バカとゴリラとちぢれ毛と
「ダァシェ!!」
謎の掛け声と共に、南川の強烈なスマッシュが卓球台を抉る。
いつも豪快なプレイをする南川だが、今日はいつにも増して豪快、というか狂人と化していた。
理由はもちろん、ちぢれ毛である。
「ひゃー、超次元ピンポンじゃねぇかおい」
サボリ、もとい休憩中の虎谷がGGレモンを飲みながら呟く。
時刻は13時、ちょうど陽がイヤにほど練習場所に差し込んでいた。
現在換気のためカーテンと窓を開放して休憩を取っていて、殆どの部員が休憩中だ。
南川の様に、部活動に熱心な奴らはその限りではないが。
「んでよ、あの毛が南川のじゃねぇとすっと、やっぱ……下の毛なんじゃね?」
南川に聞こえない程度の大きさで言ってくる虎谷、コイツは空気の読めない人間ではあるが、生命の危機には敏感な様だ。
「それは無い、ボール入れはコートと同じ高さ、一番身長の高い紫芝先輩でも、落ちる事は有り得んだろう」
第一抜けすぎである。
ボール入れは各台に備えられていて、基本的にはその全てにちぢれ毛が休み明けには入っている。
髪の毛ならまだしも、陰毛はそこまで頻繁に抜ける代物ではないハズだ、多分。
というか。
「そこまで気にするイベントでもないだろ……犯人扱いされた南川が怒るのはともかく、虎谷は気にしすぎだ、忘れろ」
俺の言葉を聞いて、虎谷は妙にニヤついた笑みを浮かべながら。
「陰毛だったらやべーだろうがよ、色々とヤベ―んだよ! わざわざ毛をボール入れに混ぜる変態がこの中に居ると思うと、ヤベ―だろ!」
「単に下ネタで興奮しているだけだじゃないのか」
「……そうかもしれねぇ!」
馬鹿である。
さて。
「ちょっと部長に話をしてくる」
「んだよ自首すんのか?」
……。
溜め息を吐いて立ち上がり、虎谷の発言は無視しておくことに決めた。
犯人なんて居るワケないだろ、そんな異常性癖の持ち主いるはずが無い……あ。
一人だけ思い浮びはしたが、忘れよう。
今は部長に退部することを伝えねば。
「部長、ちょっと時間良いですか」
少し離れた所で休憩していた部長に声を掛ける。
部長は黒縁のメガネをクイと上げ、細い声で返事をしてきた。
「どうしたんだい?」
周りには他の三年生もいて、流石にここで退部の話をするのは気まずい。
今まで先延ばしにしてきたが、今日こそは言わねば。
「ちょっとここじゃ話難いので、外で良いですか」
部長は卓球の実力は県でもトップクラスだが体が弱く、あまり練習には参加できない。
それもあり、なんだかんだ今まで退部の事を伝えられなかったのだ。
部長が立ち上がる。
「構わないよ、どうする、外で話す?」
「それでお願いします」
部長は細身で身長も低く、パッと見では運動部よりも文科系の部活に入っていそうな見た目だ。
口調こそ先輩らしさがあるが、声からはあまり威厳が感じられない。
部長と一緒に外へ出ると、まず部長が口を開いた。
「で、何だい話と言うのは」
言うぞ。
緊張して手に汗が滲む、大丈夫だ、別に悪い事じゃない。
いや、果たして本当に退部は悪ではないのだろうか、もしかすると俺がやろうとしている行為は、誰か、例えば虎谷や部長を傷付ける行為なのでは……。
やめよう、自意識過剰すぎる。
「夏休みで、卓球部を辞めようかと」
よし、言えた。
部長の顔を見ると、案外あまり驚いてはいなかった。
まぁ冷静に考えてみれば、人目に付かない場所で話す事は限られてくる。
部長は僅かに唸り、
「そうかい……残念だね、センスはあると思うんだけど」
センスか、もし俺に卓球の才能があったとしても、退部する事には変わりない。
酷い言い方をしてしまえば、卓球に飽きたのだ。
なんというか、あまり真剣に取り組めない。
この部活の雰囲気も影響しているのだろうが、どうしても本気で卓球に打ち込むことができなかった。
綺麗事だが、青春の代名詞とも言えよう高校生活、その何割かを割く部活を、生半可な気持ちで過ごしたくなかったのだ。
……アテは無いが。
「今までお世話になりました」
部長に礼をする、まだ夏休みは終わっていないが、部長の体調が悪くなる可能性もある。
そして顔を上げて、中へ戻ろうとすると。
「――一つだけ、条件を出そう」
部長のメガネが、キラリと光った。
「条件、ですか」
なんだろうか、思い当たる条件を考えてみる。
