黒い幼子 -プロローグ-
はじまりました。
見切り発車です…
とある世界のそれはそれは遠い遠い昔の話。
かつて世界に、【白】と【黒】しか存在しなかった____空の向こうの神様達の世界の話。
【白】とはありとあらゆる可能性を秘めた生を司り、
【黒】はありとあらゆる可能性を飲み込み、潰す____死を司どっていた。
そんな相反する2つの概念が絶妙なバランスで共存し、生と死が保たれていた黄金の時。
けれど長い長い時を経て、人々の間でいつしか【黒】は【白】を蝕む邪悪なものと位置付けられ、虐げられ、そして…永きに渡り迫害された。
*****
「白き魔女と黒き賊」
あまりにも有名なこのお伽噺は、誰もが一度は聞き覚えがあるような、よくあるありきたりな物語だ。
内容は…
黒い影を纏った賊が白を祭る偉大な国に攻め込んで、【黒い力】を使って国の人々を操り、その白い国とその王座を手に入れようと目論んだ。
この賊達によって王族のほとんどは殺されてしまい、生き残ったのは若き王子ただ一人。
しかし、その王子も黒い力に蝕まれしまい、白い国は滅亡の危機に陥った。
国中の誰もが絶望し、黒い力に支配かけた時、白い輝きを纏った魔女が現れて…、蝕み、蔓延る黒を浄化した。白い力に祝福された王子は更なる力を手に入れて、賊を見事に追いやった。
そして、白い国は平和を取り戻し、王子と魔女は結ばれましたとさ________。
よく耳にするような、どこにでもあるような…そんなありきたりな古いお伽話。
しかし、いつしかこのお伽話はこの世界の共通の伝説となり、そのお伽話の王子様がこの国の初代国王、魔女が初代王妃であったと語り継がれていった。
だからこの国では王族はとても神聖で信仰対象となっている。
伝説の魔女の血を継いでいるからか、その性質に似て髪の毛は色素が薄く眩い色、目は宝石のように輝く鮮やかな色を持つ者が多かった。
しかも、どういうわけか色素の薄い人ほど保有している魔力が多く、魔法の扱いに長けているらしい…。
逆に、そのせいでこんなお伽話ができてしまったのかもしれない。
非常に理不尽で不愉快極まりないお伽話だ_______。
と、私は思う。
そこそこに長い自身の毛先をいじりながら、その色を眺めていた。
そう、私は________。
_________________黒かった…。
そうなのだ!…何を隠そう、もう救いようのないくらい、真っ黒だった!!!!
それも当然。だって私は「日本人」だっ!!
自分の名前も覚えていないし、過去とか、ここに来るまでの経緯とか、色んなことをどんなに頑張っても思い出せないけれど、自分が【日本人だ】という自覚だけは確かにあった。
転生?というには少し不完全なのかもしれない。
よく見る話では他の世界に転生して、謎の存在から授かった特殊能力とかで無双したり、前世のことを覚えていて復讐したり…、はたまた自分がよく知る物語のヒロインなんかに転生とか___??
なんてことがメジャーな展開だしオーソドックスだと、思ってたんだけど…。
けれど、どういうわけか…
自分の場合は自身が【日本人】ということ以外全く覚えていない上に、前の自分が死んでしまったのかどうかさえ全く思い出せないのだ。
そもそも、こちらに来るに至った経緯が一切わからない。
前の私は日常生活を送りながら突然、別世界に来てしまったのだろうか?自分に家族はいたのだろうか?
いたとしたら家族構成は??自分は一体いくつだったのか。
_____名前は何なのか。
「_____どうしよう、かな…。」
己の名前もわからない幼女姿になってしまった私は、この深い深い森の中、倒れていた朽ち木の上にポツンと座り呆けていた。
信じられないかもしれないけれど、「気づいたら」この場所に座っていたのだ。
状況が飲み込めないままあたりを見渡すと、背後には空き地があって、そこには古びた小屋が静かに建っている。
とりあえずの安心を求めて小屋に向かい、ささくれ立った木の扉をゆっくりと押し開いた。幸いなことに鍵はかかっていなかった。
小屋は1Rの簡素な間取りで、台所と小さな書き物机、本棚、テーブルとイスが一脚あるだけだった。
天井からは何らかの香草か薬草がドライフラワー状に吊るされていて、独特な香りが部屋を包み込んでいる。
そっと部屋に入り、とりあえず情報収集しようと近づいた机の上には、乱雑に本が積み重ねられていた。
とりあえず手前の1冊を手に取ってページをめくる。
「日本語ではない」とわかるけれど何語かはわからない。
書けはしないけど読むことはできる、そんな象形文字のような不思議な文字に目を通し、あらかたこの世界のことを学んだ…いや、学ぶ努力をしてみた。
そして冒頭のお伽話へといきついたのだ。
まるで読めと言わんばかりにお伽話の本や、歴史書が一番上に積まれていたのがわざとらしい。
仕組まれたかのような書籍の配置に何となく腹が立ち、むっとしてしまった。
何だったらいっそのこと髪の毛を白くしてほしかったものだ。
なんでよりによって迫害されているであろう黒のままでこんなところに放置されたのか…。
ふぅ、と深くため息をついて、自分の境遇を嘆きながらも、
【赤ん坊の状態ではなく、ある程度(走ることができるくらいの年齢)まで育った状態での転生】
という点にだけは、いるかどうかもわからない天井の神様とやらに感謝でもしようか。
