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黒の立場



砦の検問手前でダンは羽織っていた外套を脱ぎ、レイの上にバサッとかけた。

体の小さなレイはダンの大きな外套にすっぽりと覆われ、そこに人が入っているようにはまるで感じさせない。

くしゃっと乱雑に上着を置いているだけのように見えるだろう。


砦の検問をしている兵士はダンを見ると、眉間にしわを寄せ無言で左手を差し出す。

ストレートに嫌悪の視線を受けてもダンはなんら気にせず、その左手に城内に入るための通行証を渡した。


門兵は通行証を回収してから、扉の開閉をする隷属へ合図を送る。

その合図を確認した隷属は、ある限りの力を振り絞って門を開けるための仕掛けを動かす。

ゆっくりとだが上へと開いていく鉄の門をくぐり、ダンは自分の前に潜り込んでいるレイと外套をぎゅっと抱え直して、アッシュの歩みを進めた。


_______

__________

_______________



無事、検問を終えて城下町に入れば、ガヤガヤと厚手の外套越しでも音が聞こえてくる。

どうやら砦の門を抜けて城下町のようなところに入ったようす…。


厚手のマントだからか全然外は見えないけれど、人の息遣いや声、喧騒ははっきりと伝わってきた。

とても活気の溢れる街みたいだ。

ダンさんのマントの隙間から興味本位で外を覗き込む。


路面は中世ヨーロッパ辺りでよく見かける、レンガのような石畳で色はアプリコット系の淡いベージュ色。

私たちがアッシュに乗って通っているここは大通りだそうだ。

この道をまっすぐ進むと街の中心である広場に着いて、その先に王様のいるお城があるらしい。


大通りの両側には露店や商店が続き、商人と思われる人々の大きな声が聞えてくる。


ここからじゃ商品の詳細まではよく見えないけれど、日本には…あるいは前の世界では絶対に存在しないような物が所狭しと陳列されていた。


とても興味深い…



「こら、顔を出すな」

「あ…、ごめんなさい…」



ついつい顔が前に出すぎてしまっていたみたいで、ダンさんにグイッと顔を押し戻される。

けれどそっと覗くことは許されているみたいで、マントの隙間からダンさんを伺い見ても何も言われなかった。

暫く城下町の風景とその活気に酔っていれば、何となく不穏な声も耳に入ってくるようになった。



「ありゃレオニア様んとこの…」

「あぁ、おぞましい…あのマント見てごらんよ。」

「黒賊が大通りを闊歩するなんざ、白亜も舐められたもんさ」

「何でまだ黒賊なんちゅう制度取り入れてんだか…」

「____人殺しめ…。」



私達が通った後に聴こえてくる耳障りな声。

そちらに目を向けてみると、露店の陰でこそこそとおしゃべりをする民衆が目についた。



そうか、これがダンさんが言っていた差別か…



初めて体験する明確な敵意に、足先から体温がなくなっていくような気がした。

______何も悪いことなんてしていない、ただ「黒」という存在で生まれてきただけだ。

生まれなんて人の力でどうこうできるものじゃないのに、「その色で生まれ落ちることが罪」と理不尽で身勝手な差別を振りかざされ、存在を否定されることに胸の奥がツキンとする。


ゾワゾワと肌が粟立ち、思わずダンさんの懐にしがみついた。



_________何も聞きたくない、見られたくない、放っておいて欲しい。



最初、こっちの世界に来た孤独感とはまた違う、冷たい孤独を味わうことになった。



「レイ…耳は塞いでいろ。」



時期、慣れる…



そう呟いたダンさんの声はとても冷ややかだった。

怖くて見上げることなんてできないけれど、相当に怒っている。そんな気がした。

ダンさんが通った後にヒッと民衆が息を飲む声が聞こえる。

もしかしたらダンさんに睨まれているのかも…



(ダンさんに睨まれたら生きた心地がしないだろうなぁ…)



