は、雲ひとつない快晴で青く澄み渡っていたのだった。