もし、本当に転生をして私の色が【黒】とわかったらここでの両親?はきっと私を生かさなかったにちがいない。
そう、生まれた瞬間から【黒い】ことがわかれば即座に私は殺されていたか、捨てられていたかの二択だ。それこそ最悪の結末しか残されていない。
いや、ここにいる…、放置されている時点で捨てられたような状況なのかも知れないけれど…。
これからどうしようかと、ペラリペラリと手持ち無沙汰にめくった本の中には【黒】がいかに邪悪で忌むべきものかということが雄弁に綴られていた。
元ネタはやはり、「白き魔女と黒き賊」というお伽話で黒に対しての恐怖がこれでもかというほど表現されている。
こんなにも私は無害だが、【黒】という色のおかげで検討の余地もなく嫌われてしまうようだ。
再度この絶望的な状況にため息をついて、改めて自分の髪の毛を見てみる。
恐らく毛根から毛先まで、清々しいまでの黒(日本人なんだから当然だ!!)。
目の色は確認できていないけれど、恐らくこっちも黒に違いない。
だって、日本じ…(略
しかも、どうやらこの国だけでなく、どこの国でも大抵【黒】という色はあまり好かれていないようだ。それもこの世界の成り立ち(あのクソみたいな御伽噺)に基づいているようで、残念ながら万国共通の認識らしい。
そしてどこの国でも髪や目の色素が薄い方が【魔力】というものが強いということも共通しているようだ…なんて厄介な…。
そしてもちろん、要職や地位の高い人は皆【魔力】が多い。
けれど、手に取った本によるとどこかの国の王族は兄弟、側近揃って全員暗い色で生まれ大騒動になったと書かれていた。そのお陰か、その国では色差別はほとんどなく、魔力よりも技術力が勝る技術大国らしい。
なるほど、どこか日本と同じ匂いを感じる…。
ぜひともその国に行きたい。
もしかしたら、ここはその国の領土なのではないかと期待までしたい…。
可能性は無きにしも非ずではないだろうか____?
そこではすでに、王族間だけでなく市井の間でも保有魔力0の珍しい子共も生まれているようで、黒という色も「珍しい」、「存在しない」というわけではないらしい。実に素晴らしいではないか!!
「…これから、どうしよう」
自分の立場と現状を把握、整理してから子供にとって分厚い本をそっと閉じる。
バタンという音と同時に埃が舞い、小屋の窓から差し込む光に反射してキラキラと舞った。
古びた小屋ではあるものの、あまり汚れてはおらず、少なくとも置かれている家具やランプは生活感を匂わせている。
つまり、ここにはそこそこ頻回に人が訪れている…ということになる。
とりあえず話の通じる人に会えれば…と思ったが、本で学んだ限りどうも自分の色は迫害されるほどに嫌われているので、いい反応は期待できそうにない。
(でも…ここで待っていれば誰かには会える…、かな…???)
ここで会えた人が私にとって「良い人」かどうかは別として…、もっと情報が欲しい。
何より誰でもいいから「人」と会いたい_____。
そして何とか、このどうしようもない不安や、地に足が着いていないような心地をどうにかしたかった。
そんな淡い希望を持ちながら窓辺に目をやる。
外はすでに日が下がり気味で、もうじき夕刻だ。
この世界の時間軸がわからないけど、私的感覚でいうなら午後3時くらいかな?といったところ。
これから夕闇が訪れる…
今から村や町を目指して移動して、新しい野宿先を探しに行くことは危険なように思えた。
それ以前に、ここの地理がわからないから迷った挙句に餓死…。
(魔法なんてものがある世界だ…もしかしたら私の知らない生き物もいるかもしれないし…)
そう思うと一度座り込んだ足は立ち上がろうとしなかった。
単純に疲れていたっていうこともある。
改めて部屋を見渡せば、幸いなことに部屋の隅に立方体に切り出された、藁のクッションのようなものが積まれていた。
(とりあえず今日は寝てまた明日、これからどうするか考えよう…)
それでもまだ寝る時間までは手持ち無沙汰なもんだから、小屋の周りを一周したり、積まれていた他の本を手にとってみたりしてみた。
けれど特にこれといって面白いことも発見もない。
必要な情報はできるだけ集めておきたかったけど、他の本は、何かの魔法書とかで、何の参考にもならなかった。
強いて言うなら、散歩がてら回った小屋の裏には薪割りをする場所と、これまた古そうな井戸があったくらい。
周りの森も穏やかに、小鳥のさえずる声や見たことのない柄の蝶が飛んだりしていて、薄暗い森とはいえあまりここから奥地にさえ進まなければ「のどか」という印象を持てた。
一見、普通の森だから実は日本のどっか深い山奥なんじゃないか、とか思ってみたりしたけど小屋の中の本や、周りに生えている見たこともない草、虫がいやでも現実を告げてくる。
はぁ、と何度目かもわからないため息をついて小屋に戻り、最初に手にしたお伽話の本と歴史書を抱えて、藁の上に寝転がった。
ぽすんと柔らかく受け止めてくれた藁のベッドは温かいお日様の匂いがした。
(とりあえず、また起きたら考えよう)
人は自分だけではどうにもならない途方も無い状況に置かれると、一周回って楽観的になってしまうらしい。
それに加えて、幼い体を酷使したせいか今はもうひたすら眠かった。
穀倉の懐かしさを感じる香りに包まれながら、私の瞼は耐えかねたようにゆっくりと下りていった。