これからしばらく部室の鍵当番とか、掃除当番とか、球拾い係り……こんな所か。
そんな罰ゲーム的な条件だと予測したのだが。
「部員たちの間で噂というか、ある可笑しな現象が話題になっていることは、知っているよね」
「ああはい、ボール入れに毛が入っているっていう」
部長の言いたいことがよく理解できない。
それと条件の何所に関係があるというのだろうか。
要点を得ない俺の表情を見てか、部長は結論を早める。
「つまりね、この現象、言ってしまえば事件の解決を退部の条件としよう」
「……はぁ」
どうしてそうなった。
「あの、一つ良いですか。どうしてそれが退部の条件になるんでしょう」
部長は薄い笑みを浮かべ、
「退部する前に、変な突っ掛かりがあったらイヤだろう?」
それだけ言って、部長は練習場へ戻っていった。
部長も可笑しな条件を提示してきたモノだ、冗談だと思いたいが、今まで部長が冗談を言った所を見た覚えが無い。
つまりは、『ちぢれ毛事件』の解決をしなければならい、という事である。
――――
――
「虎谷、面倒なコトになった……」
部活が終わり駐輪場へ、俺は正直困惑していた。
虎谷は驚いた様にネコ目を見開き、
「珍しいな、キヨがそんな事言うなんてよー。つかよく考えるとキヨから話してくるのが珍しーわ、もっと話しかけて来ていいんだぜ」
「やっぱりなんでもない、また今度な」
「ちょっと待って、今ヘンな事言った!?」
「あまり話し掛けたくない……」
「純粋にひでぇよ!」
もちろん本気で言ってはいない、虎谷もその事はわかっているハズだ。
つまるところ、こういう冗談を言える程度には虎谷と仲が良い。
だからこそ頼るのだ、良い回答は期待していない、聞いてもらうだけで十分。
「実は――」
それから虎谷に退部の条件として、部長から『ちぢれ毛事件』の解決を任されたことを話した。
虎谷は最初は爆笑していたが、俺の消沈した表情を見て冗談ではないと思ってくれた様だ。
「部長もヘンな事言うなー、あんまそういう事言わない人だと思ってたぜ」
俺もだ、正直意味不明である。
この事件とも言い切れない現象を解決する意味などあるのだろうか。
「まぁでも面白そうじゃん? どうする、練習場戻って証拠とか探すか!?」
手でピストルを作り、顎に当てる虎谷。
幸い練習場の鍵は俺が持っている、部長に渡されたのだ、おそらくはこの展開を予想していたのだろう。
「そうするか、状況整理するにも一旦戻ろう、悪いな手伝って貰って」
「んなの気にするなよ、つかこんな面白そうなイベント、参加しねーワケにはいかねぇんだなこれが!」
そうは言うが、虎谷も色々と用事はあるハズだ。
自身の用事や時間を割いてまで、付き合ってくれる事には素直に感謝するべきであろう。
ましてや退部を手助けする行為だ、虎谷も思う所はあるハズ。
「……GGレモン、飲むか」
「マジ!? ペットボトルの!?」
「ああ」
「キヨイズゴッド!」
――――
――
練習場所へ戻ると、音一つない空間が俺達を待っていた。
密閉空間ゆえに蒸し暑く、先程買ったGGレモンを思わず飲む。
「んじゃ、状況整理といきましょかね」
虎谷はそう言い、まずボール入れに手を出した。
俺も一緒に付いて行き、一緒にボール入れの中身を見てみる。
「んー、あるにはあっけど、普通に髪の毛だなこりゃ」
中に入っていたのは、数個のボールと今日の練習で落ちたであろう髪の毛のみ。
ちぢれている毛はどの台のボール入れにも入っていなかった。
「休みがある次の練習で、ちぢれ毛が入ってるんだよな」
虎谷の発言に同意の意味で相槌を打つ。
「じゃあよ、やっぱ休みの日に誰かが陰毛入れてるんじゃね!?」
「どうしてそう陰毛にこだわるんだ……」
虎谷は手でピストルを作って俺に向ける。
「ちぢれ毛、つったらやっぱ陰毛だろ?」
「あ、後ろに南川が」
「びょは!?」
バッと刹那と言える速度で後ろを向く虎谷、もちろん南川はいない。
「今、寿命七十年は縮んだわ」
減り過ぎである。
さて、やはり虎谷に推理を任せきりにするのは悪手の様だ。
もっともこの事件を解決しなければならないのは俺なので、当たり前だが。
「卓球部の部員、もしくは他の生徒や先生が、愉快犯目的でちぢれ毛を入れている可能性は確かにある」