ぎゅっとさらに引き寄せられた懐の中で、大人気なくざまあみろと笑ってやった。


そうだ、こんなものは当たり前なんだ。

わかっていたはずじゃないか…

この世界で「黒」は絶対的な悪。

全てを飲み込み喰らうモノ。


私はその中でも特に卑劣な道を歩もうとしているのだから、こんな程度の…しかも私に対して向けられている訳ではない陰口に怯んでいるようでは「黒賊」になんてなれはしない。

ゆっくりと大きく息を吸って、ダンさんの懐から顔を上げた。

未だに私はマントで覆われているから民衆の目には晒されていないけれど、せめて前だけは向いていよう、そう思った。


耳は塞いだままダンさんを仰ぎ見る。

ダンさんは凛として視線を下げたり、逸らすことは一切していない。

本人が言っていた通り慣れているのかもしれないが、それだけではない強さをダンさんの視線からは感じた。



「レイ…見えるか?」

「?」



ダンさんから突然話しかけられビクッとしながら見上げれば、前に向けた視線をそらすことなく私に顎で示していた。

その先を目で追ってみると陽の光に照らされて真っ白に輝く巨大なお城があった。



「すごい…綺麗…」

「あれがレオニア、現国王含む王族の住まう城、ローランド城だ。」



別名、白い巨人。

アルベールの誇る美しさと堅牢さを兼ね備えた王城。



ダンさんが小さく呟く。

その表情は誇らしげな様で、でも見方によっては無関心にさえ見えた。紫の瞳にはローランド城を映してはいたけど、あくまでもその奥にいる王様に思いを馳せているようだった。



「しばらくマントの中から出るな。王城で目を付けられるのはまだ先にしとこう」

「(目は付けられるのか…)」



マントの中でもぞもぞしながら了解の意を伝える。

アイコンタクトを取るだけで意思疎通できるようになってしまったダンさんと私はすごいと思う。


そうしてローランド城に近づけば近づくほど嫌な視線も増え、悪意の声もはばかりなく聞こえてくるようになった。やっと城門にたどり着いたと思えば、次は門兵がいちゃもんつけてくる始末。

どこまでも白亜っていう人種を嫌いになれそうな自信がついてしまった。



「これはこれは、国王様のわんちゃんがお戻りだ…今回は一体どれだけ狩ってきたんだ?人殺しめ」

「…その人殺しに飯を食わせてもらっている貴様らは、わんちゃんの食い残しを漁るネズミと同じだな…」

「っ!!!貴様…っこの!!隷属風情が!!!」



大人の人とは思えないような喧嘩をふっかけてきた、門兵の若いお兄さんに思わず呆れてしまう。

そして、つかみかかろうとしてきた門番Aが近づいてきた瞬間、背中に感じていたダンさんの温もりが一瞬で消え、あっと思った先には若い門兵を捉えていた。

いつのまにかダンさんは門兵の背後に回り込んでいてその喉元に短剣を突きつけている。


いや、…人ってあんなに早く移動できるものなのだろうか?



「ヒッ!?」

「出過ぎた口は二度と開かなくしてやろうか若造?」



静かな息づかいで囁く姿はどこか色気さえも感じる。

だけどそれはとても冷たいもので向けられている本人は生きた心地はしないだろう。


そんな私はマントに丸められたままアッシュの背中の上で待ちぼうけを喰らっている訳だけど、ダンさんがとても怒っているのでおとなしく待つしか


…ないのかな?



「は、白亜を殺せばお前だってただじゃすまないぞ!!??」

「ほお…?死人しびとは口を聞けるのか?」

「ヒッ…」



焦ったもう1人の門番がダンさんにキャンキャンと騒ぎ立てる。


門番B、お願いだからダンさんをこれ以上刺激しないで…

自然に見えるようにマントに収まるというのはいくら体が小さい私とはいえ意外と難しいものなんだから。これ以上長引かれると私が困る。


体勢の維持がキツくなってきた私はアッシュの首をトントンと叩いて前に進んでもらった。

この旅の間に何となくアッシュとも仲良くなれた気がするのだから私ってばすごい。

察してくれたアッシュが前にゆっくりと歩いて、主であるダンさんの側に近づく。鼻息でダンさんの注意をひいてくれたおかげでダンさんがやっとこちらに視線を向けてくれた。


ふぅ…


と息を吐いてダンさんが門番Aから退く。門番Aは腰が抜けたのか、立ち上がれない様子で門番Bに助けられていた。自業自得、としか思わなかったけど、ダンさんに喧嘩買われたのはかわいそうとも思う。

たぶん任務帰りな上に私というお荷物を拾ってしまったダンさんだから、きっととてもいらだっているんだ。

ご愁傷様…。

ん?いやそもそも喧嘩売るほうが悪いのか…、なら同情の余地はないか…?



「すまない…イラついた。」



私に言ったのかそれともアッシュに言ったのか…多分どっちもだと思うけど、少し冷静さを取り戻したダンさんがそのままアッシュの手綱を引いていく。


そうして私はローランド城に入城を果たした。

想像以上の隷属への差別っぷり…拾ってもらえたのは良いとしてもここでも十分に生きていけるか、問われたら今なら迷わずにNOと言う。

もしかしたら私はとんでもないところに来てしまったのかもしれない…



「まず、仲間のところに行く」

「仲間?」

「あぁ、黒賊もどきのようなもんだな。俺の部下に当たる…」



レオニア様とか位の高い人になると一王族につき黒賊一人、という方針もある程度融通が利いてしまうものなのだろうか…。

てっきりダンさんしか王様には就いていないと思ったから、それはそれで心強いようで不安なような…あんまり特定の王族ばかり優遇していたらそれはそれで反感を買ってしまいそうな気もするが。



「…基本、安心していい。俺が集めた奴らだ」



今の間と「基本」っていう単語に不安要素しか見当たらないんだけど…。

アッシュを厩に預け、ダンさんに抱えられながらくねくねと入り組んだ廊下を進んでいく。レッドカーペットなんて生で初めて見た。

入城してからすぐにはたくさんの人、執事さん?やメイドさんを見た気がするのにダンさんが歩みを進めていく方向からは全く音がしない。がやがやとした喧噪はもうっずっと後ろの方で、マント越しに奥の方を覗いてみても何となく薄暗い気がする。



「着いた…下ろすぞ」

「はい。」



ずっとマントにぐるぐる巻きにされていたせいで立つのも一苦労だった。うまくバランスを取ってからマントをダンさんに返し凝り固まった体を伸ばす。そして恐る恐るとあたりを見回した。


足の裏に感じるふかふかのレッドカーペット。

上品な模様が彫られた壁。彩豊かな絵画の数々。

ゆらゆらと小さな炎が揺れるランタン。

そして、目の前の簡素な扉。


その扉だけ異様に簡素で、周りの豪華な装飾から浮いていた。

こんなところにも隷属というレッテルをありありと貼られているのかと思うと、自然と眉間に力が入ってしまう。


ダンさんが錆びたドアノブに手をかけてゆっくりと扉を開ける。

此処にきてダンさん以外の人と初めて対面することを自覚し、緊張してくる。心臓が爆発しそうだ。

近くにあるダンさんのズボンを思わず握りしめて、開かれていく扉を凝視した。

ここには同じ黒賊?の人がいるっていうことになるんだけど、その人たちが私にも親切かどうかは別の話だ。ダンさんがたまたま優しい黒賊という可能性もある。…というより、その可能性の方がずっと高い。



「あっーー!!遅かったですねーたーいちょーーー」

「おかえりなさい、隊長。お疲れ様でした。」



間延びした男性の声と、凛とした女性の声が聞こえてきた。

ダンさんの足の影から覗けば、ほぼ黒に近い緑色の髪をした男の人と、綺麗に切りそろえられた焦げ茶色の髪を持つ女の人がダンさんに声をかけていた。



どちらも若そうに見える。30は恐らくいってない…だろう。

薄暗い部屋の中では暖炉にか細い火が灯っていて、申し訳程度に部屋全体を照らしていた。



「ん?…隊長、その足下にいるのは…?」

「あ?足下ぉ?」

「…拾った」

「「拾った!?」」



二人を眺めていたら女の人と目が合ってしまった。

和やかだったはずの空気が一瞬で張りつめ、鋭い視線が私に刺さる。


出にくい、非常に出にくい…。

それにダンさん…拾ったって…いや、間違いではないんだけど、もうちょっと…言い方があったのでは…



「拾ったぁああ??えぇと、隊長が、ですか?」

「そうだ」

「幼女を?」

「そうだ」

「マジスカ?」

「そうだと言っている。…レイ、隠れるな。こっちに来い」



ここで私に振るか…

何か、多いに男性の方には誤解されている気がしなくもないんだけれど…、掴んでいたズボンの裾をダンさんの手によって外されてしまったので、いそいそとダンさんの影から体を出してみる。