「愉快犯って、なんかめっちゃ探偵っぽいな! 名探偵キヨ!……ん、そういやキヨって結構無くなったモン探すの上手いよな。中学の時もよ、俺のラケット見つけてくれたし」
そういえばそんな事もあったな、まぁ今全く関係ない話なので適当に返事だけして、犯人を思い浮かばせる。
「……犯人が居るとすれば、やはり卓球部の中にいる可能性が一番高いだろうな」
「ですよねぇー」
妙に奥様の井戸端会議っぽい口調で相槌を打ってくる虎谷である。
俺がこう考えた理由はもちろんある。
「ほぼ間違いなく、ちぢれ毛が混じるのは休み明けだ。だからこのイタズラをするには、卓球部のスケジュールを把握しておく必要がある。そうなってくると、どうしても部内の奴が怪しくなってくるだろう」
だが誰が犯人かは、正直見当がつかない。
俺が口をしばらく閉じると、
「んじゃよ、卓球部の中の誰か、相当な変態が陰毛をばら撒いてるってことだろ?――居るだろ一人、変態の具現化みてーな奴が」
そう虎谷が言った瞬間だった。
「呼、ん、だぁ!?」
ご本人様の登場である。
「うおっ! クッソビビったわ! つか呼んでねーし!」
「いいえ聞こえたわ、虎谷ちゃんのアタシを呼ぶ声が!」
虎谷に投げキッスをする高校生らしからぬ巨躯に彫りの深い顔立ちの男。
「どうして戻って来たんだ、五里」
このオカマの名前は五里、見た目もあって本人が居ない所ではゴリと呼ばれている。
ちなみにゴリと本人の前で言った場合、二度と学校に来れなくなるとかなんとか。
ゴリはフフッと笑い、
「言ったでしょ、私を呼ぶ声が聞こえたって」
横まで嘗め回すように虎谷に視線を送るゴリである。
それに対し虎谷は、必死に腕で罰マークを作り、首を横に振っていた。
……まぁ、これも何かの巡り合わせか。
心苦しいが、一番手っ取り早い。
「五里、ボール入れにちぢれ毛が入ってるって話、知ってるよな」
「ええもちろん、全く汚いったらありゃしないわよねぇ! あ、でもイケメンのヤツならオッケーよ」
何がオッケーだというのかは聞かないでおこう。
よし。
「単刀直入に言うが、今犯人を捜しているんだ。嫌なことを聞くが五里、心当たりは無いのか?」
心当たりとは言ったが、とどのつまり、ゴリが犯人なのではないかという疑いだ。
今の所、失礼だがゴリくらいしかこんな悪戯をする奴は浮かばない。
ゴリは部長の腕の二倍はあるであろう腕を組み、
「無いわねぇ、無いのよゼンゼン」
妙な言い回しをするゴリ。
虎谷が口を開く。
「ホントかよ?」
「ホントよホント、無いものはしょうがないもの、アタシは百パーセント有り得ないわ」
どうしてそう言い切れるのだろうか。
虎谷も同じ疑問を浮かべたのか、更に追及する。
「根拠をくれ!……お、根拠って言葉探偵っぽいな!?」
虎谷の発言に、なぜか頬を赤く染めるゴリ、怖い。
「だって、ワタシ――下の毛処理してるもの」
あぁ、なるほど、そういう事ですか。
……聞かなければ良かった。
「見せてもいいわよ」
「いやいやいや! それだけは勘弁してな? な?」
「何よもう」と言って、残念そうにズボンから手を放すゴリ。
本当に脱ぐつりだったぞ、あの顔は。
「真面目なお話をするとね、ワタシの勘だけど、あのちぢれ毛は陰毛じゃないわ、確信と言ってもいいかも」
「なんかお前が言うと妙に説得感あるのはなんでだろな」
まぁ、確かにゴリが犯人じゃないとすると、部内に犯人がいても解決には時間が掛かりそうだ。
もっと別な視点を持った方が良いかもしれない。
練習場を見渡してみる。
卓球台、ボール入れ、集会の時に使うパイプ椅子、机、窓、遮光用の黒いカーテン。
先程まで蒸し風呂状態だった練習場は、陽が陰ったからか、大分涼しくなってきていた。
「そう言えば南川ちゃん、大丈夫かしら」
ゴリが心配そうな声で呟く。
「まぁなーキヨが解決してくれりゃあ機嫌も治るんだろうがよ。あのままだと天パ悪化するぞ」
「あら、どうして?」
「ほらアニメとかでよくあるじゃねーか、爆発して頭がアフロになるヤツ、南川がマックスに切れたら、マジで爆発しかねねぇ」
ここは現実だぞ虎谷、如何にも真面目そうな顔で言うセリフでは……ん。
ん!
「虎谷、ちぢれ毛事件の犯人、わかったかもしれん」
「マジかよ!?」
「ああ、犯人は――」