「…レイ、です。」

「っ!!??隊長ッこ、この子の目ッ!!」

「あぁ、銀色だ…」

「うわぁ、すっげぇ…初めて見たっすよ俺!目が銀色の人間なんて…。なのに髪の毛くっろ!?!!」



一気に距離を詰めてきた二人に思わず体がのけぞってしまう。

尻餅つきそうになった瞬間、ダンさんが背中に手を添え支えてくれた。さすがです…。



「あまり驚かすな…。任務の帰り道、いつもの小屋で一晩休息をしたらそこにいた。因みに、こいつには記憶がない」

「は?記憶がないって、どういうことですか?そもそも何でここに連れてきたんです?こんな危険なところに子供なんて…」

「えー?キアラってばそんなこと言っちゃう?隷属の子だぜ?ちょー珍しいじゃん!!しかもこの歳で黒賊目指すんなら将来かなりの有望株になるぜ?あっ!!俺はフィーリな、よろしくッレーイ!」

「んむぅ!?」



あまりものを喋らないダンさんのせいで確実に説明不足だ…。

それに初対面で頬ずりしてくるこのフィーリって人…いい加減に…



「離れろ。」

「ぶぇっ!?」



ダンさんが首根っこ掴んでフィーリさんを放り投げる。そのままフィーリさんには目もくれず、頬ずりされていた私の左頬を忙しなく拭った。



「隊長ひどいッ!何ですかそのばい菌みたいな扱いッ!!」

「当然ね…」

「キアラまで…」



ちょっと可哀想…かも。


されるがままの状態で身動きの取れない私を他所に、キアラさんは「とにかく座って話しましょう」とソファに全員を誘った。



「で?隊長、もう一度お伺いしますが何故ここに連れてきたのですか?」

「黒賊に育て上げる。レクリュスの黒賊に…。」

「答えになってません!!何故そのような事を?いつもの貴方であればそんなことは決してなさらないはず…。この子にとってそれが最善でないことは隊長が一番わかっておいででしょう!?」

「レイと話してこれが最善だと決まった。」

「子供を人殺しに育てることがですかッ!!」



手をテーブルに叩きつけて勢いよく女性が立ち上がる。ダンさんがここまで強く攻められている姿を初めて見た。

キアラさん…強し。

それでも表情をピクリとも動かさないダンさんに痺れを切らしたのか、キアラさんは私に視線を向けてきた。



「あのね、ここは子供が来ていい場所ではないの…わかる?」

「…わかっています。かと言って私はダンさんに拾ってもらえなければ、魔物のいる森で食われて死ぬか、飢えて死ぬかの二択しか残されていなかった________だから…。」



目を逸らさずにキアラさんと対峙する。

スッと目を細めたキアラさんは更に厳しい表情になって私の話に耳を傾けた。

だから私はダンさんに話したのと同じようにまた自分のことを話してみる。

静かに耳を傾けるフィーリさんとキアラさん。

そして興味がないのか目を瞑ってソファで寛いでいるダンさん。

それでも私の声は届いていると思うから改めて私の思いを言葉にした。

だって、キアラさんの目は警戒の色の中に心配が覗いていたから…。



______

________



「…記憶がある、ないは別問題としてレイ、あなたの考えはわかったわ。」



子供にしては現実的すぎるところも、大人すぎるところも違和感しかないけれど、隊長がここに連れてきた理由は理解はした。けど納得はまだ仕切れていない。


すべて話し終えたところでキアラさんがそう私に告げた。

けれどキアラさんの視線は最初の鋭さははなくて、幾分か和らいだ視線に変わっていた。





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